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9.勝率を上げるためのちょっとした戯れ

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 着いて来いと言われ向かったのは何故か離宮だ。ルカ、王弟殿下の宮殿である。
「そのまま出掛けるなら着替えたいだろう? 馬車は出してやる」
 ルカがそう申し出た理由は分かるが、理解は出来ない。
「……ありがたいが、サイズが違い過ぎるだろ」
「どうせ礼儀作法なんか必要のない約束じゃないのか? それとも香水臭い服のまま行く方がマシか?」
 マシではない。今すぐ脱ぎたい。ソフィアが抱き付いてきたせいでシャツに香水が移った。きっと他の人間ならば多少香るくらい気にしないだろうが、俺は人工的な香りが嫌いだからこそ気になってしまう。あまりにもキツイと酔うこともあるくらいだ。
「俺が香水の匂いが嫌いなの、よく覚えているな」
 俺はルカの言葉を無視し、渡されたシャツに着替える。シンプルだが生地は柔らかく着心地が良かった。ふわっと香るのはおそらく洗剤か? 皇族にもなれば一回着たものは捨ててもおかしくないだろうに。
「まあ、あまり忘れられるような出来事でもないしな」
「ははは」
 その出来事は学生時代を指している。俺は思い出したくなく笑って誤魔化すことにした。
「大きいな。まあこういうデザインだと言い張れば良いか」
 今日の相手は貴族ではないし、礼儀作法の必要もない。ただ、時間だけは厳守したい相手だ。それに臭いに苛立たなくて済むことは大きい。
「相変わらず痩せているな」
 気付けばルカが目の前に立っていた。観察するように見下ろされる。
「呪いのせいでどんなに食べても太れないから仕方ないだろ」
 どれだけ食べても、いくら食べなくても、体重は一ミリも変わることはない。青年になりきれない未発達な少年のままだ。
「呪いの解き方は調べているのか?」
「諦めた。解けるかも分からないことに時間を費やすのはもったいない」
「良いのか?」
「不老なだけで不死ではないからな」
 一人死ねず生き続けるのなら解決しなければならないがそういうわけでもない。見た目の時間が止まっているだけで、病気もするし怪我もする。体の内側は年齢通りに進んでいる。
「お前は魔物みたいにデカくなったな」
 話題を変え、同じ鏡に映ったルカへと視線を向ける。日々鍛えているからか同年代よりも若々しく見える。
「そうだな。お前くらい片手で制圧出来る」
「そりゃあそうだろ。俺は武闘派じゃないんだから」
「あっさり認めるんだな」
 帝国最強相手に敵うわけがない。例え鍛えている騎士だってルカには敵わないだろうに。
「まあ、お前を制圧するのも簡単だがな」
「へー?」
 俺はルカの手を取り、足を引っ掛かる。ルカは流れに身を任せて背中から倒れる。毛足の長いラグの上なので大した痛みは多分ないだろう。その体に跨り、ふっと鼻で笑う。
「ほらな? 簡単だ」
「お前に襲われるのは久しぶりだな」
「俺の腕力で襲えるのはお前だけだよ」
 ルカの腕が伸びる。きっと俺の後頭部に触れるためだろう。何をしたいか分かるが、それに付き合っている暇はない。
 俺はその手を取り、指を絡める。
「ルカ、お前は変わらないな」
「それはお前だろう。何も変わらない」
 立てた片膝に頬杖をつく。身分が高く、多くの者から尊敬と憧憬を向けられている男は、自ら尻に敷かれて平然としている。きっと誰かがこの光景を見たらギョッとするだろう。最悪は不敬だと刃を向けられるかもしれない。実際、過去にも似たようなことはあった。
「変わらないお前に安心するよ」
 俺はその体から退く。見下ろしながら深く頭を下げた。
「お気遣いありがとうございました。俺はこれで失礼します」
 俺はルカの宮殿を後にする。馬車はすでに用意されていた。目的地から少し離れた場所で停めてもらい、約束の打ち合わせに向かった。
 
「本日はありがとうございます。早速誘致について、詳しくお話させていただいても?」
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