地味男はイケメン元総長

緋村燐

文字の大きさ
上 下
7 / 44
一章 メイクオタク地味子

お化け屋敷②

しおりを挟む
「噂を聞かなくなったと思ったら、そんな地味な格好で身を隠してたなんてなぁ」
 そう言って、お兄さんは何かを取り出した。
 カチカチと音がして何かが伸びるのを見て、カッターだと分かる。

 ……何? どうしてカッターなんて……。
 見た感じ百均でも買えるような、文具としてのカッターみたいだから危険性は少ない。
 でもこの状況で刃物を出してくるとか不穏でしかない。

「アニキのかたき、ここで取らせてもらうぜ!」
 お兄さんはそう言ってカッターを振り上げてこっちに向かってきた。

 ドンッ

 と、私は日高くんに押される。
 たたらを踏んで、壁際で尻もちをつく。
 巻き込まれないようにと押したんだろうけれど、いきなり過ぎてビックリする。

 日高くんの方を見ると、丁度カッターが顔の近くを通り過ぎるところだった。
 ちゃんと避けてはいるみたいだったけれど、少しは当たってるかも知れない。
 人生で初めて遭遇する暴力的なシーンに、ドクドクと血流が早くなる。

 これは、どうすれば。
 ううん、この場合私は何もせずに大人しくしておいた方がいいんだよね。多分。

 お兄さんの目標は日高くんだけだ。
 どうなるとしても、私に危害がおよぶことは無い。
 とは言え、明らかに日高くんが襲われている状況。
 出来ることなら助けたい。
 でもどうすれば……。

「お前のせいでアニキはバイクで事故って刑務所行きになったんだ! 責任とれ!」
 そう言ってお兄さんはカッターを振り回す。

 何言ってるの?
 日高くんのせいってどういうこと?

 言葉の内容にも混乱する。
 でも、日高くんはそれを鼻で笑った。

「ああ、思い出した。お前西村にしむらの舎弟か」
 余裕でお兄さんの攻撃を避けながら話す日高くん。
「あれは完全に自業自得だろ。生意気だってケンカ吹っかけてきて、負けたからってバイクで逃げてった時に事故ったんだろ? しかも飲酒してたとか。被害者が軽いケガで済んで良かったよ」
「うっせぇ! 何にしたってお前のせいなんだよ!」
 日高くんの話をお兄さんは否定しない。
 という事は日高くんの言っていることは間違っていないんだろう。
 完全なる逆恨みだ。

 でもそれより、日高くんがケンカ?
 そんな事とは縁がなさそうな人だと思っていたのに……。
 でも今目の前で繰り広げられているものはまさにケンカで、しかも日高くんの方は余裕がある。

「ったく……人が頑張って地味ーに過ごしてたってのに。てめぇのせいで一人バレちまったじゃねぇか」
 そう言って似合わないメガネを取って私の方に放り投げる。
 慌てて受け止めたけど……。
 持ってろってこと?
 なんだか使われてる感じで微妙に不満。
 睨みつけるけど、日高くんはこっちを見ていなかった。
 視界を広げるためか、長めの髪をかき上げている。
 初めてまともに日高くんの顔を見た私は、息を呑んだ。

 凛々りりしい眉に、均整のとれた目。
 高過ぎず低すぎない鼻は形も良い。
 輪郭りんかくも整っていて、唇には妖艶ようえんさまで感じる。

 その口元には少し赤いものが見える。
 やっぱり最初の攻撃で少し切られていたんだ。

 美形って、こんな顔の人のことを言うんだろうと思った。
 イケメンって一言で言っても、人には好みがあるしそう思わないって人もいるだろう。
 でも日高くんの顔は十人中十人がカッコイイって言うと確信できる。
 いや、もしかしたら百人中百人でも言うかもしれない。
 それくらいのイケメン。

