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◆王女と王子◆

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「君が噂の受験生だね?」
 リリィはあっけにとられた。
 鮮やかな――本物の金をつむいで糸にしたような髪、アイスブルーの瞳、どことなく冷たく見える整った顔立ち。そして、知的で気高い響きの声。
 世の中の少女が「王子」と聞いて、百人のうち百人が思い浮かべそうな少年がそこに立っていた。

 あまりにも現実的ではなくて一瞬ぼうっと姿を眺めていたリリィは、あわててスカートの端をつまんで頭を下げた。
「ああ、礼を取らなくていい。ここでは貴族も平民もない。みなひとしくただの受験生だ」
 貴族どころか王族なのに、そんなことを言う。
 なぜか懐かしいと感じたのは、あちこちに飾られている絵姿を見たことがあるからだろうか。いま思うと、あまり似ていない。形はそのままでも、この生命力というか強さまでは写し取られていない気がした。

 リリィはローザに連れられて、食堂に来ていた。ただし、受験生でごった返す長テーブルではなく、別室に案内された。
「わたくしたち、今からもう学園に通って生徒会のお手伝いなどをしていますのよ。ですから、この部屋も何度か使っていますの」
 と、ローザが開けたドアの内側にいたのが、この少年だ。
 横にはオレンジの髪の少年もいた。
「ああ、この子がローザ様が気にかけていた女の子かぁ」
 こちらの少年も、華やかな整った容姿だった。癖のある髪は当時はまだ短く、背もそんなに高くなかったけれど、目尻の垂れた瞳や表情にはすでに年齢にそぐわない色香があった。
 リリィを見て首をかしげる。
「あれ。どっかで会ったことある?」
 リリィはあわてて首を振った。仕立ての良い服を見るまでもなく、この子はかなり高位貴族だ。平民の自分とは道ですれ違ったことすら無いだろう。
 そもそも、首都に来たのすらこの受験が初めてだ。宿では父親がやきもきして待っているはずだ。
「あら、チェリオさま。ナンパなさってるの?」
 ローザが鈴を転がしたように軽やかに笑う。
「ちっ、違いますよ! 俺はそこまで軽薄な男じゃありません!」
 焦ったような口調から、この少年のローザへの思慕が感じ取れた。……ローザはまったく気付いていなさそうだが。
 ローザはリリィをじっと見つめる。優しい微笑みの中にどこか泣きそうな雰囲気を感じた。
「冗談ですわ。リリィさんは……エドアルド殿下に似ているのです。思ったよりも、ずっと」
「えっ、僕に?」
 リリィも驚いて金の髪の王子を見つめた。
 王子も同じ表情でこちらを見つめている。
 性別の違いはある。
 髪の色も、金と銀だ。
 同い年とはいえ“双子のように”そっくりというわけではない。
 だがしかし、鏡の中にいる顔に彼はとてもよく似ていた。それは、リリィの家族の誰とも似てはいない顔立ちだった。



  ◆ ◆ ◆



 南の国境沿いにある大きな田舎街の、裕福な薬問屋の五番目の娘。自分が両親とは血がつながっていないことは、かなり早くから知っていた。
 銀色の髪と桃色の瞳など、他の家族と容姿があまり似ていないというだけではない。
 家族はリリィが養女であることを隠さなかったし、血がつながっていないのは自分だけではなく、兄弟や従姉妹たちの中にも、何人かいたからだった。
 戦災孤児が多いというのは、自分よりもあとに両親の子となった“兄”の言葉だ。

「でもお前は、本当は貴族の子なのかもしれないねぇ」
 リリィが十歳になった時。黒髪の養父はそう言うと、銀色のペンダントを渡してきた。
 胡桃ほどもない小さな品物だったけれども、繊細な細工で百合の花がデザインされていて、ところどころに本物の金色の粒が付いている。見るからに高級品なのだとわかる。
 首からかけると、ちょうど鎖骨の下あたりにトップが来る短めの銀鎖が付いていた。
 これは自分が助けられた時に、絹のおくるみの下で、首にさげられていた品なのだそうだ。地元に流れ着いた荒くれ者たちがどこからか誘拐してきていたらしい。


 目の前にいる金の髪の少年は、自分の血縁なのだろうか。まさか――王族に縁が?
 しかし、王族の赤ん坊が誘拐された事件なんてあったら、さすがに養父の耳に入るのではないだろうか。
 領主さまの手も借りてリリィの素性の手がかりを探したけれども、近隣に領地を持つ貴族たちに行方不明になった乳児の話などなく、「愛人の子どもを、本妻がさらわせたのではないだろうか」というのが両親の予想だ。
 不敬罪にもなりそうな考えが浮かんで、あわてて頭の中で打ち消す。
「似ていません。身分が違いすぎます」
 オレンジの髪の少年は肩をすくめた。
「まぁ、表情はぜんぜん違うよね。いつも肩肘を張ったエディよりも、リリィちゃんのほうがずっと素直だ」
「お前はいつもゆるみすぎだ」
 仏頂面の王子に、ほっと息を付く。ローザの言葉に動揺してしまったけれど、こうしてあらためて見るとぜんぜん似てない。確かに同じ系統の顔立ちかもしれないけれど、彼のほうがずっと高貴な雰囲気だ。こんな田舎娘と比べては気の毒だろう。
 それに、自分の故郷とこの首都は遠すぎる。田舎の荒くれ者が子どもをさらう相手としては、王家は大きすぎる。

「いけない、ごはんを食べる時間が、なくなってしまいますわ!」
 ローザが慌てたように手を打ち鳴らした。



         →次章に続く
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