僕と女戦士さん

布施鉱平

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冒険者ギルド

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「はっ、はっ…………」

 僕はロソールの街を走っていた。

 アマンダさんと別れたあと、急いで家に帰って支度をしたんだけど、すでに時間は午前九時。
 出勤時間を二時間も過ぎてしまっていたのだ。

「はっ、はっ…………うぅ、支部長に怒られちゃうよぅ…………」

 職場の『ロソール冒険者ギルド』に向かって走る最中、頭に浮かぶのは支部長であるミリアム支部長の顔。

 元A級冒険者であるミリアム支部長は、ギルドに勤める全職員にとって尊敬の対象であると同時に恐怖の象徴でもあった。

 理不尽なことはしないし言わないが規則や規律に厳しい人で、受付の順番を抜かそうとした冒険者が素手の支部長にこてんぱんにノされ、外に放り出されている場面を何度も見ていた。

 本来『お客さん』であるはずの冒険者ですらそうなのだ。

 もし身内である職員が遅刻なんてしよう物なら…………

「…………うぅ、怖いよぅ」

 仕事に行きたくないなんて思ったのはこれが初めてだ。
 でも、行かなかったら多分もっと大変なことになる。

 だから僕は走った。
 足が遅いので駆けっこをして遊んでいる少女たちに追い抜かされたりしながらも、全力で走った。

 そして、到着した。

 恐るべき上司が待ち受けている冒険者ギルドに、着いてしまったのだ。




 ◇
 

「す、すいません! 遅れました!」

 従業員通用口から入るなり、僕は大声で謝罪し、頭を下げた。
 
 ……………………

 …………反応はない。

 恐る恐る頭を上げて周りを見てみるが…………

 僕と目のあった同僚たち全員が、そっと視線を逸らした。

 うぅぅ…………
 これは、もう、あれだよね。
 支部長が怒って、みんな怖がってるってことだよね。

 これから起こることを想像するだけで涙が出そうになる。
 でも、遅刻しておいて支部長に挨拶しないなんてことできるわけがない。

 僕は体中に注がれる同情の視線を浴びながら、支部長室の扉をノックした。

「あ、あの、リュートです。入ってもよろしいでしょうか?」
「入れ」
 
 簡潔な返答。
 とくに怒っているような声色ではないけど、それが逆に怖い。

「し、失礼します…………」

 僕はなるべく視線を上げないようにしながら、そろりと部屋に入った。
 むわっと、タバコの臭いが漂ってくる。

 あぁぁぁ、怒ってる、怒ってるよぅ…………

 支部長の怒りバロメーターは、タバコの量で分かるのだ。

 支部長の顔が見えない程度に、ちらっと視線を上げてみる。
 机の上に置かれた灰皿の上には、山盛りの吸殻が置かれていた。

 多分、三十本は吸っているだろう。

 ざぁっと音がするくらい、血の気が引いていくのを感じた。 
 これはもう、激怒しているといっていい。

 普段支部長が吸うタバコの数は一日に五本くらいだ。

 少し機嫌が悪い時はそれが八本くらいになり、さらに機嫌が悪い時は十本くらいになる。

 そしてなにか問題が発生してイライラしているときは十五本くらいに増え、明らかに怒っているときは二十本くらいになる。

 僕は支部長室の掃除係をやっているから、その辺のことに詳しいのだ。

 でも、いままで三十本も吸っているのは見たことがなかった。

「リュート、こっちに来なさい」

 支部長の言葉に、肩がびくぅっと震えた。
 
「は、はいぃ」

 情けない声を出しながら、僕はそろそろと支部長の机に近づいていく。
 そして机の前で立ち止まると、ギシッという音がして支部長が椅子から立ったのが分かった。

 カツ、カツと足音が机を回りながら近づいてきて、僕のすぐ横で止まる。

「リュート、顔を上げなさい」
「うぅ、はいぃ…………」

 言われるままに、顔を上げていく。
 
黒大河馬ブラックベヒモス】の革靴、カートン社製のビシッとした黒い高級スーツが目に入り、目の前に大きな二つの膨らみが現れる。
 そこからさらに視線を上げ、ようやく支部長の顔が見えた。

 支部長も、アマンダさんほどではないけど僕よりずっと大きい。
 見上げた支部長の顔は、いつも通り眉間に皺のよった不機嫌そうな顔だった。

「君が遅刻とは珍しいな、リュート」

 僕を見下ろしながら、支部長が呟くように言う。
 タバコのにおいがする息が、ふわっと僕の顔にかかった。

「す、すす、すいません! あの、その…………」

 色々と遅刻の理由を考えてきたはずなのに、そんなものは全て吹っ飛んでしまった。
 しどろもどろになりながらも、なんとか説明をしようとするのだが、上手く口が回らない。

「落ち着きなさい。詳しい話はあとで聞くとして…………まずは、怪我や病気ではないのだね?」
「あ、は、はい、それは大丈夫です」
「ふむ、そうか。それは良かった」

 安心した、というように、支部長が大きく鼻から息を吐いた。
 
 あれ、もしかして、心配してくれていたんだろうか?

「それで…………誰かに襲われた、とか、そういうことでもないのかね?」
「あ、それは、その…………」
「襲われたのかね!?」
「い、いえ、大丈夫です! 昨日さらわれかけたんですけど、助けてもらいましたから! …………あっ」

 とつぜん大きな声を上げる支部長に驚いて、僕は思わず昨日の出来事を口走ってしまった。

「さ、攫われかけた!? だ、大丈夫なのか!?」
「だ、大丈夫です! 大丈夫です! さっきも言いましたけど、助けてもらいましたから!」
「そ…………うむ、そうか。なら、良かった。…………で、そのへんの話をもう少し詳しく聞かせてもらおうか?」
「あの、その…………」

 もう誤魔化すこともできないので、僕は二人組の冒険者に宿に連れ込まれそうになったことや、そこをちょうど通りがかったアマンダさんに助けてもらったことなど、洗いざらい支部長に話す羽目になった。

 もちろん、そのあとアマンダさんの家にお泊りしたことは言ってない。



─────────────────────────────────

※後書きです。
 
 続きを書き始めてしまいました。
 とくに今後の展開などは考えていませんが、思いつくままに書いていこうと思います。

 

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