12 / 22
11.起伏させるための
しおりを挟む
今日は神殿、パトリスを訪問していた。いつもの質素な執務室でお茶をご馳走になりながら、早速本題に入る。
パトリスは優雅な所作で口を開く。
「未婚で、後ろ盾がなく、使い勝手が良い人間ですか」
条件に合う人材を紹介してもらいたい――これが本題である。
「そう。いるか?」
「神官の多くは使い勝手が良いですよ。未婚で後ろ盾がない人間だって多い。こちらに損がなければ好きに使ってもらって構いませんが」
「なら後で適当に見させてもらうかな」
「神官が必要なんですか?」
神官というより女性だ。
「俺と恋人ごっこをしてくれる人を探している」
パトリスは声を弾ませた。
「恋人! アリーチェにですか!?」
「ごっこだぞ」
「だとしても、あなたに恋人が出来るなんて。信じられません」
瞳を輝かせながら両手を組む。その姿は神にでもあったかのような興奮具合だ。
「なんという嬉しいことでしょう。これはぜひ間近で見させてもらいたい」
「お好きにどうぞ」
「こうしてはいられない。早く相手を探しに行きましょう」
自分事のようにパトリスは立ち上がって俺を急かす。何が理由か分からないが、パトリスの関心に触れたらしい。
俺とパトリスは二人揃って神殿内を回り、神官の様子を窺う。俺たちが通る度に皆足を止めて頭を下げた。
神官の多くはパトリス猊下を尊敬し敬愛しているが、同じように貴族にもそういう人間は多くいる。パトリスが猊下になってから貴族からの寄付額は歴代一らしい。一目見るためにわざわざ祈りにやってくる貴族は少なくない。
何が良いのか分からないが、今日も神殿は賑わっている。
「そういえば、ソフィアとエレノアは上手くいっていないみないですね」
「神殿まで噂が回ってくるのか」
「皇太子も関わるんですから、より注目されるのは必然でしょう?」
「まあな。そもそも上手くいかないだろ」
エレノアはレオナルドを好いている。好きな人が義理の妹に心を傾けていたら誰でも楽しくはない。しかもソフィアも自分からレオナルドとの距離を縮めており、レオナルドも好意を示している。仲良くなんて出来ないはずがない。
「ソフィアとは話したくないと言って、用事は全て侍女を通すか手紙を書かせているよ。その手紙も読まずに燃やしているようだけど」
「徹底していますね。ソフィアは神殿の奉仕作業にも顔を出してくれます。とても気立ての良い女性だと思いますけどね」
「ははは。そうだな」
曲がり角を曲がるところだった。パトリスの方を見ていたせいで、向こう側から来る人間とぶつかってしまった。
「すまない、大丈夫か?」
俺とぶつかったのは神官の女性だった。持っていた書類をぶち撒け尻餅をついている。パトリスが書類を拾いながら「大丈夫ですか? マリー」とその名前を口にした。
「はい、大丈夫です! 申し訳ございません! 私が拾いますので!」
「マリーと言うのかな? ごめんね。どこか怪我していないか?」
マリーがこちらを見上げると、慌てていた表情がぴたりと止まる。惚けたように口を半開きにした顔は、俺を初めて見る人間によく見られるそれだ。
「マリー、リシャール殿がお聞きしているでしょう?」
「は! ぁ、はい、はい、大丈夫です!」
「前を見ていなかった。立てる?」
手を差し出せば、細い手のひらが恐る恐ると重なる。
「どこも怪我はない?」
「はい! あっ」
マリーは大丈夫と言おうとしたが、すぐに左手首を摩った。見れば赤く腫れている。捻ったのかもしれない。
「パトリス、医者を呼んでくれ」
「はい」
「大丈夫です! すぐに治りますから」
俺たちはマリーの言葉を無視し医者へ見せる。結果としては軽い捻挫。十日も安静にしていれば治るだろうとのことだった。
「本当に申し訳なかった」
「いえ、本当に大丈夫です。私も前を見ていなかったので。医者にまで診せてもらってすみません」
「君が謝ることはないよ。それより、治るまで不便だろう? 俺に手助けさせてくれるかな?」
「え?」
マリーの診察中、パトリスから彼女のことを聞いた。
マリーは神官の中でも頭が良く、書類整理を担当していると聞いた。利き手が使えない今、仕事はしばらく休む必要があり、パトリスの許可も得られている。
