月と魔女と異世界と

カラスウリ

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第三章

34.霹靂

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「さて、次なる目的地なわけだが……悩ましいね」

 ミェルさんについてより深く知った夜。それから一晩明けた今、再び地図を広げての作戦会議に勤しんでいた。

 結局プレジールさんのペンダントの反応はリスルディア以外には見られず、わかっていたことだが敵の本拠地に潜り込むことにはなりそうだ。
 このままトリステスに残っても、教会での一件のせいで警戒が高まってる以上、居場所がばれてしまうのも時間の問題。
 
 そしてリスルディアへの道のりで、私たちは頭を悩ませていた。

 「真正面からの突破は絶対なしとして、慎重に忍び込むことになりそうですね。多分、こことは警備の規模も魔女への対策も比にならないでしょうし」

 「だね。となるとこのまま真っすぐにリスルディアに上がるのではなく……」

 地図のトリステスに人差し指をあて、斜め右上にスライドさせる。
 そこに、小さな国々に囲まれて、緑に囲まれた地帯があった。また森林だろうか……と思ったものの、よく見てみるとその地形はかなり盛り上がり、凹凸があるように見えた。
 まるでそれは……。

「山、ですか?ここ……」

「そうだ。トリステスの国境沿いにそびえる、規模は小さいが高い山がある。そこに潜伏して機会を探りつつ、最短ルートで一気にリスルディアに潜り込む。大胆かつ慎重に、というヤツだ」

 露骨に苦い顔をしてしまう。森の中は慣れたようなものだが、山となると話が違ってくる。
 体力的に持つか不安だし、虫や何やらの心配も色々と考えてしまう。

「不安かい?」

 私の不安を汲み取った彼女がすかさず声をかけてくる。反射的に否定しようとしたが、ミェルさん相手に必要以上に気を遣ってしまうこともないな、と思い返す。それで万が一の事態にでもなってしまったら元も子もない。

「はい……色々と」
 
「ふふ、安心したまえ。私が居るんだから何とかなるさ」

「自信家なんだから……でも、助かります。大船に乗った気でいていいんですよね?」

 今までだったら、その一言で不安は晴れなかったかもしれない。けど今は、真っすぐその言葉を肯定することができた。

「任せたまえ。さ、目的地も定まったことだし、とっとと宿を出るとしよう。長居しているとそのうち見つかってしまうかもしれない」

 極めてスムーズに話し合いを終え、手早く荷物をまとめていく。
 ……よし。問題はない。

「ミェルさん、いつでもいけますよ。……ミェルさん?」

 返事がない。
 彼女の方を見ると、部屋の入り口の扉をじっと見つめ、微動だにしていなかった。嫌な予感が一瞬で脳内を駆け巡る。

 慌てて彼女の傍へ行き、肩を軽く叩いてみる。……が、やはり同じだった。

「ミェルさん?ミェルさ~ん?どうかしました……か?」

 恐る恐る顔を覗き込む。――そこには、見たこともないような驚愕の眼差しで、扉を睨む彼女が居た。
 
「おいおい、なんの冗談だこれは……!」

 ――刹那、目の前の扉が吹き飛ばされた。

「……ッ!?」

 凄まじい風圧に耐え切れず後方に弾け飛んだ私を、咄嗟にミェルさんが掴んで引き戻す。状況を理解するよりも先に、大破した扉の向こうから聞き慣れない声が響いてきた。

「ああ、ホントにいやがったなァ……”罪人”がちゃあんと二人」

 コツ、コツと硬いブーツの音が反響して私たちへと近づいて来る。
 肌がひりつく、空気が変わる。本能的に「脅威」が私たちに迫っていると理解した。

「客を招いた覚えはないんだがね?それにドアの開け方も知らないのかい、君は」

 言いながら、手で私を自分の後ろに下がるようミェルさんが合図する。

「魔女がガタガタ口答えしてんじゃねえ……エイレンを殺したのはてめえなんだろう?なァ……ミェール・ウィッチ・ラヴェリエスタ」

 部屋の中央へと歩いてきたその人物の全体像がようやく目に映る。

 ミェルさんと同等の身長の――女性。
 褐色肌に、短めに切り揃えられた黒髪、肩の部分をさらけ出したノースリーブの修道服。そこから伸びた腕はしなやかな筋肉が蓄えられ、一目で強者だと理解させられる。

 その腕の先には、十字架を模したような巨大な剣がひとつ。

 端正な顔には幾つもの切り傷が刻まれ、黄金色の獣の様な鋭い目つきでミェルさんを睨みつける。

「エイレン?ミェール?さあ、我々は心当たりのない名前だが……人違いじゃないかね?」

 そう答えるなり、強烈な殺気と共にその剣がミェルさんの鼻先に突き付けられる。

「ひっ……!!」

「剣を下ろせ。……彼女が怖がっているのが見えないか」

 視線と視線がぶつかる。

 教会で戦ったシスターとは訳が違う、周囲を飲み込むほどの威圧感。……無意識に身体が震えていた。

 ジリジリとミェルさんが後退し、極限まで緊張感が高まっていく。

 ――そして数瞬後、甲高い金属音が鳴り響いた。

 
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