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第一章

約束

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 誰かの話し声がして、ゆっくりと周囲が明るくなってくる。
 うーん。なんで人の話し声がするんだろう。
 それにしてもこの布団いつもより柔らかい気がする。ほわほわだ。気持ちいい。家のベッドもこのぐらい柔らかいのにしたいなぁ。ヴィル様が買ってくれたのも柔らかいけど、これは別格だよ。

 ん? 柔らかいベッド?
 
 僕どこに寝てるの? って思ったら、急激に頭がさえてきて、パッと目を開いた。

「なにこれ」

 驚きすぎて、声が出ちゃった。

 天井から垂れている薄い布で覆われていて、どう考えても高貴な方が使うようなベッド。

 僕が起き上がるのと同時に布が開けられて、そこから顔を出したのは、会いたくてたまらなかったヴィル様。
 驚きと同時に、騎士服を着てるヴィル様に胸がきゅんとする。いつもと違って堅い感じがして男前度合いが二割増し。うう、かっこよすぎるよ。
 ヴィル様のかっこよさに密かに悶えてると、

「エル」

 心配そうな表情と声色。
 僕の頬をそっと触って、こつんと額を合わせられる。そうなるともう顔が赤くなるのは条件反射みたいなもの。
 それにしても、僕はどこにいるんだろう。

「ヴィル様、僕は…」
「倒れたの覚えてない? 契約が終わって帰ろうとしたときに倒れたって」
「倒れた…?」
「そう。大急ぎで駆け付けたんだ。大丈夫だとは分かってながらも、心配で堪らなかった」

 ヴィル様はぎゅーって僕を抱きしめてくれる。僕はいつもとは違った雰囲気のヴィル様の方が心配になって、抱きしめ返して、背中をポンポンと撫でてみた。
 肩越しにヴィル様の溜息が聞こえて、肩の力が抜けたみたいだった。
 なんだか小さい子にしているみたいで失礼かなって思ったけど、慰める方法なんてこれしか思いつかなかったよ…。

「もう…大丈夫みたいです。心配かけてすみません」

 体の怠さは治まってる。頭は少し重いけど。もしかして治癒師さんが治してくれたのかな。

 ヴィル様は僕から離れて、よかった、と顔を綻ばせた。その笑顔が本当に穏やかで、本当に優しくて、きゅんとなる。
 ああ、もう好き。好き好き。好きすぎて胸が熱くなって、何か込み上げてくる。

「ヴィルさまぁ…」

 なんだかボロボロ涙がこぼれて止まってくれない。すっごく情緒不安定だよ。自分に何が起こったかわからないぐらい。
 ヴィル様が何度も涙をぬぐってくれるけど、追い付かなくて、困り顔になってる。
 こんな顔させたくないのに、重荷になりたくないのに、好きっていう感情が溢れてきて、ヴィル様にしがみ付いてしまった。

「…すきです……ヴィルさま、すき……」

 今度はヴィル様が抱きしめ返してくれて、目元に口づけてくれる。ヴィル様の体温が心地よくて、温かくて。

 重い奴だって思われてないかな。大丈夫かな。ヴィル様の顔を見るのが怖い。
 
 俯いてたら、くいって顎を持ち上げられて、細められた瞼から覗く紫の瞳と視線が絡まる。溜息が出そうなほど透き通ってて綺麗な瞳。引き寄せられるようにして唇が重なって、僕は目を瞑った。
 
 蕩けるようなキス。
 
 このキスされると僕はヴィル様を求めて熱に浮かされてしまうんだ。この後に待ってる快楽に体の奥が疼いて仕方なくなる。もう何もかもヴィル様の虜だよ。

「エル、愛してる」

 押し倒されて、熱のこもった目で見降ろされると、もう逆らえない。その上、反応し始めてしまってる僕の大事な所に脚をグイグイ押し付けてくる凶悪なヴィル様。

「…ぁっ、や…」
「もう、欲しくなった?」

 そんなこと耳元で言わないでっ。
 腰がゾクゾクして、勝手に体が跳ねてしまう。
 もう僕がいやらしい体になってること、ヴィル様に知られてしまってるんだ。

 ここがどこなのか、あれからどのぐらい経ってるのか、疑問に思ってたことが全部どうでもよくなって、身も心もヴィル様で埋め尽くされる。
 
 ヴィル様は僕の一張羅を脱がすと、騎士服を豪快に脱いで放り投げる。露わになったバランスよく筋肉のついたしなやかな体に目が釘付けになる。
 いつももっと暗いところでしてるから、こんな明るいところで見ると僕には刺激が強すぎるよ。
 ――って言うことは僕の貧相な体も良く見えるってことだよね…。
 隠そうとするけど、ヴィル様ににっこり微笑まれて、無理でした。
 
「恥ずかしい?」
「は、はい…。明るくて、よく見えるから……」
「うん。エルの肌も良く見えるよ。うっすら赤くなってるのもちゃんと見えてる」
「もうっ、ヴィルさ……あっ…」

 するって胸からお腹にかけて撫でられるだけで、変な声が出てしまう。僕も興奮してるのかな。
 考えるのを遮るみたいに、ヴィル様が圧し掛かって来て、また深く口づけられる。
 同時に胸まで触られ始めると、もう降参。ただの飾りだったのに、今となっては無情な裏切者だよ。