「リシャール殿の言う通りにしてはどうでしょう。マリーは神官になってから殆ど休んだことがないですし。治るまでゆっくりしてください」
「でも、ご迷惑をかけられませんし」
「大丈夫ですよ。彼は結構暇人なんです」
まあ、そう言われても仕方ない。表向き、俺は家督も継いでいないしどこかに勤めに出ているわけでもない。呪いの影響で療養のため領地に引き篭もっていると思われている。
世間的には間違いなく暇人だ。
「むしろ世捨て人のようなところがあるので、マリーが彼の相手をしてくれると助かります」
「マリー、猊下の言う通りなんだ。俺に出来ることなら何でもするよ。どんなことでもね」
俺とパトリスで交互に言葉を発したからか、マリーはパニックになったようだ。「じゃあ」と吃りながら続けられた言葉は正気のようには思えなかった。惚けた顔をしているから余計にそう感じる。
久しぶりに純粋に驚くが、俺としては断る理由がない。
「じゃあ、十日間よろしくね」
パトリスは優雅な所作で口を開く。
「未婚で、後ろ盾がなく、使い勝手が良い人間ですか」
条件に合う人材を紹介してもらいたい――これが本題である。
「そう。いるか?」
「神官の多くは使い勝手が良いですよ。未婚で後ろ盾がない人間だって多い。こちらに損がなければ好きに使ってもらって構いませんが」
「なら後で適当に見させてもらうかな」
「神官が必要なんですか?」
神官というより女性だ。
「俺と恋人ごっこをしてくれる人を探している」
パトリスは声を弾ませた。
「恋人! アリーチェにですか!?」
「ごっこだぞ」
「だとしても、あなたに恋人が出来るなんて。信じられません」
瞳を輝かせながら両手を組む。その姿は神にでもあったかのような興奮具合だ。
「なんという嬉しいことでしょう。これはぜひ間近で見させてもらいたい」
「お好きにどうぞ」
「こうしてはいられない。早く相手を探しに行きましょう」
自分事のようにパトリスは立ち上がって俺を急かす。何が理由か分からないが、パトリスの関心に触れたらしい。
俺とパトリスは二人揃って神殿内を回り、神官の様子を窺う。俺たちが通る度に皆足を止めて頭を下げた。
神官の多くはパトリス猊下を尊敬し敬愛しているが、同じように貴族にもそういう人間は多くいる。パトリスが猊下になってから貴族からの寄付額は歴代一らしい。一目見るためにわざわざ祈りにやってくる貴族は少なくない。
何が良いのか分からないが、今日も神殿は賑わっている。
「そういえば、ソフィアとエレノアは上手くいっていないみないですね」
「神殿まで噂が回ってくるのか」
「皇太子も関わるんですから、より注目されるのは必然でしょう?」
「まあな。そもそも上手くいかないだろ」
エレノアはレオナルドを好いている。好きな人が義理の妹に心を傾けていたら誰でも楽しくはない。しかもソフィアも自分からレオナルドとの距離を縮めており、レオナルドも好意を示している。仲良くなんて出来ないはずがない。
「ソフィアとは話したくないと言って、用事は全て侍女を通すか手紙を書かせているよ。その手紙も読まずに燃やしているようだけど」
「徹底していますね。ソフィアは神殿の奉仕作業にも顔を出してくれます。とても気立ての良い女性だと思いますけどね」
「ははは。そうだな」
曲がり角を曲がるところだった。パトリスの方を見ていたせいで、向こう側から来る人間とぶつかってしまった。
「すまない、大丈夫か?」
俺とぶつかったのは神官の女性だった。持っていた書類をぶち撒け尻餅をついている。パトリスが書類を拾いながら「大丈夫ですか? マリー」とその名前を口にした。
「はい、大丈夫です! 申し訳ございません! 私が拾いますので!」
「マリーと言うのかな? ごめんね。どこか怪我していないか?」
マリーがこちらを見上げると、慌てていた表情がぴたりと止まる。惚けたように口を半開きにした顔は、俺を初めて見る人間によく見られるそれだ。
「マリー、リシャール殿がお聞きしているでしょう?」
「は! ぁ、はい、はい、大丈夫です!」
「前を見ていなかった。立てる?」
手を差し出せば、細い手のひらが恐る恐ると重なる。
「どこも怪我はない?」
「はい! あっ」
マリーは大丈夫と言おうとしたが、すぐに左手首を摩った。見れば赤く腫れている。捻ったのかもしれない。
