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一章 メイクオタク地味子
ヒミツ①
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水飲み場でハンカチを濡らして、近くのベンチに座らせた日高くんのところに行く。
メガネを外していた彼は私を見上げてこう言った。
「倉木って、思ったより積極的だったんだな」
「ん? 何が?」
本当に何のことを言われているのか分からなくてキョトンとする。
「ここに連れて来る時の事だよ。結構強引に俺を引っ張って来ただろ?」
「ああ、それの事……」
確かに思い返せば強引だったと思う。
「そうだけど……でも仕方ないじゃない。口止めは必要だったし、それに手当てしたいのも本当だったから」
そう言って、私は日高くんの口元の傷にハンカチを当てる。
日高くんは軽く眉を寄せたけど、そのまま手当を受けてくれた。
「それにしても、やっぱりそっちが素の口調だったんだね」
普段の口調もそこまで丁寧ってわけではなかったけれど、明らかに違う。
だいたい私の呼び方倉木さんから倉木になってるし。
「ん? ああ、まあな。お前にはバレたし、無理する必要もねぇだろ」
「まあ、そうなんだけど」
話しながらハンカチをバッグに戻し、いつも持ち歩いているポーチを取り出した。
その中から小さな容器に入れているハーブチンキの軟膏を取り出す。
ハーブチンキはドライハーブをアルコールにつけたもので、化粧水や傷薬にもなる。
お母さんが庭に植えたペパーミントが凄いことになって、何か消費する方法を探していたらネットで見つけた方法だ。
お酒を使うからその辺りはお母さんに作ってもらって、それを軟膏や化粧水にするのを私がやっている。
色々使えるから、ポーチに入れていつも持ち歩いてるんだ。
これは保湿クリームみたいな感じで作ったけれど、殺菌効果もあるペパーミントのハーブチンキだから丁度良いよね。
「はい、薬塗るから動かないでね」
「別にこの程度のケガにそこまでしなくても。ほっといても治るだろ」
「ダメ」
テキトーなことを言う日高くんの言葉を私は即座に却下する。
「洗ったからよほどのことがない限り化膿はしないだろうけど、ちゃんと消毒はしておくべきだし痕が残らないようにケアしないと」
「お、おう」
私の主張に押されて、日高くんは黙って塗らせてくれた。
すると荒れていた唇も気になったので、この軟膏をついでに塗ればいいよねと思う。
「これ保湿効果もあるから、唇にも塗っていい?」
断られるとは思わず普通に聞いた。
「は? ちょ、待て待て!」
そのまま塗ろうと思ったのに突然離れられてしまう。
「ちょっと、動かないでよ」
「傷の手当てだけだろ? 何で口にも塗るんだよ?」
「だって日高くんの唇カッサカサなんだもん!」
軽く睨んで主張する。
髪や肌は今すぐどうこう出来ないけれど、唇はこの軟膏で保湿が出来る。
もうぶっちゃけてしまったし、やりたいことはやってしまいたい。
私は開き直っていた。
私の主張にはぁ~と溜息を吐いた日高くんは手のひらを差し出してくる。
「分かったよ。自分で塗るからそれ貸せ」
軟膏を渡すと、付け慣れていないのかぎこちなく塗って返してくれた。
「それにしても、お前本当におかしいな。美容? そういうのに関しては状況も無視して突っ走るとか」
状況までは無視しているつもりがないからちょっとムッとしたけれど、突っ走っちゃってる気はするので言い返せない。
「理由は分かんねぇけど、お前が口止めしたいのってこういうとこ? 意味分かんねぇんだけど?」
まあ、メイクとか美容関係が好き……って言うかほぼオタクだけど、そういう事を隠す理由なんて普通あまり無いよね。
はたから見ればそう思うのは当然だという事は分かってる。
でも、私本当に止まらなくなっちゃうからなぁ。
理解して貰えるかは分からなかったけれど、私は日高くんに事情を話した。
「……ふーん。聞いても理解は出来ねぇけど……。まあ、メイク好きなのを黙ってて貰いたいって事だろ?」
「まあ、そういう事」
やっぱり理解は得られなかったけれど、口止めは成功しているみたいだから良しとしよう。
「日高くんは何を秘密にして欲しいの? 不良だってこと?」
お互いに秘密にして欲しい事があるなら、それを交換条件にすれば良い。
私のメイク好きを秘密にする代わりに、日高くんの知られたく無い事も秘密にする。
だから日高くんが秘密にしたい事もちゃんと把握しておきたい。
「まあ、そうなんだけどな……。より具体的に言うと、中学の頃の俺が火燕って言う暴走族の総長だったって事を黙っててくれ」
「……は?」
「だから、火燕の元総長だってのを黙っててくれっつってんだよ」
信じられなくて聞き返したら、同じ言葉が返って来た。
ただの不良じゃ無くて?
「暴走族の総長?」
「ああ」
更に確認の様に聞くと、肯定の返事。
聞き間違いじゃ無いのか。
ただの不良じゃ無くて暴走族。
しかも中学生で総長とか。
火燕って名前は聞いた事がない。
まあ、暴走族だとか自分には関係無いと思っていたから気にした事も無いんだけど。
でも聞いたことが無いからって嘘だとも思えない。
秘密にして欲しいっていうのに、わざわざ嘘をつく必要性を感じない。
何より、さっきはかなりケンカ慣れしている様に見えた。
「……うん、分かった。とりあえずそれを黙っていればいいのね」
「ああ」
話がついてホッと安堵する日高くん。
そんな彼に私は続けて聞いた。
「じゃあ、どうして地味な格好してるの?」
「……え?」
実は私にとってはこっちの方が重要だった。
「火燕なんて聞いたことないくらいだから、この辺のグループじゃ無いんでしょう? バレないためにわざわざ離れた高校に入学したんじゃ無いの? それなら別に地味な格好までしなくていいんじゃ無いの?」
予測を含めて立て続けに聞く。
日高くんは頬を引きつらせていたけれど、私が一番気になっているのはそれなんだもの。
地味男じゃなくても良いなら、私がメイクオタクだってバレちゃったしメイクさせてもらえるんじゃないかなって打算があった。
「……いや、まあ。火燕が主に活動してたのは隣の県だったし、知らないのは分かるけどよ……」
この辺りは隣の県との境になっているから近いと言えば近い。
でもやっぱり県をまたぐと、暴走族みたいな情報なんかは入ってこない。
「バレないために遠くの高校に来たってのもあってる。でも地味な格好をしてんのはまた別の理由だよ」
日高くんは面倒そうに深く溜息を吐いた。
「俺ケンカばっかしてきたからな、普通の学生がどんなふうに生活してんのかサッパリ分かんなかったんだよ。だから地味男になって他とあまり関わんなきゃ面倒なことにはなんねぇだろうなって思ってよ」
「……はあ、まあ、分からなくはない……かな?」
確かに地味男なら女子も積極的には関わって来ないだろうし、男子もほどほどの付き合いに留めるかも知れない。
増して同じ中学の知り合いとかいない状態なら、仲の良い友達とかも出来づらいだろうし。
「だから、俺が本当は地味男じゃねぇってことも黙っててくれよ?」
その言葉に、私は分かったと言おうとして止めた。
……待って、ここで分かったって言ったらそれでこの話し合いは終わりになっちゃうよね?
地味男じゃないってことも秘密にしてほしいって言うなら、メイクしてもっとカッコよくなるのは望まないってことだよね?
