22 / 41
第二章
22.空夜
しおりを挟む
「ほら、見て……花びらの形が微妙に違うでしょ?あと、色は似てるけど厳密に言うと色素から少し異なっていてね……?例えばこうやって光を当てると……」
「わっ、ほんとだ!照らしてみると変わりますね」
白を基調とした清潔な部屋に、所狭しと花々が飾られた、鮮やかな空間。プレジールさん自慢の「花専用部屋」に通された私は、彼女の解説を隣で聞いていた。
始めこそその圧倒的な熱量に押され気味だったが、豊富な知識量と初心者の私に合わせた適切な言葉選び、何よりその楽しげな様子に、気づけばすっかりと聞き入っていた。
「でしょう……?似てるようでちゃんと個性があってね……それから、これは――」
「プレジール!流石に篭もりすぎじゃないか?」
バンッと扉が開き、不安そうな様子でミェルさんが姿を現した。
「ちょっと……邪魔しないで欲しいのだけど」
「かれこれ2時間近く出てこなかったろ、もう夕方だぞ?月音ちゃんもほら、あんまり付き合わせちゃ悪いだろう」
「あ~、ミェルさん!私は大丈夫ですから!と言うか、お花の話を聞くの新鮮で楽しいですし」
その私の一言で、曇っていたプレジールさんの表情が柔らかくなる。
対照的にミェルさんはますます表情が翳かげって行く。
「まぁ、君が良いなら……ともかくプレジール、月音ちゃん、ちょっと話があるんだ」
「聞くけど……時間的に夕食にしながらにしましょう……構わないわよね」
「ああ、すまないね。ご馳走になるよ」
名残惜しそうに扉に向かい、ミェルさんとすれ違うようにプレジールさんは去っていく。
残ったミェルさんの「水を差して悪かったね」とでも言いたげな目に「問題ないですよ」という意味を込めたアイコンタクトで返し、私たちも部屋を後にした。
*
「おぉ、この香り高いハーブを惜しみなく使ったフレッシュかつ後味が爽やかなサラダ!野獣肉ジビエの脂っこさを計算した上で、食べ合わせることにより上質な旨味のみを引き出すとはねぇ!!」
「本題を言いなさいよ」
リビングの食卓を囲んで、私たちはプレジールさんの料理に舌鼓を打っていた。ジビエとサラダが綺麗に盛り付けらており、食欲を唆られる。現にミェルさんも本来の目的を忘れこの有様だ。
「おっと、失敬。実は君らがよろしくやってる間に身体強化の魔術の合成を試してたんだよ」
「言い方がなんかアレですけど……それで、その魔術で何を?」
よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりにもったいぶって間を空けた後、彼女は口を開く。
「ズバリだね、一時的にだが私の足の筋力を爆発的に増強することが可能になった。これにより月音ちゃん、君を抱えて最短ルートでの到達を目指すよ……月水晶の反応があった『トリステス』とかいう小国にね」
――『トリステス』。宗教国家リスルディアの下部に位置する、小規模の国家。次なる私たちの目的地となった場所。
「ただ、あくまで一時的な強化であるから休憩を挟みつつね。早ければ明日中にでも着くぞ」
「……つまりミェルさんが私をお姫様抱っことかして、森の中を走りながら向かうってことですか?」
それこそ童話にありそうな展開というか……。そもそも、転移魔術を研究していたミェルさんならワープとかで一瞬で辿り着けそうな気がするが。
「ん~、お姫様抱っこかおぶるかは君の好みに合わせるけど……原始的だがこれが一番手っ取り早いんだよ。空を飛ぶ魔術なんかもあるにはあるが、極一瞬しか使えないし」
「転移とかは?ミェルさん研究してましたよね」
「私のはあくまで『異世界転移』に比重を置いていてね、残念ながら難しい。それにご存知、転移系の魔術は贄と魔力も膨大に捻出する必要がある訳で」
結局、走るしか方法は無いみたい。
シュールな絵面になること請け負いだけど、こればっかりは仕方ない。
「想像したら少し面白いわね……ふふ」
空いた食器を片付けながら微笑するプレジールさん。私も手伝って食器群を下げていく。
「という訳で善は急げだ。月水晶の反応が消える前に出立したいから、明日中には出よう」
後ろから聞こえるミェルさんの声に、隣に居たプレジールさんが少しだけ俯いた……ように見える。さっきまでの微笑みは、いつの間にか寂しげな表情に様変わりしていた。
――そして、不意にこちらの襟を指でつまんで引っ張ってきた。
「ねぇ……月音、一晩ちょうだい……?」
「わっ、ほんとだ!照らしてみると変わりますね」
白を基調とした清潔な部屋に、所狭しと花々が飾られた、鮮やかな空間。プレジールさん自慢の「花専用部屋」に通された私は、彼女の解説を隣で聞いていた。
始めこそその圧倒的な熱量に押され気味だったが、豊富な知識量と初心者の私に合わせた適切な言葉選び、何よりその楽しげな様子に、気づけばすっかりと聞き入っていた。
「でしょう……?似てるようでちゃんと個性があってね……それから、これは――」
「プレジール!流石に篭もりすぎじゃないか?」
バンッと扉が開き、不安そうな様子でミェルさんが姿を現した。
「ちょっと……邪魔しないで欲しいのだけど」
「かれこれ2時間近く出てこなかったろ、もう夕方だぞ?月音ちゃんもほら、あんまり付き合わせちゃ悪いだろう」
「あ~、ミェルさん!私は大丈夫ですから!と言うか、お花の話を聞くの新鮮で楽しいですし」
その私の一言で、曇っていたプレジールさんの表情が柔らかくなる。
対照的にミェルさんはますます表情が翳かげって行く。
