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第一章
新聞報道
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歌劇場でレコンフィールド公爵令嬢と遭遇したのは金曜で、その夜、殿下は王都のアパートメントに泊まった。当然、殿下はわたしを抱くつもりだっただろうが、何となく腰が重いと思っていたら月の障りが来ていいた。そう告げると、殿下は一瞬、虚を衝かれたような表情をされたが、すぐにああ、と頷いた。
「……そうだよな。そりゃ、来るよな……」
「ええまあ……」
わたしは男性に月の障りについて語ったことなどなかったので、恥ずかしくて殿下の顔が見られなかったけれど、初潮を迎えた時に祖母に説明されたことがある。――子を孕むと、月の障りも停まる、と。つまり、月の障りがあるということは、子を身籠ってはいない、ということだ。
この説明を受けた時、わたしはどうすれば子を身籠るのかわからなくて祖母に尋ね、烈火の如く叱られたことを思い出す。曰く、そんなことを女が口に出すべきでない、と。
「その……俺には経験がないから、よくわからないが、辛くはないのか?」
殿下もまた、柄にもなく恥ずかしそうな表情をしているので、わたしはおや、と思う。と同時に、こいつにも月の障りが来ればいいのに、と脈絡もなく考えてしまった。
「ええ、アンナに相談したらすぐに準備を整えてくれました。よくわからないですが、わたしは割と軽い方みたいで。……でも、しばらく色の薄いドレスは無理ですね」
その夜着ていたドレスはわりとゆったりしたシルエットで、わたしは夜の寒さに備えて分厚いドロワースを重ね履きしていたので、ドレスを汚さずに済んだ。タイトなシルエットでドロワースを穿けないドレスだったら……と思うと少しゾッとする。
「重いとか軽いとかあるのか? ……女って大変だな」
殿下が呟き、その夜は殿下と二人、一つのベッドでただ寄り添い合って眠った。――以前も、こういう夜があったような気がしあけれど、疲れていたわたしは思い出す前に眠ってしまった。
翌日の土曜日、殿下はわたしの身体を気遣って、一日のんびりとアパートメントで過した。殿下が興味を持っている、東洋美術の画集を二人で見たり――。
殿下と過ごす何気ないい時間が、わたしにとって当たり前になっていく。それが恐ろしいような気がしたけれど、今更、逃れることももう、できない。
日曜日の午後は、いつも祖母の見舞いに当てていた。本当は土曜の午後も行きたいのだけれど、土曜は殿下の特別業務が入ってしまう。日曜日はお願いして空けてもらっているのだ。紺地のタータンチェックの踝までのスカートに編み上げブーツ、上は襟にレースの縁取りのついた白いブラウスにグレーのジャケット、ウールの帽子を被って、ジュリアンの呼んでくれた馬車に乗る。祖母の好きな王都の老舗の紅茶と老舗の菓子舗の焼き菓子をバスケットに入れ、途中の花屋で花束を買うことにしている。
出かけようとするわたしを、殿下が呼び止める。ストライプ柄のシャツの上に、黒い男物のキモノを羽織ったラフな姿で、玄関まで出てきて、わたしを抱きしめ、耳元で言った。
「俺は今日は王宮に呼ばれて戻れない。……また、月曜に」
「ええ、殿下。……承知しました」
「……愛してる」
啄むような軽いキスだったけれど、わたしはジュリアンの目が気になって体を捩り、殿下の腕から逃れる。玄関を出て専用のエレベータに乗るまで、見送ってくれる殿下は、何となく、置いてきぼりにされた犬みたいに見えた。
月曜日の朝。わたしが司令部に出勤し、サインの必要な書類や郵便物などを殿下の執務室に運んでいくと、ちょうど、殿下が出勤されてきたところに鉢合わせる。殿下は馬車の中で読んでいたらしい、新聞を無造作に執務机の上に投げ捨て、暑苦しそうに軍服の上着を脱ぐ。
「おはようございます」
「……新聞、見たか?」
殿下に気まずそうに問われて、わたしが首を振った。
「いいえ、今朝はまだ――」
わたしは何気なく、机の上の新聞を見る。トップニュースは講和会議の進捗状況について。次のニュースは最近王都を騒がす猟奇殺人事件について。
