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1.望まない婚約
しおりを挟むここは南の小国エドウィ王国。広間の中央の玉座に座るのは皇太子リッカルド。
その目の前に立つのは、皇太子リッカルドの由緒正しき婚約者であるアリーチと……孤児の私、ラウラ・アップル。
「ヴァンブリート伯爵家令嬢アリーチと婚約破棄し、ラウラ・アップルと婚約することをここに宣言する!」
皇太子リッカルドの宣言が広間に響き渡った。城の人々は驚き、ざわめきが広がる。皆の視線が一私に向けられる。あるものは羨望、あるものは憎悪を込めたまなざしで。
「はは……。」
信じられない状況の中で、私は乾いた声で笑うことしかできない。今日は、エドウィ国の建国を祝うパーティ。国中の貴族がこの場に駆けつけている。この場で、婚約宣言をすることの意味をリッカルドはわかっているのだろうか。
私の名前はラウラ。3か月前までは世界を旅する演劇団の踊り子にすぎなかった。
「どうしてよ……。」
私は赤ん坊の時に捨てられたので、両親の顔は知らない。まともな教育を受けたことがないため、読み書きは全くできなかった。礼儀作法どころか、まともに敬語を話すことができない。そもそも私は、エドウィ国の人間ではないのだ。
――皇太子の婚約者になるなんて、ありえない。
「ちょっと待ってよ!」
我に返った私は、リッカルドに向かって叫ぶ。
茶色い髪に、グレーの瞳のリッカルド・エドウィ皇太子。ガキっぽくてわがままな彼に目をつけられたのが運の尽き。
彼に嫌われようとわざと無礼に接してみたけれど、まったくの逆効果だった。舞台で踊る私に一目ぼれしたらしいリッカルドは、私も彼を好きだと思い込んでいる。私の意志を確認することなく、彼はこの婚約を決めてしまった。
「なんだい、ラウラ?」
「その婚約、絶対に反対だよ!」
何度もリッカルドにそう訴えてきたが、今まで全く聞いてもらえず、私はお城の中に監禁されていた。
――シンデレラストーリ……贅沢言うなって思う?
リッカルドに一目ぼれされてしまったせいで、私はこの数日間、命を狙われ続けている。体中傷だらけ。何度も殺されかけた。婚約者になってしまったら、事態はもっとひどくなるんだろう。
皆、正当な婚約者であるアリーチ様の味方で、私に冷たく当たる。アリーチ様の部下がどんなにひどく私をいじめたって、誰も止めてくれなかった。アリーチ様が私を恨むのは当然のことだと。
――皇太子の婚約者になりたいだなんて、一度も望んではいなかったのに。
「ああ、なんて優しい子だ。だがもうこれは決まったことで……。」
リッカルドは微笑みながら言う。
――このポンコツ皇太子が!
リッカルドの父親は優秀な王であるが、今は病に倒れて意識がない。無能な皇太子であるリッカルドが国王代理をしている。そんなリッカルドを支えるのは、幼いころからの許嫁であるアリーチ様であるはずだった。
「今からでも遅くないよ!ねえ、正気に戻ってよ。私は礼儀作法どころか、読み書きだってできないんだよ?!王妃になんてなれるはずないでしょ?!」
正しい敬語に礼儀作法。読み書き計算。今さらそれを一から身に着けるなんて無謀だし……何より私は自由に踊っていたかった。
――もう戻れないけどね。
だけど、演劇団のリーダーは私を皇太子にお金で売った。リーダはこっそりと借金を作っていて、それを返すために私を利用したのだ。孤児である私に、拒否権はなかった。
――ここにいたら一人ぼっちだ。
何度城から抜け出そうとしても、門番に見つかって引き戻される。これから一生、城の中で暮らしていかなくてはいけないと思うと……ぞっとする。
「だが君には特別な才能がある。何より僕はラウラを愛しているんだ。」
リッカルドの甘い声に背筋が凍る。私を愛していると彼は私に言うけれど……リッカルドは死にかける私を助けようとはしない。虐められている私を見殺しにしている。
――貴族たちを敵に回すのが怖いんでしょ?本当に私を愛しているなら、この監獄から私を解放してよ。
そんな気持ちをぐっとこらえて、私はリッカルドに訴えた。
「そう言ってくれるのは、嬉しいよ。だけどね、私よりもっとふさわしい人がいるでしょ!」
いじめっ子のアリーチ様は由緒正しきヴァンブリート家の令嬢。性格は悪いが、美しい見た目をもつ。完璧な礼儀作法に、社交界での地位は磐石。彼女以外、リッカルドの皇太子になるのは考えられない。
「わたくしに同情しないで頂戴!」
すると令嬢アリーチは悲しみに満ちた表情で叫んだ。これまでさんざん彼女にいじめられたけれど……令嬢アリーチに対する申し訳ない気持ちは少なからずある。
私がいなかったら、アリーチは婚約破棄を言い渡されれることはなかったはずだから。きっと皇太子の妃になるため、必死で頑張ってきたんだろうし。
「ごめん、アリーチ……。」
謝罪の意を込めてつぶやく。だけど、アリーチは私の言葉に怒りを強めた。
「哀れみを受けるのはごめんだわ!いい加減にして頂戴!」
――お願いだからアリーチ。リッカルドの気持ちを変えるのを手伝ってよ。婚約破棄したい私と、婚約破棄されたくないあなた。利害は一致している、そうでしょ?
「で、でも……。」
アリーチは私の手を取り固く握り締める。彼女の長い爪が指に食い込んできて痛い。
「リッカルドとお幸せにね。ラウラ。」
そう言うとアリーチは優雅にドレスの裾を持ち上げ、去っていった。
「アリーチも納得していることだし……ラウラは気にすることないよ。」
全く空気を読むことなく、リッカルドがとぼけた声で言う。
――ああもう!このポンコツ王子!
「もう、勘弁してよ……。」
頭を抱えてしゃがみこむ私を、リッカルドはもう見ていなかった。
――無能なお飾りの王妃様としての人生だなんて絶対に歩みたくないのに。
◇◇◇
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