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私と、婚約破棄してほしい。
しおりを挟む「トオル。
私と、
婚約破棄、してほしい。」
アイはそう言うと
僕に深々と土下座した。
アパートの一室。
俺は読んでいた漫画を、
ぱたりと閉じると
アイと膝を合わせて正座をした。
「なんで
婚約破棄したいんだ?」
僕は32歳の地方公務員だ。
幼馴染のアイと
小学校の同窓会で再会し、
一ヶ月ほど前に婚約をしたばかりだ。
アイはフリーの翻訳家として
生計を立てている。
アイは、
ネコのような丸い目で、
僕を真っ直ぐに見つめて言った。
「どうしても諦められない
夢があるの。」
僕はアイの両手をぎゅっと掴んだ。
「どんな夢?」
「宇宙飛行士になりたい。
ずっと昔から、
夢だったの。」
僕は別に、
驚きはしなかった。
アイは小さい頃から、
天体が好きだった。
オリオン流星群をみに、
アイの家族と一緒に山に登ったことを
思い出す。
「これまでも一度
宇宙飛行士になる試験を
受けたんだけど受からなくて、、
もう、30歳も過ぎちゃったし
諦めるつもり
だったんだけど、、。」
僕は、アイの髪を
優しく撫でた。
「諦めたくないんだよな。
アイは深く頷いた。
「いつ試験があるんだ?」
「一年半後なの。」
アイが俯いて答えた。
僕はうつむいたアイの顔を覗き込んだ。
「僕は、
アイのことを応援するよ。
それがなんで婚約破棄につながるの?」
「だって!!」
アイは勢いよく顔をあげた。
「試験は一年間もあるんだよ。
しかもアメリカで。」
ほう。遠いな。
「それで?」
「それに、私、
何かに集中したら、
そればっかりになっちゃうし、、」
そういうとこ、あるよね。
「そうだよね。
そんでそれがどうして
婚約破棄につながるの?」
「わ、私
もう32だよ?
これから一年半後に
一年間試験受けて、
それでもう2年半もトオルを待たせて、、
もしも試験に受かったら、
そこからまた何年も
日本に帰ってこれないし、、」
僕は静かに言葉を失った。
そうか、
宇宙飛行士になるには、
そんなにも長い時間がかかるのか、、。
「トオル、昔、言ってたよね。
温かい家庭を作るのが夢だって。
私には、、
トオルの夢を
叶えられない
かもしれない、、、!」
僕は小さく息を吸った。
アイは僕の夢、
覚えていたんだな。
「小学生ときに言ったこと、
覚えてくれていたんだね。」
「そう。
一緒に天体観測に行った時
トオルが教えてくれたの、
よく覚えてる。」
アイは涙声で言った。
僕は物心ついたときには、
両親は側におらず、
孤児院で育った。
だから、
僕は家庭への憧れが誰よりも強かった。
「ねぇ、アイ。
僕がその夢をアイに話したとき、
その後に言った言葉、覚えてる?」
アイはぶんぶんと首を振った、
僕も、あの日のことをよく覚えてる。
「小学生の僕はね、
アイにこう言ったんだ。」
懐かしいな。
「『僕の夢は
温かい家庭を築くことだったんだ。
けど、
なんかさ
こうやって
アイの家族とキャンプができてさ、
夢叶っちゃったみたいだよ。』
小学校の僕は、
あの時本気でそう思った。」
あの時から、
僕の夢は
"アイ"と
幸せな時を過ごすことに変わった。
「僕はアイを待つよ。
何年でも。」
「トオル、、、
いいの?」
「婚約破棄するなんて、
言わないで。
一緒に、頑張ろう?」
------------------------------------
5年後。
「トオルーーー!!」
画面越しに見るアイの顔は
輝いていた。
「よかったなぁ、アイ。」
アイは
満面の笑みを浮かべて
手を大きく振った。
「だいすきーー!!!」
僕の夢は、もう叶ってるんだよ。
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