「まだ犯人、捕まらないんですね、これ。物騒だわ」
「それはどうでもいい――よくはないが、警察も頑張ってはいるんだ。その下だ」
言われて視線を滑らせれば、一面の下の方に、アルバート殿下が婚約目前とみられるレコンフィールド公爵令嬢と一緒にオペラを観劇した、との記事があった。
「……王子様ともなると、オペラを見ただけで記事になるんですね」
正直な感想を口にすると、殿下が不愉快そうに肩を竦め、脱いだ上着の内ポケットから煙草を取り出し、咥えて火を点ける。
「……公爵側が金を払って記事を書かせたんだろうな、忌々しい!」
つまり、殿下とレコンフィールド公爵令嬢の婚約は秒読みだと、世論に刷り込み、殿下を追い込む意図があるのだ、と。
殿下とレコンフィールド公爵令嬢らが、ホワイエで歓談しているのを多くの人が目撃しているし、彼らはボックスが別々だったなんて知らない。それに、劇がはねてから、殿下とレコンフィールド公爵令嬢らが、一緒にレストランに向かったのも見ている。二人は相変わらず仲睦まじいと、思わせるには十分だろう。
――その後、殿下が愛人と待ち合わせて食事をしたなんて、知るはずがないから。
「俺が婚約を拒否し、他に恋人がいるという噂を否定しようと、レコンフィールド公爵は必死だ」
「考えようによれば、殿下が別の女とオペラ観劇! 浮気か!……なんて記事じゃなくてよかったじゃないですか」
わたしが敢えて前向きに言ってみれば、殿下が眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような表情で煙草の煙を吐き出す。
「そんな不味そうな顔をして吸われるくらいなら、煙草やめてください。……臭いです」
わたしが遠慮なく言ってやれば、殿下は溜息をつきながら煙草の灰を落とす。
「言っておくが、俺は浮気してるつもりはないんだぞ?」
「ええ、わかっていますよ? 特別業務でしょ?」
「エルシー……」
殿下は煙草を右手の指に挟んだまま、執務机を回ってわたしの腕を掴み、抱き寄せる。
「だめっ……こんなところで、誰かに見られたらっ……」
わたしが殿下の胸を押して一歩下がると、殿下も諦めて、それ以上は近づこうとはしなかったが、しかし掴んだ二の腕も離そうとしない。
「……そうだエルシー、午後は買い物に行こう。……体の方はいいんだろう?」
「はあ? ……まあその、それはいいんですけど。……殿下、お仕事は?」
「今日は夜に、晩餐会が入っているけれど、夕方まではフリーなんだ」
「でも買い物って……目立ったらまずいでしょう?」
わたしが呆れるが、殿下は首を振った。
「ロベルトのコネで、バーナード・ハドソン商会のプライヴェート・サロンが使える。……実は、バーナードから東洋での投資の話を持ち掛けられているんだ。……先に昼食を摂って、その後で回ればいい」
「でも――」
わたしは躊躇するが、もとより、わたしに決定権などなかった。
午前の業務を終え、アパートメントに戻る。ノーラに手伝ってもらって着替えたのは、紺色の地に手縫いのタックの装飾が入ったデイ・ドレス。七分袖でストンと直線的なシルエットでローウエストの切り替え。身体の脇には精緻なレースが脇の下から裾まで続き、後ろ側に扇形のスリットがあって、膝下から脹脛を覆う形で白いレースのフリルがついている。シンプルな丸首で、長い真珠の三連ネックレスを合わせる。
「お揃いの帽子がありますけど、お食事の後に被られます?」
「そうしたいわ。……つばが邪魔そうだもの」
ノーラが差し出す帽子を見て、わたしが頷く。共布で作った薔薇の花のコサージュとチュールレースの装飾がついていて、食事をするには邪魔そうだった。
着替えを済ませて食堂に行けば、殿下は三つ揃いに着替えて、煙草を吸いながら書類を見ておられた。
「やっぱりまだ、お仕事があったんじゃありませんの?」
わたしが尋ねれば、殿下は慌てて煙草をもみ消して笑う。
「これは違う。……俺の個人的な資産の管理に関わるヤツで……」
殿下が書類に簡単にサインしてそれをロベルトさんに渡すと、ロベルトさんがウインクして言った。
「先にバーナードのところに行ってますよ。では後程」
「ああ、たのんだ」
