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第1章 約束と再会編

第48話 腕の中

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 今回は糖度高めです! よろしくお願いします!

 ――――――――



 
 「今、無理してるでしょ――――」

 全てを見透かしているような碧眼。
 その瞳はあの青い空のように、透き通る海のように綺麗だった。
 
 だけど、彼が怒っているのは明白で。
 夜風に揺らされる金の前髪の間からのぞかせるのは、いつものような優しい柔らかな瞳ではなく。
 奥底に怒りが垣間見える瞳だった。

 「いえ、無理はしていません」

 と言いつつも、私は思わず目を逸らしてしまう。
 
 1学期中は学園に多くの貴族子息・令嬢がいた。そのため、警備体制はよく、学園周囲は警備員が配置され、任意で護衛をつけている人もいた。
 そのこともあって、夏季休暇までは、ブリジット様に結界魔法を使うなんてことはなった。

 だが、夏季休暇に入ると人は減り、それに伴って警備員も減った。
 学園には結界を張ってくれていることは知っているけれども、それでは安心しきれなかった。

 このまま何もなければいい。それであればいいのだけれど………。

 でも、ブリジット様のご実家から、一切連絡がない。
 生活できるお金は貰えているようだし、寮も変わらず一番グレードの高い部屋ではあるものの、ブリジット様はおろか、彼女の侍女たちさえも現在のラストナイト家の内情を知らない。

 それが私にはどうしても怪しく思えて、ブリジット様の結界を解除するなんてことはできなかった。

 「…………なら、その目のクマは何?」

 アーサー様は私の目元を擦るように指で触れる。
 化粧で念入りに隠していたクマに気づかれていたようだ。
 
 ゔぅ………ま、まさか気づかれるとは。
 化粧で念入りに消していたし、ブリジット様たちには何も言われなかった。
 な、なのに、アーサー様に気づかれるなんて…………。 

 「エレちゃん、ちゃんと眠れていないでしょ」
 「い、いえ、寝ていますよ」
 「1時間起きには起きてるよね」
 「そ、それは………ブリジット様に何かあったら心配で……というか、なぜ私の睡眠時間を知っているのです?」
 「感だよ。エレちゃんのことなら何だって分かるからね」

 なるほど。直感ですか。
 直感的に分かるとは…………アーサー様さすがです。

 …………で、でも、さすがに今日は眠るつもりだった。
 無理を続けるつもりはさらさらない。
 後で、ちゃんと寝るもの…………ええ、たぶん。

 そんな私の考えを見透かしているのか、アーサー様は呆れたように小さく溜息をこぼした。

 「離宮でも言ったでしょ。無理はしたらダメだって」
 「…………で、でも」
 「“でも”じゃないよ、エレちゃん。他の人を守りたくっても、自分の体を壊してしまえば、元も子もないよ」
 
 うぅ…………ごもっともです。

 ごもっともだけれど。
 ここにはブリジット様を守ってくれる人はいない。敵は完全に消えたという確証はないし、魔王軍は変わらず顕在。
 そんな状況で、結界を外すなんてことはできない。怖い。

 そんな私の心配を察したのか、アーサー様は。

 「ラストナイトさんのことなら大丈夫。彼女の家については調べているし、ラストナイトにも護衛はつけてる。もちろん、彼女にも許可は貰ったよ」

 と話し、私をぎゅっと抱きしめた。
 温かくて、でもきつくて。
 その苦しいまでの抱擁は、私を二度と離さないとでも言っているかのよう。
 
 「エレちゃん、正直に言って」

 耳元から聞こえてくる彼の声。
 その声には先ほどまであった怒りが消えていた。

 「眠たい?」
 「眠たいです」

 アーサー様に嘘をついても意味がない。
 諦めた私は彼の問いに即答で答えていた。

 本当は毎日ぐっすり眠りたかった。

 だが、それをしてしまうと、結界が自動解除されてしまう。だから、1時間ごとに起きて寝る。それを繰り返していたせいか、日中はたまにぼっーとしていることが多かった。戦場にいる時は仮眠を取って戦うことをしていたので、誤魔化すことは容易だった。

 でも、それももう限界だったのかもしれない。最近はブリジット様の話がたまに右から左へ通り抜けていくこともあった。

 「なら、寝よう」

 端的に提案するアーサー様。
 もう考えることもギリギリな私は、コクリと頷いていた。
 
 ここはアーサー様の提案を素直に受け入れよう。
 今日は寮に帰ったら、ベッドに直行。勉強はせずに眠る………。

 アーサー様から体を離され、寮へ戻ろうとしたその瞬間。

 「えっ――――」

 気づけば、自分の体は宙に浮いていて、持っていた本も浮いていて。
 かと思えば、体はアーサー様の腕の中に納まり、横抱きされていた。

 「私、自分で戻れます」
 「もう嘘はいいよ」
 
 彼は優しい笑みを私に向けると、廊下を歩きだした。
 同時に眠気が津波のように襲ってくる。

 あ、これ、眠っちゃう。
 
 「アーサー様、それは卑怯です………」

 睡眠系の魔法を使ったのだろう。
 今まで抑えていた眠気がどっとやってきた。

 解除しようとしても、彼に防がれて、瞼が重たくなっていく。
 体の力が抜けていく。

 ああ…………これじゃあ、逃げ道がないじゃない。
 絶対寝てしまう。結界が解除されちゃう。 

 「心配はしないで。エレちゃんの望む物は全部守るから」

 私を安心させたいのか、そう話すアーサー様。
 その彼の声は子守唄のように心地よく。

 「だから、ゆっくりおやすみ」

 そんな優しい彼の声を聴いて、私は深い深い眠りに落ちた。



 ★★★★★★★★



 遠くから聞こえてくる小鳥のさえずり。
 温かいな………。

 寝ぼけながらも、目を開ける。
 久しぶりにぐっすり眠ったせいか、頭はすっきりしていた。

 「えっ――――」

 だから、すぐにそこが自分の部屋ではないことに気づいた。
 朝日が差し込む大きな窓に、1人用にしては広いベッド。
 着ている服は制服ではない、下着のような薄いキャミソール。

