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第2章 大星祭編
第83話 何よりも眩しい未来へ
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「わぁ……すごく盛り上がっていますね………」
「だね。どこの屋台も大盛況みたいだ」
安定して外出できるようになった私は、アーサー様とともに学園に戻っていた。丁度その日は学園祭の日。出し物をする学生と外部からの客人で溢れかえっていた。
「学園祭なんて初めて来たな」
「イーも………」
私たちと一緒に来たのはイシスとセト。2人と今後について話し合った結果、彼らもこの学園に通うことになり、今日は見学として来ている。2人とも学校には行ってみたかったようで、提案した時には目をキラキラと輝かせていた。
事件の時に一度来ているようだったが、学園祭をしていることもあり、以前とはまた違う景色。珍しい景色に2人には笑みが漏れていた。
「すごい……屋台がいっぱいだ、ね………」
「上級魔道具体験なんてものもあるのか……いいな」
イシスやセトもこうしてみれば、普通の子ども。魔王軍幹部と駆け引きしていたあの頃とは別人だった。
仕事ができるけども、子どもとして遊ぶ機会はそうそうなかったと思う。敵が多く、発散できる場所などなくって、安全な場所を見つけるので精一杯なところもあっただろう。
今日はお金も用意しているし、存分に遊んでほしい。
「イシス、セト。欲しいものがあれば、遠慮なく私に言ってください」
「ありがとう、エレシュキガル」
そう言うと、ニコリと笑うイシス。普通の少女で、妹のようにも思えた。
大星祭の時も混雑していたが、その時以上人が多い気がする。2人が迷わないようにしなければ。
「エレちゃん、手をつなごうね」
「はい。ではイシス。私の手を」
「ん……にぃも」
「はいはーい」
仲良く4人で手を繋いで歩いていく。校門から校舎へと続く道の両端には、学生が運営している屋台が並んでいた。どれも美味しそうだったが、私はチョコバナナを10本ほど購入。
初めは甘い物からよね。スイーツがたくさん売られていて、本当に学園が天国のようだわ。
「エレシュキガル、それ全部1人で食べる、の………?」
「全部入るのか? 俺、食べようか?」
「大丈夫ですよ。全部いただきます」
アーサー様は買ったバナナを何本か持ってくれて「可愛いね」笑ってくれていたが、なぜかイシスとセトはドン引き。なぜ引かれるんだろう………一緒にご飯は食べたことがあるのに。
全てのバナナチョコを食べ終えると、「あんなに食べたのに、なんでお腹の大きさが変わらない、の………」とイシスに凝視された。お腹は1割も満たしていない。まだまだ行けるわ。
「それにしても凄い賑わいですね。祭りはあまり来たことがなかったので、とても新鮮です」
「そっか。エレちゃんも祭りとかは行ったことがないんだね」
「はい。母がいた頃に領地の復活祭には行きましたが、母が亡くなってからは行ってませんね」
「じゃあ、今度一緒に他の祭りも行ってみようか。雪華祭とか」
「雪華祭?」
「それ、冬の祭りだよ、ね……?」
イシスの言葉にコクリと頷くアーサー様。イシスはその祭りを知っているようだった。
「うん。簡単に言えば、雪まつりと思ってもらっていいよ。雪で人の像を作ったり、家を作ったり………名前はその時期に丁度咲く花が由来だよ」
「想像するだけで素敵ですね」
寒そうではあるが、いつか行ってみたい。ぜひアーサー様に案内してもらおう。きっと美味しい食べ物もあるだろうから。
そうして、屋台を回りながら、歩いていると校舎に辿り着いた。校舎内でも出し物をしているらしく、校舎の中へ入っていく。
「私たちのクラスはどんな出し物なんでしょうか?」
「気になるね。教室でしているとは聞いたけど」
「行ってみましょう」