ということはこのままいくとメイクさせてもらえないってことだ。
「……おい、黙ってろよ?」
私がなかなか返事をしないため、ちょっと強めに繰り返す日高くん。
私は今、究極の選択をしている気分だった。
秘密を守ると言ってこの話を穏便に終わらせるか。
それか日高くんが怒るかも知れないけれど、交換条件を出すか。
普段の私なら前者を選んだ。
でも、日高くんの整った顔を見て……。
それなのに残念なほどに肌や髪が荒れているのを見て……。
メイクしたいという欲求がもはや突き抜けていた。
「……本当は地味男じゃないって、黙っててあげるから……その代わりにメイクさせて!」
「は?」
メガネを外していた彼は私を見上げてこう言った。
「倉木って、思ったより積極的だったんだな」
「ん? 何が?」
本当に何のことを言われているのか分からなくてキョトンとする。
「ここに連れて来る時の事だよ。結構強引に俺を引っ張って来ただろ?」
「ああ、それの事……」
確かに思い返せば強引だったと思う。
「そうだけど……でも仕方ないじゃない。口止めは必要だったし、それに手当てしたいのも本当だったから」
そう言って、私は日高くんの口元の傷にハンカチを当てる。
日高くんは軽く眉を寄せたけど、そのまま手当を受けてくれた。
「それにしても、やっぱりそっちが素の口調だったんだね」
普段の口調もそこまで丁寧ってわけではなかったけれど、明らかに違う。
だいたい私の呼び方倉木さんから倉木になってるし。
「ん? ああ、まあな。お前にはバレたし、無理する必要もねぇだろ」
「まあ、そうなんだけど」
話しながらハンカチをバッグに戻し、いつも持ち歩いているポーチを取り出した。
その中から小さな容器に入れているハーブチンキの軟膏を取り出す。
ハーブチンキはドライハーブをアルコールにつけたもので、化粧水や傷薬にもなる。
お母さんが庭に植えたペパーミントが凄いことになって、何か消費する方法を探していたらネットで見つけた方法だ。
お酒を使うからその辺りはお母さんに作ってもらって、それを軟膏や化粧水にするのを私がやっている。
色々使えるから、ポーチに入れていつも持ち歩いてるんだ。
これは保湿クリームみたいな感じで作ったけれど、殺菌効果もあるペパーミントのハーブチンキだから丁度良いよね。
「はい、薬塗るから動かないでね」
「別にこの程度のケガにそこまでしなくても。ほっといても治るだろ」
「ダメ」
テキトーなことを言う日高くんの言葉を私は即座に却下する。
「洗ったからよほどのことがない限り化膿はしないだろうけど、ちゃんと消毒はしておくべきだし痕が残らないようにケアしないと」
「お、おう」
私の主張に押されて、日高くんは黙って塗らせてくれた。
すると荒れていた唇も気になったので、この軟膏をついでに塗ればいいよねと思う。
「これ保湿効果もあるから、唇にも塗っていい?」
断られるとは思わず普通に聞いた。
「は? ちょ、待て待て!」
そのまま塗ろうと思ったのに突然離れられてしまう。
「ちょっと、動かないでよ」
「傷の手当てだけだろ? 何で口にも塗るんだよ?」
「だって日高くんの唇カッサカサなんだもん!」
軽く睨んで主張する。
髪や肌は今すぐどうこう出来ないけれど、唇はこの軟膏で保湿が出来る。
もうぶっちゃけてしまったし、やりたいことはやってしまいたい。
私は開き直っていた。
私の主張にはぁ~と溜息を吐いた日高くんは手のひらを差し出してくる。
「分かったよ。自分で塗るからそれ貸せ」
軟膏を渡すと、付け慣れていないのかぎこちなく塗って返してくれた。
「それにしても、お前本当におかしいな。美容? そういうのに関しては状況も無視して突っ走るとか」
状況までは無視しているつもりがないからちょっとムッとしたけれど、突っ走っちゃってる気はするので言い返せない。
「理由は分かんねぇけど、お前が口止めしたいのってこういうとこ? 意味分かんねぇんだけど?」
まあ、メイクとか美容関係が好き……って言うかほぼオタクだけど、そういう事を隠す理由なんて普通あまり無いよね。
はたから見ればそう思うのは当然だという事は分かってる。
でも、私本当に止まらなくなっちゃうからなぁ。
理解して貰えるかは分からなかったけれど、私は日高くんに事情を話した。
「……ふーん。聞いても理解は出来ねぇけど……。まあ、メイク好きなのを黙ってて貰いたいって事だろ?」
「まあ、そういう事」
やっぱり理解は得られなかったけれど、口止めは成功しているみたいだから良しとしよう。
「日高くんは何を秘密にして欲しいの? 不良だってこと?」
お互いに秘密にして欲しい事があるなら、それを交換条件にすれば良い。
私のメイク好きを秘密にする代わりに、日高くんの知られたく無い事も秘密にする。
だから日高くんが秘密にしたい事もちゃんと把握しておきたい。
「まあ、そうなんだけどな……。より具体的に言うと、中学の頃の俺が火燕って言う暴走族の総長だったって事を黙っててくれ」
「……は?」
「だから、火燕の元総長だってのを黙っててくれっつってんだよ」
信じられなくて聞き返したら、同じ言葉が返って来た。
ただの不良じゃ無くて?
