クール天狗の溺愛事情

緋村燐

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一章 あやかしの里

素敵な出会い①

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 お母さんの実家であるおじいちゃんとおばあちゃんの家に引っ越してきて二日ほど。

 荷物の整理もある程度終わって余裕が出てきたわたしは午後から里の散策に出たんだ。


 仁菜ちゃんも誘ってみたけれど、丁度家の手伝いをしなきゃならないらしくて一人で行くことにしたの。

 でも、一人で他の里の人と交流を持つ自信がなかったわたしは、あまり人に会わないように歩いていた。

 そうしたらなぜか自然と山に足が向いて、そのまま軽くハイキングでも……と気軽に入っちゃったのがダメだったのかもしれない。

 慣れない山に一人で入って、わたしはすっかり迷ってしまっていたんだ。


 途中までは確かに道があったのに、心地いい山の空気に触れて自然を満喫していたらその道も見失ってしまった。

 家を出た頃はお日様もまだ高くて木々の間から木漏れ日が落ちていたけれど、そんな木漏れ日も見えなくなってきて、わたしは途方に暮れる。


「ここ、どこぉ……?」

 呟いて泣きたくなってきたとき、パシャッと水の音が聞こえた。

「……水……そうだ、川!」

 山の川はふもとに流れていくはず。

 川を下れば、少なくとも山は下りられるはずだよね?

