宝石アモル

緋村燐

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黒い悪魔

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 次の日は学校につく前からドキドキしてた。
 もちろんどちらかというと悪い意味で!

 だって、学校に宝石を持って行くなんてバレたらすぐに没収ぼっしゅうされちゃう。
 この間のこともあるから、長谷川先生絶対鬼の形相ぎょうそうになるよ。

 ほとけの顔も三度までとかいうらしいけれど、きびしい長谷川先生は三度目までもたないから。

「……本当に大丈夫かなぁ?」

 登校中不安になった私はハーフパンツの左ポケットにそろっと手を入れた。
 こっちにはトパーズの指輪を入れてある。

『わくわく! カナメちゃんと学校、楽しいなぁ!』
「バレたら没収ぼっしゅうされちゃうんだからね? わかってるの? オウちゃん」

 石の部分にふれたとたんのんきな声が聞こえて思わず注意しちゃう。

 オウちゃんっていうのはトパーズの和名・黄玉おうぎょくから取って名づけた。
 ずっとトパーズって呼んでたら『リオくんだけ名前つけてもらっててうらやましい!』って言い出したからつけてあげたんだ。

『わかってるよぅ』
「もう」

 あきれてため息をついた私は、左手をぬいて今度は右ポケットに手を入れる。
 こっちにはリオくんが入ってる。

『やっぱりなんだかイヤな感じがする。カナメ、気をつけろよ?』
「気をつけろったって……」

 こっちはこっちで私とは違う意味で緊張してる感じ。

 私は長谷川先生にバレないように気をつけるので精一杯せいいっぱいだよ。

***

 教室に入ると、永遠くんはもう登校していて朝の準備も終えていた。

「あ、おはよう。早いんだね」

 隣にランドセルを置きながらあいさつして、石の声が聞こえるようになったことをどう切り出そうかと考える。

 絶対に永遠くんの水晶が原因だろうけど、もし違ってたら「なに言ってんの?」って言われて終わりじゃない?
 変人あつかいされるのはなれてるけど、だからって進んでそう思われたいわけじゃないし。

 でも、私が聞く前に永遠くんの方から切り出してくれた。

「おっ、はよう……その、今日はちょっと要芽さんに話があって」

 少しどもりながらだけれど、言い出してくれて助かる。

「良かった、私も永遠くんに話があったんだ」
「そっか……じゃあ、ちょっと場所変えて――」

「永遠くんおはよう! 昨日の話なんだけどさー」

 永遠くんは場所を変えて話そうって言おうとしたのかな?
 でも立ち上がったところで香ちゃんに声をかけられちゃった。
 
「あ、香さんおはよう。でもごめん、香さんはもういいんだ」
「え?」
「今用事があるのは要芽さんだから」
「え……」

 永遠くんに素っ気なく会話するのを断られた香ちゃんはポカンと口をあける。
 心なしかショックを受けているようにも見えて私は内心慌てた。

 ちょっ!?
 『もういいんだ』とかそんな言い方したら失礼でしょ!?
 確かに永遠くんは私と大事な話をするところだったけど……。断るにしても言い方があるんじゃない!?

 心の中で叫んでいたけれど、永遠くんは私の心の声になんて気づくはずもなく。
 香ちゃんになにかフォローを入れることもなく私に向き直った。

「要芽さん、行こう」
「え? あ……うん」

 香ちゃんをこのままにしていていいの? って思うけど、話があるのは私も同じだし……。

 迷いながらも永遠くんについて行くと、香ちゃんにキッとにらまれた。
 永遠くんが素っ気ないのは私のせいだとでも思ってるのかな?

 えー? とばっちり? カンベンしてよぉ。

 後からなにを言われるのか。
 それを考えただけで私はため息を止められなかった。

***

 重い足を動かして、あまり使わない廊下の奥にある階段へ来た。

 人がいないことを確認して向き直ると、永遠くんはあの水晶が入った巾着袋を取り出して口を開く。

「えっと……これ拾ってくれたの要芽さんなんだって? ありがとう」
「あ、うん。どういたしまして」
「それでさ、単刀直入たんとうちょくにゅうに聞くけど……要芽さん、昨日この中身さわった?」
「うん。中身出た状態で落ちてたから」

