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第2章 対抗編
28 赤髪と準備と運命と
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ルーシーが目的の店を探し始めて、5日目。
彼女の部屋にはキーラン、ルーシー母、イザベラの3人がいた。
そのうち、2人、キーランとルーシー母は開けっ放しになった窓と誰もいないその部屋を見て、呆然。
「姉さんがいない…………」
キーランは呆然としながらも、ルーシーの部屋に入っていく。
すると、あるものを見つけた。
床に落ちていたそれを、彼は拾う。
「赤色の髪…………」
彼が見つけたものは赤い髪。
長い髪であったが、それはルーシーの髪色とは全く違うもの。
だから、ルーシーじゃない他の誰かのものであると考えるのが、自然である。
「侵入者が入った…………姉さんを連れ去ったんだ」
ずっと会えなかった理由。
キーランはそれと落ちていた赤髪と結びつけていく。
「いえ、その髪は…………」
事情を知っているイザベラが説明しようとしたが、キーランは義母の方に目を向けていた。
「お母様! すぐに————」
「ええ、分かっているわ。イザベラ、ルーシーが誘拐されたと、すぐに捜索に取り掛かりなさいと騎士団に言ってちょうだい」
「いえ、その髪は————」
「髪のことが気になることは分かるわ。でも、とりあえず髪のことは後。ルーシーの無事が先よ。急いでちょうだい」
「でも、その髪は————」
「イザベラ! 早く」
普段のルーシー母なら、イザベラの意見をしっかりと聞いていたことだろう。
だが、彼女は動揺していた。誰が見ても分かるぐらいに、混乱していた。
ルーシー母だけではない。同様にキーランも同様していた。
諦めたイザベラは、ルーシー母の命令を聞き入れ、騎士団の方に走り出す。
そんな彼女の背中を見て、キーランはこう小さく呟いた。
「なんで…………イザベラはなんで僕を姉さんと会わせないようにしていたんだろう?」
と。
彼の瞳にはイザベラが疑わしく見えていた。
★★★★★★★★
「ルーシー?」
それは偶然だった。
「ねぇ、ルーシー。君、ルーシーでしょ?」
彼女は赤色の髪で、服もボロボロだったけど、僕は確かに彼女が彼女だと分かった。
それは僕にとって、いや、僕らにとって都合のいいこと。
「僕、カイルだよ?」
僕の計画を円滑に進めるためには持ってこいの状況だった。
★★★★★★★★
作戦会議を開いて、次の日のこと。
僕、カイルはルーシーと駆け落ちするための準備に取り掛かっていた。
僕の執事ハーマンやメイドたちにはラザフォード家に向かうと嘘をつき、1人でこっそり街へ出かけた。当然、服装は街の人たちに合わせる。
僕は街へ向かう途中、あることを考えていた。
それは駆け落ちした後どうするか、というもの。
もちろん、ルーシーの気持ちを知る、僕に傾かせることも重要。
だけど、もし駆け落ちができたとして、その後の生活をどうやっていくか。
準備なしでは、きっと僕らは浮浪人となる。
それにこの世界からすれば、僕は子ども。いくら、精神面が成熟しているとはいえ、子どもであることには変わりない。
当然、ルーシーも子ども。まぁ、大人びてはいるけどね。
そんな子どもが2人だけで生活していくことは、準備なしではかなり難しい。(準備があってもなかなかだとは思うけどね)
きっと、ルーシーは森で暮らすことは嫌がるはず。
だから、僕は準備に取り掛かった。
まず、住居の用意。
ムーンセイバー王国の王子の婚約者であるルーシーと駆け落ちするのだから、と考え、僕は国外に住居を用意した。
まぁ、国外といっても隣国だが。
ラザフォード家の屋敷みたいに決して大きなものではないが、前世の一般家庭ぐらいの住居を用意することができた。
お金がどうしたかって?
