上 下
1 / 1

私と、婚約破棄してほしい。

しおりを挟む


「トオル。


 私と、


 婚約破棄、してほしい。」


アイはそう言うと

僕に深々と土下座した。


アパートの一室。



俺は読んでいた漫画を、

ぱたりと閉じると

アイと膝を合わせて正座をした。




「なんで
 
 婚約破棄したいんだ?」


僕は32歳の地方公務員だ。


幼馴染のアイと

小学校の同窓会で再会し、

一ヶ月ほど前に婚約をしたばかりだ。


アイはフリーの翻訳家として

生計を立てている。




アイは、 

ネコのような丸い目で、

僕を真っ直ぐに見つめて言った。



「どうしても諦められない


 夢があるの。」



僕はアイの両手をぎゅっと掴んだ。




「どんな夢?」



「宇宙飛行士になりたい。



 ずっと昔から、


 夢だったの。」




僕は別に、

驚きはしなかった。



アイは小さい頃から、

天体が好きだった。


 
オリオン流星群をみに、

アイの家族と一緒に山に登ったことを


思い出す。

  


「これまでも一度


 宇宙飛行士になる試験を


 受けたんだけど受からなくて、、



 もう、30歳も過ぎちゃったし



 諦めるつもり


 だったんだけど、、。」



僕は、アイの髪を

優しく撫でた。



「諦めたくないんだよな。





アイは深く頷いた。


「いつ試験があるんだ?」



「一年半後なの。」


アイが俯いて答えた。


僕はうつむいたアイの顔を覗き込んだ。



「僕は、

 アイのことを応援するよ。



 それがなんで婚約破棄につながるの?」




「だって!!」



アイは勢いよく顔をあげた。



「試験は一年間もあるんだよ。


 しかもアメリカで。」



ほう。遠いな。



「それで?」




「それに、私、


 何かに集中したら、


 そればっかりになっちゃうし、、」



そういうとこ、あるよね。




「そうだよね。


 そんでそれがどうして


 婚約破棄につながるの?」




「わ、私


 もう32だよ?


 これから一年半後に


 一年間試験受けて、

 それでもう2年半もトオルを待たせて、、



 もしも試験に受かったら、


 そこからまた何年も


 日本に帰ってこれないし、、」



僕は静かに言葉を失った。


そうか、

宇宙飛行士になるには、

そんなにも長い時間がかかるのか、、。



「トオル、昔、言ってたよね。

 温かい家庭を作るのが夢だって。




 私には、、



 トオルの夢を



 叶えられない


 かもしれない、、、!」



僕は小さく息を吸った。



アイは僕の夢、

覚えていたんだな。



「小学生ときに言ったこと、

 覚えてくれていたんだね。」



「そう。


 一緒に天体観測に行った時


 トオルが教えてくれたの、


 よく覚えてる。」

アイは涙声で言った。




僕は物心ついたときには、

両親は側におらず、


孤児院で育った。
 


だから、

僕は家庭への憧れが誰よりも強かった。




「ねぇ、アイ。


 僕がその夢をアイに話したとき、



 その後に言った言葉、覚えてる?」


アイはぶんぶんと首を振った、




僕も、あの日のことをよく覚えてる。



「小学生の僕はね、


 アイにこう言ったんだ。」



 懐かしいな。



「『僕の夢は


  温かい家庭を築くことだったんだ。



  けど、
 

  なんかさ


  こうやって

  アイの家族とキャンプができてさ、

 
  夢叶っちゃったみたいだよ。』



 小学校の僕は、


 あの時本気でそう思った。」




あの時から、

僕の夢は


"アイ"と

幸せな時を過ごすことに変わった。




「僕はアイを待つよ。



 何年でも。」



「トオル、、、



 いいの?」




「婚約破棄するなんて、


 言わないで。



 一緒に、頑張ろう?」





------------------------------------




5年後。



「トオルーーー!!」



画面越しに見るアイの顔は

輝いていた。




「よかったなぁ、アイ。」




アイは

満面の笑みを浮かべて

手を大きく振った。




「だいすきーー!!!」



僕の夢は、もう叶ってるんだよ。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

手のひら返しが凄すぎて引くんですけど

マルローネ
恋愛
男爵令嬢のエリナは侯爵令息のクラウドに婚約破棄をされてしまった。 地位が低すぎるというのがその理由だったのだ。 悲しみに暮れたエリナは新しい恋に生きることを誓った。 新しい相手も見つかった時、侯爵令息のクラウドが急に手のひらを返し始める。 その理由はエリナの父親の地位が急に上がったのが原因だったのだが……。

