83 / 190
第二章
エヴァンジェリア王女
しおりを挟む
わたしが一瞬、背後のカーティス大尉を気にすると、大尉はエヴァ嬢の動作に警戒心を露わにして、ほとんど腰を浮かせるように身構えていた。
「……その、ランデルとグリージャのお話をご存知ということは、あなたはまさか……」
「カーラはランデル語は理解できないの。でも、あたなの後ろの方が……」
わたしはカーティス大尉に無言で頷いて大丈夫だと伝え、エヴァ嬢に向き合った。
「付き添いのご婦人がランデル語を理解しないなら、あなたもなるべく普通に……まるで、何でもない世間話でもしているフリをしてください。こちらの、カーティス大尉なら聞かれても問題ないわ。……王子には、王女と結婚するつもりなんて、これっぽっちもないわ。むしろ迷惑だと思っている」
わたしはエヴァ嬢を座らせると、世間話でもするかのように何気ない調子で答え、じっと彼女を見た。エヴァ嬢はそれでもまだ、疑わしそうな目でわたしを見つめる。
「失礼を承知で聞くけど、あなたは彼の愛人なの?」
「本当に失礼な質問ですわね。……彼は愛人じゃなくて恋人だと言い張っているわ? 一応、彼からプロポーズもされているし」
わたしの答えに、エヴァ嬢が綺麗に整えた眉を上げた。
「……つまり、彼は今、あなたに夢中で、あなたと結婚するつもりでいる。……でも、別の方と婚約したのよね? 昔からの婚約者候補だった公爵令嬢と。その報せを聞いた時は少しだけ安心したけど、すぐに彼の愛人スキャンダルの噂が流れてきて、周囲の者は、それは公爵令嬢との婚約を破棄するための偽装で、本命はわたくしだって言い張るの。でも、そんな男、信用できっこないわ。それで、わたくしは国を出ることにしたの」
愛人スキャンダル、とはっきり言われて、わたし自身よりも、背後のカーティス大尉の発する怒りのオーラの方が恐ろしくて、わたしは慌てて言った。
「公爵令嬢との婚約は、彼は戦争前に白紙に戻していたはずなのよ。なのに、騙し討ちのような形で議会を通されてしまって、彼もカンカンに怒っていたわ。……どうやら、グリージャとの話を進める勢力に向けての、牽制みたいね」
わたしが小声の早口で言えば、彼女は少しだけ目を丸くする。
「ならば、ランデルの上層部も、グリージャ王族との婚姻には乗り気ではない、ということなの?」
「もともと、我が国は他国から王妃や王子妃を迎えないわ。ここ、数代にわたって、国内の貴族から出しているもの」
「彼は女王の王配になりたがってるって……」
わたしは首を振った。
「ますますあり得ないわ。王太子殿下に王子が生まれなくて、跡取りがいないから彼の結婚も急かされているのに」
「でも彼は三男よ? もう一人、王子が……」
わたしはカーティス大尉をちらりと見た。……ジョージ殿下のご病気が重く、もう長くはないというのは、話していいことなのか。
カーティス大尉が頷いて言った。
「細かい事情は言えませんが、アルバート殿下は実質的には第二位の継承者です。外国の婿に出す余裕は、我が国にはない」
「じゃあ、ランデル側がわたくしとの結婚を望んでいるというのは、要するにウソなのね!」
エヴァ嬢が憤慨したように言い、わたしとカーティス大尉は思わず顔を見合わせる。王女の周辺が、そうまでして、アルバート殿下との縁を結ぼうとする、理由がわからないのだけど……。
「ならば、この列車に乗り合わせたのは偶然でしたのね?」
わたしの問いに、エヴァ嬢が大きく頷く。
「ええ、もちろん偶然です。本当は二日前の列車に乗る予定でしたわ。ビルツホルンにいる知人の元に向かうはずが、雪のせいで、リーデンで足止めを食ってしまって。運行再開した最初の寝台車が、この車両でしたのよ。でも、鉄道会社が妙に渋るの。座席は空いているけれど、次の列車にしないかって。わたくしは一日も早くビルツホルンに着きたくて、押し切ったの。……まさか、件の王子が、それも愛人連れで乗り込んでいるだなんて、本当にびっくりしたわ。仮にも隣国の王女との結婚話があるのに、これ見よがしに愛人とイチャつくなんて、なんて女好きのいやらしい男なのかしらって」
