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第2章 大星祭編

第72話 取引 4

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「さっきは俺を助けようとしてくれてありがとう」

 私の上に乗っかり、感謝を述べるセト。顔にあるのは柔らかな微笑みではなく、企みを隠ような妖艶な笑み。

 抵抗しようと、私は何とか力を入れ、手錠の手を動かす。しかし、セトに押えられ、錠をはめる手首は頭の上へあげられてしまった。

「いやぁ、感動しちゃったよ。手錠されてるのに、あんなに俊敏に反応できるなんて。さすが銀翼魔術師だね」

 褒められるのは嫌ではないけれど………。

「すみません、離れてくれませんか」
「うーん………いやだ」

 いやって………この体勢はさすがにちょっと………。

 だが、セトは私の上から離れることなく、私の髪を私の手錠を押さえていない方の手で掬い取る。そして、そのままちゅっと口づけていた。

「本当に綺麗だね。髪もキラキラ輝いてる………肌も雪みたいに白い………」

 私を映す陶酔したエメラルドの瞳。さらに、セトは手で私の頬に触れ、指は唇をなぞった。

「はぁ………やっぱ、好きだな………」

 濡れた声でこぼすセト。
 彼は頬を赤く染めている。
 瞳は蠱惑的に光っていた。

 私をからかっているのだと思った。
 からかって楽しんでいるんだと思っていた。
 だけど、この反応は――――。

 そうして、何も抵抗できず、彼の瞳が近づいた瞬間――――。

 ドゴッ、ドゴッ―――。

「えっ」
「!!」

 その瞬間、音がした方を見ると、あったはずのドアがなく、扉は部屋の隅へ飛んでいた。

「………………」

 壊れた入り口から姿を現したのはイシス。
 入ってくるなり、ジト目で自身の兄を見ていた。

「にぃ、何してるの………」
「いやぁ………エレシュキガルと仲良くなろうとしていまして」
「………鍵を閉めて? それはイーが入らないようにするため?」
「………………」

 セトが黙ると、さらにイシスは目を細める。

「にぃが欲求不満なのは分かってる、よ? 童貞で、相手を求めているのも知ってる」
「え」
「でも、時と場所を選んで………襲うのは今じゃない」

 呆然とするセト。半眼を送るイシス。
 妹の方は随分とご立腹なようだった。

 正直、この小さな子の口から『襲う』などと言う言葉が出たのは信じられないけど………。

 私は突っ込むことなく黙って、ソファに寝ころんだまま2人の話を聞く。

「妹よ………なぜ俺が童貞だと?」
「………にぃ、本当は女子への免疫ない。いつもキョどってる」

 え。そうなの?
 
 クライドみたいに、気になった女性にはすぐ口説こうとしたり、からかったりするチャラそうな人かと思っていたのに。

 だが、セトは反論することなく、イシスの発言に黙った。どうやら真実なようだ。

「エレシュキガ、ルには珍しくぐいぐい行ってる、けど………頑張ってるだけだよ、ね? 今計画遂行中、頑張る必要ないよ、ね?」
「ごもっとです」
「にぃ、反省。ご飯運ぶの手伝って」
「はい」

 イシスに命令され、素直に返事をするセト。正直、どっちが上なのは分からなかった。

 イシスが手ぶらで部屋に戻ってきたのは、ご飯を作り終えたけど、たくさん作りすぎて1人では運べず、人を呼びに来たためなんだとか。

 イシスとともに、セトは厨房へと向かおうと腰を上げ、ようやく離れてくれた。私も手伝おうと思ったが………。

「あ、2人で大丈夫だから。手錠してるし、動くの大変でしょ?」
「すぐに、持ってくるから、待ってて………」

 と言われたので、私はソファに座って、ご飯を待つことにした。



 ★★★★★★★★



 部屋を出たセトとイシス。2人は足幅は異なるものの並んで歩き、食堂へと向かっていた。

 石畳の廊下に2つの足音がコツコツと静かに響く。窓一つなく、灯りは一定間隔に壁にかけられている松明のみ。

「にぃ………分かってるよね?」

 セトがちらりと横を見ると、イシスがいつになく心配そうな顔を浮かべていた。

「にぃがエレシュキガルを好き、なのは分かる、よ………? でも、両想いになったとして、も、苦しくなるのは………にぃなんだよ」

 そう。
 エレシュキガルとは、すぐに
 
 作戦が失敗すれば、彼女は王子の元へ。
 成功すれば、エレシュキガルは………。

「ああ、分かってるさ」

 セトは力のこもった声で答える。だが、エメラルドグリーンの瞳はどこか悲し気だった。
 
 目標のため、イシスのため、みんなのため………。
 ――――自分の心は殺せ。感情は邪魔だ。

「イシスもエレシュキガルに甘えすぎるなよ。もう顔がたるんでるぞ」
「むぅ………」

 イシスにはエレシュキガルがお姉さんに見えて仕方がない。それは彼にも分かっていた。

 本来なら、彼女とは学園で会うはずで………俺たちも学園にいたはずで………。

 セトは小さな妹の頭をよしよし撫でる。その手つきは優しく、イシスも思わず笑みを漏らしていた。

「まだ俺たちの計画は始まったばかりだ。気を緩めずに行くぞ」
「あいあいさー」
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