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第2章 大星祭編

第76話 救世主

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 遅れました! よろしくお願いいたします!

 ――――――



「お久しぶりです。エレシュキガル嬢」

 そう挨拶をする茶髪の男性。彼の頬にうっすらほうれい線などのしわが見え、私の父と同じくらいの年齢を感じた。

 彼はバイエル伯爵。父の友人であり、父の付き合いで私はよく会っていた。私が軍に行くまではよくレイルロード家に来てくれていたのが記憶にある。

「伯爵、なぜここに…………?」
「ここは私の領地ですので」

 バイエル伯爵の領地…………ということはここはグラックスレッド王国ということ?

「私は彼らの手伝いをしておりましてね」
「………………彼ら?」
「セト殿下、イシス殿下の2人のお手伝いです」
「やめろ、俺たちは王族じゃない」
「ああ、これは失礼いたしました」

 伯爵は笑顔の仮面のまま、セトとイシスに小さく頭を下げる。

「お2人は故郷を失くし、私がお2人の夢のお手伝いをさせていただいているのです」
「………………」

 セトとイシスの…………夢。
 私を監禁し、何かに利用するその目的。
 それを伯爵が手伝っている…………。

「…………ああ、エレシュキガル嬢。そう警戒なさらないでください。あなたに苦しみを与えるようなことはいたしませんよ」

 いつも笑顔のバイエル伯爵だが、今の彼の笑顔には違和感があった。何かを隠しているかのような違和感を…………。

 すると、遠くにいたセトが鬼の形相で、伯爵に近づき詰め寄った。

「それで、伯爵。なんであんたがいるんだよ。上での対応はいいのか」
「そんなに心配しなくとも大丈夫ですよ。私には優秀な部下がおりますので。たとえ、王族の方が来られようとここは分かりませんよ」

 変わらない笑顔の伯爵に、セトはフンっと鼻を鳴らし、私の手を取って引っ張る。

「じゃ、始めるぞ。イシス、いいか?」
「………………うん」

 セトの確認に、コクリと頷くイシス。
 2人の間には緊張が流れていた。

「エレシュキガル、命令だ。前に進め」

 セトが手を離すと、私の体は勝手に動き始める。歩くつもりにも何もないのに、操られているかのように歩き出していた。
 
「ごめんな、エレシュキガル」
「イーたちを恨んでもいいから、ね…………」

 2人を通りすぎ、岩の上を歩いていく。
 すると、見えてきた絶壁。

「………………」

 目の前に大きな穴が広がっていた。覗くもあまりにも深く底が見えない。真っ暗だった。ただ遠くから何かの声が聞こえた。風も大きく吹いている。

 一体この2人は何をしようと…………?

 振り向こうとするが、首は動かない。
 2人の顔も見えない。

「――――落ちてくれ、エレシュキガル」

 そして、聞こえたセトの声。その声は震えていた。

 ねぇ、セト、イシス。
 なぜ私にこんなことを――――。

「いやっ…………」
 
 アーサー様に会えないまま死ぬなんて、嫌だ――――。
 
 しかし、彼の命令で私は強制的に動かされ、穴へと踏み出す。

 パシッ――――。

「おっと危ない。危ない」

 落ちる寸前だった。かろうじて足が崖にかかっているギリギリのとことで私は腕を掴まれていた。

「え…………?」

 背後を見ると、いたのはバイエル伯爵。
 彼が私の腕を掴んでいた。

 ………………? 
 これはどういうこと…………?

 伯爵は2人の手伝いをしているんじゃなかったの…………?

「伯爵! どういうつもりだっ!」
「………………」

 セトも想定外だったのか、バイエル伯爵に叫ぶ。
 しかし、伯爵はフフフと笑みを漏らすだけ。
 私を引き上げると、ぎゅっと体を抱き寄せた。

「君たちはホントバカですね…………」
「はぁ?」
「バカですよ――――私の言葉を信じるなんて」

 隣を見ると、伯爵の顔は歪んでいた。
 今までに見たことがない歪んだ笑みがあった。

 その直後、セトの背後に見えた影。
 影は何か棒を持って振りかぶっていた。

「セトっ! 後ろっ!」

 私は反射的に叫んでいた。

「!!」

 叫びに反応し、セトは振り向く。彼は獣人であり、どんなに早くとも相手の速さを超えていく動きができたはずだった。

「がっ――――」

 しかし、頭を殴られ、倒れ込むセト。
 彼の近くにはフードを深く被った男がいた。

「イシス…………逃げ、ろ…………」

 そう言い残して、セトは意識を失い、目を閉じる。

「にぃっ!! にいぃっ!! 起きてっ!!」

 イシスが必死に体を揺さぶるも、セトは全く起きない。ピクリともせず死んでいるかのよう。それでもイシスは必死に叫んでいた。

 見ると、セトを襲った影は消えていた。

「エレシュキガル嬢はここでいてくださいますか?」
「………………何をするんですか」
「あなたには危害を加えません。ご安心を」
「じっとできないと言ったら?」
「――――」

 アンバーの瞳が怪しく光る。

「命令だ、エレシュキガル。そこでじっとしていろ」

 彼に命令され、体はフリーズ。氷のように動かなくなった。

 一体何なの…………。
 私にかけられている魔法は…………。

 そうして、伯爵は私から離れ、泣き叫ぶイシスに近づく。イシスの元まで行くと彼女の腕を掴み、セトから引き離した。

「こっちにこい」
「やだっ! 離してっ!」
「お前が生贄になればいい………そうすれば、君たちの国も元通りだ。自分の死で兄の願いが叶うのなら、嬉しいことこの上ないだろう?」
「いやだっ! にいぃと離れるなんていやっ!」
「大丈夫だ、君でも生贄になれる。妖精王の契約者でなくとも、彼らは受け入れてくれるだろう」
「いやだっ! 離してっ!」

 暴れまわり、バイエル伯爵の腕から離れようとするイシス。だけど、その抗いは虚しく、彼女は軽々と運ばれ、大穴まで連れて行かれる。

「いやだっ! 死にたくないっ!」
「大丈夫、痛くないはずだから」
「やっ! やっ!」

 イシスの顔は涙でぐちゃぐちゃ。
 小さな体で暴れるが、伯爵はびくともしない。
 イシスにだって力はあるはずのなのに………。

「………………」

 確かに私が穴に落とされそうになったことは………少し怒ってる。たとえ彼女たちに事情があったとしても。

 でも、それと今のことは別。
 彼女が死ぬ理由なんて、何もない。
 彼女は死ぬことを望んでいない…………。

「やだっ――――」

 その瞬間、伯爵は崖から遠ざけるようにイシスを振り回し、そしてパッと手を離し投げた。

 体は動かない。
 魔法も何も使えない。
 先のことは情報があまりにも足りなさすぎるから、正直考えられていない。

「ハアァ――――!!」

 それでも私は動く。動かす。
 無理やりにでも走るんだっ!

「ア゛ァ――――!!」

 全力で叫び、賭けられていた魔法を破壊するように、足を、手を動かし、無我夢中で走った。こけそうになっても、落ちていくイシスを追いかけ、そして、大穴へと飛び込んだ。

「イシスっ!!」

 手を伸ばし、落ちていくイシスの腕を掴み、抱きしめる。

「っ、なんでっ…………」
「あなたが死にたくないって言ったから………」
「!!」
「もう私の前で誰も死なせたくないの――――」

 そうして、私たちは深い深い奥底の穴へと落ちていった。



 ★★★★★★★★



「ああ…………思い出した」

 バイエル伯爵家に向かっている途中、アーサーは呟いた。

 彼が思い出したのはエステル湖での勇者の話。かつて王妃が就寝前に読み聞かせてもらった物語。
 
 勇者は人類に害をなす魔族を倒そうと冒険に出ていた時、エステル湖に着き、湖岸に地下へと続く階段を見つけた。

 その湖の地下には大穴が広がっていて、勇者は地下にいた魔族の戦いでその穴に落ちてしまう。だが、奥底にいた彼らに出会い、願いを叶えてもらった――――そんなおとぎ話。

「確か勇者の願いを叶えてくれたのは――――」



 ★★★★★★★★


 
 何分落ちていたのだろう。
 そのくらい長い時間を落ちていたと思う。

「あれは…………底…………?」

 マグマとかじゃなくってよかった。
 ちゃんと地面があった。

 ………………なんかいるけれど。

 私はイシスを抱えて何とか何もない場所へと着地。しかし、足は何も防御なく、岩の地面からの衝撃、激痛が足先から響く。おかげでボロボロの血だらけ。痛みは絶えなかった。

「う、うぅ……にぃ………どこっ…………」

 緑の瞳にいっぱいの涙を溜めるイシス。
 ぎゅっと抱きしめ、頭をそっと撫でる。
 そして、私は顔を上げ、目の前の彼らに向き直った。

「………………」

 ………………ああ。
 伯爵がイシスに『生贄になれ』と言っていたのはこのことだったのね。

「グガァルル――――!!」

 深い深い地の奥底にいた2匹のドラゴン。彼らは地鳴りのような雄叫びを上げ、私たちを威圧していた。魔力を感じない状態。縄張りに入ったことを不満に思ったのだろう。

 雄叫びを聞いて、私の服を掴むイシス。
 その手は震えていた。

「エレシュキガ、ル………イー、力が入らな、い…………どうし、よ…………」
「大丈夫です」

 そう答えるが、私も何もできない。
 魔力はなく、力もなぜか入らない。
 伯爵に命令される前からずっとだ。

 力が入らないのは今だけだろうか?
 ドラゴンに圧倒されているからだろうか――――?

「私もすくむことだってあるのね…………」

 魔法を奪われ、力を奪われば、私もただの無力な人間…………。

 見えているだけ確認できる2匹のドラゴン。
 彼らの目は私たちに狙いを定めていた。
 私たちの顔よりも大きいな瞳で睨み、大きな口を開ける。

 戦えない。
 力も全然入らない。

 ああ、死ぬのか、私――――――。


















「――――ごめん、エレちゃん。遅れた」

 目をつぶった瞬間、そんな懐かしの声が聞こえた。
 直後、ドゴンっと大きな何か倒れるような音が響く。

「………………?」

 目を開けると、ドラゴンに乗っかり剣を刺す1人の人間。艶やか金髪の髪を大きく揺らす彼。彼の一刀はあまりにも力強く、ドラゴンが地面にへたり込んでいた。

「ああ………僕っていつも謝ってばかりだね。エレちゃんの婚約者失格だな…………」

 ドラゴンが気絶したのを確認し、ようやく彼は顔を上げる。
 そこには見慣れた笑顔があった。

「助けに来たよ、エレちゃん」

 絶体絶命の状況で現れた救世主――――それはずっと会いたかったアーサー様だった。
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