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駆け落ち後、後悔して元婚約者とよりを戻そうとしたが、自分だとわかって貰えなかった男の話

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「門を開けてくれ、俺だ、帰ってきたんだ。おまえの愛するザーシュだ!」

「愛した人の顔を忘れるはずがありません」

 シェリエンヌはきっぱりとそう言った。
 そうだろう、当然だ。シェリエンヌはあれだけ俺を愛していたのだから。

 俺があのクソ女に騙され、いちゃいちゃさせられていた時にも、悲しげに見ていたものだった。それでいて俺が顔を向けると、そっと視線をそらすのだから。
 あの頃は鬱陶しいと思っていたが、あれこそがシェリエンヌの健気な愛だったのだ。俺を真に愛していたのはシェリエンヌ、おまえだったんだ。

「もちろんそうだろう! さあ、中に入れてくれ。これからのことを話し合おう」
「ザーシュはもっと白い肌をしていました。濁りのない声をしていました。それに鼻はそんなに曲がっていません。あなたはザーシュとは似ても似つかない」
「……はあっ!?」

 俺は仰天した。
 馬鹿な。あの頃と比べて面変わりしたのは確かだ。しかし、少しだ。

「見損なったぞシェリエンヌ! 肌は日に焼けただけだ! ならず者に襲われ声を上げ続けたせいで喉は枯れ、鼻は殴られて少し曲がってしまった。そのくらいでこの俺を見間違うとは!」
「いいえ、それくらいで説明がつくものですか。騙そうとしたって無駄よ」
「くそっ……全部、全部あの女のせいだ。シェリエンヌ、俺はマリアに騙されたんだ。あの女に騙されて、平民以下の暮らしをさせられたんだ!」

「そこが一番おかしいわ」
「何っ?」
「誰に聞いたのか知りませんけれど、よく覚えておくことね。ザーシュはマリアさんと真実の愛で結ばれていたの」
「そ、それは間違っていたんだ!」
「たとえマリアさんが誰にでもわかるような嘘をついても、ザーシュは騙されていた。あれこそ愛よ。マリアさんがどんなあばずれでも、卑怯者でも、顔以外いいところのない女性でも、ザーシュは全て受け入れて、真実の愛を捧げたの」

 俺は一瞬、何を言われたのかわからなかった。
 マリアはたしかに嘘をついていた、俺を騙していた。だが、すべて受け入れてなどいない。いや、なぜ、なぜシェリエンヌは。

「なっ……なぜ、わかっていて止めてくれなかったんだ!」
「真実の愛を邪魔できるわけがないでしょう? ザーシュはマリアさんを愛していたの。私が何を言おうと、マリアさんをひたすら信じたわ。私が陛下と謁見していた時間に、マリアさんをいじめたなんてバレバレの嘘でもね」
「うっ、そ、それは……」
「ザーシュはマリアさんに嘘をつかれても、騙されても良かった。真実の愛だから。じゃなきゃおかしいでしょ? 幼子だって気づくわよ、あんな嘘」
「そ、そこまでではないだろうっ!?」
「本当にそう思う? マリアさんが目の前で石につまづいて転んでも、私のせいだって言ってたのよ? どう思う?」

 俺は唸った。
 考えてみれば確かにあの頃の俺は馬鹿だった。

「そ、それもこれも、マリアが、そうだ、体を使うから! あばずれが!」
「マリアさんを悪く言うザーシュなんて存在しないわ。ザーシュは真実の愛に殉じたの。それを侮辱するつもりなら、いますぐ私が消滅させてあげる」
「ひぃっ!」

 消滅ってなんだ!
 だがこちらの立場は弱い。誰とも認められていない状況で、シェリエンヌの家の門前にいる。ずらずらと集まってきた門番がうさんくさそうにこちらを見ているのだ。

 今の俺はまだ貴族なのだろうか?
 貴族が平民に何をしようと、大した罪にはならない。駆け落ちをしてから嫌というほど思い知らされてきたのだ。
 昔の俺は貴族側で、どれだけ平民をゴミと思っているのかも知っている。

「くっ、くそ!」

 それになんだ、この思い込みの強い女は!
 だめだ、こんなの説得できるわけがない。まともじゃない。他のあてを探して金をせびろうと決めて、俺は空腹によろめきながらその場を離れた。


__________________


「ということがあったのよ」
「へえ、それは大変だったね。危なくなかった?」
「大丈夫、門は開けなかったし、警備のみんなもそばにいてくれたし」
「そう。でもあんまり危ないことはしないようにね」
「……気をつけるわ」

 シェリエンヌは心配されたことが嬉しくて、少しはにかんでうなずいた。
 結婚したばかりの夫とは上手くいっている。恋愛結婚ではなかったが、お互いを優しく扱っているうちに、くすぐったいような、甘い気持ちを感じるようになってきた。

「それで、本人だったの?」
「さあ……。昔から顔も見るのも嫌だったから、正直、ろくに覚えていないのよね」

 どちらにしてもあれだけ強気に出ておけば、もうやってくることはないだろう。シェリエンヌはそれで充分である。
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