自分たちの教室へと向かうと、教室前に置かれていたのは1つの看板。そこには『舞台 導きの星魔術師』と書かれていた。
「演劇なんだね」
「びっくりしました………聞いたことのない題名ですが、自作でしょうか」
「覗いてみようか」
そうして、教室に入ろうとした瞬間――――――。
「わっ」
「す、すみません」
先にドアが開かれ、出てきたのは1人の少女。彼女とぶつかってしまい、すぐに謝罪。幸い彼女が倒れることはなかった。女の子にしては体幹がよかったようだ。
艶やかな銀髪を彼女は私たちの顔を見ると、目を見開く少女。心配になって声をかけようとしたが、彼女の方が先に口を開いていた。
「ああ………先輩、殿下。いらしたんですね。よかった」
「その声は………ギルバート?」
「はい。あなたの後輩のギルです。おはようございます」
「おはよう、ギル。元気そうで何よりだわ………ところで、その格好は?」
どこからどう見たって女性物の服………というか女子の学生服を着ていた。いつもの黒髪ではなく、銀髪ロングのかつらを被っている。さらに、学園の女子学生服を着て、その上に紺のローブを羽織っていた。
「これは衣装です。なぜか俺が女性役をすることになりまして………あ、ちょっとみんなを呼んできますね」
「あ、うん」
翻して、たたっと駆け足で教室の中へ消えていくギルバート。黒髪を揺らして、奥に消えていく彼は、もう女の子にしか見えなかった。
ギルバートが女の子役か………いいかも。話さなかったら普通に女の子と勘違いしそうなくらい、衣装が似合っている。かわいいわ。
そうして、教室前で待つこと数分後、どたどたと中から地鳴りのような足音が響いて―――。
「エレシュキガル!」
ギルバートと一緒に飛び出してきたのはセレナとマナミ様、ブリジット、リアムさん、クラスメイトたち。その中になぜかクライドまでいた。
「やっと来てくれたのですね! よかったですわ!」
「ご心配おかけしました」
見舞いに来てくれていたものの、こうして外で会うのは事件以来。セレナの瞳には涙が浮かんでいた。ブリジットも笑顔で出迎えてくれた。
「ふん、あなたにしては随分と時間がかかったじゃない」
「すみません」
「あなた、明日から登校するのでしょう? じゃあ、この前話していた魔源核の研究……あなたに付き合ってもらうから」
「はい! それはもちろん!」
シュレインとの戦いで知った――――“魔源核”。
その話をブリジットにしたところ、「面白そうだから、その研究私が付き合ってあげてもいいわ」と言われ、マナミ様も興味を持たれたようなので、3人で調べようとしていた。
だけど、大星祭の準備とか事件があり中断。学園祭もあって2人も調査ができなかったらしい。でも、行事も終わったし、これから3人で存分に調べれる。
「じゃ、エレシュキガルとアーサーはその特等席で見ていて。ああ、セトさんとイシスさんも2人の近くに座ってちょうだい」
「分かりました」
マナミ様に案内されたのは舞台の端から端まで見える中央席。4人で並び座った。数分すると、続々とお客さんが入ってくる。チラシを持って席に着く人、1回目の上演の噂を聞きつけて見に来た人がいた。
聞き耳を立てていたのだが、どうやら演劇はかなり評判がいいようで、元々高かった期待がさらに膨らんだ。
「始まったわ………」
ストーリーとしては、とある魔法学校に通う女子学生が仲間と協力して魔王と倒すという話。冒険的な一面も見せながら、恋愛要素もあり、終始楽しむことができた。
ストーリー構成がうまく作られており、飽きさせない。時々展開が読めなくって、さらに興味が引かれた。
「極悪非道の魔王よ! 覚悟なさい!」
そう叫ぶのは銀髪ロングの女の子、彼女が主人公イルカルラだった。
そう………主人公を演じていたのはまさかのギルバート。顔が可愛いからと満場一致で主人公をすることになったらしい。しかし、声は思いっきり男性であるため、ギルバートの口に合わせて他の人の声を当てていた。
