絶望と希望の在り処

珈琲きの子

文字の大きさ
上 下
3 / 10

しおりを挟む
   ◆

「バカ弟子、行くぞー」

声をかけられ、ひとっ風呂浴びて身なりを整えたラヴェルの後を追う。先程までのやり取りは綺麗さっぱり忘れている様子。いつものことだが、振り回されるこっちの身にもなって欲しいと、アレクはため息を吐いて、少し伸びた黒髪を後ろで一つに縛った。
玄関扉を開ければ、眼下に広がるのは城壁に囲まれた街とその周辺一帯の景色。崖の上にポツンと建つこの家の唯一の取り柄だ。

周りには森しかなく、家の前には落ちれば即死の断崖絶壁。必要なものがあれば眼下の街まで行かなければならず、アレクは、何が面白くてこんなところに住んでいるんだと不満を抱いていたこともあった。鍛えられた今でこそひとっ走りで着いてしまうため、そこまで不便ではなくなっているのだが、それにしても浮世離れしすぎていた。

その絶景とも言える景色を眺めながら行われるのは、訓練という名のしごき。アレクがラヴェルのところに来た時から一日も休まず続けられている習慣だ。
三年前、二晩で完全回復した自分の体を見て、とんでもなく高価な秘薬でも飲まされたのではないかと戦々恐々としていたアレクを、ラヴェルは外に連れ出した。

『なーんも知らなさそうだから、俺が一から教えてやるよ』

そう言って、一発腹を殴られたことは一生忘れないだろう。ラヴェルの一見軽く、押せば転んでしまいそうな体から放たれた想像もできない痛烈な一撃。それはアレクの腹にポッカリと風穴を空けた。
しかも、
『お前、不死身なんだよ』
と唐突に告知されれば、なおのこと。
数十分後には腹の穴が閉じており、その事実をまざまざと見せつけられたのは言うまでもない。その後、武術と魔術はもちろん、魔物に関する知識や世界の法則を叩き込まれ、今のアレクが出来上がったのだ。

「ガード遅ぇ」

死角から繰り出された蹴りに反応が遅れ、ラヴェルの爪先が頭部側面を掠める。それだけでアレクの体は吹き飛び地面に叩きつけられた。

「ってぇ……」
「ボヤッとしてんな。死にてぇのか」
「死なねぇし!」

地面と衝突した箇所よりも削ぎ取られた耳が痛い。容赦ない攻撃にふらつく半身を起こせば、追撃が飛んでくる。あからさまに頭を狙ってきた回転蹴り。アレクが間一髪腕で受け止めると、ラヴェルはその反動を利用してひらりと宙に舞ってから軽快に着地した。
衝撃でビリビリと痺れているが、初めの頃のように腕が根こそぎなくなっていたり、へしゃげたりはしていない。流石にラヴェルと対等というわけにはいかないが、アレクの成長は目覚しかった。
ラヴェルは面白くなさそうにチッと舌打ちしてすぐさま踵を返す。

「終わりだ終わり。さっさと依頼片付けるぞ」

攻撃が通らず、拗ねているらしい。アレクは恐ろしく濃い魔力を宿した小さな背中を見据えた。
助けられた恩はもちろんある。知識の幅の広さや戦闘センスを尊敬しており、戦闘時の真っ直ぐな厳しさに好意的な感情も持っている。だが、性格が捻じれに捻れまくっているのはいかがなものか。アレクが素直に師として仰げないのもその所為だ。
アレクを街で噂の《黒曜の獅子》という二つ名をもつ傭兵に育て上げたのはラヴェル自身だというのに、アレクが注目されることに不平を漏らす。思春期真っ只中だというのに恋愛も女遊びも禁止し、訓練といいながら機嫌が悪ければ本気で殺しにかかってくる。
また、両親を弔いに一度村に戻っていいかと聞いた時は、『場所わかんの?』と一言。救いようがない回答を返された。

名もなき小さな村が地図に載っているわけもない。それでも諦められず、村を探すために幾度か家を抜け出したこともあったが、その度にラヴェルは追いかけてきて強制的にアレクを連れ戻した。「お仕置き」と三日間飯抜きにされたこともある。
それ以外も挙げればきりがないほど理不尽を被ってはいたが、圧倒的な力の差に反抗する気さえ起こらなくなっていた。

「バカ弟子ー。早くしろってー」

なくなった耳が生えてきたのを触って確認していると、呑気な声がかかる。機嫌良く笑いながら大きく手を振る姿は、どこからどう見ても美少年。全人類がかかっていっても敵わないほど愛らしかった。
そう、これがラヴェルの一番たちの悪いところだ。
怒っていたとしても、その数秒後にはころっと態度が変わる。しかもこの笑顔。可愛いと綺麗が絶妙なバランスで合わさった顔で微笑まれれば何でも許してしまう。その上、うっかり恋に落ちそうになる。
アレクはこの顔に何度も騙され続けているのだ。その度にこいつは天使の皮を被った悪魔だと心の中で復唱し、平静を保つのだが。

「……マジで性格わりぃ」

そう言いつつ、本気で嫌いになれない理由をアレクはちゃんと理解していた。
ころころ変わる表情と対比するように冷めた光を宿す金色の瞳。そのちぐはぐな危うさに目が離せなかった。強引で強気で全てを悟っているようで、なのに時折ひどく純粋な表情を曝け出す。確かにそこにいるというのに、ふとした瞬間に泡となって消えてしまうんじゃないかと不安に駆られることもしばしば。傍を離れることができなくなったのは自分の方かもしれない、とアレクは思う。ただ、それもラヴェルの計算のような気もして……。

「さっぱりわかんねぇな」

ふぅと空を眺め、蹴られた拍子に解けた髪を結い直す。そして、ラヴェルが一足先に走り出した方向に足を踏み出した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺のすべてをこいつに授けると心に決めた弟子が変態だった件

おく
BL
『4年以内に弟子をとり、次代の勇者を育てよ』。 10年前に倒したはずの邪竜セス・レエナが4年後に復活するという。その邪竜を倒した竜殺しこと、俺(タカオミ・サンジョウ)は国王より命を受け弟子をとることになったのだが、その弟子は変態でした。 猫かぶってやったな、こいつ! +++ ハートフルな師弟ギャグコメディです。

鏡を鑑定したら魔王が僕にロックオン!?

ミクリ21
BL
異世界転生をした元日本人の佐久間 由奈(37)は、ウィリアム・ブラックファイア(15)になっていた。 転生チートとして鑑定スキルを持ち、浮かれて部屋の中の物を鑑定していく。 しかし鏡を鑑定すると明らかに鏡じゃない結果が出て、謎の人物が登場してしまい!?

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

君が好き過ぎてレイプした

眠りん
BL
 ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。  放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。  これはチャンスです。  目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。  どうせ恋人同士になんてなれません。  この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。  それで君への恋心は忘れます。  でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?  不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。 「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」  ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。  その時、湊也君が衝撃発言をしました。 「柚月の事……本当はずっと好きだったから」  なんと告白されたのです。  ぼくと湊也君は両思いだったのです。  このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。 ※誤字脱字があったらすみません

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

処理中です...