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第三章
謝罪
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結論から言えば、王妃と王太子妃を警察に拘束させる、なんてことにはならなかった。
そこはさすが、第三王子アルバート殿下付きの侍従官、カーティス大尉が機転を利かせ、護衛の身分を明かすことで事態を収拾した。
「でも、お嬢様を襲おうとしたんですよ! 誰だか知らないけど! 何だって、こんな人たちを庇うんです!」
「もう、いいのよ、ハンナ。誰だか知らない人に襲われて怖かったけど、幸い怪我もなかったし。老婦人がこれ以上襲ってこなければ、わたしはいいわ。でも、本当に誰だか知らない人が突然、熱い紅茶を投げつけてきて、怖かったわ!」
「アルティニアから出てきて、こんな恐ろしい目に遭うなんて!」
「外国人のあなたには怖い思いをさせたわね!」
「きゃん! きゃん!」
わたしとハンナは終始、王妃も王太子妃も知らない、という態度を取り続けた。知らない老婦人たちに踏み込まれたから、警察に駆け込んだ。当然のことでしょ。
だから、老婦人が本当に王妃だと知らされた、警察官は顔面蒼白になる。
「あらやだ、殿下のお母様だったなんて。てっきり強盗だとばっかり」
「だって名前を名乗らないんですもの、当然です! それにお嬢様に紅茶を投げつけたのは間違いないんです! もし、まともに被っていたら大火傷を負っていたんですよ!」
ハンナはわたしを抱き締めながら、周囲の男たちを見回して言った。
「身分ある相手だからって、見ているだけだなんて。ランデルの男ってホント、役立たずね!」
「ハンナ、それ以上は――」
カーティス大尉もジュリアンも他の護衛たちも、王妃と王太子妃の身分に押され、彼女たちを追い返すこともできず、結果的に乱闘を引き起こしてしまった。
「ミス・エルスペス、ハンナの言う通りです。僕たちがあまりに無能で、無力でした。……アルバート殿下からはきっと、お叱りを蒙るに違いありませんが、まずはあなたにもお詫びします」
神妙に頭を下げるカーティス大尉の言葉に被せるように、黒服の護衛たちに守られるようにして、王妃が憎々し気に言った。
「詫びる必要などない! 貴族の端くれにある者が、そんな愛人風情に頭を下げるなんて、世も末だわ!……しかもわたくしの腕を捻るなど……処分は覚悟しておきなさい!」
「あなた自身がわたしに暴力を振るったことは、多くの証人と、新聞記者が写した証拠写真もあるわ。彼はわたしの身を守るために、犯罪者を拘束しただけよ! 盗人猛々しいわね!」
わたしが冷静に言えば、王妃は黒服の背後でいきり立った。
「わたくしを誰だと思っているの! わたくしは――」
「今までもったいぶって名乗らなかったクセに、逮捕されそうになって慌てて名乗るなんて、滑稽ね! あなたが誰であろうと、暴力行為の証拠は挙がっているの。大昔ならいざ知らず、この国が法治国家を謳っている以上、身分で犯罪が帳消しになったりしません!」
「な――この、この――」
警察と護衛たちとの間である程度のすり合わせが行われたころ、玄関の呼び鈴が鳴り、王宮からの迎えの者がやってきた。出迎えに出たヴァルターさんが、蒼白な表情で居間に連れてきたその人は――。
「殿下――」
「フィリップ?!」
背が高くガッチリした体つきのその人は、黒に近いこげ茶の髪に琥珀色の瞳をし、年齢は三十半ばほど。アルバート殿下ともよく似た容姿からも、すぐに誰だかわかった。――新聞で何度か、肖像は目にしたことのある、王太子フィリップ殿下がご自身で、母と妻とを迎えに来たのだ。
「あ、あなた……わ、わたくし……」
王太子妃殿下はオロオロと動揺し、王妃は生き返ったように笑みを浮かべる。
「フィリップ! ああ、見て頂戴、この惨状を! 王妃であるわたくしを犯罪者呼ばわりする、この下賤な女を捕らえ、すぐさま牢にぶち込んで頂戴!」
王太子殿下の登場にその場は一気に緊張する。――ただの強盗事件だと思って、ハンナに呼びつけられてきた警察官たちは、いずれも顔面蒼白だ。しかし、フィリップ殿下は厳しい表情で周囲を見回し、数瞬、わたしの上に視線を留めると、すぐに自分の母親を見て、冷たく言った。