エヴァ嬢の、軽蔑に満ちた表情を見て、わたしはようやく合点した。……昨夜、食堂車で睨んでいたのは、わたしじゃなくて、殿下を睨んでいたのね……。
エヴァ嬢はお替りの紅茶を自分で注いで、一口飲んでから、わたしを見た。
「でも安心したわ。金狼にその気がないってわかっただけで、ホッとしてよ」
「……つまり、お二人を結婚させるために、嘘の情報でかき回している者たちがいるのですね」
わたしの言葉に、エヴァ嬢が少し表情を改める。
「……そうなるわね。わたくしだって王族の端くれ、国のために結婚する覚悟だってそれなりにはあるわ。ただ、ランデルの王子との結婚が、グリージャに利点を生むとは、どうしても思えなくて」
ランデルに国を乗っ取られるのでは、と警戒して当然だ。
わたしは、少し離れた席から心配そうにこちらを伺っている、付き添い婦人を見ながら言う。
「アルバート殿下との結婚を画策する、グリージャ側の目的は何かしら」
「お兄様を廃嫡して、わたくしを女王にするつもりなのよ。わたくしが他国に嫁ぐのを阻止し、女王の王配に相応しい他国の王子となると、条件の合う人は限られるから」
殿下から聞いた話では、アーダルベルト王太子は愛人に夢中の色ボケ王子だとか。……口にこそ出さなかったが、わたしの表情からエヴァ嬢は汲み取り、早口で兄を庇った。
「お兄様は謀られたのよ。ハニートラップって言うのかしら。よからぬ思惑を持った者たちが、あの毒婦をけしかけたのよ。……あっさり引っかかったお兄様も情けないけど、お兄様よりも七つも年上なのよ? 汚らわしいったらわないわ」
「……でも、お兄様が正道に立ち戻らない限り、あなたを女王に、という不満は消えないのではないかしら。わたしが国民だったら、そんな王様は嫌だわ」
エヴァ嬢も深く溜息をつく。
「そうなのよね……わたくしが出奔することで、お兄様も目を覚ましてくださればいいのだけれど」
つまり、エヴァ嬢は、毒婦に狂ってしまった兄の目を覚まさせるために、敢えて国を出てきたというのだ。――兄は愛人宅に入り浸りで、妹は外国の王子との結婚を嫌がって国外に出奔。兄妹揃って何をやっているのかしらと、わたしがグリージャの国民だったら頭を抱えていると思う。
わたしも何となく疲れて、すっかり冷めた紅茶の残りを飲み干していると、背後からカーティス大尉が尋ねた。
「……ビルツホルンの知人という方は、あなたが国を出奔したのを、ご存知なのですか」
「電報は打ったわ。リーデンで返事も受け取って。列車が遅れて、彼はきっとイライラしているわ」
「彼?」
意味がわからず聞き返せば、エヴァ嬢は肩を竦めて、あっけらかんと言った。
「わたくし、以前の婚約者の元に向かっていますの」
わたしは思わず、目を瞠った。背後のカーティス大尉も複雑な表情だ。
エヴァンジェリア王女のかつての婚約者とは、アルティニア帝国のグスタフ皇太子の長男、フェルディナンド大公だ。王女は身分を隠して国を出奔し、政略的に引き裂かれたかつての婚約者の元に向かう。――だが乗り合わせた列車には、彼女に結婚を迫る(と思い込んでいた)ランデルの王子が乗っていて――。
「元の婚約者の方は、婚約が解消になったのに、あなたを迎え入れてくださると?」
「もちろんよ。婚約の解消は我が国がランデルに降伏したせいだけど、その後、結局、アルティニアだって降伏したんだもの。何より、わたくしたちは愛し合っているんだから」
エヴァ嬢は自信満々だが、身近にステファニー嬢という実例がいたので、わたしもカーティス大尉も疑い深くなっていて、食い気味に念を押した。
「本当に?」
「ええ。リーデンで受け取った電報でも、会えるのが待ち遠しいって。でも、困ったわね、わたくし、ランデルの王子の悪口をさんざっぱら、手紙に書いてしまったのよ。婚約を強要されて困ってるとか、何とか。周囲の者のウソに惑わされた誤解だったなんて。……フェルが、ランデルの王子にひどい態度を取らないか、心配だわ」
「……もしかして、ビルツホルンの駅まで、迎えに来ちゃったりします?」
「ああ、フェルのことだから、きっと来てくださるわ! 一刻も早く会いたいわ、一年ぶりなのよ?」
