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あんたなんかが、幸せになれるわけないのよ!

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「ァミナ。



 ぃこうー。」


私の最愛の婚約者クルス様は

にっこりと笑って

私に手を差し出した。



はっきり声が聞こえなくても、

クルス様が私を呼んでくれているのは

よくわかった。



ふわふわと、

雪が舞う冬の日。



静かな世界の中で、


クルス様は

キラキラと輝いて見えた。



私、ラミナは

生まれつき耳が悪かった。



言葉を捕まえるのが苦手な私は

人と会話することは

とても難しかった。



声の大きさの調整、

綺麗な発音

そのどれもができない私を


クルス様は受け入れてくださった。



「はい!」


私は、元気よく返事をして

クルス様の側に駆け寄った。




「ーィナ。」




女の人の声?

私をよんだ?



私には

声がどこから発生しているのか

分からない。




「っちを


 むきぁさぃよ!!」



棘棘した

私を攻撃する声。


私は

この声を知っている。



誰かが私の肩を掴み、

強引に振り向かせた。




「サラウ、、。」



そこにいたのは、

私の継妹であるサラウだった。



私の母は、

私が本当に小さい頃に

死んでしまい


物心つく頃には、

新しい母親がやってきた。



耳が聞こえない私のことを


鬱陶しく感じていたのか、


継母は私に

きつく当たった。




継妹であるサラウも

同様だった。



「ぁんぁなんぁが、


 しぁわせにぁれぅわけなぃぉよ!」


何を言ってるんだか、

わからないな。



なんとなくの、

察しはつくけど。

 

こういう時は、

サラウの言葉が聞こえなくて

良かったと思う。



「お父様。」



サラウの後ろには、

父と継母が立っていた。



継母は

何やら

クルス様と話している。




父は私の前にやってきて、

視線を合わせると


「ごめんな。」


と言った。



今まで何百回も

言われてきた言葉。




この言葉だけは、

いつも鮮明に聞き取れた。



父は

私に一枚の紙を差し出した。



そこには


ークルス様とラミナは


 婚約破棄することになった。




 クルス様は


 サラウと結婚するーー


と書かれていた。



私はうつむいて、

涙を必死でこらえた。



泣いたって、

何も変わらない。



こんな幸せが、 

一生続くはずは無かったんだ。



私はクルス様を見つめた。



クルス様は真っすぐ歩いて来ると、


私の手を握った。



「ぃこう、

 ァミナ。」



私は少し考えて、

クルス様の手を優しく剥がした。



クルス様が

悲しい顔で私を見る。



「良いのです。クルス様。



 幸せに、なってください。」



私はそう、呟いた。

父に連れられて、

私は車に乗った。



クルス様を振り返ると

泣いてしまう気がしたから、

私はただうつむいて、


クルス様が遠くなるのを待った。



「一度はいらないと、


 言ったくせに。




 欲しくなったら、



 なんでも手をのばすのね。」


私はぽつりと呟いた。

父は私をちらりと見ただけで、


何も言ってはくれなかった。



貴方はいつも、

そうですね、お父様。





------------------------------------



「初めから会わなければ、


 こんなに辛く無かったのに。」



実家に帰った私は

かつてのように部屋に閉じこもって

ぼんやりとしていた。





初めから

クルス様は

サラウと婚約するはずだった。



クルス様との

婚約をしたくない、

と駄々をこねたのはサラウだ。






クルス様は

上級伯爵家の当主であり、

この国における身分は

高かった。



だが、

サラウと婚約話が出た当初、

クルス様の家は困窮していた。




王の不興を買い、

役職にもつけず、


家が取り壊されるのではないか、


という噂すらたっていた。




クルス様と結婚すれば、

貧乏生活が待っていると

確信したサラウは、


クルス様との婚約を


断固拒否した。



そこで、

私に突然


婚約の話があがった。



ラミナをクルスと

婚約させればいいじゃない!


そのサラウの一言で


私はクルス様と婚約することになった。



だが、

事態は変わった。


王が急死し、

皇太子が国王になると、




クルス様は

国王の右腕としての役職を

与えられた。



クルス様は、


皇太子とは

学生時代からの友人なのさ、

と私に教えてくれた。




「けど、


 サラウに、



 我慢できるのかしら。」



私は、ただ

じっくりと待っていた。



サラウが

全てが嫌になって

この家に戻ってくるのを。




クルス様が

偉くなった途端、

サラウは態度を変え、


私から婚約者を奪い取った。



そんなサラウを

私は許したくない。




「私が、


 貴方に虐められてばかりだと、



 思わないでよね。」




------------------------------------




「ねぇ、なぜ?!


 この家に一人も使用人がいないのは、



 なぜなの?!!」


サラウが喚き散らすのを、


僕、クルスは少し離れたところから

眺めた。



くだらないやつ。



「ねぇ、クルス!!


 黙ってないで、


 なんとか言ってよ!」



なぜ同じ姉妹で

こうも性格が違うんだろう。



あぁ、うるさい。


僕は耳を押さえたい衝動に駆られる。



が、

しょうがない。



きっとこれは、

ラミナがサラウを

穏便に追い返すために仕掛けた


罠に違いないと思う。



「まぁ、そう怒らないでください。


 貴方が来る前から、



 この家にはずっと


 使用人がいないのです。」



これは本当の話だ。

食事の用意、洗濯、掃除まで

全て

ラミナが一人でやってくれていた。




「はぁ?!

 なぜ?!」




あぁ、口が悪い。




「サラウ嬢も聞いていたでしょう?



 僕は全王の時代、


 王の不興を買い、


 役職につくことができず、



 金銭的に苦しい状況でした。



 そのため使用人を雇う余裕は


 無かったのです。」




ラミナは

僕を睨みつけた。


きつい顔だなあ。

早くラミナの優しい笑顔が

見たいんだけど。




「少し前はそうだったかも


 しれないけど、



 今は違うでしょう?!



 なぜ使用人を雇わないの!」





「今はまだ、


 役職につけて


 日が浅い。



 使用人を雇うだけの



 金が無いのです。」


まぁ、これは嘘だ。


僕はラミナに

何度も尋ねた。


一人で全ての家事をするのは

大変だろ?


使用人を雇おうと思うんだけど。




ラミナはいつもにっこりと笑って

答えた。



良いのです、クルス様。

私は家事が全然苦ではありません。



クルス様と、

二人でいられることが


何よりも幸せなのです。


 
今から思うと、

ラミナは


サラウが自分の場所を

とって変わろうとすると

予測していたのかもしれない。




「そんなっっ。」



馬鹿だね、

サラウ。


君は家事なんてできっこないだろ?





「僕はこれからも、


 使用人を雇うつもりはないよ?



 もしも君がここにいたいなら、



 家事全て、


 君にやってもらわなきゃいけない。」



さぁ出ていけ。

ここは君の場所じゃないんだ。




------------------------------------



結局、

数日後

サラウは

実家に戻ってきた。





「ぁんぁなんぁが、


 しぁわせにぁれぁいよ!」



だから、何を言ってるか

わからないけど。





お生憎様。

私は幸せになるわ。



私は

優しく微笑むクルス様のもとに


駆け寄った。



「寂しかったです。クルス様。」



「ぼくもだょ、ぁミナ。」



前国王時代に

大量の賄賂を送ることで

地位を得ていた父は

失脚した。




サラウは

必死で

よりより婚約者を探したようだが、


力を失った父では

良い婚約者を見つけることなど


できなかった。



サラウは結局、

婚期を逃して

今も実家で威張り散らしているらしい。




まぁ、

私の知ったことではないけど。



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