「まぁ、君が良いなら……ともかくプレジール、月音ちゃん、ちょっと話があるんだ」
「聞くけど……時間的に夕食にしながらにしましょう……構わないわよね」
「ああ、すまないね。ご馳走になるよ」
名残惜しそうに扉に向かい、ミェルさんとすれ違うようにプレジールさんは去っていく。
残ったミェルさんの「水を差して悪かったね」とでも言いたげな目に「問題ないですよ」という意味を込めたアイコンタクトで返し、私たちも部屋を後にした。
*
「おぉ、この香り高いハーブを惜しみなく使ったフレッシュかつ後味が爽やかなサラダ!野獣肉ジビエの脂っこさを計算した上で、食べ合わせることにより上質な旨味のみを引き出すとはねぇ!!」
「本題を言いなさいよ」
リビングの食卓を囲んで、私たちはプレジールさんの料理に舌鼓を打っていた。ジビエとサラダが綺麗に盛り付けらており、食欲を唆られる。現にミェルさんも本来の目的を忘れこの有様だ。
「おっと、失敬。実は君らがよろしくやってる間に身体強化の魔術の合成を試してたんだよ」
「言い方がなんかアレですけど……それで、その魔術で何を?」
よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりにもったいぶって間を空けた後、彼女は口を開く。
「ズバリだね、一時的にだが私の足の筋力を爆発的に増強することが可能になった。これにより月音ちゃん、君を抱えて最短ルートでの到達を目指すよ……月水晶の反応があった『トリステス』とかいう小国にね」
――『トリステス』。宗教国家リスルディアの下部に位置する、小規模の国家。次なる私たちの目的地となった場所。
「ただ、あくまで一時的な強化であるから休憩を挟みつつね。早ければ明日中にでも着くぞ」
「……つまりミェルさんが私をお姫様抱っことかして、森の中を走りながら向かうってことですか?」
それこそ童話にありそうな展開というか……。そもそも、転移魔術を研究していたミェルさんならワープとかで一瞬で辿り着けそうな気がするが。
「ん~、お姫様抱っこかおぶるかは君の好みに合わせるけど……原始的だがこれが一番手っ取り早いんだよ。空を飛ぶ魔術なんかもあるにはあるが、極一瞬しか使えないし」
「転移とかは?ミェルさん研究してましたよね」
「私のはあくまで『異世界転移』に比重を置いていてね、残念ながら難しい。それにご存知、転移系の魔術は贄と魔力も膨大に捻出する必要がある訳で」
結局、走るしか方法は無いみたい。
シュールな絵面になること請け負いだけど、こればっかりは仕方ない。
「想像したら少し面白いわね……ふふ」
空いた食器を片付けながら微笑するプレジールさん。私も手伝って食器群を下げていく。
「という訳で善は急げだ。月水晶の反応が消える前に出立したいから、明日中には出よう」
後ろから聞こえるミェルさんの声に、隣に居たプレジールさんが少しだけ俯いた……ように見える。さっきまでの微笑みは、いつの間にか寂しげな表情に様変わりしていた。
――そして、不意にこちらの襟を指でつまんで引っ張ってきた。
「ねぇ……月音、一晩ちょうだい……?」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
ポーション必要ですか?作るので10時間待てますか?
chocopoppo
ファンタジー
松本(35)は会社でうたた寝をした瞬間に異世界転移してしまった。
特別な才能を持っているわけでも、与えられたわけでもない彼は当然戦うことなど出来ないが、彼には持ち前の『単調作業適性』と『社会人適性』のスキル(?)があった。
第二の『社会人』人生を送るため、超資格重視社会で手に職付けようと奮闘する、自称『どこにでもいる』社会人のお話。(Image generation AI : DALL-E3 / Operator & Finisher : chocopoppo)
私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。
アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。
【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】
地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。
同じ状況の少女と共に。
そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!?
怯える少女と睨みつける私。
オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。
だったら『勝手にする』から放っておいて!
同時公開
☆カクヨム さん
✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉
タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。
そして番外編もはじめました。
相変わらず不定期です。
皆さんのおかげです。
本当にありがとうございます🙇💕
これからもよろしくお願いします。
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる