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6.吸血鬼になりました
禁忌 後編
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「とりあえず血はちゃんと馴染んでいるな」
私たちの様子など気にも留めず、朔夜さんは私の血を吟味して話し出す。
「寿命もおそらく延びているが……まあ、不死にはなっていないようで安心した」
「不死?」
その言葉に疑問が浮かぶ。
吸血鬼は人間より寿命が長いし、純血種も長いと五百年は生きると聞いたけれど、不死――つまりは死なない、ということは聞かなかった。
伝説上の吸血鬼は確か不老不死だった気もしなくはないけれど、私が知るみんなはそうじゃなかったはずだ。
なのに、“不死”という単語が出てくるのはどうしてなのか。
疑問に思ったのは私だけじゃなかったみたいで嘉輪も眉を寄せる。
「不死? お父さん、どういうこと? たとえ純血種でも死なないなんてことはないって言っていたじゃない」
「そうだな。どんなに強い吸血鬼でも、死なないということはない。……ただ一人を除いては」
「え?」
朔夜さんは真剣な目で私と嘉輪を見て告げる。
「始祖の吸血鬼。かつて存在したその吸血鬼だけは、事実不老不死だったらしい」
始祖。
一番初めの吸血鬼。
吸血鬼という存在がどうやって生まれたのかは定かではない。
でも、全ての吸血鬼はその始祖から始まった。
そう語る朔夜さんの話はそれこそ伝承や神話のようで……。
でも、確かに事実なのだと私の中に流れる血が教えてくれた。
「いつから存在するのかも分からないその始祖が不死ではなくなったのは、愛する人間を得たかららしい」
愛した人と死に別れたくなかった始祖は、その人に血を与える事で同じ時を生きる存在にしようとした。
その結果、愛した相手は吸血鬼となり長寿を得て、始祖は寿命を得たんだそうだ。
始祖の不死の力を分け与えた形になったんだろうと朔夜さんは語る。
「その二人の子供達は純血種の吸血鬼として生まれたが、たった一人だけ人間として生まれた」
「え? なんで……?」
嘉輪の疑問も当然だ。
だって、どちらか片方でも吸血鬼なら子供は絶対に吸血鬼になるはず。
人間として生まれるわけがない。
そう聞いた。
「その人間が、最初の“花嫁”だ」
『え……?』
私と愛良の小さな声が重なる。
どうしてそこで“花嫁”が出てくるの?
「始祖が愛する人に分け与えた力が、“花嫁”という存在になったんじゃないかと言われている」
あくまでも推測。
でも……。
「純血種と“花嫁”。始祖から分かれたその血がまた一つになったら……」
「なったら?」
嘉輪の緊張した声が静かな部屋に響く。
朔夜さんは一呼吸おいてから、そのゾクリとするほど美しい声でその言葉を口にした。
「それは、始祖の復活ということになる」
「っ!」
息を呑む音は、私のものだけじゃない。
朔夜さん以外の皆だったと思う。
「お父さん……それって、聖良が始祖になったってことなの? 始祖になることが……《禁忌》なの?」
少し震える声で聞く嘉輪に、朔夜さんは幾分声音を柔らかくして答えた。
「半分正解だな。始祖の復活は《禁忌》だが、彼女が始祖になったと言えるかは微妙なところだ」
「微妙?」
聞き返す嘉輪に、朔夜さんは愛良に視線を向けながら話しだす。
「まず、《禁忌》だからこそそれは起こらないはずなんだ」
「え?」
「嘉輪、その子――本物の“花嫁”に血を入れる、と考えて見ろ。考えるだけでいい、本当に入れようと思うな」
「ええ? いきなりわけわからないんだけど……」
唐突な朔夜さんの指示に文句を言いつつも嘉輪は従うように愛良を見た。
「考えるだけでいいのよね? えっと、愛良ちゃんに私の血を入れ、る……あ――」
その瞬間、嘉輪の様子が一変した。
目が見開かれ、カタカタと全身が小刻みに震える。
その顔には恐怖がありありと表れ、脂汗まで滲んでいた。
「よし、もういい。もう考えるな」
朔夜さんはそう言って嘉輪の目を塞ぐ。
なだめるように、優しく言い聞かせる。
「大丈夫だ、嘉輪。お前は“花嫁”に血を入れたりなどしない。《禁忌》など起こさない」
そう繰り返すことで、嘉輪の異変が落ち着いて行くのが見て取れた。
「……もう大丈夫だな?」
そうして朔夜さんの手が離れると、嘉輪の困惑した表情が見える。
「今の、何? 愛良ちゃんに私の血をって考えただけで怖くなったんだけど……」
「純血種の血に刻まれた、不死に対する恐怖だ」
「不死に対する恐怖?」
嘉輪の疑問の声に私も同調する。
死なないことに対する恐怖なんてあるんだろうか?