「あなたにはご自分の部屋を出てはならないと、国王陛下が命じていたはずです。にもかかわらず、ブリジットまで巻き込んで、このような不祥事を起こすなんて! ご自身の立場を全く、理解しておられない。もう、これ以上は庇えない」
「フィリップ?! 何を言うの! わたくしはお前の母親よ!」
「ええ、逃れられない運命でね。……王宮に連れていけ!」
王太子殿下が背後の数人に命令すれば、フロックコートの男性数人が護衛に守られた王妃を取り囲む。
「お前たちはブリジットの護衛だな。王妃の外出が禁じられていたのを、知っていたはずだ」
「申し訳ありません、しかし――妃殿下のご命令で……」
「どのみち、未然に止められなかった責任は、我々にある。先に母上を王宮に戻すが、お前たちはブリジットの護衛としてこの場に残るように」
王太子殿下が連れてきた男たちが、王妃とその付き添い婦人を連行するように連れて行き、妃殿下は茫然としたままその場に残る。
「フィリップ、どういうことなの?! フィリップ? お離し、わたくしを誰だと思っているの? お離しったら!」
連れ去られていく王妃がオーランド邸から出たのを確認して、王太子殿下は警察官に向き直る。
「……わが母は弟の長患いにより、精神に異常をきたした。王宮を出さないようにしていたのだが、監視をかいくぐって迷惑をかけた。警官諸氏には後ほど、改めて説明を行うが、今日のところはこれで引き取ってくれ。なお、このことは他言無用に」
王太子殿下に直々に頭を下げられ、警察間はお互い顔を見合わせる。指揮官と見える口髭を蓄えた警官が、びしりと敬礼して言った。
「承知いたしましました。それでは失礼します」
警官たちが去り、陶器の破片や紅茶の雫が散らばった居間を、ヴァルターさんとジュリアン、そしてハンナとで片付け、ヴァルターさんが改めてお茶を運んできた。わたしは一人掛けのソファに座り、ユールを膝に抱いて柔らかな毛を撫でながら、それらの情景をボーっと眺めていた。
ふと気づいて、ハンナに尋ねる。
「シャーロット嬢はどうなさっているの?」
「ミス・パーマーなら隣の部屋にずっと――」
ジュリアンが気づいて、控えの間で震えていたシャーロット嬢を連れてきた。
「シャーリー、ごめんなさい! 一人っきりにしてしまって!」
シャーロット嬢の茶色い瞳は涙で腫れ、頬には涙の跡がはっきりあった。
「わたしこそ! ユールを止められなくて! でも出て行くのも恐ろしくて……あんな、あんな……わたし、自分が役立たずで死にたい……!」
「シャーリー、そんなことないわ!……彼女の分のお茶もあるかしら?」
シャーロット嬢を抱き締めて慰めていると、ゴホン、と咳払いの音がして、王太子殿下がわたしたちを見ていた。
「すまない、ええと、ミス・エルスペス・アシュバートン? ……申し訳ないのだが、少しだけ話をさせてもらえるかな?」
居間の三人掛けのソファには、幽鬼のような青い顔で座る王太子妃殿下と、王太子殿下が座っている。わたしはシャーロット嬢にユールを預け、言った。
「食堂でお茶を飲んでいらして。また後でゆっくり――」
王太子殿下の意向で、その場に残ったのはご夫妻とわたし、それからヴァルターさんとカーティス大尉のみ。護衛たちは部屋の外で待機させられた。
「……本当に申し訳なかった。母には監視をつけていて、出歩くことはないはずだったのだが――」
わたしは首を傾げた。
「監視? 王妃陛下に?」
「ああ――」
王太子殿下が溜息交じりに言う。
「あの人は弟、ジョージの病がわかってから、だんだんと狂っていって……だが王妃という立場上、それを明らかにすることができなかった。決定的だったのは三年前で……父上は廃妃にして処罰することも考えたけれど、そのためには王妃の罪を明らかにしなければならない。だが、あの戦争のさなかにそんなことをすれば、王家の威信は地に墜ち、下手をすれば革命が起きる。だから罪を隠し、弟の看病という名目でバールの離宮に押し込めた」
王太子殿下は黒い睫毛を伏せる。
