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インターバル1

第19話 ♠A

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『第1ラウンド終了です。休憩所へ移動します』

 街に響く凛々しい声―――ナアマちゃんのアナウンスだ。直後、不思議にも意識が朦朧とし、ふと目を閉じる。その一度の瞬きで見える景色はがらりと変わっていた。

「ほぉ………」

 ――――目の前に広がっていたのは、神々が住まうような雲上の天界。

 地平線の向こうへと隠れそうな夕日をバックに、多数の島々が浮かび、そこから流れ落ちる滝付近には虹がかかっている。島の上には、ギリシャのパルテノン神殿を想起させる建造物があったり、また、違う島にはフランスのモン・サン=ミシェル のような城があったり。
 
 どこで誰が作っているのか知らないが、虹色のシャボン玉が飛んで、その間を縫うように妖精たちが飛び交っていた。

 幻想的な天空の島――――空に浮かぶその群島の中の1つの島に、私たちはいた。

 見上げれば、抜けるような青い青い空。
 それに向かって、私は手を伸ばす。
 手の間に春の風が通り抜け、気持ちがいい。

 作りものと分かっていても、綺麗な空ね………。

 遠くに見える、別の島にいた生き残った生徒プレイヤー。彼らは何が起こったのか分からない様子で、瞬きたりともせず呆然。その圧倒的景色に驚いたことだろう。

『2時間のインターバルに入ります。どうぞご自由に休憩してください』

 とナアマちゃんのアナウンスがあると、彼らはハッと息を飲み、我に戻る。そして、幸いにも生き残った友人と再会したり、幻想的な島を探索に出かけたりと、自由に動き始める遠くの島で楽しむ彼ら。
 
 一方、私の島は、それはそれは緊迫な雰囲気が漂っていて………近くにいたのはエイダン、ハンナ、カイロス、褐色の肌を持つ男。彼ら全員が私に鋭い瞳を向けていた。

「アドヴィナ、これは一体どういうつもりだ」
「アナウンスの通りです。休憩タイムですよ」

 私がいる島は、ガゼボがあったり、バラのトンネルがあったり、本当の意味での空中庭園。夕日に照らされる島々を見渡せるその庭は、最高の場所だった。

「殿下」
「…………なんだ」
「一緒にお茶会でもどうです?」
「貴様と茶などしたくない」
「そんなこと言わないでくださいませ。せっかく、殿下にこのゲームを開いた理由をお話しようと思いましたのに」
「休憩時間まで貴様の顔など見たくない」

 エイダンはハンナの手を引いて、背を向けてどこかへ歩き出す。

「えー。今回のデスゲームについて少しお話しようと思っていましたのに」
「…………」

 と言うと、途端に彼の足が止まった。
 エイダンを追いかけようとしていた褐色野郎やカイロスも立ち止まり、針のように鋭い眼光を向けてきた。

「もしかしたら、今回のデスゲームの攻略方法をポロリとこぼしてしまうかもしれませんねぇ」
「…………」

 そこまで言うと、エイダンたちは踵を返し、私に向き直る。
 
 攻略方法――――そんなもの、自分以外のプレイヤーを殺す以外の方法なんてない。最後まで生き残った1人が勝者、敗者は屍となる。

 どうなったって、エイダンやハンナ彼らが望む「全員生存」ルートは存在しない。

「ではカードゲームでもしながら、仲良くおしゃべりいたしましょうか」

 でも、私はそのことを教えない………だって、エイダンたちと本当にお茶をしてみたいもの。みんなでお茶する機会も普通のゲームで遊ぶ機会もなかったしね。

 そうして、私はお茶会の会場へ案内する。近くにあったガゼボには、すでにテーブルクロスやお菓子などが準備されており、近くには1人のメイド服姿の女の子がいた。

 肩まで伸びた桃色髪のツインテール。
 落ち着きのある桃色の瞳。
 手では収まりそうもないぐらいの大きな胸を持つ少女。
 
「ナアマちゃん、お疲れ様」

 そう。
 彼女こそ、代理のゲームマスターをし、アナウンスをしていたナアマちゃん。

「アドヴィナ様もお疲れ様です。今日はアドヴィナ様のお気に入りのお菓子をご用意させていただきました」
「まぁ、気が利くわね。ありがとう」
「とんでもございません」
「それで、ナアマちゃん。初めてお会いすることだし、彼らに挨拶してくださる?」
「承知いたしました」