死に対する恐怖って言うのは良く聞くけれど……。
しかも、今回の場合は自分に起こることじゃない。
あくまで他人である“花嫁”が不死になるってことでしょう?
理解出来ない私達に、朔夜さんは静かに淡々と話す。
「正確に言うと、不死者を作り出してしまう恐怖だろうな。始祖が体験したであろう、生き続けることの苦痛が純血種の血に刻み込まれているんだろう」
だから“花嫁”に血を入れようと考えただけであんな風になってしまうんだって。
「そういうことだから、本来なら“花嫁”に純血種が血を入れるということは起こらないはずだった」
そうして、今度は私に視線を向ける。
「だが、今回ばかりは色々と事情が違った」
そうだ。
私は本当なら“花嫁”じゃあなかった。
「“花嫁”の血筋ではあっても、“花嫁”となるほどの血にはならないはずだった」
それが、忍野君の存在で覆る。
忍野君の家に伝わる、自身の吸血鬼としての力を抑えるための方法を彼が私に試したことで、私は“花嫁”と同等の血を持つ存在になった。
「“花嫁”ではないから嘉輪は血を入れることが出来た。だが、“花嫁”の血筋で“花嫁”と同等の血を持ってしまった彼女はやはり普通の人間とは違う。だからこそ、起こりえないはずの《禁忌》が成されてしまった」
ゴクリと、誰かの唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
「で、でも。聖良は不死になっていないって確か初めに言ったよね?」
嘉輪の確認の言葉に朔夜さんが「そうだ」と答えたことで張り詰めたような緊張が少しほぐれる。
「逆にだからこそ血を入れることが出来たのかもしれないな」
「じゃあ、《禁忌》ではないんだよね?」
「まあ、そうだな。《禁忌》ではないな」
嘉輪の言葉に同意を示すけれど、どこか意味深な言い方にまたわずかに緊張が高まった。
「不死にはなっていないから《禁忌》ではない。……だが、だからと言って始祖の力も復活していないとは限らない」
「どういうこと?」
《禁忌》ではないと言ってもらえたからか、嘉輪の声は幾分明るくなったように聞こえる。
とりあえずそのことに良かったと思いつつ、私も朔夜さんの言葉に注目する。
一体私の身に何が起こっているのか。
自分のことだけに、嫌でも緊張が高まる。
思わずつないでいた永人の手をギュッと握り、握り返される。
その小さなやり取りがわずかに緊張をほぐし、知らずに詰めていた息を吐き出した。
「“花嫁”と純血種の血が合わさったんだ。それが本当の“花嫁”でなかったとしても、始祖の力の一部は復活していると見るべきだろうな」
「……で、でも。私、特にみんなと大きく違うようには思えないんですけど……」
今まで黙って聞いていたけれど、確実にみんなとは違うんだと断言されて聞かずにはいられなかった。
「始祖の力って何なんですか? 不死でないなら、他の吸血鬼とあまり変わらないんじゃないんですか?」
他の吸血鬼とは違うと――永人とは違う存在なのだと思いたくなくて質問を重ねる。
そんな私をジッと見た朔夜さんは、静かに口を開く。
「始祖はすべての吸血鬼を従えたと言われている。その命令は絶対。吸血鬼の王となりえる存在だ」
「っ! で、でも、私にそんな力なんてありません」
「そうだな、少なくとも今は兆候も見られない」
朔夜さんの言葉にホッとしたのも束の間。
そんな私達の会話に、田神先生が喜びを滲ませた声で入ってきた。
「ですが、彼女は始祖の力を扱うことが出来るようになる特別な存在ということですね?」
「ん? ああ。どこまで始祖の力が使えるのか、何か条件がそろったときじゃないと使えないのか。そのあたりは分からないが、全く使えないということはないだろうな」
突然話に入ってきた田神先生に不思議そうにしつつも、朔夜さんは答える。
「ならば、やはり聖良は特別な存在なんですね。そんな彼女のパートナーは、岸のような犯罪者もどきでいいわけがない」
その言葉に、やっぱり田神先生は私と永人を引き離したがっているんだと思った。
ズシリと、重いものが心にのしかかる。
田神先生が何と言おうと永人と離れるつもりはない。
けれど、この学園に来る前からお世話になっている先生だし、一度は好きになりかけた相手だ。
やっぱり気にしないなんてことは出来なかった。
「始祖の力を扱う存在として、彼女の相手は相応の吸血鬼じゃないと――」
「何を言っているんだ?」
嬉々として語る田神先生に、朔夜さんが訝し気に言葉を投げる。
そして至極当然のように告げた。
「始祖の力を扱おうが、特別な存在であろうが、吸血鬼から“唯一”を引き離す行為がまともなわけがないだろう?」
「っ⁉」
その途端、田神先生は冷水を浴びせられたように息を呑み固まる。
吸血鬼から“唯一”を引き離す行為がまともなわけがない。
それは、吸血鬼なら本来誰もが持っている共通認識。
「そんなことを企てるのは、いつも権力者のくだらない思惑だ」
さらにキッパリと切り捨てられたことで、田神先生は何も言えなくなる。
朔夜さんはそんな彼から視線を外し私を見た。
「とにかく、今後何らかの形で始祖の力を使えるようになるかもしれない。そのときはまた様子を見に来ることにしよう」
「……はい、よろしくお願いします」
そうして私の現状を知るためのお話は終了した。
そのあとは報告をしに行くという田神先生だけ席を外し、お茶を飲みながらの歓談タイムになる。
ご両親が揃っているから、自然と嘉輪の話をした。
学園や寮での様子を話したり、逆に家での嘉輪の様子を聞いたり。
それと、望さんのお腹の子は男の子らしいってこととか。
嘉輪は「弟かぁ、正樹みたいな感じかなぁ」と笑っていた。
私の今後の状態がどうなるのかとか、田神先生が今日の話を聞いて何を思ったのかとか。
気になることは多々あったけれど、今はそんなほのぼのした話題を楽しんでいた。
私たちの様子など気にも留めず、朔夜さんは私の血を吟味して話し出す。
「寿命もおそらく延びているが……まあ、不死にはなっていないようで安心した」
「不死?」
その言葉に疑問が浮かぶ。
吸血鬼は人間より寿命が長いし、純血種も長いと五百年は生きると聞いたけれど、不死――つまりは死なない、ということは聞かなかった。
伝説上の吸血鬼は確か不老不死だった気もしなくはないけれど、私が知るみんなはそうじゃなかったはずだ。
なのに、“不死”という単語が出てくるのはどうしてなのか。
疑問に思ったのは私だけじゃなかったみたいで嘉輪も眉を寄せる。
「不死? お父さん、どういうこと? たとえ純血種でも死なないなんてことはないって言っていたじゃない」
「そうだな。どんなに強い吸血鬼でも、死なないということはない。……ただ一人を除いては」
「え?」
朔夜さんは真剣な目で私と嘉輪を見て告げる。
「始祖の吸血鬼。かつて存在したその吸血鬼だけは、事実不老不死だったらしい」
始祖。
一番初めの吸血鬼。
吸血鬼という存在がどうやって生まれたのかは定かではない。
でも、全ての吸血鬼はその始祖から始まった。
そう語る朔夜さんの話はそれこそ伝承や神話のようで……。
でも、確かに事実なのだと私の中に流れる血が教えてくれた。
「いつから存在するのかも分からないその始祖が不死ではなくなったのは、愛する人間を得たかららしい」
愛した人と死に別れたくなかった始祖は、その人に血を与える事で同じ時を生きる存在にしようとした。
その結果、愛した相手は吸血鬼となり長寿を得て、始祖は寿命を得たんだそうだ。
始祖の不死の力を分け与えた形になったんだろうと朔夜さんは語る。
「その二人の子供達は純血種の吸血鬼として生まれたが、たった一人だけ人間として生まれた」
「え? なんで……?」
嘉輪の疑問も当然だ。
だって、どちらか片方でも吸血鬼なら子供は絶対に吸血鬼になるはず。
人間として生まれるわけがない。
そう聞いた。
「その人間が、最初の“花嫁”だ」
『え……?』
私と愛良の小さな声が重なる。
どうしてそこで“花嫁”が出てくるの?