 そう考えたわたしはわらにもすがる思いでさっき水音がした方へと足を向けたんだ。

***

 ついた場所は開けたところ。

 岩穴のようなところに小さな祠があって、その前に湧き水で出来たらしい綺麗な池があった。


 そしてその池のほとりにはとてもキレイな男の子がいたの。

 青みがかった黒髪の男の子は、深緑色のブレザーというわたしと同じ中学の制服を着ている。

 静かに水面を見つめている彼は神聖な美しさがあって……。

 どうしてこんなところにいるんだろう、なんて疑問は浮かんだそばから消えてしまった。


 多分、見惚れちゃっていたんだと思う。

 だから、もうちょっとそんなキレイな男の子を見ていたいなって……。

 そう思ったんだ。


 でも、何かがわたしの足元を通り過ぎてビックリしてしまう。

 ネズミかもしれないと思ったら「きゃあ!」と声を上げてしまっていた。


「誰だ?」

 そうなると当然男の子はわたしに気づく。

 わたしを見た彼の新緑を思わせる緑の瞳もまた、とってもキレイだった。

 透き通ったその目に見つめられただけでドキドキしてしまう。


「あ、あの……わたし……」

 のぞき見していたような感じになっちゃってたから、悪いことをしたような気分になる。

 とりあえず怪しいものじゃありませんよ! って見せるため、数歩前に進んで木々の間から出た。

 でもなんて言えばいいのか分からなくて言葉を紡げないでいると。


「誰だ? 見ない顔だな? 小学生か?」

 眉を寄せて男の子が続けざまに質問してきた。

 警戒されているのが分かってなおさらどうしようって思ったわたしは、思わず彼の《感情の球》を見る。


 本来のサトリみたいに心の声が聞こえるわけじゃないけれど、人の心を盗み見るような行為だからあまりしないようにはしているんだけど……。

 でも、対応に困ったときとかはつい見てしまうんだ。


 彼の胸の前に現れた《感情の球》は澄んだ青色をしている。

 透き通っているのに夏の空のように濃い青色の球は、黄色と黒色が交互にゆっくり点滅していた。

 やっぱりちょっと警戒されているっぽい。

 でもモヤではないから敵認定されてるわけでもないみたい。


 そのことにホッとして、やっとわたしは彼の質問に答えることが出来た。

「えっと、数日前に引っ越してきたんです。この里の北妖中学へ入学するために」

「引っ越して? ってことは里の外――人間の街に住んでたのか?」

 軽い驚きの表情。

 《感情の球》もさっきとは違った少しオレンジ色に近い黄色に光っている。

 驚きと、ちょっとした興味の色。


 少なくとももう悪意を向けられたりはしないみたいと思って、わたしは《感情の球》を見るのをやめた。

「はい。赤ちゃんのときにお母さんと外に出て、最近戻ってきた感じです」

「ああ、だから見た事がないのか……。でも、子どものうちから人間の街にいて大丈夫だったのか? つい力を使ってしまったりとかしたんじゃないか?」

 表情があまり変わらないから良く分からなかったけれど、思ったより興味を持たれていたみたい。

 続けてされた質問に戸惑いつつも、わたしは答えた。


「あ、はい。わたし力の弱いサトリなので……。心の声を聞くことも出来ないし、せいぜいが感情の変化が分かるくらいで……」

 そこまで話すと、さっきつい見てしまった彼の《感情の球》のことを思い出す。

 無断で見られるのは、やっぱり気分がよくないよね……。

 見たことを話さなければバレることはないと分かっているけれど、後ろめたい気分になってしまう。

 それに、あんなにキレイな色の球を持っているこの人には誠実でありたいなって思った。


「あ、あの……ごめんなさい!」

「なんだ、突然?」

「さっき、あなたの感情を読み取っちゃったので……」

 告白しつつも、悪意があって見ようとしたわけじゃない事だけは話す。

 警戒されていたから、どうすればいいか分からなくてつい読み取ってしまった、と。


「なんだ、別にそれくらい……表情とかでもある程度分かることだろ? って言うか、わざわざ言うとか……」

 呆れた様な眼差しを向けられて「うっ」と言葉に詰まる。

 バカ正直とか思われてるのかな?

 と、ちょっと悲しくなって視線を下に落とそうとしたときだった。


「ひゃあ!?」

 またしても足元を何かが通り過ぎていく。

 それだけじゃなく、その何かはそのままわたしの足を登って来ている様だった。


「きっ、きゃあああ!」

 何!? やっぱりネズミ!? やだぁ!


 テンパったわたしは半泣き状態で思わず目の前の男の子に突進してしまった。

「お、おい?」

「な、何かがっ、あ、足を上ってきてっ!」

「何かって……ああ、こいつは」

「と、取ってくださいぃー!」

 半泣きどころか本当に泣きそうになりながらうったえると、また呆れた声で「落ち着け」と言われてしまう。


「落ち着いてちゃんと見ろ。怖いものじゃないから」

「へ?」

 ポンポンと肩を叩かれてそう言われ、膝のあたりまで登ってきていた“それ”を恐る恐る見た。


「キー!」

「……毛玉?」

 真っ白い手のひらサイズの毛玉。

 つぶらな2つの目が可愛らしい。

 何かの動物のようにも見えるけれど、手足があるようには見えないし、口もあるのかどうかよくわからない。

 でも、確かに怖いものじゃなさそう。


「木霊だよ。これもあやかしだけど、精霊に近いタイプなんだ」

「この子もあやかしなんですか……」

 片手に乗せながら感心したところでハッとする。

 そういえばわたし、テンパっていたからって初対面の男の子に抱き着いてっ!?