「ジョージの死後、母は王都の聖カタリーナ修道院に入れる予定にして、とにかく葬儀だけを済ませ、その後は自主的な出家として処理するつもりで、王宮内に監視をつけて軟禁しておいた。だが、その処置をごく、内々の者だけにしか伝えなかった。それが今回の原因だ。――私が、母の異常を周囲に伝える勇気がなくて……」
隣に座っていた王太子妃殿下が顔を上げる。
「……つまり、もともとお義母様はおかしかったと……?」
「そうなのだ。あなたには伝えておくべきだったのに、わたしがそれを怠った。外出を禁止した上で、母の機嫌を鎮めるために、あなたに世話を押し付け、肝心なことを言わなかった。……すべて、私が悪い」
王太子妃殿下が肩を落とす。
「わたくし……お義母様に言われたんですの。わたくしが男の子を産まないから、このままではアルバート殿下が即位するのに、よりによって下賤な女を妃にすると言い張っている、と。きちんと身の程をわからせてやらなければならない、そうでなければ、後々、娘たちが大変な目に遭わされると――。お義母様の外出が禁じられているのは知っていましたのに、押し切られてしまって……」
王妃の〈護衛〉は監視要員で、外出は許されない。そこで王妃は嫁のブリジット妃殿下を言いくるめ、ブリジット妃殿下の護衛に守られて密かに王宮を脱出し、オーランド邸を急襲したという。
王太子妃と過ごしているはずだったのに、王妃の部屋がもぬけの殻であることに気づいた監視要員たちは、国王と王太子に知らせた。そこへ、オーランド邸のヴァルターさんから、アルバート殿下に向けて緊急連絡が入った。ちょうどアルバート殿下は、昨日の葬儀を警備した陸軍や警察に慰問に出掛けて留守だったので、王太子殿下ご自身が、王妃と王太子妃を迎えに出向いたそうだ。
「ミス・エルスペス・アシュバートン……あなたやあなたの家族に我々王家が為したことは、いくら詫びても足りないくらいだ。私は今回も、母の暴挙を止めることができなかった。許してくれと言うのもおこがましいのはわかっている。だが――」
王太子殿下が頭を下げたその時、乱暴な足音がして回りの止めるのも聞かずにバタンとドアが開く。
「エルシー! 王妃が来たって――」
真っ青になったアルバート殿下が居間に飛び込んできて、一直線にわたしに駆け寄り抱き締めた。
そこはさすが、第三王子アルバート殿下付きの侍従官、カーティス大尉が機転を利かせ、護衛の身分を明かすことで事態を収拾した。
「でも、お嬢様を襲おうとしたんですよ! 誰だか知らないけど! 何だって、こんな人たちを庇うんです!」
「もう、いいのよ、ハンナ。誰だか知らない人に襲われて怖かったけど、幸い怪我もなかったし。老婦人がこれ以上襲ってこなければ、わたしはいいわ。でも、本当に誰だか知らない人が突然、熱い紅茶を投げつけてきて、怖かったわ!」
「アルティニアから出てきて、こんな恐ろしい目に遭うなんて!」
「外国人のあなたには怖い思いをさせたわね!」
「きゃん! きゃん!」
わたしとハンナは終始、王妃も王太子妃も知らない、という態度を取り続けた。知らない老婦人たちに踏み込まれたから、警察に駆け込んだ。当然のことでしょ。
だから、老婦人が本当に王妃だと知らされた、警察官は顔面蒼白になる。
「あらやだ、殿下のお母様だったなんて。てっきり強盗だとばっかり」
「だって名前を名乗らないんですもの、当然です! それにお嬢様に紅茶を投げつけたのは間違いないんです! もし、まともに被っていたら大火傷を負っていたんですよ!」
ハンナはわたしを抱き締めながら、周囲の男たちを見回して言った。
「身分ある相手だからって、見ているだけだなんて。ランデルの男ってホント、役立たずね!」
「ハンナ、それ以上は――」
カーティス大尉もジュリアンも他の護衛たちも、王妃と王太子妃の身分に押され、彼女たちを追い返すこともできず、結果的に乱闘を引き起こしてしまった。
「ミス・エルスペス、ハンナの言う通りです。僕たちがあまりに無能で、無力でした。……アルバート殿下からはきっと、お叱りを蒙るに違いありませんが、まずはあなたにもお詫びします」
神妙に頭を下げるカーティス大尉の言葉に被せるように、黒服の護衛たちに守られるようにして、王妃が憎々し気に言った。
