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第2ラウンド

第21話 嫌いじゃないッ!!

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「貴殿は女子おなご

 怪しく光る長い長い彼の得物。
 私の身長以上に長い古き日本の武器――大太刀。

 刀の中では大きい部類に入るそれを、THE・武士の彼は容易く持っていた。
 
 まぁ、それ自体に違和感はない。
 ――――ただ場所に違和感がある。

 顔や総髪は戦国武将、服は現代的な水着、場所は侘寂わびさびなどない騒がしいカジノ――まるで合成したかのような光景。生成AIが作り出しそうな意味不明な一枚。

「だが、第1ラウンドだいいちらうんどの様子からするに、手加減など無用だろう」
「ええ、そうね」

 そんなことは些細なこと――――と気にする様子ゼロな彼。綺麗な弧を描く太刀をギラリと光らせ、構えていた。

「では参る」
「どうぞ」

 キンッ――――。
 
 刹那――――刃と刃がぶつかる。
 その金属音がカジノ会場に響く。
 遅れてやってきたのは空気の振動。
 瞬間的に吹く風は私の髪を大きくなびかせる。

「ほう………貴殿は銃器だけでなく、刀も扱えるとは」

 刀に入れる力をゆるめることなく、1人感心する彼。
 長い得物を振るい、こちらの武器とぶつけ合い。
 それでも彼は余裕の笑み、余裕の糸目を浮かべていた。

 私はヒールの靴で踏ん張り、大太刀を受け止める。
 現役騎士並みの武士男コイツの力。
 それはエイダンと同等に匹敵するもの。

 負ける? 殺される?
 いやいや、そんなわけないじゃない――――。

 彼の大太刀を振り外し、そして。

「あっ、がっ………!!」

 ビリヤード台を踏み台にして、彼の肩へ乗っかかる。
 そして、足を武士男の首に巻き付け、ぎゅっと締めた。

「ただ切り合いだけが戦いってわけじゃないのよ」

 相手の命を奪えば、それでOK。
 それがデスゲーム。

「なる、ほどっ……!」

 正面から飛んでくる彼の刃。だが、顔に直撃する前に、私は後ろに踏ん反りかえってイナバウアー。その勢いで男は後ろへと倒れ、私も一緒に床へと転がる。

 それでも足は緩めない。下着同然の水着だし、際どすぎるポーズだがそんなことは気にしていられない。

 まだ息絶えない彼は大太刀を私に振ってくる。私は打刀で振り払い、同時に足の締めをさらにきつくさせる。

「――――――っつ!?」

 瞬間、電撃のような痛みが足に入る。
 見ると、私の足には血と歯噛み痕。
 彼が涎と泡を吹きながら、かじりついていた。

 諦めまいと彼は肉を食う勢いで噛み、さすがにまずいと思った私は足を解放、一旦彼から離れた。

「ハッ、女子の綺麗なお肌に傷をつけるなんて、やってくれるじゃない」
「…………切り合いだけではない――そう貴殿がおっしゃったのでな」

 よだれをぬぐい、息を荒げる糸目武士。相手の武器は1メートルを余裕で超えている大太刀で、こちらは短めの打刀。武器の差だけでいえば歴然。
 
 でも、それだけが武器じゃない。

 この全身が武器、戦略知識が武器、全てが武器。それが分かった彼は、さらに戦闘能力を挙げてくるだろう。

 彼の成長に期待しながら、彼の首を狙って日本刀を振るう。当然のごとく、跳ね返されるが、さばいた後にできる隙をついて、足を引っかける。

 後ろへ転倒しそうになる武士男。だが、彼はそのままの勢いで後方へと下がって、バク転。

 でも、後ろに逃げたって逃げ道はない。

 眩しいほどのライトで銀に輝く日本刀――――それを一直線に投げる。空中を飛んでいる最中の彼に回避は無理だ。

「ほう、武器を捨てるとは――――」

 だが、彼は日本男児らしくない、逆にハリウッド映画っぽく――――宙でマト〇ックス避け。体を思いっきりひねらせ、刀の刃が鼻先に当たらないギリギリの所で避けた。

「では、お返ししよう」

 ――――――――ハッ、怪物じゃないの。

 回避するだけでなく、飛んでくる刀の持ち手を掴み、投げ返してくる日本男児。彼の口元には、柔らかな弧を描いていた。

 こんな戦いで楽しんでいるなんて………………。
 うふふ……いいじゃないのっ――――!!

