宝石アモル

緋村燐

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アダマースと護り石 前編

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「はぁ……」
『ため息ばっかりついても仕方ないよ。ケンカしたわけじゃないんだし、また仲良くできるよ!』

 翌日、待ち合わせの図書館に向かいながらため息をついていると、オウちゃんがはげましてくれた。

 昨日はお昼休みの後も柚乃と話したけれど、やっぱり元気がなさそうで……。
 ごめんねって思わずもう一回あやまったけど、気にしてないよって明らかなウソつかれるし。

「はぁ……」

 こっちが気にしちゃうって……。

『でもカナメの守りの強化は急いだ方がいい。こればっかりは仕方ないことだから』
「うん……それはわかってるんだけどね」

 リオくんの冷静な声にうなずく。
 昨日のディコルの姿を思い浮かべただけで怖いって思うもん。
 あんなのに狙われるなんて……安心材料は少しでも多く欲しい。

 でも、やっぱりそれとこれとは違うっていうか……。

『わかってるなら切り替えた方がいいよ、カナメ。守りの強化は必要だから今日はあいつの家に行くけど、シゴトとやらを手伝うかはまた別の話だから』
「あ、そっか」

 そういえばその部分のこともハッキリさせてなかったっけ。
 まあ、永遠は手伝って貰う気満々まんまんだったけど。

『そうだよ! ムリヤリ手伝わされてカナメちゃんがケガしたりしたらイヤだもん!』
「うん、ありがとうオウちゃん」

 冷静なリオくんと元気なオウちゃんのおかげで少し気分が上向うわむいた。

 とりあえずは今日やることをやって、それから柚乃のこと考えよう。

 リオくんとオウちゃんとお話しできるようになって良かったって、あらためて思った。

***

「はよっ! ちょっと遅かったな?」

 図書館前で待っていた永遠はすずしげな顔を笑顔に変えて気安い感じであいさつしてくる。
 私の前ではいつもぎこちなかった永遠だったけど、昨日の一件のおかげか気安さが出て普通にさわやかイケメンっぽく見える。

 あんまり関わらないようにしようって最初に思ったけど、私の宝石好きを知ってもこんな風に接してくれるならもう平気かな?
 私ばっかり警戒しても仕方ないし。

 ま、シゴトを手伝うかどうかは別として、友だちではあるのかな?

「遅いって言ってもほんの数分でしょ? こまかい男はモテないって聞くよ?」

 時間前にはつくように家を出たけれど、気分が落ち込んでいたせいか歩くのが遅くなっちゃったみたい。
 それでもほんの二、三分すぎたくらいなんだからいちいち言わなくてもよくない?

「そうか? まあでも別にモテたいって思ったことないし。それより早く行こうぜ」

 私の文句も気にした様子はなく、笑顔で歩き出す永遠。
 私だけが不満そうにしているのがバカらしくなって、素直について行った。


 十分ほど歩いた先にあったのは普通の一軒家いっけんや
 新築しんちくってほどでもないけれど、そこまで古い感じもしない。

「ここ、ひいじいちゃんが住んでたんだけど……ひいじいちゃん施設しせつに行くことになってさ。まだ数年しかたってないのにもったいないからって俺たちが住むことになったんだ」
「へぇ」

 そういう理由で引っ越してきたんだ。
 よくある親の転勤てんきんとかって事情じゃなかったんだな、って考えているうちに「入れよ」と家の中にまねかれた。

 家の中も普通の今どきな家って感じ。
 玄関に入ったとたん、奥からパタパタと小走りで若い女性が出てきた。

「あ、いらしゃい。話は聞いてるわ、要芽ちゃん」

 永遠と同じこげ茶の髪はフワフワで、ゆるく三つ編みにして前にたらしてる。
 優しそうなタレ目に、小さな口元にはホクロがあってちょっとだけ色っぽい。

 一瞬お姉さん? って思ったけれど、それにしては年がはなれすぎてる気がする。

 ってことはお母さん!?
 ウソでしょ!?
 うちのお母さんと全然違うんだけど!?