もううんざりですので、実家に帰らせていただきます

ルイス
恋愛
「あなたの浮気には耐えられなくなりましたので、婚約中の身ですが実家の屋敷に帰らせていただきます」 伯爵令嬢のシルファ・ウォークライは耐えられなくなって、リーガス・ドルアット侯爵令息の元から姿を消した。リーガスは反省し二度と浮気をしないとばかりに彼女を追いかけて行くが……。

もう一度婚約したいのですか?……分かりました、ただし条件があります

香木あかり
恋愛
「なあララ、君こそが僕の理想だったんだ。僕とやり直そう」 「お断りします」 「君と僕こそ運命の糸で結ばれているんだ!だから……」 「それは気のせいです」 「僕と結婚すれば、君は何でも手に入るんだぞ!」 「結構でございます」 公爵令嬢のララは、他に好きな人が出来たからという理由で第二王子レナードに婚約破棄される。もともと嫌々婚約していたララは、喜んで受け入れた。 しかし一ヶ月もしないうちに、再び婚約を迫られることになる。 「僕が悪かった。もう他の女を理想だなんて言わない。だから、もう一度婚約してくれないか?愛しているんだ、ララ」 「もう一度婚約したいのですか?……分かりました、ただし条件があります」 アホな申し出に呆れるララだったが、あまりにもしつこいので、ある条件付きで受け入れることにした。 ※複数サイトで掲載中です

【完結】あなた、私の代わりに妊娠して、出産して下さい!

春野オカリナ
恋愛
 私は、今、絶賛懐妊中だ。  私の嫁ぎ先は、伯爵家で私は子爵家の出なので、玉の輿だった。  ある日、私は聞いてしまった。義父母と夫が相談しているのを…  「今度、生まれてくる子供が女の子なら、妾を作って、跡取りを生んでもらえばどうだろう」  私は、頭に来た。私だって、好きで女の子ばかり生んでいる訳じゃあないのに、三人の娘達だって、全て夫の子供じゃあないか。  切れた私は、義父母と夫に  「そんなに男の子が欲しいのなら、貴方が妊娠して、子供を産めばいいんだわ」  家中に響き渡る声で、怒鳴った時、  《よし、その願い叶えてやろう》  何処からか、謎の声が聞こえて、翌日、夫が私の代わりに妊娠していた。  

まさか、今更婚約破棄……ですか?

灯倉日鈴(合歓鈴)
恋愛
チャールストン伯爵家はエンバー伯爵家との家業の繋がりから、お互いの子供を結婚させる約束をしていた。 エンバー家の長男ロバートは、許嫁であるチャールストン家の長女オリビアのことがとにかく気に入らなかった。 なので、卒業パーティーの夜、他の女性と一緒にいるところを見せつけ、派手に恥を掻かせて婚約破棄しようと画策したが……!? 色々こじらせた男の結末。 数話で終わる予定です。 ※タイトル変更しました。

どうぞ、お好きになさって

碧水 遥
恋愛
「貴様との婚約を破棄する!!」  人の気も知らないで。  ええ、どうぞお好きになさいませ。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

利用されるだけの人生に、さよならを。

ふまさ
恋愛
 公爵令嬢のアラーナは、婚約者である第一王子のエイベルと、実妹のアヴリルの不貞行為を目撃してしまう。けれど二人は悪びれるどころか、平然としている。どころか二人の仲は、アラーナの両親も承知していた。  アラーナの努力は、全てアヴリルのためだった。それを理解してしまったアラーナは、糸が切れたように、頑張れなくなってしまう。でも、頑張れないアラーナに、居場所はない。  アラーナは自害を決意し、実行する。だが、それを知った家族の反応は、残酷なものだった。  ──しかし。  運命の歯車は確実に、ゆっくりと、狂っていく。

処理中です...