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第2ラウンド

第30話 三つ巴

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 女騎士――――ブレンダ・ヴァージと私が初めて会ったのは、王城へ遊びに行った日のこと。エイダンとティーパーティーをすることになっていた。

 幼い頃から才能を開花させていたブレンダ。彼女は付き人としていつもエイダンの近くにいた。だから、その日もソファに座るエイダンの後ろで姿勢よく立っていた。

「ごきげんよう、サクラメント公爵令嬢」 

 冷淡に挨拶する彼女は、私を見て煩わしそうな目を浮かべていた。おそらくブレンダは、アドヴィナがエイダンの婚約者に相応しくないとでも思っていたのだろう。だが、その時は彼女から文句を言われることはなかった。

 時は過ぎて学園に入学、そして、ハンナが編入してきた。

 ハンナが学園に現れてからは、ブレンダはハンナこそ王子の婚約者に相応しいとわざわざアドヴィナの前でこぼすようになった。他の側近たちも同意していた。

 私もハンナな方がクソ王子エイダンのパートナーとしてはいいと思う。全力で賛成だ。こんなクソ王子、私からあげよう。

 だが、そんな小さな陰口だけでは終わらなかった。「私が夜の街で遊んでいた」や、「先生にこびて進級している」などとないようなことまで私の噂をするようになった。彼女の周りの人間も全部鵜呑みにして、私に対して冷たく当たり、避けるようになった。

 ただでさえ、双子の相手で手一杯だったのだ。それに加えて、脳筋女騎士からの攻撃。面倒でだるかったのを覚えている。

 こんなクソ女騎士に対して、ゲームでのアドヴィナは果敢に戦ったと思う。さすが公爵令嬢だ。だけど、前世の記憶を思い出してからは本当に大変だった。元の世界がぬるかったというのもあったと思う。双子の暴力まではいかないが、めんどうだった。しんどかった。

 彼女に戦場以外で脳を使えと求める方がおかしいのかもしれないが、ブレンダはあのクソエイダンについているだけあって、脳がポンコツ。戦場ではなーぜか不思議と能力を発揮する………が、根本はお嬢様脳だから「自分が思ってることが正しい!」みたいなムカつく正義感を持ってる。ちょーめんど。

 そんなこんなで恨みも深いブレンダは、自分の手で倒そうと決めていた。第1ラウンドで探していたのだけど、エイダンの刺客としていなかったからエンカウントできなかったのよね。でも、今は目の前にいる。私の得物が自らやってくるなんて、これほどラッキーなことはない。

 魔法使用を可能にした――――その犯人は彼女ではないだろう。犯人であれば、短気な彼女のことだ、ロリーナを発見した時点で使っている。
 
 ブレンダの標的はロリーナであるようだが、私はあの双子と同じぐらいには彼女の死を望んでる。さっさと死んでほしい。

『あなた、そんな悪人みたいな生き方してて自分が醜いとは感じないんですの?』
 
 私が実際に行っていたかそれを確かめることはなく、こちらの意見をまともに聞くこともなく、私が悪者であると、公正公平ではない歪んだ正義感を持って勝手に断定する。エイダンと同じレベルでムカつくブレンダ。あの上司にしてこの部下ありって感じね。

「でも、天井破りは化け物ね――――」

 普通にジャンプをしたって、コンクリートの床を破ることなどできない。だが、ブレンダが物を使って天井を破ってきたと様子もない。使ったと思われる物も見当たらない。

 心もとない細いヒールサンダルで、天井を壊すなんて………エイダン、あなたの部下って随分と怪物揃いだわ。傷一つないサンダルもサンダル。なんでそんなに綺麗なのよ?

 王子が飼い主の女騎士ブレンダ。彼女の瞳は闘志に燃えていて、というか激おこぷんぷん丸で。

「ロリーナ゛ァ――!! あなたをここで殺してあげますわ゛ァ――!!」

 と怒り狂っていた。折角の美貌も台無し、眉間に皺を寄せまくり。メンチを切っていた。
 
 ……………これは修羅場ルートまっしぐらかな?
 
 本来ならば止めるに入るであろうお相手さんはいないし、女の戦い待ったなし。見物に回っても面白そうだけど…………。

「あらあらぁ~、負け組のブレンダさぁーん。私に何用ですか~?」
「そんなの分かっていますでしょう?! あなたを倒しに来ましたの!!」
「まぁ、物騒な~」

 おそらくブレンダはロリーナに気を取られて、他は眼中にない。私のことは見えていないだろう。ならば、今がチャンス。

 力技でブレンダとやるのはどうにも相性が悪い。私は近づこうとリンク中央に落ちてきたブレンダの元へダッシュ。

「悪役令嬢さぁ~ん、どこに逃げようとしてるの~」

 それに気づいたのだろうロリーナは私の後を追ってくる。彼女の斧がブォンと風を薙ぐ。
 
「ふっ」
「この、クソっ、ちょこまかとッ!!」

 しかし、当たらない。何度も攻撃するロリーナだが、当たらないことに苛立ち始めたのか、声を荒げ、大斧をブーメランのように投げた。
 
 化け物はこっちにもいたわ――――。

 か弱そうな少女が大斧を投げるなど、怪力の何物でもない。ブンブンと回転しながら飛んでくる大斧を、イナバウアーで避け、スケートリンクに滑り込む。

「逃げてなんかないわよ、ただ優先順位が変わっただけ」

 ロリーナよりも先にブレンダを殺る。予定変更しただけ。まぁ、望むのなら、同時で殺ってあげてもいいけど――――。

 ロリーナの後ろで駆けてくるブレンダも同じように怒り狂っていた。愛する婚約者を奪われたから、「盗む」という行為は悪だから、怒っているのだろう。

 はぁ、ロリーナをようやく悪女と認識したのね、この脳筋女。そこが分かるのなら、私のこともちゃんと見てほしかったけれど………バイアスなんて消して、感情を入れることなく公正公平に見る――――それを今更あなたに期待しても意味はないか。