「私は永遠の母で、春花はるかっていうの。さ、どうぞ入って」
「あ、はい。お邪魔します」

 自己紹介してくれた春花さんにうながされて、ちょっと緊張しながらくつをぬいだ。
 そうして上がろうとしたとき、「ピピィー!」って鳴き声が聞こえた。

「え?」

 顔を上げたと同時に、私に向かって綺麗な緑色の小鳥が飛んでくる。
 驚いた私は玄関の段差をみ外して後ろに倒れそうになった。

「わ、わわわ!」
「っと、危ないな……大丈夫か? 要芽?」

 思ったより力強い永遠の手が支えてくれて、ついドキッとしちゃったよ。
 こういうところはやっぱり男の子だなって思う。

「あ、ありがとう。大丈夫」

「コラ、スイ! 驚かせちゃダメでしょう!」

 ちょっと戸惑いながら体勢を整えると、春花さんが手を差し出して指に乗せた小鳥を叱りだした。
 春花さんの細い指先に乗った小鳥は心なしかしょんぼりしているように見える。

「要芽ちゃん、ごめんなさいね。この子はスイ。ほらスイ、あいさつして」

 春花さんの言葉に今度は軽く飛んで私の手に飛び移ってくるスイ。
 頭にある冠羽かんうっていう飾り羽がついた緑色の小鳥。
 見たことないけれど、なんて種類の鳥なんだろう?

 不思議に思っていると、スイは私の手にその頭をこすりつけた。

『驚かせてごめんなさい』
「え?」

 頭の中に響くように聞こえる声。
 これって、リオくんたちと同じ?

『わたしの声が聞こえる子が来るって聞いてたから、早く会いたくて突撃とつげきしちゃったんだ』
「え? そ、そうなの? っていうかこれって……」

「あ、やっぱりスイの声も聞こえるのね?」

 戸惑とまどっていると、春花さんがいやされる優しい声で告げた。

 やっぱりってどういうこと?
 私が聞こえるのは石の声だけだよね?
 動物の声は聞こえないはずだよね?

 なおさら困惑こんわくしているうちにスイは春花さんの指に戻っていく。
 そのスイのひたいをなでる春花さんに、「まあ入ってちょうだい」ともう一度うながされた。

「とりあえず上がってくれよ。ちゃんとした説明もしたいし」

 永遠にもうながされて、私はあらためて家に上がらせてもらう。


 案内されたのは奥の方にある和室だった。
 い草の匂いがするキレイに整えられていた和室。
 床の間以外なにもなくて、どこか緊張感のある場所に思えた。

 敷かれていた座布団に座ると、向かい側にキレイに背筋を伸ばした春香さんと永遠が正座する。
 スイは春花さんの肩にちょこんと止まっていた。

「まずは、とつぜん巻き込んでしまってごめんなさいね」
「え!? あ、は、はい」

 真っ先にあやまられるとは思ってなかったからあわてる。
 だって、永遠はパートナーになってシゴトを手伝ってくれとしか言わなかったから。

 チラッと永遠を見ると、ちょっと気まずそう。
 もしかしたらそのことで少し怒られたのかもしれないね。

「でも永遠をふくめて、【石の守護者】の人たちには石の声を聞くパートナーがどうしても必要なの。でないとディコルを発見できないまま、あの呪いは人の悪い感情をため込んでいってしまう」

 改めてディコルのことをちゃんと説明しようとしてくれる春花さん。
 続くように永遠も話しはじめる。

「コ・イ・ヌールって知ってるか?」
「うん、もちろん」

 私は首をしっかりと縦に振ってうなずいた。

 宝石好きの私が知らないわけがない。
 図鑑だけじゃなくて、宝石にまつわるお話だってたくさん読んできた。


 コ・イ・ヌール。

 光の山という意味の言葉で、最古のダイヤモンドって言われている宝石のこと。
 たくさんの王様の手に渡ったけれど、みんな不幸になったっていうお話。
 最後はイギリス王室にわたって、今は女王様の王冠につけられてるんだって。