 コクリと頷いたナアマちゃん。彼女はエイダンたちの方に体の向きを変え、そして、スカートのすそを持ちあげ、頭を下げた。 

「皆様、お初にお目にかかります。アドヴィナ様の代理でゲームマスターを務めさせていただいております、ナアマと申します。以後お見知りおきを」

 そっと姿勢を戻し、彼女はエイダンたちと目を合わせつつ穏やかに微笑む。昔より、大分表情が柔らかくなって………感激しちゃうわ。

 だが、彼女の微笑みに気づかないのか、エイダンたちは敵意むき出しの鋭利な半眼を向けていた。

「アナウンスをずっとしていたでしょう? あれは全部この子なの」
「………………こいつは何者だ?」
わたくしはアドヴィナ様の侍女でございます」
 
 すると、先ほどから黙っていたハンナが歩き出し、エイダンを抜いていく。

「ハンナ!」
 
 エイダンが叫ぶが、ハンナの足は止まらない。そして、ナアマちゃんの前まで行くと、右手を差し出した。

「ハンナ・ラッツィンガーです。よろしくお願いします、ナアマさん」
 
 普通の人からすれば、無表情に見えるだろうが、ナアマちゃんは明確に動揺していた。どう対応していいのか分からないのか、私に顔を向けてくる。

 握手をしていいのか悩んでいるのね………まぁいいんじゃない? 
 
 ハンナが求めてきているのだし、こちらに拒否する理由もない。肩をすくめてみせると、私の意思が通じたのかナアマも右手を差し出し握手を交わした。

「ナアマさんも、このデスゲームに賛同なさったのですか?」
「はい。もちろんです」

 ナアマちゃんが自身満々に答えると、ハンナは一瞬顔を曇らせる。
 
「なぜ、ですか………」
「アドヴィナ様が望まれたからです」

 さらに訝しげな眼をナアマちゃんに向けるハンナ。
 
 ハッ、ナアマちゃんが私に脅されて協力しているとでも思ったのかしら……?

 確かに私が案を出した当初は、乗り気じゃなそうだった。むしろ反対された。でも、今では一番積極的に動いてくれる頼もしい仲間。ナアマちゃんがいなかったら、このデスゲームは運営できていなかったかもしれない。

 ピンク色の瞳を揺らすハンナ。
 彼女は胸に手を当て、私と目を合わせる。

「アドヴィナさん、どうかもう一度ご再考ください。人を殺すなんて……」
「その話はカードゲームをしながら話しましょう。ナアマちゃん、お茶の準備をしてくださる?」
「承知いたしました」

 デスゲームを止める気はさらさらない。エイダンにも言ったが、もう“賽は投げられた”のだ。引き返すことなんて、神ですら難しいだろう。
 だが、彼らにもある程度の説明は必要。だから、ここである程度は説明してあげようと思う。

「さぁさぁ座ってくださいな」

 促すと、エイダンたちは渋々席に着いた。
 私の右手にカイロス、左手に褐色野郎。
 反対側にはエイダンとハンナが並んで座っていた。

「ナアマちゃん、お願い」
「かしこまりました」

 私が合図をすると、一旦下がったナアマちゃん。
 一時して戻ってきた彼女が持ってきたのは、3段のティースタンド。一番上のトレイにはケーキ、2段目には温料理、一番下の3段目にはサンドイッチ。どれも美味しそうで輝いて見えた。

 デスゲームを開始して以降の数時間は食べていない。

 口にはしないものの、全員がティースタンドを目で追いかけていた。よほどお腹を空かせていることだろう。そうして、1人1人にティースタンドが置かれたことを確認して。

「では、頭を動かす前に、糖分を取っておきましょうか。どうぞお召し上がれ」

 私が勧めると、すぐに彼らは料理に手を伸ばしていた。



 ★★★★★★★★

 