そりゃ、自分で稼いだよ。
作戦会議を開いた次の日。
僕は資金を調達するため、街へと向かった。
それも近くの街ではなく、気温が高い街に。
そこで僕はかき氷の屋台を開いた。
場所は悪かったけど、多くの人たちがやってきてくれたんだよ。
まぁ、それもそうだよね。
僕もここの世界の人なら、驚くし、食べてみたくもなる。
————だって、ほとんどのものが氷でできているんだから。
厨房も氷。容器もスプーンも氷。
全てが煌めく氷で作った。
いや、結構大変だった。かなり魔力は消費したと思う。
シロップは近くで売っていた果物を使用。
また、シロップだけでなく、前世のかき氷をマネして、小豆っぽいものをのせたり、白玉っぽいものを作ってのせたりして、映えるかき氷を作った。
値段もそこまで高い値を設定せず、相場に合わせた。
おかげさまでジャンジャン売れたよ。
お客さんはいっぱい来てくれた。妙に女性客が多かった覚えがあるけど。
ああ、前世に妹たちと色んな店回っていて、本当に良かったと思う。きっと映えるかき氷なんて作れなかっただろうからね。
妹たちに感謝感謝。
僕はそんなバイトみたいなことを3日間続けた。
2日目からはかき氷だけでなく、普通の氷も売り始めると、さらに売上がアップした。
そして、目標だった金額に到達すると、すぐに撤退し、隣国のある住居を買った。
購入した住居は近隣に他の家はあまりなく、家の前に花畑が広がっていた。
購入の際はかなり不動産の方に不審がられたけど、お金をちゃんと払うとニコニコ笑顔になっていたっけ。
まぁ、ともかく駆け落ち後の生活はなんとかやっていけそうになった。
あとは、ルーシー。
ルーシーだけなんだけど、彼女の気持ちはどうなのだろうか。
彼女の中にはライアン王子でいっぱいなのだろうか。
————————そうは見えない。
少なくともライアン王子と関わるのは嫌そうにしているし、ゲーム通りではなさそう。
なら、誰に傾いているのだろう?
そう考えていると、僕はラザフォード家にいつの間にか向かっていた。
が。
「姉さんは今日も調子が悪いので、お引き取りください」
とキーランに言われた。
僕を邪魔して言っているかと思ったが、話を聞くと、そうでもないことが分かった。
『作戦会議の日から、姉さんに一度も会えていないんです』
キーランもずっとルーシーに会えていない。
作戦会議の次の日から面会を拒否されている、らしい。
はて、どうしたものか…………。
駆け落ちするにはルーシーに会うのが必須条件。
だが、隣の部屋に住んでいる義弟ですら、会えない状況。
となると…………。
★★★★★★★★
次の日。
僕は再び街へ足を運び、そして、地下通路へと向かっていた。
だが、そこには先客がいた。
「カイル? なぜあなたがここに?」
「君こそ、なんでこんなところに?」
そこにいたのは僕のライバルの1人、リリー。そして、彼女の兄ビリー。
彼女は何かを待ち構えているかのように、道を見張っていた。
リリーも考えていることは一緒ってことか…………さすがルーシー推し。
ゲーム上、といってもアナザーストーリーという形で知ったことだが、ルーシーはここをよく利用する。
主人公ステラの邪魔をするためなら、何だってするルーシーはかなり汚いことまで手を出していた。
まぁ、ご令嬢が1人でこんなところを歩くことを知った時にはかなり驚いた、いや、設定に少しだけ疑問を持った。
「君もルーシーに会いにきたの?」
「当たり前です! 一昨日会いましたからね!」
「一昨日? 一昨日、ルーシーと会ったの?」
キーランは作戦会議の日から一度も会っていない、と言っていたのに?
「ええ。随分と汚い服装をしておりましたが、あれは確かにルーシー様。あの銀髪はルーシー様でしたの。『ルーシー様』とお呼びすると、逃げましたし。追いかけたら、逃げましたし」
「追いかけたの!?」
「はい。それはもうお話したかったので。あなた方に抜かれたくはなかったですからね…………だから、早くどっか行ってくださいませ」
「え?」
「ここは私が見張っているんです。先に来たのは私です。だから、どっか行ってくださいませ!」
「え? え?」
ルーシーに会えるのなら、僕はここにいたいんだけど。
そう願ったが、僕は地下通路を追い出された。
他のところから入ろうと思ったが、スカイラー家の者らしい人間がちらほらといた。
彼らはカイルだと分かると、立ち入りを禁止に。
さすがリリー。やることが徹底している。
そして、僕は仕方なくルーシーを街で探すことにした。
大通りには人がたくさん。
だが、ルーシーを見つけるのはそこまで難しくない。僕が注目するのは子どもだけ。それも汚い服装の子ども。
と観察しながら、街中を歩いていく。
それにしても、ルーシーはなぜキーランと会わずに、街に来ていたんだろう?
なぜリリーを避けたのだろう?
一体、彼女はどこに行っていたのだろう?
歩く度に、様々な疑問が浮かび上がる。
————————もしかして、彼女は例の店に?
いや、あれは魔法学校に入学した後の話だ。
ルーシーがこの時期にあの店に用があるはずない。
だが、今のルーシーは少し違う。ゲームのルーシーとは違う。
もしかしたら、ルーシーは例の店に用があるのだろうか?
なんて考えていると、1人の少女とすれ違った。
ボロボロの服でフードを深く被るその少女。
ルーシーと同じくらいの身長の子だな…………。
すれ違ったその子を、ふと目で追う。
フードの中からちらりと見えたのは赤髪。輝く真紅の髪。
ゲーム上では、ルーシーが赤髪になるシーンがある。あれは確かステラを殺すために毒を買いに行く、回想シーン。
悪役令嬢のちょっとしたシーンで見逃す人は見逃すが、僕は確かに覚えている。
ゲームでそんなことがあったのだから、この世界のルーシーが赤髪になってもおかしくない。
「ルーシー?」
気づけば、彼女の名前を呼んでいた。
★★★★★★★★
振り向くと、そこにはよく知る人物がいた。
あなた、なぜ分かったの————————ねぇ、カイル?
今の私、ルーシーは髪色が違う。
服装もいつもと違って、街の人たちと同じようなもの。
分かるはずがない。彼なんかが分かるはずない。
もしかして、他の人と間違えている?
ていうか、なんでカイルがこんなところにいるの?
いや、今はそんなことどうでもいい。
知り合いにあっても避けなきゃ。カイルなら尚更避けないと。
一瞬振り向いた私はすぐさま背を向け、歩き出す。
「ねぇ、ルーシー。君、ルーシーでしょ? 僕、カイルだよ? ねぇ?」
無視よ。無視。
歩行スピードを上げていく。
だが、声はなかなか遠ざからない。
「待って! 待って! 待ってってば! ルーシー!」
走り出そうとした瞬間。
私は腕を掴まれていた。
……………………お願い…………離して。
引き離そうとブンブンと腕を振ったが、彼の力の方が強く、どうすることもできない。
「ルーシー、僕の話を聞いて」
嫌よ。
私、今それどこじゃ————。
「僕は君が好きだ。愛してる」
その瞬間、さっと風が私たちの間を流れる。
私はゆっくりと、ゆっくりと彼の方を見る。
彼の幼い瞳はとても真っすぐで、目を離すことはできない。
私のことが好き? 愛してる?
————————本気で言っているの?
以前、私はカイルから婚約を申し込まれたことがある。彼と初めて会った時のことだ。
あの時も、本気で言っているのは分かっていた。
だけど、あの時の私はゲーム通りライアン殿下と婚約していた。抗ったけど、運命から逃れられないと絶望していた。
運命は変わらない、と諦めていた。
そして、今。
今、彼が本気で「愛している」と言っているのは分かる。すごく感じる。
私は現在も一応ライアン王子と婚約しているけれど、彼のことなんてこれっぽっちも好きじゃない。
カイルは掴んでいた私の腕を解放すると、私に手を差し伸べた。
「もし、君がライアン殿下に対して好意を持っていなくて…………」
もし、もし、私が彼の手を取って————。
「少しでも……少しでも僕のことが好きなのなら、駆け落ちしよう。この国を出て、2人で暮らそう?」
————————この運命から逃れることができるのなら。
『——の運命を変えることなんて無理なんだよ、ルーシー』
その時、ふと浮かんだその言葉。いつか、誰かに言われたその言葉。
後になって思ったけど、その通りだった。誰かに言われたその言葉の通り。
でも、その時は運命をシナリオを私たちで書き変えれると思いたかった。
信じたかった。
信じたかったのだけれど。
カイルの手を取ろうとした瞬間、私の視界は真っ暗に。
何も見えない…………何が起きたの?
周りが騒がしい。
みんな、見えないのかしら?
もしかして、本でしか読んだことがないけれど、魔法災害でも起きたの?
周りの状況を確かめようと、ふらついていると誰かに腕を掴まれた。
あ。カイルが私の腕を掴んでくれた?
足元がふらついている感覚があったから、ありがたい。
「ルーシー!」
聞こえてきたその声は、遠くで、必死に、私の名前を呼ぶカイルの声。
あれ? カイルは近くにいるんじゃないの?
返事がしたい。
私はここにいるって。
だけど、返事はできない。
「クソっ。お前ら、ルーシーに何をした?」
体も力が入らない。
「……………………やめろっ! ルーシーに触れるな!」
…………一体何が…………起きて……いるの?
「やめろっ————!!」
数秒後、彼の声は聞こえなくなり、私の意識も途切れた。
彼女の部屋にはキーラン、ルーシー母、イザベラの3人がいた。
そのうち、2人、キーランとルーシー母は開けっ放しになった窓と誰もいないその部屋を見て、呆然。
「姉さんがいない…………」
キーランは呆然としながらも、ルーシーの部屋に入っていく。
すると、あるものを見つけた。
床に落ちていたそれを、彼は拾う。
「赤色の髪…………」
彼が見つけたものは赤い髪。
長い髪であったが、それはルーシーの髪色とは全く違うもの。
だから、ルーシーじゃない他の誰かのものであると考えるのが、自然である。
「侵入者が入った…………姉さんを連れ去ったんだ」
ずっと会えなかった理由。
キーランはそれと落ちていた赤髪と結びつけていく。
「いえ、その髪は…………」
事情を知っているイザベラが説明しようとしたが、キーランは義母の方に目を向けていた。
「お母様! すぐに————」
「ええ、分かっているわ。イザベラ、ルーシーが誘拐されたと、すぐに捜索に取り掛かりなさいと騎士団に言ってちょうだい」
「いえ、その髪は————」
「髪のことが気になることは分かるわ。でも、とりあえず髪のことは後。ルーシーの無事が先よ。急いでちょうだい」
「でも、その髪は————」
「イザベラ! 早く」
普段のルーシー母なら、イザベラの意見をしっかりと聞いていたことだろう。
だが、彼女は動揺していた。誰が見ても分かるぐらいに、混乱していた。
ルーシー母だけではない。同様にキーランも同様していた。
諦めたイザベラは、ルーシー母の命令を聞き入れ、騎士団の方に走り出す。
そんな彼女の背中を見て、キーランはこう小さく呟いた。
「なんで…………イザベラはなんで僕を姉さんと会わせないようにしていたんだろう?」
と。
彼の瞳にはイザベラが疑わしく見えていた。
★★★★★★★★
「ルーシー?」
それは偶然だった。
「ねぇ、ルーシー。君、ルーシーでしょ?」
彼女は赤色の髪で、服もボロボロだったけど、僕は確かに彼女が彼女だと分かった。
それは僕にとって、いや、僕らにとって都合のいいこと。
「僕、カイルだよ?」
僕の計画を円滑に進めるためには持ってこいの状況だった。
★★★★★★★★
作戦会議を開いて、次の日のこと。
僕、カイルはルーシーと駆け落ちするための準備に取り掛かっていた。
僕の執事ハーマンやメイドたちにはラザフォード家に向かうと嘘をつき、1人でこっそり街へ出かけた。当然、服装は街の人たちに合わせる。
僕は街へ向かう途中、あることを考えていた。
それは駆け落ちした後どうするか、というもの。
もちろん、ルーシーの気持ちを知る、僕に傾かせることも重要。
だけど、もし駆け落ちができたとして、その後の生活をどうやっていくか。
準備なしでは、きっと僕らは浮浪人となる。
それにこの世界からすれば、僕は子ども。いくら、精神面が成熟しているとはいえ、子どもであることには変わりない。
当然、ルーシーも子ども。まぁ、大人びてはいるけどね。
そんな子どもが2人だけで生活していくことは、準備なしではかなり難しい。(準備があってもなかなかだとは思うけどね)
きっと、ルーシーは森で暮らすことは嫌がるはず。
だから、僕は準備に取り掛かった。
まず、住居の用意。
ムーンセイバー王国の王子の婚約者であるルーシーと駆け落ちするのだから、と考え、僕は国外に住居を用意した。
まぁ、国外といっても隣国だが。
ラザフォード家の屋敷みたいに決して大きなものではないが、前世の一般家庭ぐらいの住居を用意することができた。
お金がどうしたかって?
そりゃ、自分で稼いだよ。
作戦会議を開いた次の日。
僕は資金を調達するため、街へと向かった。
それも近くの街ではなく、気温が高い街に。
そこで僕はかき氷の屋台を開いた。
場所は悪かったけど、多くの人たちがやってきてくれたんだよ。
まぁ、それもそうだよね。
僕もここの世界の人なら、驚くし、食べてみたくもなる。
————だって、ほとんどのものが氷でできているんだから。
厨房も氷。容器もスプーンも氷。
全てが煌めく氷で作った。
いや、結構大変だった。かなり魔力は消費したと思う。
シロップは近くで売っていた果物を使用。
また、シロップだけでなく、前世のかき氷をマネして、小豆っぽいものをのせたり、白玉っぽいものを作ってのせたりして、映えるかき氷を作った。
値段もそこまで高い値を設定せず、相場に合わせた。
おかげさまでジャンジャン売れたよ。
お客さんはいっぱい来てくれた。妙に女性客が多かった覚えがあるけど。
ああ、前世に妹たちと色んな店回っていて、本当に良かったと思う。きっと映えるかき氷なんて作れなかっただろうからね。
妹たちに感謝感謝。
僕はそんなバイトみたいなことを3日間続けた。
2日目からはかき氷だけでなく、普通の氷も売り始めると、さらに売上がアップした。
そして、目標だった金額に到達すると、すぐに撤退し、隣国のある住居を買った。
購入した住居は近隣に他の家はあまりなく、家の前に花畑が広がっていた。
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まぁ、ともかく駆け落ち後の生活はなんとかやっていけそうになった。
あとは、ルーシー。
ルーシーだけなんだけど、彼女の気持ちはどうなのだろうか。
彼女の中にはライアン王子でいっぱいなのだろうか。
————————そうは見えない。
少なくともライアン王子と関わるのは嫌そうにしているし、ゲーム通りではなさそう。
なら、誰に傾いているのだろう?
そう考えていると、僕はラザフォード家にいつの間にか向かっていた。
が。
「姉さんは今日も調子が悪いので、お引き取りください」
とキーランに言われた。
僕を邪魔して言っているかと思ったが、話を聞くと、そうでもないことが分かった。
『作戦会議の日から、姉さんに一度も会えていないんです』
キーランもずっとルーシーに会えていない。
作戦会議の次の日から面会を拒否されている、らしい。
はて、どうしたものか…………。
駆け落ちするにはルーシーに会うのが必須条件。
だが、隣の部屋に住んでいる義弟ですら、会えない状況。
となると…………。
★★★★★★★★
次の日。
僕は再び街へ足を運び、そして、地下通路へと向かっていた。
だが、そこには先客がいた。
「カイル? なぜあなたがここに?」
「君こそ、なんでこんなところに?」
そこにいたのは僕のライバルの1人、リリー。そして、彼女の兄ビリー。
彼女は何かを待ち構えているかのように、道を見張っていた。
リリーも考えていることは一緒ってことか…………さすがルーシー推し。
ゲーム上、といってもアナザーストーリーという形で知ったことだが、ルーシーはここをよく利用する。
主人公ステラの邪魔をするためなら、何だってするルーシーはかなり汚いことまで手を出していた。
まぁ、ご令嬢が1人でこんなところを歩くことを知った時にはかなり驚いた、いや、設定に少しだけ疑問を持った。
「君もルーシーに会いにきたの?」
「当たり前です! 一昨日会いましたからね!」
「一昨日? 一昨日、ルーシーと会ったの?」
キーランは作戦会議の日から一度も会っていない、と言っていたのに?
「ええ。随分と汚い服装をしておりましたが、あれは確かにルーシー様。あの銀髪はルーシー様でしたの。『ルーシー様』とお呼びすると、逃げましたし。追いかけたら、逃げましたし」
「追いかけたの!?」
「はい。それはもうお話したかったので。あなた方に抜かれたくはなかったですからね…………だから、早くどっか行ってくださいませ」
「え?」
「ここは私が見張っているんです。先に来たのは私です。だから、どっか行ってくださいませ!」
「え? え?」
ルーシーに会えるのなら、僕はここにいたいんだけど。
そう願ったが、僕は地下通路を追い出された。
他のところから入ろうと思ったが、スカイラー家の者らしい人間がちらほらといた。
彼らはカイルだと分かると、立ち入りを禁止に。
さすがリリー。やることが徹底している。
そして、僕は仕方なくルーシーを街で探すことにした。
大通りには人がたくさん。
だが、ルーシーを見つけるのはそこまで難しくない。僕が注目するのは子どもだけ。それも汚い服装の子ども。
と観察しながら、街中を歩いていく。
それにしても、ルーシーはなぜキーランと会わずに、街に来ていたんだろう?
なぜリリーを避けたのだろう?
一体、彼女はどこに行っていたのだろう?
歩く度に、様々な疑問が浮かび上がる。
————————もしかして、彼女は例の店に?
いや、あれは魔法学校に入学した後の話だ。
ルーシーがこの時期にあの店に用があるはずない。
だが、今のルーシーは少し違う。ゲームのルーシーとは違う。
もしかしたら、ルーシーは例の店に用があるのだろうか?
なんて考えていると、1人の少女とすれ違った。
ボロボロの服でフードを深く被るその少女。
ルーシーと同じくらいの身長の子だな…………。
すれ違ったその子を、ふと目で追う。
フードの中からちらりと見えたのは赤髪。輝く真紅の髪。
ゲーム上では、ルーシーが赤髪になるシーンがある。あれは確かステラを殺すために毒を買いに行く、回想シーン。
悪役令嬢のちょっとしたシーンで見逃す人は見逃すが、僕は確かに覚えている。
ゲームでそんなことがあったのだから、この世界のルーシーが赤髪になってもおかしくない。
「ルーシー?」
気づけば、彼女の名前を呼んでいた。
★★★★★★★★
振り向くと、そこにはよく知る人物がいた。
あなた、なぜ分かったの————————ねぇ、カイル?
今の私、ルーシーは髪色が違う。
服装もいつもと違って、街の人たちと同じようなもの。
分かるはずがない。彼なんかが分かるはずない。
もしかして、他の人と間違えている?
ていうか、なんでカイルがこんなところにいるの?
いや、今はそんなことどうでもいい。
知り合いにあっても避けなきゃ。カイルなら尚更避けないと。
一瞬振り向いた私はすぐさま背を向け、歩き出す。
「ねぇ、ルーシー。君、ルーシーでしょ? 僕、カイルだよ? ねぇ?」
無視よ。無視。
歩行スピードを上げていく。
だが、声はなかなか遠ざからない。
「待って! 待って! 待ってってば! ルーシー!」
走り出そうとした瞬間。
私は腕を掴まれていた。
……………………お願い…………離して。
引き離そうとブンブンと腕を振ったが、彼の力の方が強く、どうすることもできない。
「ルーシー、僕の話を聞いて」
嫌よ。
私、今それどこじゃ————。
「僕は君が好きだ。愛してる」
その瞬間、さっと風が私たちの間を流れる。
私はゆっくりと、ゆっくりと彼の方を見る。
彼の幼い瞳はとても真っすぐで、目を離すことはできない。
私のことが好き? 愛してる?
————————本気で言っているの?
以前、私はカイルから婚約を申し込まれたことがある。彼と初めて会った時のことだ。
あの時も、本気で言っているのは分かっていた。
だけど、あの時の私はゲーム通りライアン殿下と婚約していた。抗ったけど、運命から逃れられないと絶望していた。
運命は変わらない、と諦めていた。
そして、今。
今、彼が本気で「愛している」と言っているのは分かる。すごく感じる。
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「もし、君がライアン殿下に対して好意を持っていなくて…………」
もし、もし、私が彼の手を取って————。
「少しでも……少しでも僕のことが好きなのなら、駆け落ちしよう。この国を出て、2人で暮らそう?」
————————この運命から逃れることができるのなら。
『——の運命を変えることなんて無理なんだよ、ルーシー』
その時、ふと浮かんだその言葉。いつか、誰かに言われたその言葉。
後になって思ったけど、その通りだった。誰かに言われたその言葉の通り。
でも、その時は運命をシナリオを私たちで書き変えれると思いたかった。
信じたかった。
信じたかったのだけれど。
カイルの手を取ろうとした瞬間、私の視界は真っ暗に。
何も見えない…………何が起きたの?
周りが騒がしい。
みんな、見えないのかしら?
もしかして、本でしか読んだことがないけれど、魔法災害でも起きたの?
周りの状況を確かめようと、ふらついていると誰かに腕を掴まれた。
あ。カイルが私の腕を掴んでくれた?
足元がふらついている感覚があったから、ありがたい。
「ルーシー!」
聞こえてきたその声は、遠くで、必死に、私の名前を呼ぶカイルの声。
あれ? カイルは近くにいるんじゃないの?
返事がしたい。
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「クソっ。お前ら、ルーシーに何をした?」
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「……………………やめろっ! ルーシーに触れるな!」
…………一体何が…………起きて……いるの?
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両親どちらにもない色彩だった為、母は不貞を疑われるのを恐れ、産まれたばかりの娘を敷地内の旧侯爵邸へ隔離し、下働きメイドの娘(ハニーブロンドヘア&ヘーゼルアイ)を実娘として育てる事にした。
一方、本当の実娘『ストロベリー』は、産まれたばかりなのに泣きもせず、暴れたりもせず、無表情で一点を見詰めたまま微動だにしなかった……。
そんな赤ん坊の胸中は(クッソババアだな。あれが実母とかやばくね?パパンは何処よ?家庭を顧みないダメ親父か?ヘイゴッド、転生先が悪魔の住処ってこれ如何に?私に恨みでもあるんですか!?)だった。
そして泣きもせず、暴れたりもせず、ずっと無表情だった『ストロベリー』の第一声は、「おぎゃー」でも「うにゃー」でもなく、「くっそはりゃへった……」だった。
その声は、空が茜色に染まってきた頃に薄暗い部屋の中で静かに木霊した……。
※この小説は剣と魔法の世界&乙女ゲームを模した世界なので、バトル有り恋愛有りのファンタジー小説になります。
※ギリギリR15を攻めます。
※残酷描写有りなので苦手な方は注意して下さい。
※主人公は気が強く喧嘩っ早いし口が悪いです。
※色々な加護持ちだけど、平凡なチートです。
※他転生者も登場します。
※毎日1話ずつ更新する予定です。ゆるゆると進みます。
皆様のお気に入り登録やエールをお待ちしております。
※なろう小説でも掲載しています☆
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