「始祖が愛する人に分け与えた力が、“花嫁”という存在になったんじゃないかと言われている」
あくまでも推測。
でも……。
「純血種と“花嫁”。始祖から分かれたその血がまた一つになったら……」
「なったら?」
嘉輪の緊張した声が静かな部屋に響く。
朔夜さんは一呼吸おいてから、そのゾクリとするほど美しい声でその言葉を口にした。
「それは、始祖の復活ということになる」
「っ!」
息を呑む音は、私のものだけじゃない。
朔夜さん以外の皆だったと思う。
「お父さん……それって、聖良が始祖になったってことなの? 始祖になることが……《禁忌》なの?」
少し震える声で聞く嘉輪に、朔夜さんは幾分声音を柔らかくして答えた。
「半分正解だな。始祖の復活は《禁忌》だが、彼女が始祖になったと言えるかは微妙なところだ」
「微妙?」
聞き返す嘉輪に、朔夜さんは愛良に視線を向けながら話しだす。
「まず、《禁忌》だからこそそれは起こらないはずなんだ」
「え?」
「嘉輪、その子――本物の“花嫁”に血を入れる、と考えて見ろ。考えるだけでいい、本当に入れようと思うな」
「ええ? いきなりわけわからないんだけど……」
唐突な朔夜さんの指示に文句を言いつつも嘉輪は従うように愛良を見た。
「考えるだけでいいのよね? えっと、愛良ちゃんに私の血を入れ、る……あ――」
その瞬間、嘉輪の様子が一変した。
目が見開かれ、カタカタと全身が小刻みに震える。
その顔には恐怖がありありと表れ、脂汗まで滲んでいた。
「よし、もういい。もう考えるな」
朔夜さんはそう言って嘉輪の目を塞ぐ。
なだめるように、優しく言い聞かせる。
「大丈夫だ、嘉輪。お前は“花嫁”に血を入れたりなどしない。《禁忌》など起こさない」
そう繰り返すことで、嘉輪の異変が落ち着いて行くのが見て取れた。
「……もう大丈夫だな?」
そうして朔夜さんの手が離れると、嘉輪の困惑した表情が見える。
「今の、何? 愛良ちゃんに私の血をって考えただけで怖くなったんだけど……」
「純血種の血に刻まれた、不死に対する恐怖だ」
「不死に対する恐怖?」
嘉輪の疑問の声に私も同調する。
死なないことに対する恐怖なんてあるんだろうか?
死に対する恐怖って言うのは良く聞くけれど……。
しかも、今回の場合は自分に起こることじゃない。
あくまで他人である“花嫁”が不死になるってことでしょう?
理解出来ない私達に、朔夜さんは静かに淡々と話す。
「正確に言うと、不死者を作り出してしまう恐怖だろうな。始祖が体験したであろう、生き続けることの苦痛が純血種の血に刻み込まれているんだろう」
だから“花嫁”に血を入れようと考えただけであんな風になってしまうんだって。
「そういうことだから、本来なら“花嫁”に純血種が血を入れるということは起こらないはずだった」
そうして、今度は私に視線を向ける。
「だが、今回ばかりは色々と事情が違った」
そうだ。
私は本当なら“花嫁”じゃあなかった。
「“花嫁”の血筋ではあっても、“花嫁”となるほどの血にはならないはずだった」
それが、忍野君の存在で覆る。
忍野君の家に伝わる、自身の吸血鬼としての力を抑えるための方法を彼が私に試したことで、私は“花嫁”と同等の血を持つ存在になった。
「“花嫁”ではないから嘉輪は血を入れることが出来た。だが、“花嫁”の血筋で“花嫁”と同等の血を持ってしまった彼女はやはり普通の人間とは違う。だからこそ、起こりえないはずの《禁忌》が成されてしまった」
ゴクリと、誰かの唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
「で、でも。聖良は不死になっていないって確か初めに言ったよね?」
嘉輪の確認の言葉に朔夜さんが「そうだ」と答えたことで張り詰めたような緊張が少しほぐれる。
「逆にだからこそ血を入れることが出来たのかもしれないな」
「じゃあ、《禁忌》ではないんだよね?」
「まあ、そうだな。《禁忌》ではないな」
嘉輪の言葉に同意を示すけれど、どこか意味深な言い方にまたわずかに緊張が高まった。