多分あの声はマナミ様だろう。
因みに魔王を演じていたのはクライド。彼は別のクラスの出し物があったと思うのだが………あの様子だとマナミ様に引っ張りだされたのだろう。悪役の笑みは恐ろしいほどに合っていた。
みんな、プロに負けないほどの演技力。練習に打ち込んだのをひしひしと感じるわ。
「イルカルラ、エレちゃんだね」
「えっ」
「あの主人公、エレちゃんがモデルだと思うよ」
「イーもそう思う………」
アーサー様の言葉にコクリコクリと頷くイシス。隣を見れば、セトも大きく頷いていた。
確かに銀髪であることとか、魔王を倒そうとしているところとか、恋人が王子であるとか………似ている部分は多いかもしれない。自分が主人公のモデルは少しむずがゆいわ。
でも、なぜ自分がモデルになったのだろうか。
そうして、鳴りやまない拍手が舞台に送られ、上演は終了した。幕が全て降りきるまで私は必死に拍手を送った。
演者だけでなく、小道具や照明、そして、ストーリー。私はそれほど演劇を見てきたわけじゃないけれど、泣きそうになってしまうほど感動させられた。全てが素晴らしかった。
裏方へとお邪魔する。台本を持つマナミ様が座った。
「脚本はマナミ様がお作りに?」
「あら、分かったの?」
「はい。以前読ませていただいた小説に似ている所があったので………まさかと思いますが、この演劇は私のために作ってくださったんですか」
そう聞くと、マナミ様は小さく笑みを漏らす。
「ええ、元気のなかったあなたに贈ろうと思ってね」
「………」
「あんたはシュレインとまでやり合った魔術師。シュレインはともかく他の魔族であれば、倒せることでしょうね………でも、この前の事件ではそうもいかなかった」
確かに敵1人に苦戦させれた。しかもこちらの陣地内で、まともな戦闘をさせてくれず一方的に殺されそうになった。
「魔王を倒すって言ってたけど、自信がなくなっちゃんたじゃないかと思って………」
「………」
マナミ様の言う通り、私は自信を失っていた。何も抵抗ができなかった魔王軍幹部クラウン。首を締められて、トラウマに囚われて、本当に私は魔王を倒せるのか、と思うようになっていた………。
マナミ様はその不安を見抜いていたのね………。
「マナミ様、さすがです」
「ふふっ、当たり前でしょ? 私が見抜けないとでも思った?」
腰に手を当て、溜息混じりに笑うマナミ様。彼女の瞳は何も誤魔化せないらしい。
「こうして私がいられるのもあんたのおかげね………今回みたいに誰かと物を作るって言うのも悪くないわ」
クラスメイトたちを見て、眼鏡の奥の瞳をきらりと輝かせるマナミ様。彼女の口元は自然と弧を描いていた。
ずっと引きこもっていたマナミ様。確かに彼女が教室に出て、私たち以外の人と協力して演劇を作っているなんて想像できなかった。
でも、今はクラスメイト全員と気軽に話せる中になっている。彼女も彼女なりに進んでいた。
「へぇ、俺と作るのは楽しかったのか。そりゃあ、よかった」
「別にクライドとは言ってないわよ………大体、あんたは別クラスの人間でしょう………2回目が終わったらさっさと教室に戻るって言ってたじゃない。いつまでここにいるつもり?」
「悪役になってほしいって言ったのはマナミだろー? 俺らのクラスはどうせ俺がいなくたって回るさ。まぁ、そう怒るなよ。それにこれは等価交換だろ?」
「そうだけど………ほんとムカつくわ、あんた」
「それはどうも。俺はマナミに熱心に見つめられて嬉しいよ」
睨むマナミ様に対し、今までに見たことのないニコニコ笑顔を浮かべるクライド。彼にしては爽やかな笑顔だった。幸せそう。
「2人は仲がいいんですね」
「どこがっ!」
「だろー。エレシュキガルもそう思うだろー?」