「暴走族の総長?」
「ああ」
更に確認の様に聞くと、肯定の返事。
聞き間違いじゃ無いのか。
ただの不良じゃ無くて暴走族。
しかも中学生で総長とか。
火燕って名前は聞いた事がない。
まあ、暴走族だとか自分には関係無いと思っていたから気にした事も無いんだけど。
でも聞いたことが無いからって嘘だとも思えない。
秘密にして欲しいっていうのに、わざわざ嘘をつく必要性を感じない。
何より、さっきはかなりケンカ慣れしている様に見えた。
「……うん、分かった。とりあえずそれを黙っていればいいのね」
「ああ」
話がついてホッと安堵する日高くん。
そんな彼に私は続けて聞いた。
「じゃあ、どうして地味な格好してるの?」
「……え?」
実は私にとってはこっちの方が重要だった。
「火燕なんて聞いたことないくらいだから、この辺のグループじゃ無いんでしょう? バレないためにわざわざ離れた高校に入学したんじゃ無いの? それなら別に地味な格好までしなくていいんじゃ無いの?」
予測を含めて立て続けに聞く。
日高くんは頬を引きつらせていたけれど、私が一番気になっているのはそれなんだもの。
地味男じゃなくても良いなら、私がメイクオタクだってバレちゃったしメイクさせてもらえるんじゃないかなって打算があった。
「……いや、まあ。火燕が主に活動してたのは隣の県だったし、知らないのは分かるけどよ……」
この辺りは隣の県との境になっているから近いと言えば近い。
でもやっぱり県をまたぐと、暴走族みたいな情報なんかは入ってこない。
「バレないために遠くの高校に来たってのもあってる。でも地味な格好をしてんのはまた別の理由だよ」
日高くんは面倒そうに深く溜息を吐いた。
「俺ケンカばっかしてきたからな、普通の学生がどんなふうに生活してんのかサッパリ分かんなかったんだよ。だから地味男になって他とあまり関わんなきゃ面倒なことにはなんねぇだろうなって思ってよ」
「……はあ、まあ、分からなくはない……かな?」
確かに地味男なら女子も積極的には関わって来ないだろうし、男子もほどほどの付き合いに留めるかも知れない。
増して同じ中学の知り合いとかいない状態なら、仲の良い友達とかも出来づらいだろうし。
「だから、俺が本当は地味男じゃねぇってことも黙っててくれよ?」
その言葉に、私は分かったと言おうとして止めた。
……待って、ここで分かったって言ったらそれでこの話し合いは終わりになっちゃうよね?
地味男じゃないってことも秘密にしてほしいって言うなら、メイクしてもっとカッコよくなるのは望まないってことだよね?
ということはこのままいくとメイクさせてもらえないってことだ。
「……おい、黙ってろよ?」
私がなかなか返事をしないため、ちょっと強めに繰り返す日高くん。
私は今、究極の選択をしている気分だった。
秘密を守ると言ってこの話を穏便に終わらせるか。
それか日高くんが怒るかも知れないけれど、交換条件を出すか。
普段の私なら前者を選んだ。
でも、日高くんの整った顔を見て……。
それなのに残念なほどに肌や髪が荒れているのを見て……。
メイクしたいという欲求がもはや突き抜けていた。
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