上 下
73 / 87
第2章 大星祭編

第73話 取引 5

しおりを挟む
 ごめんなさい! 遅れました! 第73話です! よろしくお願いいたします!

 ――――――



 セトとイシスと一緒に夕飯を食べた後、私はお風呂に入った。その際に、何かと生活を送るのに不便だろうということで、2人は親切も手錠は両手が繋がっていたものから、鎖に繋がれたものへと変えてくれた。手首に錠があるのには変わりないが、別々になり随分と楽になった。

 お風呂もシャワーではなく、バスタブでつかり、安らぐ花の香りの石鹸を使わせてもらった。誘拐された身としてはもてなされている気がする。疑問に思いながらも、私は湯につかった。

 そして、風呂から上がると、フカフカのベッドで眠りについた。途中途中で眠らされていたはずなのに、疲れは取れていなかったのか、すぐに眠れた。

「今日はイーとお留守番、だよ………?」
「留守番、ですか」
「うん。暇だから、一緒にチェス、しよ………?」

 そして、起きて朝食を終えた私は、イシスと一緒にチェスをしていた。意外と彼女は強く、私と彼女の能力は同等で、楽しい。

 しかし、部屋にはセトはいない。朝目覚めると、彼の姿はすでになかった。朝食の時にも姿を現さず、私はイシスと2人で朝食を取っていた。

「セトはどこに行ったの?」
「ちょっと用事。夕方ぐらいには帰ってこれると思う………」

 それ以上聞いても、イーはやんわりと答えるだけ。詳しいことは教えてくれなかった。

 チェスの駒を動かしながら、私はふと思う。アーサー様に会いたい、と。元気にしているだろうか、私が心配で眠れずにいるのではないだろうか、次々に不安と疑問が浮かんでくる。

「あのイー」
「…………なぁに」
「アーサー様はお元気にされていますか? 怪我とかはされていませんか? 知っている限りでいいので、教えてくださいませんか?」

 新聞や情報を得る手段がない今、イシスに直接聞くしかない。すると、イシスは私を一瞥して、チェスの駒へ視線を戻し、

「やっぱり気になるの?」
「はい」
「………………エレシュキガルは王子のことが好き?」
「はい、愛しております」

 短い期間ではあるが、彼女は普段から表情を変えない。無表情だった。だが、その時だけは少し悲しそうな顔をしていた。

「うん、元気だと思う。怪我もしてない、よ………」
「そうですか。教えていただきありがとうございます」
「ん………次、エレシュキガルの番」
「あ、はい」

 今は何一つセトとイシスから離れる手段を思いついていない。魔法を使えない、尚且つ24時間ずっとセトもしくはイシスに見張られており、脱出が難しい。

 それにここは地下。2人に仲間がいないと言い切れない。地下を抜けた先がどうなっているか分からない。とりあえず、今日は様子を見よう。脱出計画の立案はある程度情報が集まってからだ。

「待っていてください、アーサー様。私は絶対にあなたのもとへ帰ります」

 イシスに聞こえない小さな声で、エレシュキガルは呟いていた。



 ★★★★★★★★



 取引の手紙が届いて2日後の夜の王城。

 アーサーは指定された時間に身代金を用意し、取引人を待っていた。部屋の中央に置かれている袋の中に金が入っており、会場にはアーサーだけではなく、騎士、兵士、リアムたちがともに待機。

 一体この状況からどうやって侵入するのか。窓やドアから入り込むのか、以前のように誰かを乗っ取って金を運び出すのか、それとも犯人自ら転移魔法を使って乗り込んでくるか。

 どちらにしろ警戒は怠ってはならない。本人が乗り込んで来たら、絶対に捕える。

 そうして、アーサーは腰に携えたレイピアに手を掛け、待つこと1時間。一瞬明かりが消え、アーサーは瞬時に反応。やっと来たのだと、暗闇の中身代金の袋の元へ駆ける。

 そして――――。

「やるじゃん、王子様」

 明かりを消した犯人の首へレイピアの刃を向けていた。犯人は袋の口を掴んでいた。

「おぅおぅ、皆様勢ぞろいでー」
「………………」

 大きな袋抱えていたのは1人の女の子。見知らぬ亜麻色の幼女。彼女は少女とは思えない歪んだ笑みを浮かべていた。

「ごきげんよう、アーサー殿下」
「お前、また少女の体を乗っ取ったのか」
「ああ」
「それで、エレシュキガルは? こっちは言われた通り金を用意したんだ」
「金が先。帰って確認してから、送り届けてやるよ」

