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26.誘拐
しおりを挟む「ソファーで待ってて。」
ルカ様はそう言うと、キッチンからチョコレートケーキと温かい紅茶を持ってきてくれた。
いつもと同じ優しい笑顔で、ルカ様はスプーンでケーキをすくう。
「ほら。口開けて?」
「・・・できません。聞いたでしょう?私・・・だめなんです。・・・ルカ様とは一緒にいられない・・・。皆きっと認めてくれない・・・」
なぜ私は、泣いてるの?
誰にも認めてもらえなくたって、後15日間、どんな形であれルカ様をお守りすればいいだけなのに。
「ルネア。」
「ふぅううう。」
差し出された美味しそうなチョコレート。
それよりも甘いルカ様の眼差し。
貴方にふさわしい私でありたかった。
パーティで堂々としていられる、誰にも否定されない自分だったら・・・。
「そんなの関係ないよ。
ルネアはルネアだ。
最初からずっとそうだよ。
強くて、優しくて泣き虫なルネア。
ほら、食べて?」
口を開け、ルカ様のケーキを食べる。
いっぱいに広がるチョコレートの甘み。
「美味しいです・・・ルカ様・・・。」
「そうか。よかった。」
ぽんぽんとルカ様が私の頭を撫でる。
「師匠は・・・スパイなんかじゃありません・・・。私の両親のことを調査してくれていただけなんです・・・。」
剣士デル。無口で静かな師匠は私のことを本当の娘のように大切にしてくれた。
私が騎士団に入った17歳の頃、城の書庫で当時の情報を探しているところを見つかり・・・スパイ容疑で指名手配されてしまったのだ。
「そうか・・・。優しい人だったんだな。だいじょうぶだ。俺は絶対に、ルネアと婚約破棄はしない。」
「・・・え?」
絶対に・・・?
どういうことか尋ねようとしたが、ルカ様は私から逃れるように立ち上がった。
「二人だけのパーティをしよう。ルネア。」
ルカ様は微笑みを浮かべた。
二人だけのパーティ・・・?
「ルカ様は戻らなくてはいけないのでは・・・?」
首を振ったルカ様は、チョコレートを一口食べた。
「ちょうどいい口実ができた。パーティは欠席しよう。よく考えれば、最初からそうすればよかったんだ。
"第二王子だから"なんて、余計な肩書にとらわれて大切なことを忘れてたよ。」
「大切なこと・・・?」
今回のパーティはただのパーティではない。国王がついに後継者を決めるのではないか・・・そう噂されている。
だからこそ、このパーティをルカ様が欠席することはできない・・・はずだ。
「ルネアとの契約期間を幸せにすごして、なんとか生き延びることさ。よく考えたら30日のうちの7日間をパーティに費やすなんて勿体ない。」
本当に・・・?ルカ様だってこのパーティに出席する重要性は理解しているはずだ。
だがルカ様はいつも通りの穏やかな顔で私の手を取った。
「踊ろう?」
部屋に音楽をかけて、優雅にお辞儀をするルカ様。
「わたしっ踊れませんよ・・・?」
戸惑う私にお構いなく、ルカ様は私を音楽に合わせてくるくる回す。
「踊れるじゃないか。」
「ええ?!全然ですよ・・・!」
「いいんだ。楽しく音楽を聴いて体を揺らせば・・・誰も見ていないんだから。」
確かにそうだ。
ここには私とルカ様しかいない。
部屋の外で何が起こっていようとも、ここだけは私とルカ様のダンスパーティーだ。
ゴンゴンゴン!!
「ルカ様!!皆様ルカ様を待っておられます!早く会場に来てください!!」
部屋の外から兵士の声がする。
「すまんな。俺はパーティは欠席する。父上にもそう伝えてくれ!」
「・・・貴方は王子なのですよ?!そんなことできるわけないでしょう?!」
そうよね。ルカ様が出ないわけには・・・。
「ひとまず父上に聞いてこい!俺は絶対にパーティにでない!」
しばらくその押し問答を繰り返して、兵士はついに諦めたようだ。
「心配するな。オレが一人いなくたって、パーティは成り立つから。」
ルカ様がそういうのなら・・・。
「・・・そう、ですか。」
「ああ。それにしても、俺とルネアの人生は本当に謎だらけだ。
ルネアの過去を探っていた師匠がスパイ容疑で捕まるなんてな・・・。」
私は大きく頷いた。師匠は違法な手段で国の書庫に入ったわけではなく、しっかりと許可を取っていた。
その上で私の過去を探っていた師匠は・・・なぜかスパイを疑われてしまったのだ。師匠はもしかしたら、知るべきではない事実に気がついたのかもしれない。
「ルカ様の人生も・・・謎だらけなのですか?」
ルカ様は実のお母様のことを話すことはなかった。
「ああ。母は俺が生まれたときに事故で死んだと聞いているだけだ。その名前すら、教えてもらっていない。実は昔、書庫で情報を探したんだが・・・王妃に酷く怒られたよ。」
「師匠と似ていますね・・・。」
私達の過去には知られたくない何かがあるの?
「ルネアが森で倒れていた17年前・・・それはちょうど俺が生まれた頃だ。
もしかしたら・・・
俺とルネアは過去にもう関わっているんじゃないか・・・?」
ルカ様はぽつりと呟いた。
私に唯一残された記憶。
『・・・を守って、ルネア。』
その相手がルカ様だとするならば、それ以上嬉しいことはない。まるで私の運命が真っすぐルカ様に向かっていたみたい。
「だとしたら、奇跡ですね・・・。」
「ああ。最高に特別な奇跡だ。」
それから、ルカ様のことを呼びに来る人はいなかった。きっと国王様がパーティの欠席を許可してくれたんだろう。
◇◇◇
その日の夜、部屋にノックがあったのでドアをあけると、いつもの護衛が立っていた。
護衛といっても、いつも遠くからルカ様を見守ってるばかりで、ほとんど仕事はしないんだけど・・・。
「こんばんは。どうしましたか?」
護衛は無表情で言った。
「国王様がルネア様をお呼びです。ルネア様だけにお伝えしたいことがあると仰っていました。」
「国王様が・・・?」
一体何の話だろう。
「はい。長くはかからないとのことでした。ルカ様の命を救うために、大切なことだと・・・」
「すぐ行くわ。」
ちょうどルカ様は今お風呂にはいっている。すぐに帰ってくれば問題ないだろう。
そう思って護衛についていったのだが・・・国王様の自室とは違う方向に護衛は私を連れて行く。
「こちらに国王様がいらっしゃるのですか?」
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神殿か・・・まだ少し距離があるな。
国王様には申し訳ないが、あまり長い間ルカ様の側を離れるわけにはいかない。
「あの・・・そろそろ戻らなくてはいけないのですが・・・。」
「それはできませんね。」
何かがおかしい。
そう思った時には手遅れだった。
気がつくと、私は護衛の他に5人以上の男に囲まれていた。その中には・・・見覚えがある刺客がいる。
「裏切ったのですか?!」
護衛は小さく笑みを浮かべる。
「いいえ。私ははじめから、ゼルタ様の部下ですので・・・。裏切ってはおりませんよ?」
「そんな!!」
パーティ初日の夜、私はゼルタの部下に誘拐されてしまったのだ。
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