クライドはマナミ様を抱き寄せ、彼女の肩に頭を乗せる。一方、マナミ様は瞳を鋭くさせていたが、ギィと睨む割には、彼を突き放すことはなかった。なんだかんだマナミ様もクライドを受け入れているのだろう。まんざらでもないようだ。可愛い2人だわ。
「皆さんの舞台、とても楽しましていただきました。本当にありがとうございます」
もう一度クラスメイト全員に頭を下げる。深く深く、感謝の気持ちを込めて。
そして、勢いよく顔を上げ、笑顔を見せた。
「皆様の演劇でとっても勇気をいただきました。絶対魔王を倒します! 皆さんと一緒に魔王を倒してみせます!」
気持ちが上がり、大胆にも宣言した私。気づけば、その場にいる全員が拍手をしてくれていた。
「私たちも戦の時はお供いたしますわ。ねぇ、リアム」
「もちろんですよ。全力で支援いたしましょう」
「アハハ、俺たち、戦場に行ける気がしないけどな」
「いや、あんたなら前衛は余裕でしょ………前線では無能だけど、私も魔法陣の開発なら手伝うわよ」
「あなたの背中はお任せください、先輩。必ずお守りします」
「ふん……魔道具なら任せなさいな」
「みんな………ありがとうございます!」
みんなと目を合わせると、ニコリと笑い返してくれる人、サムズアップしてくれる人、立体迷路で一緒に練習に付き合ってくれたティルダさんも微笑んでくれていた。
もう、大丈夫。みんながいる。
たとえこの先また自信を失っても、きっと取り戻せる。立ち上がれる。
隣にいるアーサー様に顔を向けると、穏やかな笑みを返してくれた。彼の手を握ると、何よりも心強かった。
「アーサー様も手伝っていただけますか?」
「もちろんだよ。どこまででもついて行くさ」
アーサー様は私の手をぎゅっと握り返してくれた。その手は力強く頼もしい。
「皆様、これからもよろしくお願いします!」
どんな強敵がいようと、どんな戦いが待っていようと、私たちは仇を取り、この国、いえ世界中を平和にして見せる。未来は一瞬暗くなろうともその先で眩しく輝いている。
私たちの未来は私たちの手で輝かせるんだ。
――――――
これで第2章終了です! 次は1話閑話を挟んで、第3章教育係編です! よろしくお願いいたします!
「だね。どこの屋台も大盛況みたいだ」
安定して外出できるようになった私は、アーサー様とともに学園に戻っていた。丁度その日は学園祭の日。出し物をする学生と外部からの客人で溢れかえっていた。
「学園祭なんて初めて来たな」
「イーも………」
私たちと一緒に来たのはイシスとセト。2人と今後について話し合った結果、彼らもこの学園に通うことになり、今日は見学として来ている。2人とも学校には行ってみたかったようで、提案した時には目をキラキラと輝かせていた。
事件の時に一度来ているようだったが、学園祭をしていることもあり、以前とはまた違う景色。珍しい景色に2人には笑みが漏れていた。
「すごい……屋台がいっぱいだ、ね………」
「上級魔道具体験なんてものもあるのか……いいな」
イシスやセトもこうしてみれば、普通の子ども。魔王軍幹部と駆け引きしていたあの頃とは別人だった。
仕事ができるけども、子どもとして遊ぶ機会はそうそうなかったと思う。敵が多く、発散できる場所などなくって、安全な場所を見つけるので精一杯なところもあっただろう。
今日はお金も用意しているし、存分に遊んでほしい。
「イシス、セト。欲しいものがあれば、遠慮なく私に言ってください」
「ありがとう、エレシュキガル」
そう言うと、ニコリと笑うイシス。普通の少女で、妹のようにも思えた。
大星祭の時も混雑していたが、その時以上人が多い気がする。2人が迷わないようにしなければ。
「エレちゃん、手をつなごうね」
「はい。ではイシス。私の手を」
「ん……にぃも」
「はいはーい」
仲良く4人で手を繋いで歩いていく。校門から校舎へと続く道の両端には、学生が運営している屋台が並んでいた。どれも美味しそうだったが、私はチョコバナナを10本ほど購入。
初めは甘い物からよね。スイーツがたくさん売られていて、本当に学園が天国のようだわ。