ロベルトさんが出て行くのと同時に、昼食が並べられる。
「バーナードはロベルトの……というか、ミス・ローリー・リーンのパトロンだ」
「……そうなのですか」
注がれた赤ワインのグラスを手にして、わたしが目を瞠る。
「ロベルトが士官学校を出られたのも、バーナード・ハドソンの援助のおかげで……その縁で、俺も付き合いが少しある。お前の宝石なんかもバーナードの店から買っているけど、たまには自分で選びたいだろう?」
バーナード・ハドソン商会は東洋との取引で大きくなった、王都でも一二を争う商会だ。
「宝石は別に……買いすぎなくらいです」
「その真珠はよく似合うな。……東洋の真珠は品質がいい。それに……養殖の研究が進んでいてね」
「養殖?……宝石を、養殖?」
意味がわからなくて、殿下と、自分の胸の真珠の首飾りを見比べてしまう。
「真珠は宝石と言っても貝から採れる、ってことくらいは知っているだろう?」
「……え?……そうなのですか?」
もともと宝石に興味のなかったわたしは視線を泳がせてしまう。……聞いたことがあるような、ないような。
殿下は呆れたように眉尻を下げ、言った。
「真珠採りの海女を題材にしたオペラがあるぞ。……今度見に行くか」
「しばらくオペラはいいです……」
「……まあとにかく、東の果ての国では、真珠を人工的に養殖する技術が確立されたそうなんだ。……その事業に投資を持ち掛けられている」
「へえ……」
「その技術を開発した男と直接話ができると言うからな。……東の果ての国からここまでやってくる男に興味もあるし。それで、バーナードの店に行くのに、何も買わずに帰るのも無粋だろう」
そう言って殿下がわたしに向かってにっこり微笑んだ。
「だから、欲しいものがあれば、何でも遠慮なく強請れ」
あまりに甘い笑顔で言われて、わたしは柄にもなくドギマギする。
「いえ、そんな……別に欲しいものなんて、特には……」
わたしは困惑して、そして場を持たせるために余計にワインを過ごしてしまった。……軽めで口当たりのいいワインは、隣国の、最近殿下が投資しているシャトーのものなのだと言う。
「実を言うと……俺は国の世話になるつもりはないんだ。国を出ても何とかなるくらいまで財産を増やそうとしてるところだ。だから……」
殿下は赤ワインを一口飲んでから、言った。
「ステファニーのことでは、しばらくお前を煩わせるかもしれないが、いずれ解決する」
「……そうだよな。そりゃ、来るよな……」
「ええまあ……」
わたしは男性に月の障りについて語ったことなどなかったので、恥ずかしくて殿下の顔が見られなかったけれど、初潮を迎えた時に祖母に説明されたことがある。――子を孕むと、月の障りも停まる、と。つまり、月の障りがあるということは、子を身籠ってはいない、ということだ。
この説明を受けた時、わたしはどうすれば子を身籠るのかわからなくて祖母に尋ね、烈火の如く叱られたことを思い出す。曰く、そんなことを女が口に出すべきでない、と。
「その……俺には経験がないから、よくわからないが、辛くはないのか?」
殿下もまた、柄にもなく恥ずかしそうな表情をしているので、わたしはおや、と思う。と同時に、こいつにも月の障りが来ればいいのに、と脈絡もなく考えてしまった。
「ええ、アンナに相談したらすぐに準備を整えてくれました。よくわからないですが、わたしは割と軽い方みたいで。……でも、しばらく色の薄いドレスは無理ですね」
その夜着ていたドレスはわりとゆったりしたシルエットで、わたしは夜の寒さに備えて分厚いドロワースを重ね履きしていたので、ドレスを汚さずに済んだ。タイトなシルエットでドロワースを穿けないドレスだったら……と思うと少しゾッとする。
「重いとか軽いとかあるのか? ……女って大変だな」
殿下が呟き、その夜は殿下と二人、一つのベッドでただ寄り添い合って眠った。――以前も、こういう夜があったような気がしあけれど、疲れていたわたしは思い出す前に眠ってしまった。
翌日の土曜日、殿下はわたしの身体を気遣って、一日のんびりとアパートメントで過した。殿下が興味を持っている、東洋美術の画集を二人で見たり――。
殿下と過ごす何気ないい時間が、わたしにとって当たり前になっていく。それが恐ろしいような気がしたけれど、今更、逃れることももう、できない。
日曜日の午後は、いつも祖母の見舞いに当てていた。本当は土曜の午後も行きたいのだけれど、土曜は殿下の特別業務が入ってしまう。日曜日はお願いして空けてもらっているのだ。紺地のタータンチェックの踝までのスカートに編み上げブーツ、上は襟にレースの縁取りのついた白いブラウスにグレーのジャケット、ウールの帽子を被って、ジュリアンの呼んでくれた馬車に乗る。祖母の好きな王都の老舗の紅茶と老舗の菓子舗の焼き菓子をバスケットに入れ、途中の花屋で花束を買うことにしている。
出かけようとするわたしを、殿下が呼び止める。ストライプ柄のシャツの上に、黒い男物のキモノを羽織ったラフな姿で、玄関まで出てきて、わたしを抱きしめ、耳元で言った。
「俺は今日は王宮に呼ばれて戻れない。……また、月曜に」
「ええ、殿下。……承知しました」
「……愛してる」
啄むような軽いキスだったけれど、わたしはジュリアンの目が気になって体を捩り、殿下の腕から逃れる。玄関を出て専用のエレベータに乗るまで、見送ってくれる殿下は、何となく、置いてきぼりにされた犬みたいに見えた。
月曜日の朝。わたしが司令部に出勤し、サインの必要な書類や郵便物などを殿下の執務室に運んでいくと、ちょうど、殿下が出勤されてきたところに鉢合わせる。殿下は馬車の中で読んでいたらしい、新聞を無造作に執務机の上に投げ捨て、暑苦しそうに軍服の上着を脱ぐ。
「おはようございます」
「……新聞、見たか?」
殿下に気まずそうに問われて、わたしが首を振った。
「いいえ、今朝はまだ――」
わたしは何気なく、机の上の新聞を見る。トップニュースは講和会議の進捗状況について。次のニュースは最近王都を騒がす猟奇殺人事件について。
「まだ犯人、捕まらないんですね、これ。物騒だわ」
「それはどうでもいい――よくはないが、警察も頑張ってはいるんだ。その下だ」
言われて視線を滑らせれば、一面の下の方に、アルバート殿下が婚約目前とみられるレコンフィールド公爵令嬢と一緒にオペラを観劇した、との記事があった。
「……王子様ともなると、オペラを見ただけで記事になるんですね」
正直な感想を口にすると、殿下が不愉快そうに肩を竦め、脱いだ上着の内ポケットから煙草を取り出し、咥えて火を点ける。
「……公爵側が金を払って記事を書かせたんだろうな、忌々しい!」
つまり、殿下とレコンフィールド公爵令嬢の婚約は秒読みだと、世論に刷り込み、殿下を追い込む意図があるのだ、と。
殿下とレコンフィールド公爵令嬢らが、ホワイエで歓談しているのを多くの人が目撃しているし、彼らはボックスが別々だったなんて知らない。それに、劇がはねてから、殿下とレコンフィールド公爵令嬢らが、一緒にレストランに向かったのも見ている。二人は相変わらず仲睦まじいと、思わせるには十分だろう。
――その後、殿下が愛人と待ち合わせて食事をしたなんて、知るはずがないから。
「俺が婚約を拒否し、他に恋人がいるという噂を否定しようと、レコンフィールド公爵は必死だ」
「考えようによれば、殿下が別の女とオペラ観劇! 浮気か!……なんて記事じゃなくてよかったじゃないですか」
わたしが敢えて前向きに言ってみれば、殿下が眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような表情で煙草の煙を吐き出す。
「そんな不味そうな顔をして吸われるくらいなら、煙草やめてください。……臭いです」
わたしが遠慮なく言ってやれば、殿下は溜息をつきながら煙草の灰を落とす。
「言っておくが、俺は浮気してるつもりはないんだぞ?」
「ええ、わかっていますよ? 特別業務でしょ?」
「エルシー……」
殿下は煙草を右手の指に挟んだまま、執務机を回ってわたしの腕を掴み、抱き寄せる。
「だめっ……こんなところで、誰かに見られたらっ……」
わたしが殿下の胸を押して一歩下がると、殿下も諦めて、それ以上は近づこうとはしなかったが、しかし掴んだ二の腕も離そうとしない。
「……そうだエルシー、午後は買い物に行こう。……体の方はいいんだろう?」
「はあ? ……まあその、それはいいんですけど。……殿下、お仕事は?」
