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第2章 大星祭編

第78話 好奇心

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「エレシュキガル嬢、私と取引いたしましょう」

 氷の中でうずくまって眠るギルバート。隣に立つ伯爵はその氷に触れ、微笑みかける。その笑顔は優しさを見せながらもどこか堅かった。

「ギルバートを使って、取引ですか」
「ええ。取引自体はそう難しくないですよ」

 ニコリと笑って答える伯爵。だが、彼の瞳の奥には怪しい何かがあった。

 あの瞳、どこかで感じたことのあるような…………どこだっただろ?

「エレちゃん、彼の言うことなんて聞かなくていい。他の方法でギルバートを助けよう」
「うふふ、そう言っていられるでしょうか? あなた方が少しでも動けば、彼は死んでしまいます。いいですか、彼はあなたたちのせいで死んでしまうのです。もう少し慎重になられてはいかがです?」

 アーサー様の提案に、笑顔で意見してくる伯爵。ギルバートの氷がミシッときしむ音が聞こえた。氷でギルを圧縮するつもりなのだろうか。惨い殺し方をしようとする。

 …………これは彼の取引を聞くしかないようね。

「それで取引の内容は?」
「ギルバートさんと引き換えに、エレシュキガル嬢には私と一緒に来ていただきたいのです」
「…………エレシュキガルをどこに連れていくつもりだ」
「それは殿下とて、お教えはできません。申し訳ございません」

 どこに連れて行くのか不明。目的も不明。
 でも、受けないとギルバートは殺されてしまう。

「エレちゃん、伯爵の取引は一方的だ。受けることはないよ。他の方法を考えよう」

 私を落ち着かせるように優しい声で言うアーサー様。本当は取引なんて受けたくない。でも、他の方法と言ったら、私が伯爵の気を引いている間にアーサー様がギルバートを解放するぐらいなんだけど、リスキーすぎる。

 いくら素早く動けたとしても、それを上回る早さで伯爵が魔法を展開されれば、ギルバートは殺されてしまう。ギルバートに何かあったら困る…………。

「…………分かりました。その取引受けましょう」
「エレちゃん!?」
「その代わりギルバートは絶対に傷つけないでください。傷一つつけたら、私はあなたについて行きません」
「もちろんです。無傷でお返しいたします」

 ……………ここは私が行くしかない。行かなければ、ギルは殺されてしまう。彼が殺された後に、伯爵を捕まえても何の意味もない。

 それに今は魔法も使えるようになった。
 先ほどとは状況が違う。
 何かあっても抵抗はできる。

 私が伯爵の前まで歩いていくと、ギルバートの氷は浮遊し、アーサー様の元まで移動。そして、パリンと氷が割れ、ギルバートは解放された。

「では参りましょうか、エレシュキガル嬢」
「………………」

 私は伯爵に話しかけられても、肩を触れられても、無視。反応せず、ただずっとアーサー様を見ていた。彼も心配そうな目で私をじっと見つめている。今にもこちらに走り出してきそうだった。

「アーサー様、ギルバートをお願いします」
「うん………すぐに迎えに行くよ、エレちゃん」

 そうして、私はバイエル伯爵とともに転移した。



 ★★★★★★★★



 転移した先はとある部屋だった。王城の部屋と同じくらい大きな部屋。そこには天蓋付きベッドや装飾は落ち着いた気品さを感じられた。

 ここは一体どこだろうか…………。

 窓の外を見ると、木々で溢れ周りがよく見えない。かなり森深くにある館のようだ。

「それで伯爵………用件は何ですか? 私の魔法ですか?」

 正面に立つ彼から距離を置き、警戒しながら話しかける。

 私に求められるものは限られている。結界魔法、公爵家の地位、妖精王との繋がり、そのくらいだろう。

 すると、伯爵はこてんと首を傾げた。

「魔法? いや、エレシュキガル嬢の魔法には興味ないですよ」
「……………? ならなぜ私を?」
「なぜって、私が欲しかったのはあなただからですよ」
「え?」

 伯爵は歩き出し、私に迫ってくる。逃げようと後ろに下がる。

「ずっとあなたを私のものにしようと計画していたんですよ」
「………………」
「今回の一件はあなたを王子から引き離し、私の元に置くために起こしたんですよ」

 後ずさりしていると、ベッドの端にぶつかる。横に逃げようとしたのだが。

「ああ、怖がることありませんよ」

 とベッドに押し倒され、腕を掴まれる。

 何で動かない、の……………?

「ああ、目を見開いて………そんなに驚くことはありませんよ。君たちの食べ物に少し魔法をかけておりまして。セトたちが料理はしていたけど、材料は私が全部用意していたんだ。簡単にかけれたよ」

 ベッドに押し倒された私は、伯爵の体が乗っかり身動きが取れない。伯爵の腹を蹴ろうとするが、足を抑え込まれてしまう。手で殴ろうにも、彼に押さえつけられて上に挙げることすらできない。こんなに私の力は弱かっただろうか? 

 魔力の流れは感じるので魔法を使おうとしたのだが、不発に終わった。出現しても、すぐに消えてしまった。

「っ………離してください、伯爵」
「大丈夫ですよ。痛めつけるようなことはしませんから」

 てっきり伯爵が欲しがっているのは魔法だと私の地位だと思っていた。なのに、それが外れるなんて…………油断してた。

「あなたがずっと好きだった」
「………………」
「あなたが幼い頃からずっと愛していた」

 私は伯爵の瞳をじっと見つめる。

 この違和感の正体はなんだろう?

 …………私のことが『好き』? 
 でも、伯爵から微塵も愛の感情を感じない。

 感じるのはそう――――好奇心だ。

「伯爵…………いえ、伯爵ではないですね。あなたは誰ですか?」
「うふふ、面白い冗談を言えるようになったのですね、エレシュキガル嬢。私はあなたのお父上と友人のバイエルですよ」
「嘘です。伯爵はこんなことはしません。大体私を好きだなんて嘘ですよ。奥様のことを溺愛されていらっしゃるではありませんか」

 伯爵は愛妻家だ。奥様と2人で仲良く出かけていると父が話していた。私の家に来る時だって、奥様と一緒に来ていた。

「伯爵を汚さないでください………本当の伯爵はどこですか!? あなたは誰ですかっ!?」

 もし彼の体が乗っ取られているのなら、それこそ今すぐ離れないと…………。

 すると、伯爵もどきは顔を離し、前髪を描き上げる。その髪の間から思わずゾッとする卑しい笑みが見えた。

「アハハァッ? もうバレちゃった? あーあ、君を狂わせて、王子を怒り狂わせたかったんだけどなー」

 ………………ああ、確定ね。
 この人、本物の伯爵じゃない。

「バレちゃったら仕方ないよなぁ――――?」

 笑って話す伯爵の瞳は赤く光っていた――――。
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