「エレシュキガル、それ全部1人で食べる、の………?」
「全部入るのか? 俺、食べようか?」
「大丈夫ですよ。全部いただきます」
アーサー様は買ったバナナを何本か持ってくれて「可愛いね」笑ってくれていたが、なぜかイシスとセトはドン引き。なぜ引かれるんだろう………一緒にご飯は食べたことがあるのに。
全てのバナナチョコを食べ終えると、「あんなに食べたのに、なんでお腹の大きさが変わらない、の………」とイシスに凝視された。お腹は1割も満たしていない。まだまだ行けるわ。
「それにしても凄い賑わいですね。祭りはあまり来たことがなかったので、とても新鮮です」
「そっか。エレちゃんも祭りとかは行ったことがないんだね」
「はい。母がいた頃に領地の復活祭には行きましたが、母が亡くなってからは行ってませんね」
「じゃあ、今度一緒に他の祭りも行ってみようか。雪華祭とか」
「雪華祭?」
「それ、冬の祭りだよ、ね……?」
イシスの言葉にコクリと頷くアーサー様。イシスはその祭りを知っているようだった。
「うん。簡単に言えば、雪まつりと思ってもらっていいよ。雪で人の像を作ったり、家を作ったり………名前はその時期に丁度咲く花が由来だよ」
「想像するだけで素敵ですね」
寒そうではあるが、いつか行ってみたい。ぜひアーサー様に案内してもらおう。きっと美味しい食べ物もあるだろうから。
そうして、屋台を回りながら、歩いていると校舎に辿り着いた。校舎内でも出し物をしているらしく、校舎の中へ入っていく。
「私たちのクラスはどんな出し物なんでしょうか?」
「気になるね。教室でしているとは聞いたけど」
「行ってみましょう」
自分たちの教室へと向かうと、教室前に置かれていたのは1つの看板。そこには『舞台 導きの星魔術師』と書かれていた。
「演劇なんだね」
「びっくりしました………聞いたことのない題名ですが、自作でしょうか」
「覗いてみようか」
そうして、教室に入ろうとした瞬間――――――。
「わっ」
「す、すみません」
先にドアが開かれ、出てきたのは1人の少女。彼女とぶつかってしまい、すぐに謝罪。幸い彼女が倒れることはなかった。女の子にしては体幹がよかったようだ。
艶やかな銀髪を彼女は私たちの顔を見ると、目を見開く少女。心配になって声をかけようとしたが、彼女の方が先に口を開いていた。
「ああ………先輩、殿下。いらしたんですね。よかった」
「その声は………ギルバート?」
「はい。あなたの後輩のギルです。おはようございます」
「おはよう、ギル。元気そうで何よりだわ………ところで、その格好は?」
どこからどう見たって女性物の服………というか女子の学生服を着ていた。いつもの黒髪ではなく、銀髪ロングのかつらを被っている。さらに、学園の女子学生服を着て、その上に紺のローブを羽織っていた。
「これは衣装です。なぜか俺が女性役をすることになりまして………あ、ちょっとみんなを呼んできますね」
「あ、うん」
翻して、たたっと駆け足で教室の中へ消えていくギルバート。黒髪を揺らして、奥に消えていく彼は、もう女の子にしか見えなかった。
ギルバートが女の子役か………いいかも。話さなかったら普通に女の子と勘違いしそうなくらい、衣装が似合っている。かわいいわ。
そうして、教室前で待つこと数分後、どたどたと中から地鳴りのような足音が響いて―――。
「エレシュキガル!」
ギルバートと一緒に飛び出してきたのはセレナとマナミ様、ブリジット、リアムさん、クラスメイトたち。その中になぜかクライドまでいた。
「やっと来てくれたのですね! よかったですわ!」
「ご心配おかけしました」
見舞いに来てくれていたものの、こうして外で会うのは事件以来。セレナの瞳には涙が浮かんでいた。ブリジットも笑顔で出迎えてくれた。
「ふん、あなたにしては随分と時間がかかったじゃない」
「すみません」