 男の人には不幸を呼ぶけれど、女の人には幸せを運ぶって伝えられている宝石のことだね。

「なら話は早いな。そのコ・イ・ヌールにもディコルの呪いがかけられてたらしいんだ」
「 【呪われた宝石】にディコルが憑いていたって話してたもんね」

 昨日永遠が言っていたことを思い出しながら、うなずいて答える。
 すると春花さんが衝撃的な話を聞かせてくれた。

「そう、それくらい昔からディコルの呪いはかけられていたの。……【アダマース】という組織によって」
「【アダマース】、ですか?」
「ええ。ラテン語でダイヤモンドをはじめとするかたい物質のことなんだけれど、そういうかたくて価値の高い宝石に特に呪いをかけることからそんな呼び名をされるようになった謎の多い組織よ」

 そんな……あんな怖い呪いを組織でかけてる人たちがいるなんて。

 ショックを受けていると、春花さんはさらにとんでもない話をする。

「【アダマース】はヴァンパイアとか悪魔とか、闇の生き物って言われる者たちで構成こうせいされてる組織らしいわ」
「へ?」

 ヴァンパイアとか悪魔って……なんだかいきなりファンタジーな感じになってきた。
 まあ、呪いとか石の声聞こえたりとかも非現実的だけど。

「そういう闇の生き物にとっては、ディコルが集めた人間の悪い感情がごちそうになるらしいのよ。だから宝石に呪いをかけて、集まった悪い感情を食べているらしいわ」
「食べる……」
「つまりこういうことだよ」

 段々話についていけなくなった私に、永遠が指を折りながらまとめてくれる。


 一、闇の生き物の組織【アダマース】が、人間の悪い感情っていうごちそうを食べるためにディコルの呪いを宝石にかける。

 二、呪いをかけられた宝石は色んな人の手に渡って、人間の悪い感情を集める。

 三、悪い感情を集めたディコルは、徐々に人が悪い感情を持ちやすくなるよう誘導ゆうどうする。

 四、たとえ【アダマース】がたまった悪い感情を食べても、誘導ゆうどうする力は残ったまま。

 五、そうして持ち主に悪影響をおよぼすようになったら不幸を呼ぶ石になってしまうため、【石の守護者】がディコルをはらって石をきよめる。


 ということらしい。

「つまり、その五つ目が永遠がやってるシゴトってことだね?」

 まとめてもらったらわかりやすかった。
 闇の生き物っていうのがビックリだけれど。

「そういうこと。それでその呪われた石を見つけるために石の声を聞く者、つまり要芽ちゃんの力が必要なのよ」

 春花さんは優しくほほ笑みながら、でも真剣な目で私を見つめる。

「協力してくれるかどうかは要芽ちゃんにまかせるわ、それは強要きょうようできないから。でも石の声が聞こえるようになってしまったせいであなたはディコルにねらわれやすくなってしまった」
「……はい」

 それは昨日も永遠から聞いた。
 ディコルは自分を見つけてしまう石の声を聞く人を排除はいじょしようとするって。

「だからあなたの守りの強化をするために今日は来てもらったの」
「はい……でもその守りの強化ってなにをするんですか?」

 そこのところを具体的に聞いてなかったなと思って質問すると、春花さんは肩に乗っていたスイを指に乗せて私に差し出すように見せた。

「この子はね、私の持っている翡翠ひすいの石のせいなの」
「へ? 石の、精?」

 どう見ても小鳥にしか見えないけれど……。

「って、いきなり言われてもわからないわよね」

 困惑こんわくする私に春香さんは優しく笑って、首にかけてあったネックレスを取り出す。
 服に隠れていて見えなかったけれど、そのペンダントトップは縦が二センチくらいの楕円形の翡翠だった。
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