碧色の瞳を輝かせ、両手を胸の前に組んで、エヴァ嬢はいかにも嬉しそうに言うけれど、わたしとカーティス大尉は、思わず顔を見合わせていた。カーティス大尉が見かねたように言う。
「……お願いですから、我々がビルツホルンに着いて、完全に別行動になるまでは、正体がバレないようにしてください。身分を隠して旅する王女と同じ列車に、我が国の王子が乗り合わせるなんて、どんな噂を立てられるかわかりません。それこそ、殿下があなたを無理に攫ったかのように誤解されたら、大変な国際問題になります」
カーティス大尉に言われて、エヴァ嬢は初めて、そのことに気づいたらしい。
「……まあ、そうね……。どうしましょう。だからこの列車はダメだって、しつこく言われたのね。でもわたくし、一刻も早く、ビルツホルンに着きたかったの。きっと、フェルが心配しているに違いないから。三日もリーデンに足止めなんて、それこそ、国に連れ戻されてしまいますでしょう?」
たしかに、身分を隠して昔の婚約者の元に向かう身としては、一日も早く目的地に着きたいと思うのは当然だ。でも、間が悪すぎる……。エヴァ嬢は隠しているつもりでも、鉄道会社にはバレバレで、すでにわたしたちにもバレている。そもそも本気で隠す気もないのかもしれない。
「しかし……ハーケンはあなたの正体に気づいたでしょうね? 二等書記官で、何度かグリージャとの交渉のために、貴国にも足を運んでいるはずです。お会いしたことは?」
カーティス大尉の問いに、エヴァ嬢は首を傾げる。
「ハーケン?……さあ、わたくし、外務大臣や大使ならともかく、外交官の名前と顔までは。でも、外交官ならわたくしの写真ぐらいは見ているでしょうし、気づいたかもしれませんわね?」
「ならば今頃、殿下もあなたの正体を知らされているでしょう」
と、その時、乱暴に扉が開き、ロベルトさんが駆け込んできて、カーティス大尉の耳元で囁いた。
「ジョナサン! 殿下を止めてくれ! 俺じゃ無理だ! このままだと、殿下がハーケンを殴り殺しちまう!」
「……その、ランデルとグリージャのお話をご存知ということは、あなたはまさか……」
「カーラはランデル語は理解できないの。でも、あたなの後ろの方が……」
わたしはカーティス大尉に無言で頷いて大丈夫だと伝え、エヴァ嬢に向き合った。
「付き添いのご婦人がランデル語を理解しないなら、あなたもなるべく普通に……まるで、何でもない世間話でもしているフリをしてください。こちらの、カーティス大尉なら聞かれても問題ないわ。……王子には、王女と結婚するつもりなんて、これっぽっちもないわ。むしろ迷惑だと思っている」
わたしはエヴァ嬢を座らせると、世間話でもするかのように何気ない調子で答え、じっと彼女を見た。エヴァ嬢はそれでもまだ、疑わしそうな目でわたしを見つめる。
「失礼を承知で聞くけど、あなたは彼の愛人なの?」
「本当に失礼な質問ですわね。……彼は愛人じゃなくて恋人だと言い張っているわ? 一応、彼からプロポーズもされているし」
わたしの答えに、エヴァ嬢が綺麗に整えた眉を上げた。
「……つまり、彼は今、あなたに夢中で、あなたと結婚するつもりでいる。……でも、別の方と婚約したのよね? 昔からの婚約者候補だった公爵令嬢と。その報せを聞いた時は少しだけ安心したけど、すぐに彼の愛人スキャンダルの噂が流れてきて、周囲の者は、それは公爵令嬢との婚約を破棄するための偽装で、本命はわたくしだって言い張るの。でも、そんな男、信用できっこないわ。それで、わたくしは国を出ることにしたの」
愛人スキャンダル、とはっきり言われて、わたし自身よりも、背後のカーティス大尉の発する怒りのオーラの方が恐ろしくて、わたしは慌てて言った。
「公爵令嬢との婚約は、彼は戦争前に白紙に戻していたはずなのよ。なのに、騙し討ちのような形で議会を通されてしまって、彼もカンカンに怒っていたわ。……どうやら、グリージャとの話を進める勢力に向けての、牽制みたいね」
わたしが小声の早口で言えば、彼女は少しだけ目を丸くする。