 ナアマちゃん特性のケーキをいただいた後、私は簡単なゲームを提案した。当然、彼らはデスゲームを始めるのかと警戒したが。

「休憩時間なのに、デスゲームをするわけがないじゃない」

 他のプレイヤーが別の島にいるのにも関わらず、ここで彼らと殺し合うのはフェアじゃない。
 まぁ、殺したい気持ちはあるけれど………。

「私がしたいのはこれよ」

 右手に持っていたそれを、テーブルの中央に投げる。無造作に散らばったのは、ピエロやハートなどのマークが描かれたトランプのカード。

「お話ついでにオールドメイドもしましょ。ルールは知っているでしょう?」
 
 オールドメイド――――私がいた日本で呼ばれていた名は『ババ抜き』。オールドメイドは英語圏の名前であり、西洋をモデルにされた乙女ゲームの世界でも、ババ抜きをオールドメイドと呼んでいた。

 ゲーム内容は至ってシンプル。同じ数字のカードを捨て、ジョーカーを最後まで手札に持っていた者が負け、誰もが一度はしたことがあるカードゲーム。

 それをしながら、楽しくおしゃべり。
 嫌いな敵とカードゲームが楽しいなんて思わない。
 そういう人もいるだろう。

 当然普通にする分には楽しくない。
 彼らをボコボコにできるあたりが楽しいのだ。

 パチンと指を鳴らすと、カードたちは宙に舞う。
 もう一度鳴らすと、全員の正面にカードが配られた。

「……………」
「え、疑ってます? なら、殿下がご自分でシャッフルされますか?」

 イカサマチートして勝つなんて、正直つまらない。
 勝った所で何にもならない。
 でも、疑うというのなら――――。

 再度指を鳴らし、全てのカードを殿下に集めた。

「どうぞ、お配りくださいませ」
「…………」

 私を睨むエイダンは魔法を使うことなく、自分の手でカードをよくきり、全員に配っていく。
 エイダンたちはわざわざ自分の手を使って、カードを持っていたが、そんなことをするのは面倒。私は魔法でカードを浮かせ、マークを確認。

 ジョーカーはなかった。

 エイダンやハンナはどうかしら…………?

 エイダンに動揺した様子なし、ハンナも難しい顔をしているが多分ジョーカーはない。カイロスは変わらず無表情。褐色野郎は………ポーカーフェイスを気取っているわね。態度から分析するに彼が持っているのだろう。

 そうして、私は隣のカイロスのカードを取りながら。

「私がデスゲームを開いた理由はただ一つよ――――あなたたちは苦しみながら死んでほしいから」

 淡々と話していく。
 第1ラウンドの始めに、というか婚約破棄後に言ったデスゲーム開催理由。あの時は突然の展開にうろたえていて、理解するどころではなかっただろう。丁寧に教えてあげた。

「な、なぜそんなことを望むのです?」

 そして、今冷静になって聞いたハンナが困惑の声を漏らしていた。

「そりゃあ、あなたたちが憎くてうざいからに決まっているじゃない」

 平穏な日々が送れたのなら、私は何もしなかった。
 何もする気はなかっただろう。
 でも、穏やかな日なんて、学園では1日もなかった。

「あなたたちは、私が謝罪したのにも関わらず、逆に無視などの嫌がらせをした。何もしていないのに、身に覚えのない罪を着せられた。それでこちらが何も思わないと思った? 何もしないとでも思ったの?」
「…………」
「バカよ、バカね、アハハ。憎いに決まってるじゃない………ああ、もちろん。謝罪するまでの私は、酷い女だったわ。それは申し訳ないと思ってる。特にハンナさんには迷惑をかけたわ。ごめんなさい」

 私は深く丁寧に頭を下げた。でもすぐに顔を上げる。

「でも、それはそれ。謝罪してからは、私は誠実に生きてきた。ハンナさんに危害を加えたこともないし、酷い言葉を言ったこともない」
「嘘だっ!」
 
 そう叫んだのは、カイロス。
 彼は私を今にも噛みつきそうなぐらいきつく睨んできた。

「姉さんは、ハンナをいじめていたじゃないか! 僕は見た」
「本当に私だったの?」
「ああ、姉さんだったよ! 間違いなく! ハンナ! 君なら、言えるだろう? “姉さんからの虐めはずっとあった”って!」
「…………」

 ハンナは無言のままで返答することなく、だが、首を横に振ることもなかった。善人で正義感のある彼女なら、否定をしそうなものだけど………。

「僕も見たよ」

 加えるように言ってきたのは、胸元は大きく開き、長い髪は後ろで結っている妖艶な男。異国の人間のような彼の名はベンジャミン・ブラッドベリ――――私が“褐色野郎”と呼んでいた男だ。もちろん、彼も乙女ゲームの攻略対象者。

