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3話

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五百年ほど前のこと。
まだ今のように人間の飼育施設がなかった時代のことです。

公爵の屋敷に一人の稀血の少年が届けられてきました。王族に少女の稀血が来たということから、公爵のところに払い下げられたのです。彼は吸血鬼を前にしても凛として屈しようとはしませんでした。血も飲ませてやろうといった態度です。

公爵はその少年をいたく気に入りました。人間は吸血鬼を見ると怯えて逃げ惑います。そのような姿はもう見慣れたものでしたから、こうした変わったものに興味をそそられるのは自然なことでした。

血をやる代わりにあれが欲しいこれが欲しいと注文をつけてきます。要求されるものは安いものばかりで、公爵はそんなものならと応えてやっていました。ただ、稀血は吸血鬼を虜にするというのは本当のことで、公爵は彼の性格と稀血という魅力に徐々に惹かれていったのです。

「おまえ僕に恋をしたの? 全くもって馬鹿だね」
「こい? なんだそれは」
「へえ、長く生きててもそういうことは知らないんだ」

吸血鬼が愛や恋を知らないのは当然です。繁殖という概念が存在しないからです。
心核というものがある限り肉体を失っても再構築できますし、また人間を吸血鬼にできるため、数はいくらでも増やそうと思えば増やせるのです。

「だから『こい』とはなんだ」
「うーん、大切にしたいって思う愛情と、自分のモノにしたいっていう欲望が混ざった感情かな」
「よくわからないな」
「こういうこと」

そういって少年は公爵の体を押して寝転ばせ上に乗り上げました。そして公爵に口付けたのでした。
その日公爵と少年は肌を重ねます。少年はもともと売色を生業にしていましたから造作もないことでした。

吸血鬼も繁殖はしないにしても配下と戯れとして行うこともあります。
しかし、体を繋げながらの吸血行為は引き返せないほどの甘美な時間を二人に与えることになったのです。公爵は少年を手放したくなくなりました。これほどまでに誰にも渡したくないと思ったのは初めてのことでした。

「おまえが僕を欲しがるなら、それはきっと恋だよ」
「そうか、これが恋か」

それから公爵は少年を片時も離しませんでした。集会にも連れて行っては人間を連れてくる変わり者だと言われたこともありました。ですが、大勢の吸血鬼の中にいても全く物怖じしない少年を見て、公爵はますますのめり込んでいきました。

最初は珍しさから始まったものでしたが、それは確かに恋だったのかもしれません。

二人は沢山の時間を共有します。断崖絶壁の上に建つ屋敷のバルコニーから地平線に沈む夕日を眺めたり、少年の希望に応えて夜空を旅したりもしました。少年が青年になり、徐々に年老いて体を合わさなくなっても、二人の関係は変わりませんでした。

「僕が死んだらおまえはどうするの?」
「……吸血鬼になる気はないか」
「馬鹿言わない。一生血を飲まなきゃいけないとか不便な体になりたくないよ」
「不便? 人間には老いがある。おまえを見ているだけで辛そうだ」

年老いた彼は食事もあまり喉を通らなくなってきました。足が悪くなってから一気に体調が悪くなり、ほとんど寝たきりの毎日です。それでも公爵は甲斐甲斐しく世話を焼きました。

「辛くなんかない、これが僕の命だから。終わりがある方が命を大切に生きられる。おまえには一生わからない話だよ」
「わからない? どうしてそう思う」
「おまえには死というものがわからないだろう」
「死を知れば、おまえの気持ちがわかるのか?」
「さぁ。吸血鬼が死ねるなんて初めて聞いた」
「死ねるさ、血を飲まなければいつかは」
「へえ。ならやって見せて。死んで、天に上った僕のところに来てよ」
「わかった」

公爵はあっさりと答えました。少年は微笑みます。出会った頃から変わらない色気漂う笑みでした。

「じゃあ約束」

少年はその翌日天に召されました。

公爵はその日から血を飲むことをやめたのでした。
彼に天で会うために。自ら死に向かうために。
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