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第二章

許してあげる

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 部屋に戻るとメイドのハンナが寝間着とキモノ・ガウンを並べて待っていた。
 ドレスを脱ぎ宝飾品を外し、根間着に着替えてガウンを羽織ったところで、シャツとトラウザーズの上に黒いキモノ・ガウンを羽織った殿下がやってきて、わたしを抱き上げて隣の部屋に掻っ攫おうとする。

「リジー!……だめよ!」
「嫌だ、何のために隣同士の部屋にさせたと思っている」
「でも……!」

 結婚したいなら貴族令嬢として尊重しろと、マクガーニ閣下にも釘を刺されたはずなのに、殿下はわたしとの関係を隠すつもりもないらしい。わたしは恥ずかしくて顔を俯けてしまうが、さすがハンナは要人の接待に慣れているのだろう、全く表情を変えることなく言った。

「では、明朝のお茶とお着替え、ご朝食などはすべて殿下のお部屋にお持ちすればよろしいですか?」
「ああ、そうしてくれ。クローゼットはこちらの部屋のものを使うが、ほとんど俺の部屋で過ごすことになるはずだ。明日、俺は正午から軍縮会議に出るが、エルシーは大使館で書類の整理をしてもらう。夕方、七時からグルブラン宮殿で夜会があるから、六時には出かけられるように準備を頼む。衣裳については、明日、指定する」
「承知いたしました。何かお飲みものをお持ちいたしましょうか?」
「今夜は入浴を済ませたら就寝する。ミネラル・ウォーターだけ頼む」
「畏まりました」 

 ハンナがほぼ直角に頭を下げているのに見送られ、わたしは殿下に抱き上げられて隣室に運ばれた。






 殿下の部屋は最上の客室の一つで、まさしく王侯に相応しい部屋だった。金の装飾が凝らされた優雅な天蓋ベッド。どっしりした厚地のカーテンには金糸の刺繍が散らされ、豪奢なフリンジ飾りがついて、襞を寄せてまとめたタッセルも金糸の組紐である。光沢のある絹の布団は薄緑色で、真っ白な敷布が被せられている。

 部屋は広くて開放的で、高い天井まで華麗な壁紙と装飾が施されている。壁も家具も白を基調とし、椅子の背面と座面には赤地に銀の模様の布が張られて、家具や調度品は優美な曲線を多用した繊細な造り。二百年ほど前に流行した、絢爛・豪華な内装に、わたしはうっとりする。伝統ある様式を残しながら、シャンデリアも壁付の灯も全て電灯で、浴室も最新のボイラーを備え、設備は改装によって真新しく便利になっているそうだ。これだけの規模の邸宅に最新の設備を備えるのはさぞ、お金がかかったに違いない。――歴代の皇帝の住まいであったグルブランの宮殿の豪華さは、果たしていかばかりか。

 茫然と室内を眺めまわしているわたしを、殿下は豪華な寝台に座らせ、自分はその前に跪いた。

「公爵の話……どう思った?」
「どうって――」
「……ひどい、話だと思っただろう。もともと、マックスの代襲相続の請願が無視されていたことで、俺の腹は煮えくり返っていたけれど、ローズの件からあそこまでの非道を働いていたなんて。俺は――」

 殿下はわたしの膝に縋るようにして、溜息をつく。

「ただ、スペアの王子を得るためだけに、結婚の決まっている二人を引き裂いて、その上――」

 わたしは膝に額を乗せるようにして項垂れてしまった殿下の、黒い髪を指でそっと梳いた。

「……お父様はずっと、ローズの帰りを待ったのね。だから、おばあ様はわたしのお母様が気に入らなかった。ローズを諦めて、お父様が仕方なく娶った妻だったから――」

 殿下が顔を上げ、わたしを見上げる。

「俺の目から見て、マックスとヴェロニカ夫人は上手くいっていたと思うがな」
「そうね。お父様は留守がちだったけど、別に両親が不仲だと思ったことはないわ?」
「そうだな。おばあ様には相当に気を使っていたみたいだけど。……おばあ様はずっと、ローズに戻ってきてもらいたかったんだろうな。俺を産んだのに国王は手放してくれず、マックスが妻を迎えてしまったら、ローズはもう、戻る場所もない……」