「ならば、ランデルの上層部も、グリージャ王族との婚姻には乗り気ではない、ということなの?」
「もともと、我が国は他国から王妃や王子妃を迎えないわ。ここ、数代にわたって、国内の貴族から出しているもの」
「彼は女王の王配になりたがってるって……」
わたしは首を振った。
「ますますあり得ないわ。王太子殿下に王子が生まれなくて、跡取りがいないから彼の結婚も急かされているのに」
「でも彼は三男よ? もう一人、王子が……」
わたしはカーティス大尉をちらりと見た。……ジョージ殿下のご病気が重く、もう長くはないというのは、話していいことなのか。
カーティス大尉が頷いて言った。
「細かい事情は言えませんが、アルバート殿下は実質的には第二位の継承者です。外国の婿に出す余裕は、我が国にはない」
「じゃあ、ランデル側がわたくしとの結婚を望んでいるというのは、要するにウソなのね!」
エヴァ嬢が憤慨したように言い、わたしとカーティス大尉は思わず顔を見合わせる。王女の周辺が、そうまでして、アルバート殿下との縁を結ぼうとする、理由がわからないのだけど……。
「ならば、この列車に乗り合わせたのは偶然でしたのね?」
わたしの問いに、エヴァ嬢が大きく頷く。
「ええ、もちろん偶然です。本当は二日前の列車に乗る予定でしたわ。ビルツホルンにいる知人の元に向かうはずが、雪のせいで、リーデンで足止めを食ってしまって。運行再開した最初の寝台車が、この車両でしたのよ。でも、鉄道会社が妙に渋るの。座席は空いているけれど、次の列車にしないかって。わたくしは一日も早くビルツホルンに着きたくて、押し切ったの。……まさか、件の王子が、それも愛人連れで乗り込んでいるだなんて、本当にびっくりしたわ。仮にも隣国の王女との結婚話があるのに、これ見よがしに愛人とイチャつくなんて、なんて女好きのいやらしい男なのかしらって」
エヴァ嬢の、軽蔑に満ちた表情を見て、わたしはようやく合点した。……昨夜、食堂車で睨んでいたのは、わたしじゃなくて、殿下を睨んでいたのね……。
エヴァ嬢はお替りの紅茶を自分で注いで、一口飲んでから、わたしを見た。
「でも安心したわ。金狼にその気がないってわかっただけで、ホッとしてよ」
「……つまり、お二人を結婚させるために、嘘の情報でかき回している者たちがいるのですね」
わたしの言葉に、エヴァ嬢が少し表情を改める。
「……そうなるわね。わたくしだって王族の端くれ、国のために結婚する覚悟だってそれなりにはあるわ。ただ、ランデルの王子との結婚が、グリージャに利点を生むとは、どうしても思えなくて」
ランデルに国を乗っ取られるのでは、と警戒して当然だ。
わたしは、少し離れた席から心配そうにこちらを伺っている、付き添い婦人を見ながら言う。
「アルバート殿下との結婚を画策する、グリージャ側の目的は何かしら」
「お兄様を廃嫡して、わたくしを女王にするつもりなのよ。わたくしが他国に嫁ぐのを阻止し、女王の王配に相応しい他国の王子となると、条件の合う人は限られるから」
殿下から聞いた話では、アーダルベルト王太子は愛人に夢中の色ボケ王子だとか。……口にこそ出さなかったが、わたしの表情からエヴァ嬢は汲み取り、早口で兄を庇った。
「お兄様は謀られたのよ。ハニートラップって言うのかしら。よからぬ思惑を持った者たちが、あの毒婦をけしかけたのよ。……あっさり引っかかったお兄様も情けないけど、お兄様よりも七つも年上なのよ? 汚らわしいったらわないわ」
「……でも、お兄様が正道に立ち戻らない限り、あなたを女王に、という不満は消えないのではないかしら。わたしが国民だったら、そんな王様は嫌だわ」
エヴァ嬢も深く溜息をつく。
「そうなのよね……わたくしが出奔することで、お兄様も目を覚ましてくださればいいのだけれど」
つまり、エヴァ嬢は、毒婦に狂ってしまった兄の目を覚まさせるために、敢えて国を出てきたというのだ。――兄は愛人宅に入り浸りで、妹は外国の王子との結婚を嫌がって国外に出奔。兄妹揃って何をやっているのかしらと、わたしがグリージャの国民だったら頭を抱えていると思う。