 さらには私の体は誰かの腕に拘束されていて。
 ベッドから起き上がることもできなかった。
 しかも、首に吐息が吹きかけてきて、くすぐったい。

 「なっ、なっ――――」

 私を捕まえるかのように、腕を巻き付けていたその人。
 反対側に向くと、白いシャツとラフなズボンを身にまとうアーサー様が私の隣ですやすやと眠っていた。
 
 その端正な顔は、太陽のように眩しく、その輝きにクラクラしそうになる。

 「………………」

 なぜ、私はアーサー様と一緒に寝ているの?
 昨日確かにアーサー様に眠らされて、お姫様抱っこをされてしまったことは覚えている。
 だからって、あの流れで2人で寝ていることなんてありえるのだろうか。

 いやいや、夢かもしれない。
 と思い、頬をつねってみたが、痛みを感じた。どうやら夢ではないらしい。信じられない。

 だが、アーサー様を起こそうにも、ぐっすり眠っているようで。
 彼が目覚めるまで、私はゆっくりしようとアーサー様の顔を眺めていると。

 綺麗なまつ毛が動き、乱反射する水色の瞳と目が合った。

 「おはよ、エレちゃん」
 「おはようございます……」

 私と目を合わした瞬間、柔らかく笑うアーサー様。
 彼の笑顔は輝いていて、いつも以上に幸せそうだった。

 「起きたらエレちゃんがいるなんて………夢かな………」

 まだ寝ぼけているのか、夢の中にいるように
 その声は甘く、思わず顔を赤くしてしまう。

 「ゆ、夢じゃないですよ」
 「じゃあ、天国かな」
 「私たち死んでません」
 「うふふ……そうだね。でも、ここが現実だなんて、僕には信じがたいな」

 アーサー様の髪はぼさぼさなのに、かわいらしくて。
 ふわふわな毛を持つわんこのようで。
 髪を触りたい、その気持ちをぐっと堪え、アーサー様に尋ねた。

 「アーサー様」
 「なぁに?」
 「ここはどこですか?」

 ここは寮ではない。おそらく男子寮でもない。
 多分、ここは。

 「王城だよ。この部屋は僕の部屋の一つなんだ」

 とむくりと上体を起こしながら、アーサー様は答えてくれた。
 
 魔法が使えるとはいえ、私を学園から王城に運ぶなんて…………。
 そ、それをするのなら、女子寮に連れて行って私を起こしてほしかった。

 「寮でもよかったんだけどね。僕は女子寮に入れないし、かといって男子寮の僕の部屋に連れていくのもまずいかなと思って」
 「だからって、王城もまずいと思いますが………」

 人によっては目撃者が誤解をしてしまい、変な噂を立てられてしまう。

 「大丈夫だよ。エレちゃんがここにいるのは、リリィとナナぐらしか知らないから」
 「…………」
 「まぁ、エレちゃんとのそういう噂をされても、別に僕は気にしないけどね」
 
 噂を立てられることに慣れているのか、軽くそう言ってみせるアーサー様。

 まぁ、今更言ったところで仕方がない。過去は変えられないもの。
 ぐっすり眠れたし、よしとしましょう。

 「ところでアーサー様。この服はどういう…………?」

 パンツは履いているものの、実質1枚しか着ていないキャミソール。
 このキャミソールはどう見ても私の物ではなかった。

 「リリィとナナに着替えさせてもらったんだ。制服のままだと寝苦しそうだったから」
 「わざわざありがとうございます」

 にしても、この服は薄くて恥ずかしい。
 毛布を取り、自分の体を隠すように包み込む。
 それを見て不可解に思ったのか、アーサー様はキョトンと首を傾げた。

 「え、何? もしかして、エレちゃん照れてるの?」
 「だって、この服薄くて………」

 そう訴えると、アーサー様はなぜか嬉しそうに笑った。

 「僕が選んだわけじゃないんだけどね。多分がナナが選んだものだと思う」

 彼は私に近づき、頬にするりと手を添える。

 「でも、照れるエレちゃん見れてよかった。可愛いよ」
 「っ――――」

 そうして、私たちはそれぞれ支度をすると一緒に朝食を取り、その後学園へと戻った。
 アーサー様も学園に来てくれたが、まだ王城での仕事があるらしく、この後すぐに王城へと戻る。
 数日もすれば、また学園に戻ってくるので、また一緒に勉強をしたり、お菓子を食べに出かけたりしようと約束をした。

 そして、その帰り際。
 アーサー様から惜しむような長い抱擁をされ。
 
 「エレちゃん、二度と無理はしないでね。ちゃんと寝るように」

 とまた忠告され、さらには。

 「次また無理をしたら、僕と毎日一緒に寝てもらうから」

 と言われてしまった。
 そんなことされては私の心が持たない。
 起きるたびにドキドキしてしまうし、魔法かけてくれなければ眠ることもできない。

 今日からは睡眠をちゃんと取ろうと、王城へと戻るアーサー様を見送りながら決意した。
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