 ジョーカーは隣へ移ったのか、彼の顔に焦りはなくなっていた。その代わりに、取ったであろうハンナは、先ほどよりも焦っている。彼女にジョーカーが回ったのだろう。

 彼女の反応、あからさますぎて気を取られてしまうけど。
 
 エイダンだけでなく、カイロスとベン褐色野郎が、ハンナをいじめる私を見たと言っているのは見過ごせない。私はハンナをいじめる、というかまともに関わる機会がなかったのは全くの事実。
 
 それでも、彼らが見たというのなら、私じゃない偽物がいたということになる。 
 つまり、別の人間が私になりすまして、悪事を働いていた。

 ――――だとしても。
 
「誰が私をはめようとしていたにしても、あなたたちもその真実を明かさず私を断罪しようとした。その事実に変わりない。だから、神に代わって私が裁くわ」

 “デスゲーム”という名の裁きをあげるの。

「そういえば、レイモンドはいないの?」

 先ほどから気になっていた、いるはずの彼。
 レイモンド・スナイデルス――――彼もまたエイダンたちと同じ攻略対象者。
 元気キャラ枠で、快活な少年だった。ギャグも担当することが多く、アホなキャラという第一印象がある。

 彼のルートを進めていけば、一途で誠実な彼の愛を得ることができる。かなり濃い過去を持ってはいるが、他の誰よりも正統派なキャラだ。

 だが、他のキャラのルートでもいつもハンナ主人公の周りをうろついていて、プレイヤーからは「うるさい」や「邪魔」と言われる始末。レイモンド以外の推しを持つプレイヤーにはとことん嫌われるという、可愛そうな攻略対象だった気がする。

 彼がいれば、そこはお祭りと言っても過言ではない。とにかくうるさいのだ。

 そんなレイモンドこそ、ハンナの近くにいそうなものだけれど………なのに、彼の姿がない。思えば、第1ラウンド開始前に広場で集まった時も、彼の姿はなかった。逆にパーティーの時は、彼の姿を見た。

「アドヴィナも会ってないのか?」
「その言い方だと、殿下も会っていないのですね」

 他の人も彼を見ていないのか、「会った」と言う人は1人もいない。
 でも、彼がこのゲームにいるのは間違いない。
 パーティー会場あそこにいた生徒全員を転移させたんだから。

 彼はだし、私やナアマちゃんが見えない所で高度な魔法イカサマを使っているかもしれない。
 
 後でナアマちゃんに調べてもらわなくちゃ。

 ハンナは意外にも残りのカードが少なく2枚、カイロスや褐色野郎は何枚か持っており、すまし顔を貫くエイダンは残り3枚。そして、順調な私は残り1枚。

「じゃあ、私はお先に上がらさせていただきますわ」
「ハッ………1枚だからといって、勝ちが決まったわけじゃないでしょ」
 
 負けず嫌いなカイロスは、呆れた目を私に送ってくる。そんな視線を無視して、私は彼の手札から迷いなく1枚のカードを引く。ひらりと裏返し、カードを確認。私は思わずニコリと微笑んでいた。

 ………………はぁ、私ってば、強運を味方にしているわね。最後の最後にこれを引くとは。

 現在持っているのはハートのエース。
 エースが来れば、勝ちが確定の状態。

「皆様にはこちらをお送りいたしますわ」

 そして、最後に引いたのはスペードのエース。
 他よりも大きなマークが書かれたそのカードが意味するのは――――『死』。

 その2枚のカードをひらりと机の中央に捨て投げ、立ち上がる。

 私は他人の命を狩っていく。
 全員を地獄に追いやる。
 でも、自分の命は捨てない。
 ゲームでも、ゲームが終わった後も。

 この先捨てていくのは私自身の『死』。

 生死の境界線に立つとしても、私に『死』に行く道は必要ない。自分自身の『死』という選択肢を捨て、生き残る。そして、プレイヤー全員に『死』というとっておきのプレゼントをしてあげるの。 

「第2ラウンドも全力で楽しみましょうね~」

 まだゲームを続けるエイダンたち。
 彼らにスペードのカード最高のプレゼントを残して、私は1人庭園から立ち去った。
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