 昨日から私によそよそしい態度をとる永遠くん。
 最初はどもったりしてたけど、話しているうちになれたのか言葉はスムーズになってきた。

「この水晶、最初光ってなかった? さわってから光らなくなったとか……」
「うん、虹色に光ってた」

 水晶を袋から出しながら聞く永遠くんに、私はうなずいてさらに話し出す。

「ねぇ、それなんなの? はじめはアイリスクォーツかなって思ったけど中が虹色に光ってるわけじゃないし」
「へ? アイリスクォーツ?」
「それ、本物の水晶だよね? さわったときかたそうでひんやりしてたし、ガラス玉じゃないことはたしかだし」
「お、おう……?」

 緊張した面持ちだった永遠くんの顔が戸惑とまどいぎみになる。
 このまま話したらいつもみたいに引かれるって思ったけれど、石のことになると止まれなかった。

「ちゃんとは見れなかったけど、まったくキズがないわけじゃあなさそうだから人工じんこう水晶でもないでしょ?」
「……」
「ってことは本物の水晶だよね? でも普通の水晶はあんなふうに光らないよね? なにがどうなってるの?」
「ちょ、近い!」

 石について語ってたからか思わずつめ寄っちゃってたみたい。
 近づいた私を離すように肩を軽く押された。

「なんだよ……要芽さん、そんなしゃべる人だったのか? てか、くわしすぎ」

 あ、引かれたかな?

 見栄みばえのいい顔がしぶくなってる。
 やっちゃった、と思わなくもないけどこれが私だし仕方ないよね。

「大人しくてかわいい子だと思ってたのに……」

 ため息と一緒に永遠くんの口から出てきた言葉は明らかにゲンメツした声。

 ため息をはきたいのは私だって同じなんだけど!?

 ムカッとしたけれど、その後の永遠くんは面白そうに笑った。

「でも、良かったかも。パートナーが要芽さんかもしれないって思ってめっちゃ緊張してたから」
「へ?」

 予想外のホッとした様子と、『パートナー』っていう単語にはてなマークを浮かべる。

 私の宝石好きを面白がるのは柚乃や澪音くんっていう前例があるからまだわかる。
 でもパートナーってなんなんだろう?

「緊張しすぎてシゴトにならなかったら困るなーって思ってたし。……まあ、ちょっと残念だけどな」
「なんか最後のひとこと余計じゃない? って、それよりパートナーってなに? シゴトってのも」

 それに石の声が聞こえる理由も聞けてない。
 ……まあ、それは私が石について熱弁ねつべんしちゃったからなんだろうけど。

「もちろんちゃんと話すって」

 さっきまでの緊張した様子がウソみたいに気安きやすい態度。
 そんな永遠くんにどこか不満を覚える。

 こっちの方がいいから別にいいんだけど……でもなんか、変わるの早すぎじゃない?

 ムッとしたけれど、また話をさえぎるわけにはいかないよね、と思ってガマンした。
 話しを聞く体勢になった私は、リオくんの意見も聞きたくて右ポケットに手を入れる。

「まず、この水晶には【まじない】がかけられていたんだ。手に取った人が石の声を聞く力をられるようにって」
「それ……!」

 まさにな状況にやっぱりって思う。
 リオくんからも『やっぱりな……』ってかたい声が聞こえた。

「でもさ、誰でもその力をられるわけじゃなくて、石との相性あいしょうっていうのか? そういうのが合わないと力をもらえないんだって」
『つまり、カナメが相性良かったってことか』
「で、昨日落としたのを香さんが届けてくれて。その後で見たら水晶の光消えてるだろ? だから香さんが? って思って話を聞いてみたらなんか違うし」
「……」
「で、よくよく話を聞いてみれば最初にひろってくれたのが要芽さんだっていうだろ? だから要芽さんが力をたのかなって」

 どう? って、確信かくしんを持っている様子で問いかけてくる永遠くんに私はうなずく。

「うん。確かに昨日その水晶をさわったときから声が聞こえるようになったよ」

 私の答えに永遠くんは「やっぱり!」ってうれしそうに笑顔を浮かべる。
 そういう顔はちょっと可愛くも見えて好感こうかんを持てた。

 でも、そのよろこびのまま近づいて私の左手をギュッとにぎった永遠くんはテンションが高すぎてちょっと引く。

「ずっと探してた……要芽さん! キミが俺のパートナーだ!」
「え、ええぇ?」
「実は俺の家、代々特殊とくしゅなシゴトをしてるんだけど……そのシゴトをするためには石の声を聞ける人をパートナーにしなきゃなくてさ。だからこの水晶と相性あいしょうがいい人をずっと探してたんだ!」
「へ、へぇ……」

 あまりのいきおいにあいづちもまともに打てない。
 もしかして私が宝石のことかたるときもこんな感じなのかな?