 声も出せない上、ヴィル様の腕を掴んで抵抗しても、胸板を叩いても、まるっきり無意味。
 
 焼き切れそうなぐらい気持ちよくて、頭の中が真っ白になる。後は翻弄されるだけ。
  

 明るくてよく見えるなんて、言わなければよかった。
 一人でしてるところ見せてなんて無理難題を突き付けられ、たっぷり解された所に自分の指を入れさせられ、繋がってるところをわざわざ見せられ、本当になんというか……ヴィル様が悪魔に見えたよ。
 頭のねじが一本外れたのかと思うぐらいおかしくなってて、すごく興奮してたのも事実で、思い出すと顔を覆ってしまいたくなる。


「エルが可愛くてちょっと暴走しちゃった。起きたばっかりだったのに優しくできなくてごめんね」

 ううー。許してしまう自分が憎い。

「体は? 大丈夫?」
「…ダイジョウブデス」

 むしろ喉と腰以外、回復してるように感じるんだけど、なんでだろう。確かに行為で疲れてるんだけど、頭が重さもなくなってすっきりしてる。

「今夜はここに泊まればいいからね。朝までゆっくり一緒にいれるよ」
「泊まる? あ、…」

 布を退けて外を見るともう真っ暗。ヴィル様と一緒にいれるならいいか、なんて安易すぎる僕。店もしっかり戸締りしてきてるし、問題ないね。

「ここって、どこなんですか?」
「ここは俺の部屋だから気にしなくて大丈夫」
「ヴィル様の!?」
「うん」
「うわー、ここヴィル様の部屋……」

 やっぱり高貴な方…。
 このベッドも、部屋に置かれてる家具から調度品までどれも格調高いものばかり。趣味は団長さんのお屋敷とよく似てる。
 
 それにしても、ヴィル様のベッド。
 うっ、ヴィル様いつもここに寝てるってことだよね…。堪能しておこう。はぁ、僕って変態だ。

 ヴィル様の匂いがするクッションをギューッと顔を埋めて抱っこしてると、ヴィル様は忍び笑い。

「エール。本物はこっちだよ?」

 って両手を広げられたら、向かうしかないよね。クッションを置いて、ヴィル様の胸に飛び込む。やっぱり本物の香りがいい。

「エル。あのね、」

 あのね、で止まってしまったヴィル様の次の言葉を求めて僕は見上げたら、ヴィル様は今までにないぐらい真剣な表情で僕の事を見つめてくる。
 その真剣さに僕はヴィル様から身体を離して、しっかりとアメジストの瞳を見つめ返した。

「前言ってた、伴侶の事、覚えてる?」
「は、はい」
「エルに本気で考えて欲しいんだ」

 それって。

「今はちょっと立て込んでて、すぐにとは言えないんだけど、絶対に迎えに行くから待っていて欲しい」
「ヴィル様……僕……僕なんかで…」
「エル。『なんか』なんて言わないって前も言ったよ。エルがいいんだから。――エルは? 伴侶に俺は嫌?」 
「そんな! 僕……」

 ぶわって涙があふれてくる。
 いいの? 本当に僕なんかで…。

「ヴィルさまがすき、ヴィルさまとずっといっしょにいたいよ…」
「エルヴィン…愛してる。ずっと一緒にいよう」

 僕は壊れたように何度も頷くと、ヴィル様が僕の手を取って、ゆっくりと中指に何かを嵌めてくれる。
 
「…これ…」

 いつの間に僕の指の太さ測ったんだろうって思うぐらいに、ぴったりな指輪。
 二つの紫色の石とそれに挟まれるようにして灰色の石が埋め込まれている。ヴィル様と僕の瞳の色だ。
 これって、前一人で買おうとしてたから?

「受け取って欲しい。少し寂しい思いをさせるけど、これを俺だと思って、待っていてくれるかな」

 ヴィル様はゆっくりと僕に言い聞かせるように話してくれる。物柔らかい、いつものお茶目さを全く感じさせない口調で。
 それから、もう一つの色が反対になった指輪を僕の掌に乗せて、蕩けるように微笑んだ。
 
 僕はもうずっと放心状態で、つけてくれる?、と促されるまま、ヴィル様の指に同じように嵌めた。
 その途端にギュって抱き寄せられて、額にキスが降ってくる。

「エル、愛してる」
「……ヴィルさまっ、……ぼくも……っ…」

 大泣きしてる僕を膝に抱えて、泣き止むまで何度もキスして、頭を撫でてくれた。ヴィル様の目が優しくて、手が温かくて、なかなか涙か止まらなかった。

 これでもか、ってくらい顔中にキスしてくるから、最終的には笑ってしまったけど。




 翌朝、ヴィル様が家まで送ってくれた。
 家に帰ると現実に戻ったって感じだ。
 
 昨日の事が夢だったんじゃないかって思うけど、指輪が光るたびに、本当なんだなって。
 思い出すたびに胸がギューギュー締め付けられて、ヴィル様に会いたくなる。

 ヴィル様は少し忙しいみたいで、その間は会えないんだ。いつまでって決まっているわけじゃないらしくて、ちょっと不安。けど、信じて待つって決めたんだからね。

 会えないからって一人でしたりしてないよ…。してないから……。
 




 
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