「あなたの名前、たしかミツカネ・ハクトだっけッ!?」

 確か漢字では『光兼みつかね白兎はくと』と書いたはず。

 糸目、武士口調、武器は大太刀、と特徴ありまくり、属性掛け持ち状態の彼だが、乙女ゲームでは見かけなかった。サブキャラとしても登場しなかったはずだ。続編があれば、もしかすると出ていたかもしれないが、残念ながら私は未プレイ。

「貴殿が拙者の名を存じているとは!」

 こちらが名前を知っている――――それが意外だったのか、ハクトは嬉しそうに感嘆の声を漏らす。

「当たり前でしょ! 参加者の名前は全員覚えてるわよ!」

 このデスゲーム――――転移先がランダムがゆえに、誰と遭遇するか分からない。だから、ゲームが始まる前にプレイヤーとなる生徒全員の名前を頭に叩き込んだ。

 自分が投げたはずなのに、逆に迫ってくる日本刀。その刃は雷光のように光り、私の眉間に向かって一直線。ハクトの狙いは正確だった。

 だけど、焦燥はない。
 死への恐怖もない。

「――――っと」

 刃が肌に触れる――間一髪のところで刀を掴んでいた。

 否――――挟んでいた。示指と中指――その2で飛んでくる刃を挟み止めていた。少しでもタイミングを間違えば、刀は頭にぶっ刺さっていたことだろう。

「うふふ………」

 だが、私は笑っていた。
 静かな小さな笑みがこぼれていた。

 ああ………楽しい、楽しいわ………………。

 第2ラウンド開始早々に、こんな楽しい戦いができるなんて、私はとんでもなく幸運持ち。ラッキーガール。
 
 普段はあなたに感謝も言わないし、祈りもしないけれど、今回だけは言ってあげる。

 ありがとう、神様。
 こんな楽しい人と戦わせてくれて――――。

「ほぉ……………」

 見ていたハクトも私の曲芸に、手を止め、感心の声を漏らしていた。

 ねぇ? どう? 
 私、凄いでしょ?
 もっといい反応ちょうだいな。

 戻ってきた刀を構え直し、私はビリヤード台の上を駆け、ポーカーテーブルの上を飛ぶ。そして、スロットマシーンの上を飛び越えて、ハクトに向かって剣を振るう。

 カキンっ、カキンっ、カキンっ――――。

 ハクトも私の斬撃を受け止め、刃が打ち合うその音が連続的に響く。

 振るって、薙いで、攻めて。
 それでもハクトは全てを払い、逆に攻めてくる。
 だけど、こちらも負けず押し返す。

 まさに拮抗状態――――。

 学習したハクトは刀の攻撃だけでなく、足技、殴り技も組み合わせ、間隙入れることなく攻撃。

 キンッ――――。

 その瞬間、ハクトの大太刀が回転しながら宙を舞う。
 彼の手から武器が離れていた。

「――――っ」

 動揺――糸目なせいで瞳からは分からない。
 が、顔には焦燥があった。
 その隙を逃さず蹴り飛ばし、彼をビリヤード台へと追い詰める。

 もらった――――。

 ビリヤード台に寝そべるハクトの上に、私は馬乗り。
 彼に武器はなく、上の乗っかる私には日本刀。

王手チェックね――――」

 彼の頭に向かって刀をぶっ刺す。

「まだだッ!!」

 だが、刀はビリヤード台垂直に刺さっただけ。ハクトは刃が当たるすれすれのところで首を横に避けていた。

 もう一度、と机に刺さった刀を抜く。だが、その途中ハクトに手で押さえられ、日本刀を封じられる。