 これはたしかに引かれても仕方ないのかも、ってちょっと反省した。

『カナメ? しっかりするんだ。ちゃんと聞かないと、そのシゴトってやつを無理矢理手伝わされるぞ?』
「!」

 リオくんのしかるような声にハッとする。

 そうだよ!
 石の声が聞こえるようになったのは私もうれしいから良いけど、そのシゴトを手伝うパートナーになるのは良いとは言ってない。

「ちょっと待って! パートナーって言われても分かんないよ。大体シゴトってなんなの?」
「ああ、それは――」

「なに? 二人とももうそんな関係なの?」
「へ?」
「は?」

 とつぜん聞こえた声の方を見ると、ちょっと泣きそうな顔の香ちゃんがいた。

「手をにぎったりして……永遠くん、昨日私と一緒に帰ったりしてくれたのに……」

 ふるえる声でそう言った香ちゃんは、涙目で私をにらんだ。

「要芽ちゃんも要芽ちゃんだよ! そういう関係なら昨日わざわざ私に永遠くんの落とし物あずけなくてもいいじゃない!」
「え? いや、まず『そういう関係』ってなに?」
「しらばっくれないで!」

 興奮してるみたいな香ちゃんには私の言葉がちゃんと伝わってないみたい。
 変なたりをされているだけな気がしてすっごく困る。

「ひどい、ひどいよ二人とも……」
「――! マズイ!」

 ポロポロ泣き出す香ちゃんに、永遠くんが私の手をはなして警戒するようにかまえた。
 なにしてるの? って思っていたら、香ちゃんの胸の辺りから黒いモヤモヤが出てきているのが見える。

「え……? なに、あれ」

 黒いモヤはこぶしくらいのかたまりになって、今度は香ちゃんの手の中に吸い込まれていく。

 ううん。手の中っていうか、香ちゃんの持っているストラップの石が吸い込んでる。
 あれは……ローズクォーツ?

「なんでこんな小さな石にまでっ!?」

 緊迫きんぱくした様子の永遠くん。
 私はなにがなんだか分からなくてただ香ちゃんの様子を見ているだけだった。

 ストラップについているローズクォーツに吸い込まれている黒いモヤ。
 それが全部石に入りきる前に、今度は石の中からなにかが現れた。

 真っ黒な、光を反射はんしゃしない黒い影。見た目は小鬼こおにとか、小さい悪魔って感じ。
 でもその小ささなんて関係なく、その黒さは見ただけで恐怖をかきたてる。
 こわくなった私は、さわっていたリオくんをギュッとにぎりしめた。

「っ! 要芽!!」

 私を呼び捨てにして叫ぶ永遠くんの声と同時に、その小さい悪魔が私に向かってなにか黒いものを投げつける。
 それが良くないもので、攻撃されたんだってことはなんとなくすぐに理解りかいした。
 でも、元々運動オンチの私は怖くて足がすくんでしまった。

「っ、や――」
『させないよ』

 私が悲鳴を上げる前に、リオくんの落ち着いた声が聞こえる。
 すると、今にも当たりそうだった黒いものがなにかにはじかれて消えた。

「え?」
「なっ!? なんでだ!?」

 私以上に驚く永遠くんと目が合う。
 答えを求められてる気がするけど、私だってわからないよ!

『まったく……カナメ、ソイツに伝えて。早くたおさないとまた攻撃されるって』
「え? ええ?」

 非日常的なことが起こる中、リオくんの冷静れいせいな声が頭に響く。
 戸惑とまどいしかなかったけれど、私は言われた通り永遠くんに言葉を伝えた。

「あ、えと……永遠くん! 早くたおさないと攻撃されるよ、だって!」
「は? どういう……あーもう! 後でちゃんと話聞くからな!」

 永遠くんも戸惑とまどってるのかな?
 さっきまでは比較的丁寧だった口調がくずれてる。
 私のこと呼び捨てにもしてたし。

「でも確かにはらってしまわないとな」

 香ちゃんに向き直った永遠くんは水晶玉をしまって、代わりにポケットからりたたみ式の小型ナイフみたいなものを取り出した。
 でも出てきた刃の部分は切れ味がするどそうなナイフじゃなくて……。