 殿下の黒髪を撫でながら、わたしはふと、思いついて尋ねた。

「……ローズの、お墓はどこにあるの?」
「王都の……聖カタリーナ修道院の横の――無縁墓地に葬られている」

 殿下の髪を撫でていたわたしの手が止まる。おばあ様が入院していた療養院サナトリウムの隣にある修道院だ。
  
「なぜ……そんな」
「ローズは身体を悪くして、でも王都には知り合いもいないから、国王が療養院に入れ、そこで亡くなった。俺はその時、王妃にバールの離宮に連れて行かれて、ローズの見舞いはおろか、葬儀にも行けなったから、すべては後で、リンドホルムにいた時におばあ様から聞いたんだ。……ローズが危篤になって、さすがに、リンドホルムに報せがあり、おばあ様とマックスが駆け付けたらしい。死に目にだけは会うことができたと、おばあ様が言っていた」

 ローズが亡くなったのはわたしが五、六歳のころだ。その頃に、おばあ様がカッスルを空けたかどうか、さすがに覚えてはいない。

「養女格とはいえ、ローズはアシュバートン家の人間ではないし、マックスはすでにヴェロニカ夫人と結婚していた。そんな状況で、ローズの遺体をリンドホルムに連れ帰れば、いろいろ詮索されるかもしれない。それに、ローズは王都に――俺の側に葬られることを望んだそうだ」

 葬儀は聖カタリーナ修道院で内々に行い、修道院横の墓地に葬られた。

「じゃあ、おばあ様は、ローズの墓の場所をご存知だったのですね?」

 殿下は頷く。

「ローズの墓に詣でるような人間は、俺の外はマックスとおばあ様くらいだ。俺は出征前は時々、詣でていたけれど、俺以外、花を手向けるような人もずっといなかった。でも、戦争から戻って後、ローズの墓に行ったら、少し古い薔薇の花が手向けられていた。――俺はマクガーニから、マックスの母親と娘が王都にいると聞いていたので、きっとおばあ様だろうと――」
「知らなかったわ――」

 わたしが頬に手を当てる。

「確かに、おばあ様は庭に薔薇だけは育てるようにメアリーに命じていたの。時々、られている気がしたけど、家のどこかに飾ったのかと、深くは考えなかった……」

 おばあ様が、わたしに黙ってローズの墓に詣でていたなんて、考えもしなかった。……そもそも、殿下と再会するまで、わたしはローズの存在も知らなかったわけで――。

「療養院に入院してからも、時々、墓地に出掛けていたようだ。……コーネル医師が墓地の近くで見かけて声をかけたところ、古い知り合いの墓参りだと。医師は無理をしないようにと注意を与えたそうだが」
「……おばあ様は、ローズと国王陛下のことをご存知だったのね? 殿下を産んだ後も、陛下とその――」
「たぶん。……あの話を聞いてようやく、王妃がローズをあそこまで虐待した理由がわかった。……そうだ時々、ローズは夜にも出かけている時があった。王妃の周りの女官や侍女がローズに辛辣だったのも、つまり――」

 殿下が辛そうに眉を顰める。
 王子の乳母でありながら、密かに国王の寵愛も受けている女を、王妃やその周囲が迫害するのは当然だ。

「……言いたくないけれど、国王陛下が間抜けに過ぎるわ。ローズを愛しているなら、そんな場所に置いておかず、きちんと守るべきなのに」

 わたしが批判めいたことを言えば、殿下も渋い表情で俯く。

「……愛妾だと認めることもできず、手放すこともできず……俺という存在が半ば人質にされているから、身動き取れなかったのかもしれないが。結構ひどい、暴力を含む虐待もあった。……流産したというのも、もしかしたら――」