わたしも何となく疲れて、すっかり冷めた紅茶の残りを飲み干していると、背後からカーティス大尉が尋ねた。
「……ビルツホルンの知人という方は、あなたが国を出奔したのを、ご存知なのですか」
「電報は打ったわ。リーデンで返事も受け取って。列車が遅れて、彼はきっとイライラしているわ」
「彼?」
意味がわからず聞き返せば、エヴァ嬢は肩を竦めて、あっけらかんと言った。
「わたくし、以前の婚約者の元に向かっていますの」
わたしは思わず、目を瞠った。背後のカーティス大尉も複雑な表情だ。
エヴァンジェリア王女のかつての婚約者とは、アルティニア帝国のグスタフ皇太子の長男、フェルディナンド大公だ。王女は身分を隠して国を出奔し、政略的に引き裂かれたかつての婚約者の元に向かう。――だが乗り合わせた列車には、彼女に結婚を迫る(と思い込んでいた)ランデルの王子が乗っていて――。
「元の婚約者の方は、婚約が解消になったのに、あなたを迎え入れてくださると?」
「もちろんよ。婚約の解消は我が国がランデルに降伏したせいだけど、その後、結局、アルティニアだって降伏したんだもの。何より、わたくしたちは愛し合っているんだから」
エヴァ嬢は自信満々だが、身近にステファニー嬢という実例がいたので、わたしもカーティス大尉も疑い深くなっていて、食い気味に念を押した。
「本当に?」
「ええ。リーデンで受け取った電報でも、会えるのが待ち遠しいって。でも、困ったわね、わたくし、ランデルの王子の悪口をさんざっぱら、手紙に書いてしまったのよ。婚約を強要されて困ってるとか、何とか。周囲の者のウソに惑わされた誤解だったなんて。……フェルが、ランデルの王子にひどい態度を取らないか、心配だわ」
「……もしかして、ビルツホルンの駅まで、迎えに来ちゃったりします?」
「ああ、フェルのことだから、きっと来てくださるわ! 一刻も早く会いたいわ、一年ぶりなのよ?」
碧色の瞳を輝かせ、両手を胸の前に組んで、エヴァ嬢はいかにも嬉しそうに言うけれど、わたしとカーティス大尉は、思わず顔を見合わせていた。カーティス大尉が見かねたように言う。
「……お願いですから、我々がビルツホルンに着いて、完全に別行動になるまでは、正体がバレないようにしてください。身分を隠して旅する王女と同じ列車に、我が国の王子が乗り合わせるなんて、どんな噂を立てられるかわかりません。それこそ、殿下があなたを無理に攫ったかのように誤解されたら、大変な国際問題になります」
カーティス大尉に言われて、エヴァ嬢は初めて、そのことに気づいたらしい。
「……まあ、そうね……。どうしましょう。だからこの列車はダメだって、しつこく言われたのね。でもわたくし、一刻も早く、ビルツホルンに着きたかったの。きっと、フェルが心配しているに違いないから。三日もリーデンに足止めなんて、それこそ、国に連れ戻されてしまいますでしょう?」
たしかに、身分を隠して昔の婚約者の元に向かう身としては、一日も早く目的地に着きたいと思うのは当然だ。でも、間が悪すぎる……。エヴァ嬢は隠しているつもりでも、鉄道会社にはバレバレで、すでにわたしたちにもバレている。そもそも本気で隠す気もないのかもしれない。
「しかし……ハーケンはあなたの正体に気づいたでしょうね? 二等書記官で、何度かグリージャとの交渉のために、貴国にも足を運んでいるはずです。お会いしたことは?」
カーティス大尉の問いに、エヴァ嬢は首を傾げる。
「ハーケン?……さあ、わたくし、外務大臣や大使ならともかく、外交官の名前と顔までは。でも、外交官ならわたくしの写真ぐらいは見ているでしょうし、気づいたかもしれませんわね?」
「ならば今頃、殿下もあなたの正体を知らされているでしょう」
と、その時、乱暴に扉が開き、ロベルトさんが駆け込んできて、カーティス大尉の耳元で囁いた。
「ジョナサン! 殿下を止めてくれ! 俺じゃ無理だ! このままだと、殿下がハーケンを殴り殺しちまう!」
16
お気に入りに追加
3,260
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる