上 下
4 / 89
第1章 出会い編

4 運命が決まるその日まで

しおりを挟む
 「殿下。私、婚約指輪をなくしました」
 「え?」
 
 指輪を投げ捨てた次の日のこと。
 その日は王城に向かい、ライアンに顔を出すことになっていた。
 そして、私はライアンとお茶を飲んでいたわけだが。
 
 ライアンは突然の話に動揺。
 ふーん。こんな人でも動揺するんだ。

 「本当に申し訳ございません…………婚約の証であった指輪が無くなったので、殿下と私の婚約はなかったことに」
 「いや、破棄はしないよ」
 「え?」

 下げていた頭を上げる。
 
 「確かに、あの指輪は婚約の証だけれど、それを失くしたからといって大した問題にはならないよ。指輪なんて作りなおせばいいしね」
 
 と言って、ライアンはこちらに微笑みかけてくる。その微笑みは心の底からのものではなかった。
 
 「こんなことで、婚約を破棄できると思ってるの? …………ああ、ここ1年様子がおかしかったのはそのせいか」 

 すると、私の侍女であるイザベラが部屋に入ってきた。
 何事かしら?
 私が首を傾げていると、イザベラは焦りながらも丁寧にお辞儀をした。

 「失礼いたします。あの……ルーシー様の指輪ですが、見つかったようでして」
 「え? どこにあったの?」
 「それがどうも食堂にあったようでして。私も伝達を受けただけですので、はっきりしたことは分かりませんが、猫がくわえていたようです」

 猫がくわえていた?
 池に捨てた指輪が?

 「そんなはずない。私、ちゃんと池に捨てて…………」

 その時、私は失言したことにすぐ気が付いた。
 ゆっくりと彼の方を見る。
 
 「池に捨てた?」
 
 鋭い彼の瞳がこちらに向く。
 私は『アハハ…………』と苦笑い。
 もう何も言えなくなっていた。

 「まぁ、でもよかったね、ルーシー。指輪が見つかって」
 「はい……………………」

 ライアンは私の両手を握る。そして、左手の薬指に触れた。

 「いくら捨てたってだめだよ。この指輪は絶対に君のところに帰ってくるからね」

 その時、私の手元に婚約指輪はなかったけれど、すでに自分のところに戻ってきているような気がした。



 ★★★★★★★★



 私は婚約指輪を池に捨ててからも、指輪を捨てた。
 家の近くじゃなくて、ずっと遠くに。
 街にこっそり出かけて、そこで指輪を落とすとか。

 かなり深いと言われる池に投げ捨てるとか。
 闇市場で売って国外へ出すとか。
 
 どんな方法でも、チャレンジした。
 結構危ないこともした。
 
 だけど、その努力を一掃するかのように、全て1日以内に私の元に返ってきた。

 「なんで? なんで?」
 
 憎い指輪を受け取った私は夜の廊下に立ちつくし、指輪を見つめる。
 くるくると指輪を手のひらで転がす。
 すると、指輪の内側には『∞』という記号が彫られているのを見つけた。
 
 なにが永遠よ。
 結局ヒロインちゃんと結ばれるくせに。

 どうせ戻ってくると分かっていたが、私はまた窓から指輪を投げた。
 ポイって感じではなく、いら立ちをこめて思いっきり投げる。
 
 こんなもの、遠くに消えてしまえばいいのよ。
 私の目の前から消えてしまえばいいのよ。

 月の光に照らされて、投げた指輪が星のようにキラリと光る。
 そして、その指輪は手のひらに落ちた。
 
 そこに立っていた子どもの手のひらに。

 「え?」

 指輪をキャッチした1人の子ども。
 その子はラザフォード家の庭で1人立っていた。
 あの子、誰…………?

 子どもは灰色のようなフード付きコートを着ていた。
 夜で暗く、その子の姿はよく見えず、男の子なのか女の子か分からない。
 好奇心が大きくなった私はじっと見つめていると、その子と目があった。
 すると、その子はニコリと笑った。

 何か、言ってる?

 その子は何か言っているようで口をパクパクさせていたが、私の元まで声が届くことはなく。
 そして、一時して去っていた。

 近くに住む子がラザフォードの庭に迷い込んだのかしら?
 ――――――あ、てか、指輪持っていかれた。

 後で侍女たちに聞いてみたところ、そんな子は近所に住んでいないとのこと。
 その子のことを話すと、侍女たちは幽霊を見たんじゃないかと言って、怯えていた。

 馬鹿馬鹿しい。
 幽霊なわけないでしょ?
 あれはきっと人間だわ。

 私はふと考え、あの子どもを見た窓に寄る。
 でも、あれきっりあの子どもは現れていない。
 もしかしたら、幽霊だった?

 ―――――まさかね。

 そして、あの子どもが指輪を奪っていってから、1週間経っても私の前にあの指輪が現れることはなかった。

 

 ★★★★★★★★



 「殿下、1週間前に指輪を失くしまして…………」

 王城に向かい、ライアンとともにお茶をしていた私は告白した。
 これで婚約破棄になるんじゃ?
 だって、婚約指輪を失くしたんだよ? 

 シンプルだけど、あの高価そうな指輪を。

 そんなものを失くす人は王子の婚約者になるべきじゃないでしょ?

 「君の元に指輪は戻っていないの?」
 
 ライアンは冷たい声で、でも、どこか不思議そうに尋ねてきた。

 「はい…………残念ながら」
 
 そして、私は本当に残念そうに答えた。
 すると、ライアンは大きなため息をついた。

 よし、よし。
 この感じだと、婚約破棄になるんじゃない?
 
 微動だにしなかったライアンだが、小さくうなずくと、執事を呼び。

 「オリバー。新しい婚約指輪を用意して」

 と言った。
 当然執事は困惑。
 想定していたが、新しいものを用意することはないと思っていた私も困惑。
 信じられないとでも言いたげな顔を浮かべるおじいちゃん執事。
 彼は確認するかのように、ライアンに尋ねなおした。

 「…………婚約指輪をですか?」
 「うん。そう」
 「承知いたしました」

 そう返事をすると、すぐに執事は部屋を去っていた。
 新しい婚約指輪?
 うそでしょ?

 「ルーシー。今すぐに新しい指輪を用意できなくて悪いね」
 「…………いえ」
 「前の指輪が返ってくるまで、新しい指輪をつけていてね」

 数日後。
 ラザフォード家に新しい婚約指輪が届いた。
 失くしたことを黙っていた私はお母様にこっぴどく叱られ。
 結局私の左手の薬指には婚約指輪がはめられた。
 
 はぁ、物が変わったとはいえ、元通りってわけね。

 『いくら捨てたってだめだよ。この指輪は絶対に君のところに帰ってくるからね』

 そんなライアンの言葉を思い出す。そして、考え始める。
 この先何しても抵抗しようとしても、私はゲーム通りになるんじゃないか、と。

 転生したばかりの頃のように、将来に希望が持てない。
 絶望しか見えない。

 「はぁ……………………」

 自室で1人の私は大きなため息をつく。

 もう諦めよう。
 ライアンとの婚約をどうにかすることも。
 ライアンをこちらに振り向かせることも。
 
 そして、こうしよう。
 限りある時間の中で、流れるままに生きると。

 分かってる。
 この感じだと、ゲーム通りになる。
 よければ国外追放。最悪であれば死亡。
 
 ――――――――――――私はそれを受け入れよう。
 そう決意した日から私は、自由気まま生きることにした。
 何も考えず、したいことする。

 私の運命が決まるその日まで。

 しかし、前の指輪は私の元に帰ってくることはなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました。

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

派手好きで高慢な悪役令嬢に転生しましたが、バッドエンドは嫌なので地味に謙虚に生きていきたい。

木山楽斗
恋愛
私は、恋愛シミュレーションゲーム『Magical stories』の悪役令嬢アルフィアに生まれ変わった。 彼女は、派手好きで高慢な公爵令嬢である。その性格故に、ゲームの主人公を虐めて、最終的には罪を暴かれ罰を受けるのが、彼女という人間だ。 当然のことながら、私はそんな悲惨な末路を迎えたくはない。 私は、ゲームの中でアルフィアが取った行動を取らなければ、そういう末路を迎えないのではないかと考えた。 だが、それを実行するには一つ問題がある。それは、私が『Magical stories』の一つのルートしかプレイしていないということだ。 そのため、アルフィアがどういう行動を取って、罰を受けることになるのか、完全に理解している訳ではなかった。プレイしていたルートはわかるが、それ以外はよくわからない。それが、私の今の状態だったのだ。 だが、ただ一つわかっていることはあった。それは、アルフィアの性格だ。 彼女は、派手好きで高慢な公爵令嬢である。それならば、彼女のような性格にならなければいいのではないだろうか。 そう考えた私は、地味に謙虚に生きていくことにした。そうすることで、悲惨な末路が避けられると思ったからだ。