「全く、歪んだ正義感なんて持つんじゃないわよ――――」

 その正義感で罰せられた者。その者が必ずしも悪者とは限らない。冤罪となった場合、悪者となるのは判決を見誤った人間だ。なのに、歪んだ正義感を見直すこともなく、それが正しいと信じて私を悪女とした。

「はぁ、騎士なんて所詮偽善者の集まりね――――」

 ハンナをいじめた、そのことは悪いと思う。だから、謝ったわ。言動を正したわ。

 でも、それ以外は………? 前世の記憶がない私アドヴィナも私も特に悪いことなんてしてないわよ?

 私は学園では悪いことなんてしてない。学園以外の動向を知っていたら、デスゲームの開催に気づいていただろうし。

「私はただ根拠を示してほしいの――――」

 私が悪女であるその根拠。それを示せれば、私は納得して自死しましょう。無理であるのなら、あなたたちが懺悔して逝きなさい。

 膝からスケートリンクへと滑り込んだ私にスケート靴はない。何とかヒールのまま立ち上がり、氷の上を駆ける。

「アハハッ! そんな所逃げたって不利になるだけなのです~!!」
「そうね」

 私はぶりっ子の忠告にそっと同意する。リンク場ではスケート靴を履き、尚且つスケート経験のあるロリーナの方が有利だ。でも、私はここに逃げるために来たんじゃない。

「あなたたちを切るために来たの――――」
「!?」

 私はくるりと体を翻し、真っすぐこちらに向かってくるブレンダへと走り出す。大斧を振りかざすロリーナの股の下を滑り、ブレンダの足元へ日本刀を振る。

「はいっと!」
「っく――――このォ!!」

 そして、日本刀で片足のアキレス腱を切ってあげた。同時に『バチンッ!!』断裂した音が響く。ブレンダの反応も遅く、さらに彼女の片腕にも日本刀で切り込む。彼女の白い素肌から、鮮血が吹き出し流れた。

「この程度ッ――――!!」

 だが、ブレンダは折れない。青の瞳はロリーナから私に切り替わっていた。

「アドヴィナ・サクラメント!! あなたも王子の命により殺しますっ!!」
「あ、そ」

 後ろから迫ってきたロリーナは私の頭部を狙って振る。だけど、その振りはゆっくりでスローモーション。

「はい、一発あげますよっ!」

 遅すぎて、隙がありまくりのロリーナちゃんの左目へ、気合を入れた拳を上げた。

「ア゛ァ――!! 私のォ、可愛い顔に何するのよっ――!!」
「え、整形してあげようと思って。どう? いいの入ったでしょ!?」
「失明だわっ!! この、クソ女ァが――――!!」

 ええー? あなたの方がクソだと思うけど……鏡持ってきてあげようかしら?

「「ハァ゛ァ――!!」」

 私を先に殺ると決意したのだろう。2人は我先にと己の武器を振り、襲い掛かる。ロリーナは片目を閉じたまま、ブレンダは動かない片腕を抱えて。

 私の首を狙って刃を振るう。まるで走馬灯でも見ているかのように、目に映る景色全てがスローモーション。私の中では『死』の確信はない。あったのは『生』の確信だけ。

 ――――――――はぁ~あ、もう面倒だわ。

「2人仲良く眠りなさいな」

 刹那、日本刀が風を切るその音が静かに響いた。



 ★★★★★★★★★
 


 ロリーナ・プレザンスとブレンダ・ヴァージ――――この2人の共通点。
 人を、世界を、客観的に見ようとしなかった、その努力をしなかったこと。
 
 しなかったから、今の今まで罪なき人間を醜い者として扱った。
 しなかったから、他人の男を平気で盗めた。

「似た者同士だし、仲良く地獄でケンカしてちょうだいな♡」

 スケートリンク中央で、太極図のように対になって倒れ込む2人。まるで相打ち………元恋人と結婚するはずだった婚約者が死んでしまったように見えるだろう。

 ああ………2人のパートナーだった彼が見たらどう思うだろう?
 
「うふふ………絶望の顔が見えるわね………」

 私を転生させてくれた女神様は笑ってくれているかしら? 楽しんでくれているかしら? 

 胸の内で見えない女神彼女に話しかけながら、ロリーナのスケート靴を奪い履いた私は氷上で可憐にアクセルジャンプ。

「まぁ! 私ったらできるじゃない♪」

 着地は見事成功。プロのフィギアスケート選手のように決めれた。

 スケートってこんなに楽しかったのね。
 あの人とも一緒にやってみたいわ。

「でも、あの人、意外と不器用だから上手くはないでしょうけど」

 そんな彼も見てみたい…………絶対にかわいいわ。

 デスゲームが終わったその先を想像し、思わず鼻歌を歌い踊る。そうして、ルンルン気分の私は、うさ耳を揺らしながら、スケート靴を捨て、観客のいない静かなスケートリンクを後にした。



 ――――――

 第31話は明日7時に更新します。
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