 頭を抱えてしまった殿下を、わたしは思わず抱きしめるようにした。

 死に目に会うことができたのなら、おばあ様は当然、ローズの死因を知っているはずだ。

『――神罰は本当に下るのよ。……あの子には拒否できない相手だった……神様の許さない関係を持ってその上で子を産んで……あんなに辛い目に遭って死んでしまった――』

 あの言葉。おばあ様、ローズの辿った過酷な運命を知っていて――。

「俺は、許せない。――スペアの王子を産みだすために、ローズの人生を捻じ曲げ、マックスの約束すら踏みにじった王家が。……おばあ様が、エルシーを王家にはやらないと言ったのは当然だ。俺は――」 
「リジー……」

 わたしが殿下の顔の側に顔を寄せると、殿下が涙で潤んだ瞳でわたしを見た。

「エルシー……結局は俺が元凶なんだ。俺が生まれてしまったばかりに、マックスは戦死して、お前とおばあ様は領地を追い出されて――俺がいなければ今頃……」

 金色の瞳が真剣なまなざしで揺れる。わたしはふいにおかしくなって、思わず吹き出した。

「……殿下がいなかったら、きっとお父様はローズと結婚して、わたしのお母様とは結婚しなかったら、わたしも、ビリーもこの世にいなかったわ?」

 その指摘に、殿下は初めて気づいたような表情で、睫毛を瞬いた。

「そ……か。そう、なるな……」
「ええ、どのみち、リジーを責めるつもりはないわ……」

 わたしは少し考えて、リジーの額に軽くキスして、言った。

「リジーは特別だもの。……許してあげる」
「エル、シー……」

 チュっと、軽く唇が触れて、自分からキスしておきながら、急に恥ずかしくなったわたしは、慌てて身体を離してそっぽを向こうとした。が――。

 殿下にがっちりと捕らえられ、アッと言う間もなく視界が反転し、圧し掛かられて身動きもできない。

「な――リジー?」

 気づけば殿下はわたしに覆いかぶさり、至近距離から涙で潤んだ瞳で見下ろしている。

「エルシー……愛してる。愛してるんだ。お前だけ、俺の――」
「な……どうしたのです? 急に……」 
 
 何かまずいことを言ってしまったのだろうか? 慣れないことをしたからか? いったい何が悪かったのか――。

「あのローズの庭で初めて会ったとき、お前、言ったんだ。『この庭は特別な秘密の庭だから、知らない人は入っちゃだめ。でも、あなたは』って」
「……たしか、その後、草むしりをさせたんでしたわね?」
「ああ、特別に許すかわりに、草むしりをしろって――」

 それは要するに、草むしりをさせたかっただけでは――と思ったが、なぜか殿下は感激して瞳を潤ませている。

「あの時に俺は――ああ、この子は俺の存在を許してくれるんだって――王宮で存在を否定されている俺も、この子はここにいてもいいって言ってくれるんだって、それで――」

 ――その当時七歳のわたしが、そんな深いことを考えているわけがない。たぶん、ただ、草むしりの手が足りなくて、ちょうどいいと思って、適当なことを言っただけに違いない。

「ああ、愛してる、俺の、ただ一人のエルシー……」

 そうして強引に唇を奪われて――。
 そのままガウンと寝間着を剥ぎ取られそうになり、わたしは慌てて殿下の胸を、両の拳で叩く。

「だ、ダメ、お風呂、お風呂に入りたい! ずっとシャワーだけでっ!」

 殿下が「ああ」とにっこり微笑んで言った。

「そうだな、あそこの毛も久しぶりに剃らないと」
「えええ? やっぱり剃るの? なんで!」
「毛の生えているお前も好きだが、やっぱり子供みたいなつるつるまんこが忘れられない」

 殿下はベッドから身を起こすとわたしを抱き起し、膝裏に腕を回して横抱きにすると、浴室へと向かう。

「……もしかして、毛を剃るのは、子供の時につるつるだったから? それって……」
「あれは俺の原点、俺の全存在。お前のつるつるまんこには、俺の夢と憧れのすべてがつまっている」
「やだ、変態、やめて!」
「俺は特別だから、許してくれるんだろ?」
「変態はその中に含まれません! リジー!」

 わたしは浴室に連れ込まれて裸に剥かれ、鏡の前で念入りに毛を剃られてしまった。  

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