「パトリス、医者を呼んでくれ」
「はい」
「大丈夫です! すぐに治りますから」
俺たちはマリーの言葉を無視し医者へ見せる。結果としては軽い捻挫。十日も安静にしていれば治るだろうとのことだった。
「本当に申し訳なかった」
「いえ、本当に大丈夫です。私も前を見ていなかったので。医者にまで診せてもらってすみません」
「君が謝ることはないよ。それより、治るまで不便だろう? 俺に手助けさせてくれるかな?」
「え?」
マリーの診察中、パトリスから彼女のことを聞いた。
マリーは神官の中でも頭が良く、書類整理を担当していると聞いた。利き手が使えない今、仕事はしばらく休む必要があり、パトリスの許可も得られている。
「リシャール殿の言う通りにしてはどうでしょう。マリーは神官になってから殆ど休んだことがないですし。治るまでゆっくりしてください」
「でも、ご迷惑をかけられませんし」
「大丈夫ですよ。彼は結構暇人なんです」
まあ、そう言われても仕方ない。表向き、俺は家督も継いでいないしどこかに勤めに出ているわけでもない。呪いの影響で療養のため領地に引き篭もっていると思われている。
世間的には間違いなく暇人だ。
「むしろ世捨て人のようなところがあるので、マリーが彼の相手をしてくれると助かります」
「マリー、猊下の言う通りなんだ。俺に出来ることなら何でもするよ。どんなことでもね」
俺とパトリスで交互に言葉を発したからか、マリーはパニックになったようだ。「じゃあ」と吃りながら続けられた言葉は正気のようには思えなかった。惚けた顔をしているから余計にそう感じる。
久しぶりに純粋に驚くが、俺としては断る理由がない。
「じゃあ、十日間よろしくね」
60
お気に入りに追加
117
あなたにおすすめの小説
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞

異世界転生した俺の婚約相手が、王太子殿下(♂)なんて嘘だろう?! 〜全力で婚約破棄を目指した結果。
みこと。
BL
気づいたら、知らないイケメンから心配されていた──。
事故から目覚めた俺は、なんと侯爵家の次男に異世界転生していた。
婚約者がいると聞き喜んだら、相手は王太子殿下だという。
いくら同性婚ありの国とはいえ、なんでどうしてそうなってんの? このままじゃ俺が嫁入りすることに?
速やかな婚約解消を目指し、可愛い女の子を求めたのに、ご令嬢から貰ったクッキーは仕込みありで、とんでも案件を引き起こす!
てんやわんやな未来や、いかに!?
明るく仕上げた短編です。気軽に楽しんで貰えたら嬉しいです♪
※同タイトルの簡易版を「小説家になろう」様でも掲載しています。

【完結】神官として勇者パーティーに勧誘されましたが、幼馴染が反対している
カシナシ
BL
僕、フェリスはこの村の村長の息子と付き合っている。小さい頃は病弱だった僕も、今では神官を目指して勉強に励むようになったが、恋人であるアノンは気に入らないみたい。
僕が勉強をすると『俺は要らないんだろ』と森へ入ってしまうアノン。そんな彼を連れ戻すのに日々疲弊していると、ある日、勇者パーティーが訪れ、なんと僕を神官として勧誘したいと言う。
考える時間は、彼らの滞在する、たったの三日間。
アノンは怒り、村中が反対をして――――。
神官を目指す村の子(美少年受け)。
ざまぁと言うより自業自得?
本編三万文字くらい。12話で完結。
番外編二万文字くらい。だいぶコメディ寄り。
サクッとお読みいただけると思います。
※女性向けHotランキング最高17位、いただきました!本作を読んで頂きありがとうございます。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

「じゃあ、別れるか」
万年青二三歳
BL
三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。
期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。
ケンカップル好きへ捧げます。
ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる