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5.それぞれの思惑と別れ

H生と“花嫁” 前編

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 そんな出来事もあって、婚約者候補の人達とはギスギスした状態で日々が過ぎて行った。


 学園ではどこから話が漏れたのか、私が岸を選んだこと。

 そして私が岸の“唯一”であることが噂として広がっていた。


 学園内の意見としてはほぼ二つに分かれる。



 違反行為まで犯して学園やハンター協会から追われてるような奴を選ぶなんてどうかしてる。

 いくら“唯一”でも認めたくない。


 という私にとって否定的な意見と。


 どんな相手でも“唯一”なら仕方ないよね。

 運命の相手ってことでしょう? 両想いなら邪魔するのは野暮ってやつじゃない?


 という肯定的な意見。


 ハッキリどっちとは言えなくても、このどちらかよりにはなってる感じ。


 愛良と零士の血婚の儀式もあと一週間ほどとなって問題が少なくなってきた。

 そしてH生への取り調べもひと段落ついたということで、私のことが話題の中心になってしまったのも噂が広まった原因かもしれない。


 一部の三年生が私が岸と逃避行するかどうかを賭けにしていたとかで、先生たちにこっぴどく叱られたなんて話も聞いた。

 それを聞いたときは本気で怒りたくなったけど。

 まあ、そんな様子だから田神先生達とはあの日以来まともに話をしていない。

 津島先輩と石井君は私が岸の“唯一”だと知ってからは結構普通に話してくれるんだけれど……。


 田神先生は授業以外では顔を合わせることが無くなったし、俊君と浪岡君に関しては目が合ってもそらされ無視されてしまう。

 忍野君だけは何か言いたそうに見てくるけれど、結局話はしないで過ごす。


 あとは鬼塚先輩や弓月先輩達H生。

 はじめはデートでちゃんと守れなかったことを謝られたけれど、私が岸を選んだという噂を聞いたからなのか避けられるようになった。


 あの日鬼塚先輩に掴みかかっていた人なんかは、あからさまに裏切者でも見るような目で睨んでくる。

 鬼塚先輩と弓月先輩はそれまでの交流もあるからそこまであからさまな態度はしてこないけれど……。

 それでも良く思っていないんだろうなってのは伝わってきた。



 そんな居心地の悪い学園生活を続けていたある日。

 私は珍しく鬼塚先輩に呼び出された。


 その日は嘉輪が委員会で呼び出されていて、正輝君も同じ委員会だからいない日だった。

 だから護衛には石井君がついていてくれたんだけれど……。

「石井はここで待っててくれるか?」

 そう言ったのは鬼塚先輩が呼んでいると言って畳教室まで連れてきてくれたH生の男子生徒だ。

 畳教室に入るドアの前で言われて石井君は少し眉を寄せる。


「ここまで来たなら中に入っても変わらないだろう?」

「それなら逆にここで待ってても大丈夫だろう?」

「お前……」

 言い返されて気色ばむ石井君を見て私は「大丈夫だよ」と彼をなだめた。


「鬼塚先輩が私に何かするとは思えないし……」

 それに、連れてきてくれたH生の男子生徒もどちらかと言うと肯定派の人だ。

 私のことを裏切り者だと言った生徒に対して「好きになったものは仕方ないだろ? 裏切り者は言い過ぎだ」って言ってくれていたのを見たことがある。


「それにドアの前にいるなら何かあったらすぐ分かるでしょ?」

 V生の石井君には話しづらい内容なのかもしれないし、と思いながらそう言うと石井君は渋々納得してくれた。


「……何かあったらすぐに呼ぶんだぞ?」

「もう、大げさだなぁ」

 そんなやり取りをして私は畳教室の中に入った。


 入ってすぐに鬼塚先輩の姿が見える。

「鬼塚先輩、どうしたんですか? 突然呼び出すなんて」

 そう言って数歩進むと、後ろの方で石井君の「うっ!」といううめき声が聞こえドアが勢いよく閉じられた。

「え?」

 思わず後ろを見ると、そこには複数人のH生と見られる男子生徒。

 中には例の私のことを良く思っていないH生もいる。


 その姿とこの状況。
 嫌な予感しかしない。


「石井君! 大丈夫なの⁉ 石井君⁉」

 助けが必要な状態だと判断してすぐに叫ぶ。

 でも反応はない。


 やっぱりさっきのうめき声は聞き間違いじゃないんだ。


 声も聞こえないということは意識がない状態なのかもしれない。

 血の気が引く思いがした。


 本気でマズイかもしれない。

 裏切り者だと言って殴られるんだろうか?

 それとも岸には会わせないとどこかに閉じ込められるんだろうか?

 何にしても良い状況にはなる気がしない。


「っ! 鬼塚先輩!」

 望みは薄かったけど、この中で一番助けになりそうな人の名前を呼ぶ。

 そうして見た鬼塚先輩は無表情だった。


「っ!」

 瞬時に助けにならないと察する。


 鬼塚先輩も彼らに協力しているってこと?


 分からないけれど、頼れないことだけは確か。

 どうやって逃げようかと周囲を見回すけれど出入口は一つだけだ。

 窓もあるけれどここは三階。流石に無謀だった。

 そうしているうちに二人がかりで両腕を掴まれてしまう。

「やっ! 離して!」

「うるせぇ! 大人しくしやがれ!」

「っ!」

 脅すような怒声に、怖くてビクリと震える。

 そうして怯んでしまった隙を突いて、彼らは私を床に押し倒した。


「っ! いたっ……んぐぅっ!」

 仰向けに寝かされるように倒され、口に布のようなものを突っ込まれる。

 暴れたけれども、男の力には敵わず両手両足も押さえつけられてしまった。


「おい、鬼塚! 早くしろ! お前がヤるって言ったんだろ⁉ のろのろしてんなら俺がヤるぞ⁉」

「……分かってるよ」

 淡々とした声で答えた鬼塚先輩がゆっくり近づいて来る気配がした。


 何? 何なの?

 私、何をされるの?


 分からなくて今にも泣きそうな気分で視線だけを動かしていると、さっきから乱暴に叫んでいるH生が私をさげすむような目で見下ろし笑う。

「何されるのか分かんねぇって顔してるな? いいよ、教えてやる」

 そうして紡がれた言葉は私を絶望に叩き落とすものだった。


「お前を孕ませるんだよ。“花嫁”は人間の子供を孕むとその時点で血の性質が変わる。だから“花嫁”として吸血鬼に狙われることが無くなるんだ」

 感謝しろよ、とばかりにドヤ顔される。

 ……な、に?

 何を……言ってるの……?


 孕ませる?

 吸血鬼に狙われることが無くなる?


 何でそんなことするの?

 私、そんなこと望んでないのに……。


 恐怖と絶望に自然と全身が震える。

 そんな私を憐れむことすらせず彼は話を続けた。


「岸がお前を“唯一”だなんだと言うのもお前が“花嫁”だからなんだろ? “花嫁”じゃなくなれば岸がお前を欲しがる理由なんてなくなるよ」

「……?」


 ……え?

 何か、話がおかしい?


「お前、あいつのこと好きだとか言ってるらしいけど……。“花嫁”じゃなくなればあいつも手のひらを返すに決まってる。外見だけ可愛くても性格が可愛くないんだ。俺だったら付き合いたいとも思わねぇよ」

 そしてまた、私を嘲笑う。


 でもちょっと待って?

 この人、“唯一”のこと勘違いしてない?


 私が岸の“唯一”だっていうのと、私が“花嫁”と同等の存在だっていうのは全く別物なんだけど?


 怖くて、まだ震えは治まることはないけれど、私はすがるように頭を働かせた。


 岸が、私が“花嫁”じゃなくなれば“唯一”だと言わなくなる? 欲しいと思わなくなる?

 そんなわけがない。

 あれほどの執着が、そんなことでなくなるなんて思えるわけがなかった。


 それに嘉輪の話では、“唯一”は一人の吸血鬼に対して一人だけ。

 被ってしまうことはないし、もちろん“花嫁”である必要はない。


 ってことは、やっぱりこの人達は勘違いしてる⁉


 彼らはハンターであるH生で、吸血鬼じゃない。

 だから“唯一”に関してはよく知らないのかも知れない。


 っちょっと待って?

 私、勘違いで孕まされそうになってるの⁉


「んんんーーー!」

「このっ暴れんな!」

 理解した途端冗談じゃないと力の限り暴れ出す。


 せめて口の布を吐き出せれば勘違いだと指摘出来るのに!


 思い切り詰め込まれたそれは、口の動きや舌だけではすぐには取れそうにない。

 暴れながら何とか訴えようとしているけれど、彼らが気づくはずはないし力の差も歴然だ。

 出来たことと言えば彼らを少し疲れさせたくらい。


 結局抑え込まれて怒鳴られてしまう。

「ふざけんなよ⁉ 大人しくしろっつってんだろ⁉ 殴られてぇのか⁉」

「っ⁉」

 暴力をほのめかされ、本能的にビクリと震え体を硬直させてしまう。


 そしてその間に鬼塚先輩が近くに来てしまった。


「ったく、おせぇぞ? 早くしろよ」

「……ああ」

 急かされた鬼塚先輩は相変わらず無表情で私に覆いかぶさってくる。


 嘘……。

 鬼塚先輩……本当に?


 嘘だと言って欲しい。

 私に空手を教えてくれたり、みんなの気持ちに応えられないという悩みを聞いてくれたり。

 先輩として尊敬出来る人だと思っていたのに……。


 本当に、こんな酷いことをしようとするの……?


 信じられなくて、信じたくなくて鬼塚先輩の目を見返す。

 彼の真意が他にあるんじゃないかと探ろうとする。


 でも、彼の手が太ももに触れたことで何も考えられなくなった。

「っ⁉」

 やだ……嫌だ!


 ごつごつした、大きな男の手が撫で上げるように柔らかい部分に触れる。

 好きでもない相手からのその行為は、ゾワゾワと嫌悪感しか湧いてこない。


 喉の奥が引きつり、今度こそ涙が零れそうになる。


 鬼塚先輩はそのまま私の頭の横にもう片方の手を着き、顔を近づけてきた。

 そして耳元で囁く。


「聖良……好きだよ」

「っ⁉」

 何を言ってるのか理解出来ない。

 そんな私に、鬼塚先輩はもう一度言葉を詰み重ねる。

「俺はお前が好きだよ」

 その声はさっきまでの淡々としたものではなくて、僅かに熱を伴っている様にも聞こえた。


 でも、この状況で言うべきことじゃない。
 こんな状況で、その言葉を信じられるわけがなかった。


「だからさあ、聖良。……俺の子、産んでみねぇ?」

 ピシリと、自分が石みたいに固まったかと思った。


 『産んでみねぇ?』って……。

 いくら何でもその言い方はないんじゃないだろうか。


 好きだとか、その言葉が例え嘘でも本当でも続く言葉がそれ?

 言葉のチョイスが最悪過ぎて、私は恐怖が呆れと怒りに差し代わるのを感じた。
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