転生幼女の愛され公爵令嬢

meimei
恋愛
地球日本国2005年生まれの女子高生だったはずの咲良(サクラ)は目が覚めたら3歳幼女だった。どうやら昨日転んで頭をぶつけて一気に 前世を思い出したらしい…。 愛されチートと加護、神獣 逆ハーレムと願望をすべて詰め込んだ作品に… (*ノω・*)テヘ なにぶん初めての素人作品なのでゆるーく読んで頂けたらありがたいです! 幼女からスタートなので逆ハーレムは先がながいです… 一応R15指定にしました(;・∀・) 注意: これは作者の妄想により書かれた すべてフィクションのお話です! 物や人、動物、植物、全てが妄想による産物なので宜しくお願いしますm(_ _)m また誤字脱字もゆるく流して頂けるとありがたいですm(_ _)m エール&いいね♡ありがとうございます!! とても嬉しく励みになります!! 投票ありがとうございました!!(*^^*)

高嶺の花屋さんは悪役令嬢になっても逆ハーレムの溺愛をうけてます

花野りら
恋愛
花を愛する女子高生の高嶺真理絵は、貴族たちが通う学園物語である王道の乙女ゲーム『パルテール学園〜告白は伝説の花壇で〜』のモブである花屋の娘マリエンヌ・フローレンスになっていて、この世界が乙女ゲームであることに気づいた。 すると、なぜか攻略対象者の王太子ソレイユ・フルールはヒロインのルナスタシア・リュミエールをそっちのけでマリエンヌを溺愛するからさあ大変! 恋の経験のないマリエンヌは当惑するばかり。 さらに、他の攻略対象者たちもマリエンヌへの溺愛はとまらない。マリエンヌはありえないモテモテっぷりにシナリオの違和感を覚え原因を探っていく。そのなかで、神様見習いである花の妖精フェイと出会い、謎が一気に明解となる。 「ごめんねっ、死んでもないのに乙女ゲームのなかに入れちゃって……でもEDを迎えれば帰れるから安心して」 え? でも、ちょっと待ってよ……。 わたしと攻略対象者たちが恋に落ちると乙女ゲームがバグってEDを迎えられないじゃない。 それならばいっそ、嫌われてしまえばいい。 「わたし、悪役令嬢になろうかな……」 と思うマリエンヌ。 だが、恋は障壁が高いほと燃えあがるもの。 攻略対象者たちの溺愛は加熱して、わちゃわちゃ逆ハーレムになってしまう。 どうなってるの? この乙女ゲームどこかおかしいわね……。 困惑していたマリエンヌだったが真相をつきとめるため学園を調査していると、なんと妖精フェイの兄である神デューレが新任教師として登場していた! マリエンヌはついにぶちキレる! 「こんなのシナリオにはないんだけどぉぉぉぉ!」 恋愛経験なしの女子高生とイケメン攻略対象者たちとの学園生活がはじまる! 最後に、この物語を簡単にまとめると。 いくら天才美少女でも、恋をするとポンコツになってしまう、という学園ラブコメである。

悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~

平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。 しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。 このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。 教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。

ここは乙女ゲームの世界でわたくしは悪役令嬢。卒業式で断罪される予定だけど……何故わたくしがヒロインを待たなきゃいけないの?

ラララキヲ
恋愛
 乙女ゲームを始めたヒロイン。その悪役令嬢の立場のわたくし。  学園に入学してからの3年間、ヒロインとわたくしの婚約者の第一王子は愛を育んで卒業式の日にわたくしを断罪する。  でも、ねぇ……?  何故それをわたくしが待たなきゃいけないの? ※細かい描写は一切無いけど一応『R15』指定に。 ◇テンプレ乙女ゲームモノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。

処理中です...