 連れてきてない、か………まぁ、少女を操っているぐらいだ。連れてくるつもりはさらさらなかったようだな。

 動きを読んでいたアーサー。彼の顔に焦りはなかった。

 口の悪い幼女は、にひっとアーサーに笑うと、流れるままに立ち去ろうとした。しかし、アーサーは彼女の腕を掴み、止める。

「先に言っておく。そこには半分50億リィルしか用意していない」
「………………」
「もう半分はエレシュキガルを連れてきてからだ」
「………分かった」
「あともう1つ、帰る前にお前と2人で話がしたい」
「………………」
「僕とお前、2人きりでだ」

 幼女は黙り込み、アーサーをじっと観察。彼の考えを読もうと考えているようだった。しかし、話を聞いていた騎士や兵士、リアムたちが待ったをかける。

「殿下が危険です」
「そうです。事前の話では、話をするなんてなかったじゃないですか」
「大丈夫だよ、リアム。少し話をするだけだから、どうせ彼には僕を倒す手段も捕える力もない」

 アーサーが自信を持って強く言う。優しい声ではあったが、オーラに圧倒され、他の者はそれ以上文句を言えるはずもなく、アーサーと幼女以外の者は渋々ながらも全員退出。アーサーと幼女だけが部屋に残った。

「それで、俺に話って」

 アーサーは怒りをぐっと堪え、静かな声で問う。















「お前、亡国ファーリーアスター王国のセトだろう」
「――――」

 一瞬だった。彼女………いや、彼の目が見開いた。彼はすぐに動揺を隠したが、アーサーは見逃さなかった。

「………なんでそう思ったわけ?」
「魔王軍ならエレシュキガルを捕えた時点で抹殺。見せしめとしてはではないが、彼女の死体を見せるもしくは送ってくるはずだ。さらに、接触してきた時点で、僕も捕えていただろう。なのに、どれも行われていない」
「…………」
「つまり、エレシュキガルを攫った犯人は魔王軍ではない………では、誰が? 誰が彼女を攫って利益を得るだろうか」
「さぁ、誰だろうね」
「エレシュキガルを捕えて、魔王軍に売り、金を得る。闇のオークションで彼女を売る………実際に行ったことはないが話を聞く限り、売り物の情報は機密情報とされ、オークション会場だけの秘密となる。3つの内いずれかを行えば、金が手に入る。つまり、目的は金。そして、今回は最後の案だけを実行に移したのだろう」
「…………」
「さらに追加の情報も得た。試合中、エレシュキガルは見えない誰かのことを『セト』と呼んでいたそうだ」
「…………」

 幼女の表情は変わらない。だが、アーサーを睨んでいるわけではなかった。

「セトという名前は、とある国………ファーリーアスターでしかつけられない。しかも、王族の者しか名付けられない」
「………それ、偽名だとは思わないわけ?」
「では、なぜわざわざその偽名を使う? もう少しありきたりな名前を使ってもよかったのではないだろうか」

 そう反論すると、視線を逸らして黙り込む幼女。

「…………そうだな。それは、俺も思うよ」

 だが、一時してアーサーの意見を肯定していた。何を考えているのやら。

「僕はずっと君が死んでいたと思っていたよ。生きていたんだね、セト王子」
「………………」

 幼女は肯定も否定もしない。無言のまま、じっとアーサーを見つめていた。

「そんなに金を集めて、何を企んでいるだ?」
「………………」
「グレックスラッド王国が君の国を助けなかった復讐か?」
「違う」

 幼女はすぐに否定した。今までの返答とは違い、声色も真剣だった。アーサーもそれに気づき、違和感を抱く。

 復讐ではない。
 なら、やはり金のため。
 一生遊んでも暮らせる金を得るため。

 だとしても、エレシュキガルの誘拐はリスキーすぎやしないか。攫うことは悪事ではあるが、もし攫うのだとしても、注目が集まっているエレシュキガルを狙う必要はあっただろうか。

 金以外の目的があるのでは………?

「もし、何かに追い詰められているのなら、僕が助ける。だから、どうか君を追い詰めている者が何者なのか教えてくれないか?」
「それは無理」

 即座に断った幼女の瞳は揺るぎない。頑固として譲れないとでも言いたげだった。

「お前じゃあ、俺たちを助けられない。一生な」
「助けられないとはどういう………」
「無理なんだよ、お前が動いたところで。じゃあな………エレシュキガルは次連れてきてやるよ」

 簡単な挨拶だけして、幼女はアーサーの腕を振り払うとさっと消えた。瞬間移動をしたようだ。

 これで確定した。犯人はセト。すでに亡き王国の第2王子セト・ファーリーアスターだ。王族であれば魔法を容易く扱える。

 ………でも、なぜ彼らが生きている?

