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「君との婚約を破棄したのは魅了魔法にかかっていたせい」と言われましたが、魅了……それ、わたくしもかかってみたいのですが?

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「ローゼリーナ、すまなかった」
「殿下? おやめください、王子たるあなたさまが、わたくしに頭を下げることなど」

 ローゼリーナはすぐに公爵令嬢として正しい言葉を発した。驚きはほんのわずか瞳にあるだけ。
 そういうところがつまらんのだよな、と、頭を下げながらグベルト王子は思う。

 厳しい教育を受けて育ったローゼリーナは、完璧令嬢と呼ばれている。いつでも、どこでも、正しい態度を取る淑女だ。
 グベルト王子はそこをつまらないと感じつつ、このところの失態で冷や汗をかいたあとなので、頼りになる婚約者だとも感じていた。ローゼリーナならば、めちゃくちゃなマナーでグベルトに恥をかかせることはないだろう。

 それに感情がないように見えるローゼリーナが、自分に執着していることをグベルトは知っていた。人形のような女がひとつだけ向ける熱情。悪い気はしない。

「謝らせてくれ。学園に入ってからの私はひどい態度だっただろう。君との婚約を破棄するなどという、ありえないことまで言ってしまった! それというのもアリーが、いや、ロクサル男爵令嬢が魅了の術を使ったせいなのだ」
「魅了の術?」
「そうだ。噂程度に言われていたあの魔法だが、実在していたのだ。その魔法にやられ、私はアリーに骨抜きになってしまっていた」

 グベルトは真摯な顔で語るものの、これは少し嘘だった。

(魅了といっても弱いものだけどな。相手が魅力的に見えるだけのもので、離れてしまえば効果も消える)

 だがグベルトはこれを幸い、今までの醜態をすべてアリーのせいにして、何事もなかったようにローゼリーナと再婚約、結婚するつもりだった。
 アリーを寵愛していた頃は調子に乗ってしまっていたが、ローゼリーナと結婚しなければ王太子にもなれないのだから。

「魅了……というのは、実際どのようなものなのですか?」

 そうだったのですね、魅了に侵されていただけなのですね、などと簡単にうなずいてはくれなかった。グベルトは内心舌打ちした。
 自分に恋をしていたのなら、飛びついてくるべきだろうに。

「相手が魅力的に思えて、どうしようもなくなるのだ。思い出したくもないことだが、私はアリーが愛おしくてたまらなくなっていた……」
「……」
「だがすべて魔法による偽りだ。私が思っているのは君だけなのだ」
「……」
「…………ローゼリーナ?」

 彼女は少し首をかしげたあとで、思い切ったように口を開いた。

「その、わたくしも魅了の術にかかってみたく思います」
「えっ?」
「どのようなものか、興味があるのです」

 グベルトは戸惑ったが、実際に経験してもらえば、むしろ納得させやすいかもしれない。
 それに完璧令嬢といわれるローゼリーナが、危険を犯すようなことをわざわざしようとしている。それだけグベルトを愛しているのだと考えると、良い気分になった。

「わかった。だが、危険なものだから、ほんの少しの間だけだ。すぐに宮廷魔法師に解術させよう」
「ええ、それで、構いません」

 そしてひっそりとその場は儲けられた。罪を免除され、魅了術の研究に協力させられているアリーは渋い顔をしながらも、ローゼリーナに魅了をかけた。

 ローゼリーナはたしかに、魅了という力でアリーに恋をした。
 たしかに恋を、ときめきを自分の中に感じた。
 一瞬だけのことだ。
 けれどそれで充分でだった。

 ローゼリーナは彼女らしくもなく頬を赤くし、少し早口で語った。

「ああ、長年の鬱屈が解消されました。あれこそが恋。つまり殿下に感じていたものは恋ではなく、ただの腹立たしさだったのです。皆が、それこそが恋だなんて、わたくしを騙していたのですね」

 良かった、とローゼリーナは微笑む。
 興奮した言葉がすらすらと飛び出していった。完璧令嬢と言われているが、彼女だって感情のある若い女性なのだ。

「どうしても不思議だったのです。厳しい教育を受けて育ったわたくしが、なぜ殿下なんかを好きになったのか」

 その後、ローゼリーナは正式に再婚約の申し出を断った。そしてグベルト王子は、次の王になることも、国の歴史に名を残すこともなかった。
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