「あなた、明日から登校するのでしょう? じゃあ、この前話していた魔源核の研究……あなたに付き合ってもらうから」
「はい! それはもちろん!」
シュレインとの戦いで知った――――“魔源核”。
その話をブリジットにしたところ、「面白そうだから、その研究私が付き合ってあげてもいいわ」と言われ、マナミ様も興味を持たれたようなので、3人で調べようとしていた。
だけど、大星祭の準備とか事件があり中断。学園祭もあって2人も調査ができなかったらしい。でも、行事も終わったし、これから3人で存分に調べれる。
「じゃ、エレシュキガルとアーサーはその特等席で見ていて。ああ、セトさんとイシスさんも2人の近くに座ってちょうだい」
「分かりました」
マナミ様に案内されたのは舞台の端から端まで見える中央席。4人で並び座った。数分すると、続々とお客さんが入ってくる。チラシを持って席に着く人、1回目の上演の噂を聞きつけて見に来た人がいた。
聞き耳を立てていたのだが、どうやら演劇はかなり評判がいいようで、元々高かった期待がさらに膨らんだ。
「始まったわ………」
ストーリーとしては、とある魔法学校に通う女子学生が仲間と協力して魔王と倒すという話。冒険的な一面も見せながら、恋愛要素もあり、終始楽しむことができた。
ストーリー構成がうまく作られており、飽きさせない。時々展開が読めなくって、さらに興味が引かれた。
「極悪非道の魔王よ! 覚悟なさい!」
そう叫ぶのは銀髪ロングの女の子、彼女が主人公イルカルラだった。
そう………主人公を演じていたのはまさかのギルバート。顔が可愛いからと満場一致で主人公をすることになったらしい。しかし、声は思いっきり男性であるため、ギルバートの口に合わせて他の人の声を当てていた。
多分あの声はマナミ様だろう。
因みに魔王を演じていたのはクライド。彼は別のクラスの出し物があったと思うのだが………あの様子だとマナミ様に引っ張りだされたのだろう。悪役の笑みは恐ろしいほどに合っていた。
みんな、プロに負けないほどの演技力。練習に打ち込んだのをひしひしと感じるわ。
「イルカルラ、エレちゃんだね」
「えっ」
「あの主人公、エレちゃんがモデルだと思うよ」
「イーもそう思う………」
アーサー様の言葉にコクリコクリと頷くイシス。隣を見れば、セトも大きく頷いていた。
確かに銀髪であることとか、魔王を倒そうとしているところとか、恋人が王子であるとか………似ている部分は多いかもしれない。自分が主人公のモデルは少しむずがゆいわ。
でも、なぜ自分がモデルになったのだろうか。
そうして、鳴りやまない拍手が舞台に送られ、上演は終了した。幕が全て降りきるまで私は必死に拍手を送った。
演者だけでなく、小道具や照明、そして、ストーリー。私はそれほど演劇を見てきたわけじゃないけれど、泣きそうになってしまうほど感動させられた。全てが素晴らしかった。
裏方へとお邪魔する。台本を持つマナミ様が座った。
「脚本はマナミ様がお作りに?」
「あら、分かったの?」
「はい。以前読ませていただいた小説に似ている所があったので………まさかと思いますが、この演劇は私のために作ってくださったんですか」
そう聞くと、マナミ様は小さく笑みを漏らす。
「ええ、元気のなかったあなたに贈ろうと思ってね」
「………」
「あんたはシュレインとまでやり合った魔術師。シュレインはともかく他の魔族であれば、倒せることでしょうね………でも、この前の事件ではそうもいかなかった」
確かに敵1人に苦戦させれた。しかもこちらの陣地内で、まともな戦闘をさせてくれず一方的に殺されそうになった。
「魔王を倒すって言ってたけど、自信がなくなっちゃんたじゃないかと思って………」
「………」
マナミ様の言う通り、私は自信を失っていた。何も抵抗ができなかった魔王軍幹部クラウン。首を締められて、トラウマに囚われて、本当に私は魔王を倒せるのか、と思うようになっていた………。