 十数年前の魔王軍侵攻で王族は全員殺されたと聞いた。捜索したが、土地は魔王軍に奪われ、国民のほとんどは魔王軍に捉えられ、魔人や魔獣にさせられたはずだ。そっちも調べないといけないな………マナミに依頼しよう。

 アーサーは自分以外誰もいなくなった部屋を出ていく。だが、彼の背中は哀愁はなく、力強さがあった。

 エレシュキガル、どうか無事でいてくれ。
 僕がすぐに助けに行くから。
 
 落胆することなく、エレシュキガルの無事を祈りながら、アーサーは次の計画へと動き始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが

Rohdea
恋愛
結婚式の当日、花婿となる人は式には来ませんでした─── 伯爵家の次女のセアラは、結婚式を控えて幸せな気持ちで過ごしていた。 しかし結婚式当日、夫になるはずの婚約者マイルズは式には現れず、 さらに同時にセアラの二歳年上の姉、シビルも行方知れずに。 どうやら、二人は駆け落ちをしたらしい。 そんな婚約者と姉の二人に裏切られ惨めに捨てられたセアラの前に現れたのは、 シビルの婚約者で、冷酷だの薄情だのと聞かされていた侯爵令息ジョエル。 身勝手に消えた姉の代わりとして、 セアラはジョエルと新たに婚約を結ぶことになってしまう。 そして一方、駆け落ちしたというマイルズとシビル。 二人の思惑は───……

悪役令嬢ですが、ヒロインが大好きなので助けてあげてたら、その兄に溺愛されてます!?

柊 来飛
恋愛
 ある日現実世界で車に撥ねられ死んでしまった主人公。    しかし、目が覚めるとそこは好きなゲームの世界で!?  しかもその悪役令嬢になっちゃった!?    困惑する主人公だが、大好きなヒロインのために頑張っていたら、なぜかヒロインの兄に溺愛されちゃって!?    不定期です。趣味で描いてます。  あくまでも創作として、なんでも許せる方のみ、ご覧ください。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

優しいだけの悪女ですが~役立たずだと虐められた元男爵令嬢は筆頭騎士様に愛されて幸せです~

山夜みい
恋愛
「お前の白髪は気持ち悪い。婚約破棄されるのも納得だわ」 『役立たず』『忌み子』『無能』と罵られたフランク男爵家の一人娘であるアンネローゼは両親を亡くしてロンディウム公爵家に身を寄せていた。 日に日に酷くなる虐めのせいで生きる活力を失うアンネローゼだったが、迷っている人に道を教えたら、人生が一変。 「私と共に来い」 「ほえ?」 アンネローゼが救った迷子の男は悪名高き英雄シグルド・ロンディウムだった。冷酷非道という噂が流れていたシグルドは生来持つ魔力の強さから他人に恐れられていた。しかし、魔力を持たないアンネローゼには彼の体質は効かなくて……。 「君と一緒にいると動悸がする」 「君は私だけのものだ。誰にも渡さない」 「ずっと傍にいてくれないか?」 これは、騎士に憧れる優しいだけの女の子と強すぎる魔力のせいで孤独だった男が、お互いの心を癒し、愛し合う物語。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea
恋愛
───酔っ払って人を踏みつけたら……いつしか恋になりました!? 政略結婚で王子を婚約者に持つ侯爵令嬢のガーネット。 十八歳の誕生日、開かれていたパーティーで親友に裏切られて冤罪を着せられてしまう。 さらにその場で王子から婚約破棄をされた挙句、その親友に王子の婚約者の座も奪われることに。 (───よくも、やってくれたわね?) 親友と婚約者に復讐を誓いながらも、嵌められた苛立ちが止まらず、 パーティーで浴びるようにヤケ酒をし続けたガーネット。 そんな中、熱を冷まそうと出た庭先で、 (邪魔よっ!) 目の前に転がっていた“邪魔な何か”を思いっきり踏みつけた。 しかし、その“邪魔な何か”は、物ではなく────…… ★リクエストの多かった、~踏まれて始まる恋~ 『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』 こちらの話のヒーローの父と母の馴れ初め話です。

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

乙女ゲームで唯一悲惨な過去を持つモブ令嬢に転生しました

雨夜 零
恋愛
ある日...スファルニア公爵家で大事件が起きた スファルニア公爵家長女のシエル・スファルニア(0歳)が何者かに誘拐されたのだ この事は、王都でも話題となり公爵家が賞金を賭け大捜索が行われたが一向に見つからなかった... その12年後彼女は......転生した記憶を取り戻しゆったりスローライフをしていた!? たまたまその光景を見た兄に連れていかれ学園に入ったことで気づく ここが... 乙女ゲームの世界だと これは、乙女ゲームに転生したモブ令嬢と彼女に恋した攻略対象の話

処理中です...