 何で地味男なんてしてるんだろう?
 事情がありそうな言い方してたけど……。

「てめぇの事情なんか知るか! その嫌なくらい整った顔に傷でも残さねぇと気がすまねぇんだよ!」
 八つ当たり発言をしながら、お兄さんが日高くんの顔めがけてカッターを振り下ろす。
「あ――」
 危ない! と叫ぼうとしたけれど、日高くんは余裕でカッターを持っている腕を掴みひねりあげた。
「うっくっ、あぁ……」
 手に力が入らなくなったのか、お兄さんはカッターを落とす。
 カッターが落ちたと思ったら、日高くんはお兄さんの腹に一発拳を入れた。
「っ! ぐっはっ!」
 かなり強い一発だったのか、お兄さんはそのままうずくまって倒れてしまう。
「ぐうぅ……」
 と唸っていて、しばらく動けそうにないみたいだ。

 取りあえずの危機は脱したみたいだけど、ドクドクと早い血流はまだ収まりそうにない。
 何が起こったのか、展開が早くて頭が追いつけない。
 スタッフのお兄さんが八つ当たりで刃物持ち出して来て。
 地味男だと思った日高くんはイケメンで。
 ケンカが強くて……。

 思い返してもどうなっているのかよく分からない。
 混乱しながらもずっと日高くんを見ていたら、こちらを見た彼と目が合う。
 探る様な……いや違う。
 獲物を逃がさないように観察している目だ。
 逃げようとしたらその瞬間食らいついて来る様な、そんな肉食獣の様な目。
 私は蛇に睨まれたカエル状態で動けなかった。
 身構えて、ただ日高くんが近付いて来るのを待つことしか出来ない。

 唇近くの傷から流れた血を指で拭う。
 あやしく、あでやかささえも感じる仕草にクラクラした。
「なぁ……俺の秘密、知っちゃった?」
 近付いて目の前でしゃがんだ日高くんは、口調をわずかにいつものものに戻してそう言った。
 肉食獣の目はそのままで、弧を描いた口元に視線が釘付けになる。

「俺とヒミツの関係、なってよ?」

 甘く誘惑するようなその言葉に、私は……。
 ……私は……。

「すっごくもったいない!!」

 思わずそう叫んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。

山法師
青春
 四月も半ばの日の放課後のこと。  高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

【完結】眠り姫は夜を彷徨う

龍野ゆうき
青春
夜を支配する多数のグループが存在する治安の悪い街に、ふらりと現れる『掃除屋』の異名を持つ人物。悪行を阻止するその人物の正体は、実は『夢遊病』を患う少女だった?! 今夜も少女は己の知らぬところで夜な夜な街へと繰り出す。悪を殲滅する為に…

夏休み、隣の席の可愛いオバケと恋をしました。

みっちゃん
青春
『俺の隣の席はいつも空いている。』 俺、九重大地の左隣の席は本格的に夏休みが始まる今日この日まで埋まることは無かった。 しかしある日、授業中に居眠りして目を覚ますと隣の席に女の子が座っていた。 「私、、オバケだもん!」 出会って直ぐにそんなことを言っている彼女の勢いに乗せられて友達となってしまった俺の夏休みは色濃いものとなっていく。 信じること、友達の大切さ、昔の事で出来なかったことが彼女の影響で出来るようになるのか。 ちょっぴり早い夏の思い出を一緒に作っていく。

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

亡き少女のためのベルガマスク

二階堂シア
青春
春若 杏梨(はるわか あんり)は聖ヴェリーヌ高等学校音楽科ピアノ専攻の1年生。 彼女はある日を境に、人前でピアノが弾けなくなってしまった。 風紀の厳しい高校で、髪を金色に染めて校則を破る杏梨は、クラスでも浮いている存在だ。 何度注意しても全く聞き入れる様子のない杏梨に業を煮やした教師は、彼女に『一ヶ月礼拝堂で祈りを捧げる』よう反省を促す。 仕方なく訪れた礼拝堂の告解室には、謎の男がいて……? 互いに顔は見ずに会話を交わすだけの、一ヶ月限定の不思議な関係が始まる。 これは、彼女の『再生』と彼の『贖罪』の物語。

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

処理中です...