「詫びる必要などない! 貴族の端くれにある者が、そんな愛人風情に頭を下げるなんて、世も末だわ!……しかもわたくしの腕を捻るなど……処分は覚悟しておきなさい!」
「あなた自身がわたしに暴力を振るったことは、多くの証人と、新聞記者が写した証拠写真もあるわ。彼はわたしの身を守るために、犯罪者を拘束しただけよ! 盗人猛々しいわね!」
わたしが冷静に言えば、王妃は黒服の背後でいきり立った。
「わたくしを誰だと思っているの! わたくしは――」
「今までもったいぶって名乗らなかったクセに、逮捕されそうになって慌てて名乗るなんて、滑稽ね! あなたが誰であろうと、暴力行為の証拠は挙がっているの。大昔ならいざ知らず、この国が法治国家を謳っている以上、身分で犯罪が帳消しになったりしません!」
「な――この、この――」
警察と護衛たちとの間である程度のすり合わせが行われたころ、玄関の呼び鈴が鳴り、王宮からの迎えの者がやってきた。出迎えに出たヴァルターさんが、蒼白な表情で居間に連れてきたその人は――。
「殿下――」
「フィリップ?!」
背が高くガッチリした体つきのその人は、黒に近いこげ茶の髪に琥珀色の瞳をし、年齢は三十半ばほど。アルバート殿下ともよく似た容姿からも、すぐに誰だかわかった。――新聞で何度か、肖像は目にしたことのある、王太子フィリップ殿下がご自身で、母と妻とを迎えに来たのだ。
「あ、あなた……わ、わたくし……」
王太子妃殿下はオロオロと動揺し、王妃は生き返ったように笑みを浮かべる。
「フィリップ! ああ、見て頂戴、この惨状を! 王妃であるわたくしを犯罪者呼ばわりする、この下賤な女を捕らえ、すぐさま牢にぶち込んで頂戴!」
王太子殿下の登場にその場は一気に緊張する。――ただの強盗事件だと思って、ハンナに呼びつけられてきた警察官たちは、いずれも顔面蒼白だ。しかし、フィリップ殿下は厳しい表情で周囲を見回し、数瞬、わたしの上に視線を留めると、すぐに自分の母親を見て、冷たく言った。
「あなたにはご自分の部屋を出てはならないと、国王陛下が命じていたはずです。にもかかわらず、ブリジットまで巻き込んで、このような不祥事を起こすなんて! ご自身の立場を全く、理解しておられない。もう、これ以上は庇えない」
「フィリップ?! 何を言うの! わたくしはお前の母親よ!」
「ええ、逃れられない運命でね。……王宮に連れていけ!」
王太子殿下が背後の数人に命令すれば、フロックコートの男性数人が護衛に守られた王妃を取り囲む。
「お前たちはブリジットの護衛だな。王妃の外出が禁じられていたのを、知っていたはずだ」
「申し訳ありません、しかし――妃殿下のご命令で……」
「どのみち、未然に止められなかった責任は、我々にある。先に母上を王宮に戻すが、お前たちはブリジットの護衛としてこの場に残るように」
王太子殿下が連れてきた男たちが、王妃とその付き添い婦人を連行するように連れて行き、妃殿下は茫然としたままその場に残る。
「フィリップ、どういうことなの?! フィリップ? お離し、わたくしを誰だと思っているの? お離しったら!」
連れ去られていく王妃がオーランド邸から出たのを確認して、王太子殿下は警察官に向き直る。
「……わが母は弟の長患いにより、精神に異常をきたした。王宮を出さないようにしていたのだが、監視をかいくぐって迷惑をかけた。警官諸氏には後ほど、改めて説明を行うが、今日のところはこれで引き取ってくれ。なお、このことは他言無用に」
王太子殿下に直々に頭を下げられ、警察間はお互い顔を見合わせる。指揮官と見える口髭を蓄えた警官が、びしりと敬礼して言った。
「承知いたしましました。それでは失礼します」
警官たちが去り、陶器の破片や紅茶の雫が散らばった居間を、ヴァルターさんとジュリアン、そしてハンナとで片付け、ヴァルターさんが改めてお茶を運んできた。わたしは一人掛けのソファに座り、ユールを膝に抱いて柔らかな毛を撫でながら、それらの情景をボーっと眺めていた。
ふと気づいて、ハンナに尋ねる。
「シャーロット嬢はどうなさっているの?」
「ミス・パーマーなら隣の部屋にずっと――」
ジュリアンが気づいて、控えの間で震えていたシャーロット嬢を連れてきた。