 なら――――。

「はいよッ!!」
「っゔ」

 空いた拳で思いっきりハクトの顔を殴打。武器には制限があるけれど、相手の命を絶てるのならどんな方法で殺しても可。何度も何度も殴る。
 
「ふっ――――」

 殴られているにも関わらず、彼は笑っていた。

 死を恐れない………今までとは違う反応。
 まるで自分の鏡を見ているかのような――――。

 その瞬間、ハクトは反撃をかまし、私の脇腹を殴る。あまりにも強い一発で、私は彼の上から離れ、一旦身を引いた。

 骨が一本いったかもしれない。
 まぁ、気にしないけど。 
 それよりも………。

「アハッ。あんた、戦い楽しんでるでしょ?」
「ほう、ばれていたか」
「ええ、バレバレよ。別に隠さなくてもいいんじゃない?」
「先ほど友人に話したら、ドン引きされたのだが?」
「………………第1ラウンドでどれくらいの人殺した?」
「数えておらん」

 数えていないって………それってたくさん殺し過ぎて覚えてないってことじゃない。武士みたいな男がデスゲームに向いているとか……………はぁ、面白すぎよ。
 
 少しだけ聞いたことがあるが、東の国で100年前までは内戦が激しく住民同士が普通に殺し合っていた、とんでもカントリーだと。その生き残りなのだから、そりゃあ化け物に仕上がるわよね。

「一度きりの戦いをしてみたかった」
「…………死ぬとしても?」
「うむ」

 笑みを浮かべたまま、はっきりと答えるハクト。

 あーあ……さっさとコイツに会っておけばよかった。

 踏み潰される蟻のように弱い雑魚を相手にするんじゃなくって、早く彼に会って殺し合いをしておけば、もっと楽しい時間が過ごせた。

 ゲーム始まって以来の最大の後悔が襲ってくる。
 同時に沸々と沸きあがるのは、熱い闘志。

 ――――決まりだ。
 彼との戦いは誰にも邪魔させない。
 私たち以外誰もいないここで、絶対倒す――――。

 武器を取り戻したハクト。
 彼はスロットマシーンを蹴り、天井へ飛び、バレルロールで走る。そして、大きく振りかぶって襲いかかる。

「甘いっ!!」

 私は側転で回避、逆立ち状態で地面を手で押し、宙をジャンプ。ハクトの腹に向かって、ドロップキックした。彼の体は並ぶスロットマシーンに向かって飛んでいき、豪快にぶつかる。

 さらに、間のビリヤード台を飛び越え、彼が起き上がる前を狙って、刀を振るう。だが、彼の回復速度と反射神経はジーナと争えるほど怪物級。態勢が悪いにも関わらず、私の一振りを払った。

「貴殿とはずっと話してみたかった!」
「そう!」
「君を助けれず、すまない!」

 今までの人たちと違って、潔く謝罪する彼。

「だが、命乞いはしない。生きたいと乞うのであれば、勝てばいいだけの話。負けたのならば、それが拙者の運命と受け止めよう――――」

 その清々しさは目を逸らせないぐらいに真っすぐで、気づけば私は笑みをこぼしていた。

「ハハッ! あんたのことは嫌いじゃないわ!」

 ぶっちゃけ言えば、彼はほとんど学園での姿を見かけなかった。たまに廊下ですれ違うぐらいで、言葉を交わしたことがなかった。聞く話では、実家でごたごたがあったらしく、学園に通うこともままならなかったとか。