「今日は夜に、晩餐会が入っているけれど、夕方まではフリーなんだ」
「でも買い物って……目立ったらまずいでしょう?」
わたしが呆れるが、殿下は首を振った。
「ロベルトのコネで、バーナード・ハドソン商会のプライヴェート・サロンが使える。……実は、バーナードから東洋での投資の話を持ち掛けられているんだ。……先に昼食を摂って、その後で回ればいい」
「でも――」
わたしは躊躇するが、もとより、わたしに決定権などなかった。
午前の業務を終え、アパートメントに戻る。ノーラに手伝ってもらって着替えたのは、紺色の地に手縫いのタックの装飾が入ったデイ・ドレス。七分袖でストンと直線的なシルエットでローウエストの切り替え。身体の脇には精緻なレースが脇の下から裾まで続き、後ろ側に扇形のスリットがあって、膝下から脹脛を覆う形で白いレースのフリルがついている。シンプルな丸首で、長い真珠の三連ネックレスを合わせる。
「お揃いの帽子がありますけど、お食事の後に被られます?」
「そうしたいわ。……つばが邪魔そうだもの」
ノーラが差し出す帽子を見て、わたしが頷く。共布で作った薔薇の花のコサージュとチュールレースの装飾がついていて、食事をするには邪魔そうだった。
着替えを済ませて食堂に行けば、殿下は三つ揃いに着替えて、煙草を吸いながら書類を見ておられた。
「やっぱりまだ、お仕事があったんじゃありませんの?」
わたしが尋ねれば、殿下は慌てて煙草をもみ消して笑う。
「これは違う。……俺の個人的な資産の管理に関わるヤツで……」
殿下が書類に簡単にサインしてそれをロベルトさんに渡すと、ロベルトさんがウインクして言った。
「先にバーナードのところに行ってますよ。では後程」
「ああ、たのんだ」
ロベルトさんが出て行くのと同時に、昼食が並べられる。
「バーナードはロベルトの……というか、ミス・ローリー・リーンのパトロンだ」
「……そうなのですか」
注がれた赤ワインのグラスを手にして、わたしが目を瞠る。
「ロベルトが士官学校を出られたのも、バーナード・ハドソンの援助のおかげで……その縁で、俺も付き合いが少しある。お前の宝石なんかもバーナードの店から買っているけど、たまには自分で選びたいだろう?」
バーナード・ハドソン商会は東洋との取引で大きくなった、王都でも一二を争う商会だ。
「宝石は別に……買いすぎなくらいです」
「その真珠はよく似合うな。……東洋の真珠は品質がいい。それに……養殖の研究が進んでいてね」
「養殖?……宝石を、養殖?」
意味がわからなくて、殿下と、自分の胸の真珠の首飾りを見比べてしまう。
「真珠は宝石と言っても貝から採れる、ってことくらいは知っているだろう?」
「……え?……そうなのですか?」
もともと宝石に興味のなかったわたしは視線を泳がせてしまう。……聞いたことがあるような、ないような。
殿下は呆れたように眉尻を下げ、言った。
「真珠採りの海女を題材にしたオペラがあるぞ。……今度見に行くか」
「しばらくオペラはいいです……」
「……まあとにかく、東の果ての国では、真珠を人工的に養殖する技術が確立されたそうなんだ。……その事業に投資を持ち掛けられている」
「へえ……」
「その技術を開発した男と直接話ができると言うからな。……東の果ての国からここまでやってくる男に興味もあるし。それで、バーナードの店に行くのに、何も買わずに帰るのも無粋だろう」
そう言って殿下がわたしに向かってにっこり微笑んだ。
「だから、欲しいものがあれば、何でも遠慮なく強請れ」
あまりに甘い笑顔で言われて、わたしは柄にもなくドギマギする。
「いえ、そんな……別に欲しいものなんて、特には……」
わたしは困惑して、そして場を持たせるために余計にワインを過ごしてしまった。……軽めで口当たりのいいワインは、隣国の、最近殿下が投資しているシャトーのものなのだと言う。
「実を言うと……俺は国の世話になるつもりはないんだ。国を出ても何とかなるくらいまで財産を増やそうとしてるところだ。だから……」
殿下は赤ワインを一口飲んでから、言った。
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