「シャーリー、ごめんなさい! 一人っきりにしてしまって!」
シャーロット嬢の茶色い瞳は涙で腫れ、頬には涙の跡がはっきりあった。
「わたしこそ! ユールを止められなくて! でも出て行くのも恐ろしくて……あんな、あんな……わたし、自分が役立たずで死にたい……!」
「シャーリー、そんなことないわ!……彼女の分のお茶もあるかしら?」
シャーロット嬢を抱き締めて慰めていると、ゴホン、と咳払いの音がして、王太子殿下がわたしたちを見ていた。
「すまない、ええと、ミス・エルスペス・アシュバートン? ……申し訳ないのだが、少しだけ話をさせてもらえるかな?」
居間の三人掛けのソファには、幽鬼のような青い顔で座る王太子妃殿下と、王太子殿下が座っている。わたしはシャーロット嬢にユールを預け、言った。
「食堂でお茶を飲んでいらして。また後でゆっくり――」
王太子殿下の意向で、その場に残ったのはご夫妻とわたし、それからヴァルターさんとカーティス大尉のみ。護衛たちは部屋の外で待機させられた。
「……本当に申し訳なかった。母には監視をつけていて、出歩くことはないはずだったのだが――」
わたしは首を傾げた。
「監視? 王妃陛下に?」
「ああ――」
王太子殿下が溜息交じりに言う。
「あの人は弟、ジョージの病がわかってから、だんだんと狂っていって……だが王妃という立場上、それを明らかにすることができなかった。決定的だったのは三年前で……父上は廃妃にして処罰することも考えたけれど、そのためには王妃の罪を明らかにしなければならない。だが、あの戦争のさなかにそんなことをすれば、王家の威信は地に墜ち、下手をすれば革命が起きる。だから罪を隠し、弟の看病という名目でバールの離宮に押し込めた」
王太子殿下は黒い睫毛を伏せる。
「ジョージの死後、母は王都の聖カタリーナ修道院に入れる予定にして、とにかく葬儀だけを済ませ、その後は自主的な出家として処理するつもりで、王宮内に監視をつけて軟禁しておいた。だが、その処置をごく、内々の者だけにしか伝えなかった。それが今回の原因だ。――私が、母の異常を周囲に伝える勇気がなくて……」
隣に座っていた王太子妃殿下が顔を上げる。
「……つまり、もともとお義母様はおかしかったと……?」
「そうなのだ。あなたには伝えておくべきだったのに、わたしがそれを怠った。外出を禁止した上で、母の機嫌を鎮めるために、あなたに世話を押し付け、肝心なことを言わなかった。……すべて、私が悪い」
王太子妃殿下が肩を落とす。
「わたくし……お義母様に言われたんですの。わたくしが男の子を産まないから、このままではアルバート殿下が即位するのに、よりによって下賤な女を妃にすると言い張っている、と。きちんと身の程をわからせてやらなければならない、そうでなければ、後々、娘たちが大変な目に遭わされると――。お義母様の外出が禁じられているのは知っていましたのに、押し切られてしまって……」
王妃の〈護衛〉は監視要員で、外出は許されない。そこで王妃は嫁のブリジット妃殿下を言いくるめ、ブリジット妃殿下の護衛に守られて密かに王宮を脱出し、オーランド邸を急襲したという。
王太子妃と過ごしているはずだったのに、王妃の部屋がもぬけの殻であることに気づいた監視要員たちは、国王と王太子に知らせた。そこへ、オーランド邸のヴァルターさんから、アルバート殿下に向けて緊急連絡が入った。ちょうどアルバート殿下は、昨日の葬儀を警備した陸軍や警察に慰問に出掛けて留守だったので、王太子殿下ご自身が、王妃と王太子妃を迎えに出向いたそうだ。
「ミス・エルスペス・アシュバートン……あなたやあなたの家族に我々王家が為したことは、いくら詫びても足りないくらいだ。私は今回も、母の暴挙を止めることができなかった。許してくれと言うのもおこがましいのはわかっている。だが――」
王太子殿下が頭を下げたその時、乱暴な足音がして回りの止めるのも聞かずにバタンとドアが開く。
「エルシー! 王妃が来たって――」
真っ青になったアルバート殿下が居間に飛び込んできて、一直線にわたしに駆け寄り抱き締めた。
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