異世界タイムスリップ

緋村燐

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異界を渡るマレビト

禁忌の回復魔法②

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 ドスッと音が聞こえて、おかしいなって思う。
 今のが魔物が私に当たった音なら、私はされてるはずだ。
 なのに痛みがない。

 どうして?って疑問に思いながら目を開けると、信じられない光景があった。

 目の前には護り手の服の青い色。
 その一部がじわじわと黒っぽいもので染められて行く。

 マーガレットさんじゃない、男の背中。

「ぐ、うぅっ……」

 痛みにうめく声に、まちがいであって欲しいと願わずにはいられない。

「アキラ、先輩っ……!?」

 魔物にされてケガをしたのは、私じゃなくて私を守ってくれたアキラ先輩だった。


「ぅおおおぉぉ!」

 すぐにたけびを上げながら傭兵ようへいと思われる人がアキラ先輩をしている魔物にけんをふりかざす。
 アキラ先輩の背中にかくれて見えなかったけれど、けんはしっかり魔物に当たったらしい。
 ドスッという音といっしょに「ギャウン!」って魔物の悲鳴が聞こえたから。

 すると、魔物がたおれた反動でアキラ先輩にさっていた角がぬける。
 アキラ先輩は力が入らないのかそのままくずれるように地面にたおれてしまった。

「アキラ先輩!」

 呼びかけて、今度はすぐに動く。
 たおれたアキラ先輩を仰向あおむけにして、ケガの様子を見ようとした。
 でも、わき腹部分から出ている血の量で患部かんぶを見なくてもひどいケガだって分かる。

「っ!」

 いやってさけびたいのに、言葉がのどのおくにはりついたみたいにでてこない。
 いやだ、ウソだ……こんなの信じたくない。
 でも、どんなに否定してもアキラ先輩の青い服はどんどん黒く染まっていく。

 そ、そうだ。止血しなきゃ。

 回らない頭でなんとかそれだけは思いつく。
 正しいやり方はわからないけれど、とにかく布をあてて血が出ている場所をおさえた。


「ちくしょう! ケガ人が出ちまった」
「マルク!」

 魔物をたおしてくれた傭兵ようへいはケガをしたアキラ先輩を見てくやしそうに悪態あくたいをつく。
 そんな彼にラミラが声をかけた。

 その後の二人の会話でマルクと呼ばれた男の人がラミラの恋人こいびとらしいことは分かったけれど、正直今はそんなことどうでも良い。
 早く、早くアキラ先輩を助けなきゃ。

「そうだ、これ魔呼まよびのこうが入ってるらしいの。このままじゃ、また魔物を呼び寄せちゃうわ」
「なら俺にくれ。それで魔物を引きつけながら街の外に誘導ゆうどうする」
「わかった、お願い。……気をつけてねっ!」

 そんな会話が聞こえて、マルクさんはこの場からはなれて行った。
 少なくともこれでまた魔物にねらわれることはないってことだからそれは良かったって思う。
 これでアキラ先輩の治療ちりょうに集中できる。

 でも、患部かんぶをおさえていても流れる血が少しゆっくりになっただけでこれ以上どうすればいいのかわからない。

「ラナっ! アキラさんは……っ!」
「これは、もう……」

 マルクさんがいなくなって、ラミラとマーガレットさんが近づいてきた。
 でもアキラ先輩を見た二人はあきらめの言葉をつぶやくだけで……。

「これは、回復魔法も使えない。……禁忌きんきになるわ」

 かたいラミラの言葉に、回復魔法の存在を思い出す。
 でもラミラの言う通り今のアキラ先輩のケガを治すのは禁忌きんきだ。
 アキラ先輩の来世の寿命じゅみょうが減っちゃう。
 ……お母さんみたいに。

「ぐっ……ラナ、さん……」
「アキラ先輩!?」

 痛みにたえながら私を呼ぶアキラ先輩は、脂汗あぶらあせをにじませた顔で私を見た。

たのむ……回復、魔法を……使って……」
「え?」
「何を言っているの!?」

 アキラ先輩の言葉におこりだしたのはマーガレットさんだ。

「それが禁忌きんきだってわかっているでしょう!? 聖女が後ろ指さされるようなことになるとわかっているのに……どんな状況じょうきょうでも護り手が言うことじゃない!」
「だい、じょ……ぶ。俺たちは……この世界の、人間じゃないからっ」
「この世界の? なにを言っているの?」

 困惑こんわくするマーガレットさんだけれど、私はハッとした。
 そうだ、私たちはこの世界の人間じゃない。
 マーガレットさんが言う後ろ指をさされるようなことにはならない。

「アキラ先輩……」

 それでも、アキラ先輩の来世の寿命じゅみょうに関してだけはまだ心配が残る。
 でもそのあたりの事情も知っているアキラ先輩が大丈夫だって言ってるんだ。
 心配はあるけど、このままじゃあアキラ先輩は本当に死んじゃうから……。

「はい、私がちゃんと治療ちりょうします」

 だから、回復魔法を使うって決めた。

「ラナ!? ダメだ!」
「マーガレット、止めないであげて」

 決意した私をマーガレットさんは止めたけれど、そのマーガレットさんをラミラが止めてくれる。

禁忌きんきだってラナもわかってる。それでも治すって決めたのよ。……私もきっとケガをしたのがマーガレットだったら同じことしてた」
「ラミラ……」

 ラミラの言葉にマーガレットさんはだまりこんだ。
 止める人がいなくなって、私はアキラ先輩に意識を集中する。

 弱々しくてつらそうな表情。
 アキラ先輩にはまたドキッとするような笑顔をうかべてほしい。
 このまま死なせたりしない。
 絶対に治すんだから!

 強い意思をこめて、私はいのり願った。


「金色の御使みつかいアウルよ、女神の力を運びていやしをあたえたまえ」

 アキラ先輩を助けて!


 私のいのりにこたえるように、アキラ先輩のわき腹にポワポワって光がたくさんあらわれた。
 たくさんの光に包まれて、アキラ先輩はつらそうな顔をゆるめる。
 痛みが引いたのかホッとした表情になって、光が消えるとゆっくり起き上がった。

 血がついたままの服をめくりあげたアキラ先輩は患部かんぶをぬぐう。
 そこには今まで本当にケガをしていたのかって疑問に思うほど傷一つないキレイなはだがある。

「……よかった」

 ホッとかたの力をぬいたら、気を張っていたのかな?
 安心して目からポロポロとなみだがこぼれてきた。

「え!? ら、ラナさん?」
「よかった……よかったっ、アキラせんぱーいっ!」
「うわっ」

 なみだといっしょにうれしさもあふれちゃって、私は思わずアキラ先輩にだきつく。

 死んじゃうんじゃないかって思った。
 ケガが治って、生きててくれて、本当によかった。

「……心配させてごめん。あと、ありがとう」

 そう言ったアキラ先輩は、ちっちゃな子どもみたいに泣く私の背中をポンポンとたたいてくれた。
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