 思わず顔を上げるとすぐ近くに整った顔がある。


「はわっ! す、すみません!」

 そうして慌てて離れようとすると、今度は池の方に足を踏み外してしまう。

「あ、あわわわ!」

 手を伸ばすけれど掴めるものなんかなくて、びしょぬれになる覚悟を決めて目を閉じる。

 でも、落ちる前に伸ばした手を彼が掴んでくれた。

「お前、危なっかしいなぁ……」

 また呆れられてしまう。

「すみません……」

 助けられて謝ると、手のひらに乗っていた木霊がスルスルと上ってきてわたしの肩に乗る。

 大丈夫? とでも言うかのように頬をスリスリされて可愛いなぁと思った。


「キミも巻き込むところだったよね。ごめんね?」

 そう言いながらわたしもスリスリと返していると、「かわいいな」って声が落ちてきた。

 木霊のことかと思って顔を上げると、優しく微笑んでいる彼と目が合う。


「っ!」

 ただでさえキレイな顔をしていてカッコイイ男の子。

 あまり表情が変わらないと思っていたのに、突然そんな笑みを向けられて心臓がドキッと跳ねた。


「お前、名前は?」

 聞かれて、まだ名乗ってすらいないことに気づく。

「あ、瀬里せり美沙都です」

「瀬里、な。俺は滝柳風雅。北妖中学の二年になるから、お前の先輩になる」

「あ、じゃあ滝やにゃぎせんぱっ……」

 普通に「滝柳先輩ですね」って言いたかったのに、噛んでしまった。


「っく」

 わ、笑われたぁ……。

 一気に恥ずかしくなって視線を足元に向けると、頭をポンッと軽くたたかれてドキリとする。


「呼びにくいなら風雅でいいぞ?」

「た、たまたまです。ちゃんと呼べます!」

 そう宣言したのに、また頭をポンポンと叩かれて「いいから」と笑われる。


「俺も美沙都って呼ぶから」

 そこまで言われたら名前で呼ばないわけにはいかなくて、呼んでみた。

「じゃあ……風雅先輩、ですね?」

「ああ、美沙都」

「っ!」

 さっきと同じ笑顔と、名前呼びのダブルコンボは心臓が爆発しそうなほどの衝撃だった。


 バクバクって鳴って、顔が熱くなる。

 赤くなる顔を見られたくなくて顔を下に向けると、頭を撫でて「可愛いな」ってまた言われた。

 でも、その撫で方が何だか犬や猫を撫でているようにも思えて……。


 ……わたし、小動物扱いされてる?

 そう思うと少しだけドキドキが収まった。


 でもそうだよね。

 こんなカッコイイ人がわたしみたいな普通の子を女の子として可愛いって思うわけがないし。

 小動物みたいに可愛がられているっていう方が納得できる。

 そうしてわたしのドキドキも落ち着いたころ、風雅先輩も撫でるのをやめた。


「まあ、とりあえず。そっちに座って話聞かせてくれよ。人間の街ってどんな感じなんだ? 美紗都はどんな風に暮らしてたんだ?」

 よっぽど珍しいのか、興味があるのか。

 風雅先輩はそう言って座れそうな場所を指差す。


 わたしは助けてくれたお礼も兼ねて、聞かれるままに答えていった。

***

「そういえば美沙都はどうしてこんなところに来たんだ? 里のあやかしも滅多に来ない場所なのに」

「あ、その……」

 空が少し橙色に染まってきたころ、そう改めて聞かれてわたしは口ごもる。


「えと、迷っちゃって……」

 絶対また呆れられると思いながら口にすると、風雅先輩はため息をつきつつも仕方ないなって感じで笑っていた。

 何だかなおさら小動物とか、小さい子ども扱いされている様な気がしてくる。

 でも、気に入られた感じはするのでそこまで悪い気分でもなかった。


「そういえば引っ越して来たばかりだったな。いいよ、俺が送ってやる」

「いいんですか?」

 聞きながらも助かったと思った。

 一人で帰れなんて言われたらまた迷うに決まってるから。

 まあ、優しい風雅先輩がそんな事言うとは思わないけれど。

 そうして二人で立ち上がって、歩いて行くのかと思っていたんだけど……。

「ちょっと待ってろ」

 そう言った風雅先輩はわたしから少し離れて軽く息を吸った。

 そのまま「んっ」と全身に力を込めたかと思ったら、次の瞬間には彼の背中からバサァと黒い翼が生える。

 わたしは声も出せずにポカンとその翼を見ていた。


 人間の街からこの里に引っ越してきて、はじめて人間とは違う部分を目の当たりにしてただただ驚いた。


 お母さんも、おじいちゃんおばあちゃんもサトリだから見た目は人間と全く変わりない。

 お隣の仁菜ちゃんの家は猫又で、興奮したときとかは猫耳としっぽが生えるらしいけれど今のところ見たことがない。

 だからここがあやかしの里だと分かってはいても、実感したのは今この瞬間が初めてだったんだ。


「ん? ああ。そういえば言ってなかったな。俺はカラス天狗のあやかしなんだ」

「カラス……天狗……」

 繰り返しながら納得した。

 つややかに青みがかった黒い羽根は、確かにカラスの羽みたい。

 ……そういえば、風雅先輩みたいな綺麗な黒髪のことをカラスの濡れ羽色って言うんだっけ?

 なんて思った。


「さ、行くぞ」


 ぼーっとして見つめていると、またわたしの近くに来た風雅先輩がそう言ってわたしを抱きかかえる。


「え?」

 突然のことに頭が追い付かない。

 わたし、風雅先輩にお姫様抱っこされてる?


「……えぇ!?」

 理解出来ても、なんでこんなことになっているのかが分からない。

「しっかりつかまってろよ?」

 わたしが戸惑っている間にもそう言って体に力を入れた風雅先輩は、翼をはばたかせて地を蹴った。

「っ!?」


 風圧でずっとわたしの肩に乗っていた木霊が転げ落ちそうになって、慌てて受け止める。

 そのまま片手で木霊を抱いて、もう片方の手で風雅先輩のブレザーをギュッと掴む。

 上からの風圧がなくなると、バサッバサッという翼の音と強い風の音がする。
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