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3.狙われる花嫁達

お別れ会 前編

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 お別れ会の日程が決まったのは田神先生から承認を得てからすぐだった。

「この日はどうだろうか? 日曜日だけど次の日も休日だし。……それに、その日は満月だから」

 田神先生が提案してきたのは十月の三連休。
 土、日、月の真ん中の日だった。


 三連休の中日なら遊び疲れても翌日休めるし、前日に他の護衛をしてくれる人達と下準備が出来るからだそうだ。

 下準備とか必要になることだっていうのが何だか申し訳なかったけれど、多分ここまでのことはそうそうないだろうし、お別れ会自体は一回やってしまえば終わる。


 何より、地元の友達と遊んで気分転換がしたかった。

 私も学校生活に気疲れしていたけれど、愛良もかなり疲弊しているみたいだったし。


「はい、良いと思います」

 愛良と一緒に同意する。


 田神先生のことも、少し落ち着いた。

 直後はとにかく恥ずかしくてどうしたらいいか分からなかったけれど、今は手を出さないっていう宣言通り田神先生はあの日のことを匂わせるようなことはしなかった。


 むしろ気にして授業をまともに聞けなかった私に。

「学生の本分は勉強だろう?」

 と冷気漂う感じに言われて「ひぇい!」って返事をしてしまったり。


 そんなやり取りもあって今では前とあまり変わりない様子で関わっている。


「良いと思うんですけど、満月だからっていうのは何ですか? 何か関係があるんですか?」

 田神先生の言葉で気になったんだろう。

 愛良が疑問を口にした。


「吸血鬼はね、月の力でなんて言うか……パワーアップするんだよ。人それぞれで、満月じゃなくても新月の夜や半月の夜。十六夜の夜って人もいたかな?」

「パワーアップ……?」

「大体生まれた日の月がそうなる。とにかくそんな中でも満月の夜って人が多いんだ。愛良さん達を狙うのも吸血鬼だから同じ条件ではあるんだけど、やはりパワーアップしている日の方が何かと安心出来ると判断した」

「そうですか……」


 愛良は良く分からないといった顔で一応納得する。

 私も聞いていて良く分からなかった。

 大体パワーアップって何?って感じ。


 まあそれでも私達は守って貰う立場だし、その日の方が守りやすいと言うなら従うまでだ。

 あまりわがままは言いたくないしね。


 その日のうちに有香達にも連絡をして《その日で良いよ》と返事をもらえた。

 愛良もOKだったらしくて、これで日程は決まる。


 純粋に楽しみだなって思っていたけれど、まさかその日が怒涛どとうの一日になるとは思いもしなかった。

***

 その日は朝の九時に寮を出た。

「じゃあ、こっちはこっちで聖良達の近くで待機するようにほどほどに遊んでるから。気にせず楽しんできてね!」

 嘉輪にそう言って送り出され、愛良と二人菅野さんの運転する車に乗って城山学園の敷地外に出る。


 何も気にしないでっていうのは無理な話だけれど、何事もなければ本当にただ遊んで帰るだけってことになる。

 それなら嘉輪達も見守りつつ遊んできたって感じになるだろうし、それで終わればいいなと思った。


 そんな風に考えていた時点で、私は何かは起こると思っていたのかもしれない。

 でもこの時は待ちに待ったお別れ会の日だったし、楽しみでわくわくしていた。

 そんな些細な不安は気付きもしなかったんだ。



「えーっと、まずは愛良ちゃんがゲームセンターで、聖良ちゃんがカフェだったよな?」

 城山学園に来た時と同じように津島先輩が助手席に乗っている。

 その津島先輩がこっちを振り返りながら確認してきた。


「はい、それでお昼を食べたら午後は同じカラオケ店で五時ころまでいる予定です」

 津島先輩の確認には愛良が答える。


 カラオケは混んでいたら三時間くらいで退室を求められるかもしれないけれど、お昼に余裕を持たせてってことでカラオケの予約は午後二時にしてあるらしい。

 だから五時までは確実にいれるだろう。


「うん、了解。分かってるとは思うけど、それぞれ零士達や俊達からはぐれない様にな。常に二人の護衛どっちかと一緒にいること」

「はい」
「分かってますよ」

 何度も言われた言葉だけれど、素直に返事をする愛良と私。


 当初の予定通り私には俊君と浪岡君が、愛良には零士と石井君が護衛に付くことになっている。

 二人の護衛が、一緒に遊びながらとはいえずっと付いてるんだ。

 もし何かあったとしても大丈夫なんじゃないかな?


 岸に襲われたのだって護衛と離れていたせいだったし。

 だから安全だろうと考えていた。



 待ち合わせの駅前に車を止めてもらい、降りると運転席の窓が開き菅野さんが顔を出す。

「では、皆様お気をつけて」

 優しく微笑みながらも、僅かな心配を込めて言われ「はい、ありがとうございました」と返した。


 菅野さんの微笑みや柔らかな声音にはつい魅せられてしまう。

 おじいさんと言える年齢なのに、男性として素敵だなってやっぱり思ってしまった。

 ある意味あの年齢だから出せる色気みたいなものなんだろうか。


「菅野さんの奥さんって幸せだろうな……」

 なんて、愛良まで呟いていた。


 菅野さんはそのまま車を停められる別の場所で待機するらしい。

 菅野さんの運転する車を見送っていると、今日護衛に付いてくれる四人が来て合流する。


「じゃあ俺は他の護衛と合流して周囲を守ってるから」

 合流出来たのを見届けて、津島先輩が離れて行った。


「よし、じゃあここからは別行動だね。愛良、本当に気を付けてね!」

「それはこっちのセリフだよ、お姉ちゃん」

 念を押す私に、愛良は不満そうに言い返す。


 そりゃあ私は前科があるような状態だけれど、その分警戒心はあるはずだし。

 そういう意味では愛良の方が心配なんだけれど……。


「愛良は俺が絶対に守る。だから大丈夫だ」

 零士が愛良の手を取って近付く。

 その目は愛良しか映していなくて……本当、相変わらずだ。


「零士先輩……」

 愛良は少し戸惑いつつも、頬が染まっている。


 何だか二人の距離が今までより近い気がした。


「……」

 チラリと石井君を見てみる。

 彼は感情を読ませないようにか鉄面皮の状態だった。


 石井君の思いは届きそうにないけれど……。

 大丈夫かな?


 落ち込んでないかちょっと心配だったけれど、感情を押し殺しているみたいなのに指摘するわけにもいかないよね。

 とりあえず今は何も言わないことにする。


「さ、それじゃあ行きましょうか」

 愛良達を見ていると、私の肩をポンと叩いて俊君がそう言った。

 そしてスマホに視線を落としながら浪岡君が隣に立つ。

「一応五分前ですけど、もう待っているかもしれませんし」

「そうだね。じゃあ愛良、楽しんできて」

「お姉ちゃんもね」

 そう最後に声を掛け合ってその場を後にする。

 待ち合わせ自体は駅前で同じなんだけれど、最初に行く場所が違うからか同じ駅前でも真逆の方向になった。

 私は有香達との待ち合わせ場所へ向かいながら周囲を見る。


 城山学園に行ってここを離れてから約一か月と少し。

 それくらいの期間じゃあ大して街並みは変わらないんだけれど、何だか久しぶりな気がしてしまう。


 きっと色々あり過ぎたんだろうな。

 思い返すと本当に怒涛の一か月だった。


 零士と田神先生が来た日から転校の準備が急遽始まって、その後三日間は護衛が付いた状態で前の学校に通って。

 かと思ったら三日目で愛良が襲われかけたとかで引っ越しが早まって……。

 そしてみんなが吸血鬼で、城山学園自体が吸血鬼とハンターの学校だと知らされた。


 半信半疑な感じだったけど、友達も出来て順調に学園に慣れてきたと思ったら岸に血を吸われてしまったんだっけ。

 そうしてちょっと男性が怖くなってしまったのを主に石井君に協力してもらって克服し、今日やっとお別れ会が出来るってことになった。


 ……うん、思い返してみると本当に怒涛だったよ。

 ひと月で起こるような事柄じゃないよこれ。

 思い起こしながら呆れた気分になっていると、待ち合わせ場所に着いた。


 周囲をぐるりと見渡して有香達の姿を探していると声が掛けられる。

「聖良!」

 有香達の方が先に見つけてくれたらしい。


「みんな、久しぶり!」

 小走りで近付いて、手を取り合って再会を喜んだ。


「ホント久しぶりだよ~」
「聖良がいなくて寂しかったよー?」

 そう言ってハグをすると何だか安心出来て嬉しかった。


 やっぱり私、吸血鬼とかそういうのを知らなかった頃の日常に戻りたかったのかなって思う。

 まあ、無理なのは分かり切ってるんだけどね。


「じゃ、まずはカフェに行こうか。色々話聞かせてね!」

 有香の言葉に、みんなでカフェへ向かった。

***

「えー⁉ そんなにイケメン多いの⁉ いいなぁー」

「でも女子も美人ばっかりなんでしょ? あたし達じゃあ学園に通えたとしても相手にされるわけないよ」

 当たり障りのない話しか出来ないけれど、みんな楽しんでくれていた。

 二人の友達は美男美女が多いって話をしたら浪岡君を挟んできゃあきゃあ言っている。


「浪岡君、もしかして学校に好きな子とかいたりするの?」

 いないでほしい、という願いを込めたような眼差しでそんなことを聞いていた。


 浪岡君はチラリと私を見てから「秘密です」と答える。

 そんな答えでも友達は「もう! ミステリアスなんだから!」とか言って楽しんでいたけれど。



 もう一人の友達、有香は私の隣に座ってくれている。

 とは言え、視線はチラチラと俊君に向けられていたけれど。


「もう、ホント会えないんじゃないかと思ったよ? 別れるのも突然だったし」

「ごめんって。なんだかんだ慣れるのに時間かかっちゃってさ」

 有香の話は主に愚痴だった。


 突然の別れの話から始まり、お別れ会の開催がどんどん後回しにされているようだったとか。

 私はそれに対してごめんと謝るしか出来ない。

 だって、それらは大体吸血鬼が関わっているから詳しくなんて話せないもの。


 それでも愚痴は最初だけで、有香達の近況なんかも聞いておしゃべりの時間は終わる。

 私達は何だかんだおしゃべりだけでも楽しかったけれど、俊君達はそうでもないのか少しぐったりしていた。
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