「水晶? ……ちがう、ムーンストーンだ」

 細長い半透明の石の表面にぼんやりと光が浮かび上がってる。
 シラーと呼ばれるこの光の効果はムーンストーンの特徴とくちょうだ。

 こんなときでも石に関してはしっかり把握はあくしようとしてしまうところは、本当私らしいって思う。
 さすがに自分にあきれたけれど、宝石好きは止められないんだよね。

「月の光をまじないで集めたムーンストーンのナイフだ。ディコル、月の浄化じょうかの力を受けろ!」

 ディコル?
 知らない単語に疑問を覚えるけれど、その間にも永遠くんは香ちゃんに向かっていく。

 香ちゃんはどこかボーっとしていて、意識がハッキリしているのかもあやしい。
 どうなっちゃうのかなって見ていたら、永遠くんは小さな悪魔をムーンストーンのナイフで切った。
 
『ギャアァァァ!』

 かん高い断末魔だんまつまに思わず耳をふさぐ。
 でも聞こえているのは私だけなのか、永遠くんはすずしい顔で香ちゃんの持っているローズクォーツを見ていた。

 悲鳴を上げた小さな悪魔は切られた場所からくずれるようにちりになって消える。
 香ちゃんから出てきた黒いモヤも一緒に消えて……とりあえず危ないことはなくなったのかな? って思った。

 黒いモヤと悪魔が消えて、永遠くんもムーンストーンのナイフをしまう。
 そしたら香ちゃんが夢から覚めたみたいにハッとして何度もまばたきした。

「あ、あれ? 私、何してたんだっけ?」
「え?」

 覚えてないの?
 モヤとか悪魔はともかく、その前にわけわかんないこと言って私たちに「ひどいよ!」って言ったことも?

「昨日永遠くんと話して、私もローズクォーツのストラップ持ってるんだって話したから……それで見せようってここに持ってきたのまでは覚えてるんだけど……」

 直前に感情をあらくしていたことは忘れちゃってるみたい。
 不思議そうに首をかしげる様子を見てもウソをついてるようには見えないし。
 どうして? って首をかしげていると、階段の上の方から声が掛けられた。

「あれ? こんなところでなにしてんの?」

 聞き覚えのある声に顔を上げたら、丁度上から澪音くんが下りてくる所だった。

「れ、澪音くん!?」

 真っ先に反応したのは香ちゃん。
 イケメンな人気の上級生に会えて驚きと喜びの顔を見せてる。
 澪音くんは不思議そうに軽く頭を傾けると、香ちゃんを見ながら口を開いた。

「もう少しで朝の会はじまるんじゃないか? こんなところにいて良いの?」
「そ、そうだね! 二人とも、私先に教室戻ってるね!」

 話しかけられた香ちゃんは、ほっぺを赤く染めてちょっと挙動不審きょどうふしんな感じでいなくなる。
 きゃー! ってはしゃぎながら走り去って行って、その姿はいつものイケメン好きな香ちゃんだった。
 永遠くんだけを気にして私をにらんでくることもない。

 ……本当、なにがどうなってるの?

「そういえばそいつ、見たことない顔だけどもしかして昨日転校してきたっていう……?」
「え? あ、うん。金剛永遠くんっていうんだ」

 永遠くんを見て疑問に思ったらしい澪音くんの質問に、私は視線を戻して紹介する。

 澪音くん、表情は笑顔だけどなんだか警戒けいかいしてる?
 誰にでも気さくな澪音くんにしては緊張している感じ。……変なの。

「そういうあんたは? 誰?」

 永遠くんも永遠くんで、なんだかムスッとしてる。

「あ、永遠くん。こっちは三井・ディア・澪音くん。六年生だよ」

 なんとなく間に入った方がいい気がして、私が紹介した。
 でも二人の間の微妙びみょうな雰囲気は変わらなくて、なんだかいごこちが悪い。

 もう、二人ともなんなの?

「六年生が、なんでわざわざこんな時間に下りて来たんだ?」
「そりゃあ、いつもは静かな場所からさわがしい声が聞こえたからだよ」

 探るような永遠くんの質問に、澪音くんは両手のひらを横に上げて答える。
 少しおどけているようにも見える澪音くんに、永遠くんは「……あっそ」と短く返した。

「じゃあ本当に朝の会始まっちゃうし、僕も戻るよ」
「あ、うん。じゃあね」

 そのまま階段を上がっていった澪音くんを見送ってから、私と永遠くんも5-1の教室に戻る。
 教室のドアを開ける前に、永遠くんは「くわしい話は昼休みに」って私に告げた。

「わ、わかった」

 私はうなずいたけれど、色んなことが気になりすぎて午前中の授業は身が入らなかった。
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