マナミ様はその不安を見抜いていたのね………。
「マナミ様、さすがです」
「ふふっ、当たり前でしょ? 私が見抜けないとでも思った?」
腰に手を当て、溜息混じりに笑うマナミ様。彼女の瞳は何も誤魔化せないらしい。
「こうして私がいられるのもあんたのおかげね………今回みたいに誰かと物を作るって言うのも悪くないわ」
クラスメイトたちを見て、眼鏡の奥の瞳をきらりと輝かせるマナミ様。彼女の口元は自然と弧を描いていた。
ずっと引きこもっていたマナミ様。確かに彼女が教室に出て、私たち以外の人と協力して演劇を作っているなんて想像できなかった。
でも、今はクラスメイト全員と気軽に話せる中になっている。彼女も彼女なりに進んでいた。
「へぇ、俺と作るのは楽しかったのか。そりゃあ、よかった」
「別にクライドとは言ってないわよ………大体、あんたは別クラスの人間でしょう………2回目が終わったらさっさと教室に戻るって言ってたじゃない。いつまでここにいるつもり?」
「悪役になってほしいって言ったのはマナミだろー? 俺らのクラスはどうせ俺がいなくたって回るさ。まぁ、そう怒るなよ。それにこれは等価交換だろ?」
「そうだけど………ほんとムカつくわ、あんた」
「それはどうも。俺はマナミに熱心に見つめられて嬉しいよ」
睨むマナミ様に対し、今までに見たことのないニコニコ笑顔を浮かべるクライド。彼にしては爽やかな笑顔だった。幸せそう。
「2人は仲がいいんですね」
「どこがっ!」
「だろー。エレシュキガルもそう思うだろー?」
クライドはマナミ様を抱き寄せ、彼女の肩に頭を乗せる。一方、マナミ様は瞳を鋭くさせていたが、ギィと睨む割には、彼を突き放すことはなかった。なんだかんだマナミ様もクライドを受け入れているのだろう。まんざらでもないようだ。可愛い2人だわ。
「皆さんの舞台、とても楽しましていただきました。本当にありがとうございます」
もう一度クラスメイト全員に頭を下げる。深く深く、感謝の気持ちを込めて。
そして、勢いよく顔を上げ、笑顔を見せた。
「皆様の演劇でとっても勇気をいただきました。絶対魔王を倒します! 皆さんと一緒に魔王を倒してみせます!」
気持ちが上がり、大胆にも宣言した私。気づけば、その場にいる全員が拍手をしてくれていた。
「私たちも戦の時はお供いたしますわ。ねぇ、リアム」
「もちろんですよ。全力で支援いたしましょう」
「アハハ、俺たち、戦場に行ける気がしないけどな」
「いや、あんたなら前衛は余裕でしょ………前線では無能だけど、私も魔法陣の開発なら手伝うわよ」
「あなたの背中はお任せください、先輩。必ずお守りします」
「ふん……魔道具なら任せなさいな」
「みんな………ありがとうございます!」
みんなと目を合わせると、ニコリと笑い返してくれる人、サムズアップしてくれる人、立体迷路で一緒に練習に付き合ってくれたティルダさんも微笑んでくれていた。
もう、大丈夫。みんながいる。
たとえこの先また自信を失っても、きっと取り戻せる。立ち上がれる。
隣にいるアーサー様に顔を向けると、穏やかな笑みを返してくれた。彼の手を握ると、何よりも心強かった。
「アーサー様も手伝っていただけますか?」
「もちろんだよ。どこまででもついて行くさ」
アーサー様は私の手をぎゅっと握り返してくれた。その手は力強く頼もしい。
「皆様、これからもよろしくお願いします!」
どんな強敵がいようと、どんな戦いが待っていようと、私たちは仇を取り、この国、いえ世界中を平和にして見せる。未来は一瞬暗くなろうともその先で眩しく輝いている。
私たちの未来は私たちの手で輝かせるんだ。
――――――
これで第2章終了です! 次は1話閑話を挟んで、第3章教育係編です! よろしくお願いいたします!
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