「そうか! それはよかった!」

 憎い感情はコイツ――――ハクトにはない。
 ゲームを始めた当初感じないと思っていた申し訳なさは若干ある。

 ――――――――が、これは
 彼は殺さなければならない。

「ハクト! いい殺し合いをしましょぉう!?」

 一歩を踏み出し、床の上を飛ぶ。
 彼の間合いに入り、剣先を首に狙いを定める。

「させるかっ!」
「くっ!!」

 ギラリと先を光らせる私の日本刀。だが、それはハクトの肌に触れることなく、大太刀に抑えられ、はじき返される。

 風を切り、耳を塞ぎたくなるようなスロットマシーンの音すら聞こえなくなるぐらい、斬撃の音が響く。普通の人ではきっと捕えられない、剣さばき。

「っ――――!!」

 それでも押し切り、大太刀を吹き飛ばす。

 寸秒に見えたハクトの胸。
 ようやく空いた甲冑も武装もない筋肉が美しい胸。
 私は逃さず、その彼の心臓を――――一刺し。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 かはっと血を吐き、ようやく目を開いたハクト。

 彼の瞳は琥珀色。
 月の光を埋め込んだようで綺麗だった。
 そのハクトの視線は刀が刺さった自分の胸から、上に向き、私と目を合わす。

「いい、太刀さばきであった………」
「…………」
「最期、に刀を交えれたのが………き、でんでよかった………」

 すぐそこに黄泉の国が待っている。
 だけど最後まで戦いの感想を話してくれるハクト。
 彼は安心したような瞳を浮かべて、笑う。

「光兼白兎、楽しい戦いをありがとう」
「こちら、こそ……礼を言わね、ば…………」
「また戦いましょ。来世とかで」
「………ああ。また、会お、う………」

 私と約束を交わし、優しく微笑みを浮かべる光兼白兎。
 そうして、彼は立ったまま、息音を消した。

 斬撃音がなくなったカジノ会場で響くスロットマシーンの音。
 その中で小さく聞こえる私の息音。
 目の前の彼に息はなし、蜂蜜色の瞳はハイライトを失っていた。

「………………」

 これまでの戦いも楽しかった。
 だけど、彼とのバトルは段違い――――心の底から“楽しかった”。

 あの世に行った彼との戦闘に、もう一度はない。
 だからこそ、楽しめたのかもしれないが。

「はぁ………もう少し戦いたかったなぁ………」

 押し寄せるのは戦闘を終えてしまったという後悔。
 あと1時間は戦っていたかった。いや、ずっと戦っていたかった。

 でも、これは戦争、デスゲーム。
 相手の死はつきもの。私にだって、時間があった。

 でもなぁ………。
 もう少しだけ楽しみたかったなぁ…………。

 だが、その後悔を飲み込み、出かかった涙をぐっとこらえる。

「……………ううん! 他のみんなに期待しましょう!」

 エイダンたちは本気でかかってきてくれる。
 第1ラウンドを乗り越えてきた人間なら、人殺しという一線を超すのは時間次第だ。

 ――――みんな、どう化けるかしら。

「うふふ、楽しみね」

 魂を失ったハクトの足元を中心に床に広がっていく、血だまり。

 カジノという会場ではあったけれど、普通に和風ゲーしてるみたいでよかった。もし、いつか黄泉の世界で出会えたら、彼ともう一戦したい。

 突っ立ったまま永遠の眠りについたハクト。太刀を引き抜いても、彼は立ったままで、銅像のように動かない。
 
 そんな彼に私は深く一礼。
 そして、もう一度顔を見て。

「よしっ――――じゃ、次行きましょっか」

 ビリヤード台が壊れ、スロットマシーンが倒れ、ハチャメチャになったカジノ会場を出ていく。部屋を出る前にふと振り返ると、そこに残ったのは直立不動の1人の死体と壊れかけのスロットマシーンたち。

 マシーンたちは賭博師が誰1人いない中で、空しく音を響かせていた。
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