「不死にはなっていないから《禁忌》ではない。……だが、だからと言って始祖の力も復活していないとは限らない」
「どういうこと?」
《禁忌》ではないと言ってもらえたからか、嘉輪の声は幾分明るくなったように聞こえる。
とりあえずそのことに良かったと思いつつ、私も朔夜さんの言葉に注目する。
一体私の身に何が起こっているのか。
自分のことだけに、嫌でも緊張が高まる。
思わずつないでいた永人の手をギュッと握り、握り返される。
その小さなやり取りがわずかに緊張をほぐし、知らずに詰めていた息を吐き出した。
「“花嫁”と純血種の血が合わさったんだ。それが本当の“花嫁”でなかったとしても、始祖の力の一部は復活していると見るべきだろうな」
「……で、でも。私、特にみんなと大きく違うようには思えないんですけど……」
今まで黙って聞いていたけれど、確実にみんなとは違うんだと断言されて聞かずにはいられなかった。
「始祖の力って何なんですか? 不死でないなら、他の吸血鬼とあまり変わらないんじゃないんですか?」
他の吸血鬼とは違うと――永人とは違う存在なのだと思いたくなくて質問を重ねる。
そんな私をジッと見た朔夜さんは、静かに口を開く。
「始祖はすべての吸血鬼を従えたと言われている。その命令は絶対。吸血鬼の王となりえる存在だ」
「っ! で、でも、私にそんな力なんてありません」
「そうだな、少なくとも今は兆候も見られない」
朔夜さんの言葉にホッとしたのも束の間。
そんな私達の会話に、田神先生が喜びを滲ませた声で入ってきた。
「ですが、彼女は始祖の力を扱うことが出来るようになる特別な存在ということですね?」
「ん? ああ。どこまで始祖の力が使えるのか、何か条件がそろったときじゃないと使えないのか。そのあたりは分からないが、全く使えないということはないだろうな」
突然話に入ってきた田神先生に不思議そうにしつつも、朔夜さんは答える。
「ならば、やはり聖良は特別な存在なんですね。そんな彼女のパートナーは、岸のような犯罪者もどきでいいわけがない」
その言葉に、やっぱり田神先生は私と永人を引き離したがっているんだと思った。
ズシリと、重いものが心にのしかかる。
田神先生が何と言おうと永人と離れるつもりはない。
けれど、この学園に来る前からお世話になっている先生だし、一度は好きになりかけた相手だ。
やっぱり気にしないなんてことは出来なかった。
「始祖の力を扱う存在として、彼女の相手は相応の吸血鬼じゃないと――」
「何を言っているんだ?」
嬉々として語る田神先生に、朔夜さんが訝し気に言葉を投げる。
そして至極当然のように告げた。
「始祖の力を扱おうが、特別な存在であろうが、吸血鬼から“唯一”を引き離す行為がまともなわけがないだろう?」
「っ⁉」
その途端、田神先生は冷水を浴びせられたように息を呑み固まる。
吸血鬼から“唯一”を引き離す行為がまともなわけがない。
それは、吸血鬼なら本来誰もが持っている共通認識。
「そんなことを企てるのは、いつも権力者のくだらない思惑だ」
さらにキッパリと切り捨てられたことで、田神先生は何も言えなくなる。
朔夜さんはそんな彼から視線を外し私を見た。
「とにかく、今後何らかの形で始祖の力を使えるようになるかもしれない。そのときはまた様子を見に来ることにしよう」
「……はい、よろしくお願いします」
そうして私の現状を知るためのお話は終了した。
そのあとは報告をしに行くという田神先生だけ席を外し、お茶を飲みながらの歓談タイムになる。
ご両親が揃っているから、自然と嘉輪の話をした。
学園や寮での様子を話したり、逆に家での嘉輪の様子を聞いたり。
それと、望さんのお腹の子は男の子らしいってこととか。
嘉輪は「弟かぁ、正樹みたいな感じかなぁ」と笑っていた。
私の今後の状態がどうなるのかとか、田神先生が今日の話を聞いて何を思ったのかとか。
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