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1.離縁

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ステフィス国。騎士団訓練場。

「ルネア。今日は珍しく早上がりなんだな。こんな早く上がるなんて、何かあるのか?」

「今日は結婚一周年の記念日なんです。今日くらいは、ゆっくりしようと思いまして。」  

「もう結婚して1年かぁ早いもんだな。リーブスによろしく!」

騎士団の上官に挨拶し、私はステフィス城の訓練場を後にした。

今日は夫リーブスと結婚一年の記念日。訓練場からの帰り道、城内の屋台で柄にもなくケーキを買う。

「ルネアちゃんじゃないか。お菓子を買っていくなんて珍しいな!」

「夫が甘いものが好きなんですよ。」

「そうかそうか!ステフィス国の女騎士様も、夫の前では可愛い妻なんだなぁ!」

屋台のおじさんの言葉に、私は赤面し俯いた。

戦のたびに傷だらけになって帰ってくる妻は可愛いかな・・・?

私の名前はルネア・マレー。22歳。
ステフィス国、唯一の女騎士である。

1年前に騎士団の同僚であるリーブス・トスカーノと結婚した。

"女のくせに騎士だなんて野蛮だ"

ずっとそう言われ続けた私を、唯一認めてくれたのがリーブスだった。

"ルネアの気が済むまで、騎士を続けていいよ。その代わり、僕の側にずっといてほしい"

女としての生き方を諦めていた私は、リーブスの言葉に救われた。

私には血の繋りがある家族がいない。5歳の時、血だらけの状態で森に倒れているところを奇跡的に救出された。その後高熱をだし、森で倒れる前の記憶はほとんど失われていた。

唯一私に残った記憶は、女性の声。

『・・・を助けて、ルネア・・・』

その言葉に取り憑かれるように必死に剣の腕を磨き、17歳の時には騎士団に入隊した。

泥にまみれて剣を振るう騎士の私。
皆、男のようだと馬鹿にする私をお嫁にしようと考える変人はリーブスだけ。

「ルネアの所作は、いつも美しいな。」

リーブスの言葉に心はいつもときめく。私は今のままでいいんだと思わせてくれる。

騎士団の訓練服を着替え、珍しく白いドレスに身を包んだ。

(リーブス、びっくりするだろうな。)

結婚して一年が経つが、二人でゆっくりできる時間は少なかった。この一年、隣国との小さな戦が続き、騎士として駆り出されることが続いたからだ。
 
だからこそ、今日は幸せな一日にしたい。
私はドキドキしながら家のドアを開けた。

「リーブス、ただいま。リーブスが好きなケーキを買って・・・。」

リビングに足を踏み入れた私は、言葉を失う。

そこには、私の友人であるアリィと裸で抱き合うリーブスがいた。

「ルネア。ずいぶん早かったな。」  

リーブスは動揺せず、不遜な態度で私を見つめた。アリィはリーブスの背中に隠れ、小さく笑う。

「どういうことなの・・・?」

声が震える。

「見たら分かるだろう?ルネア。俺とアリィは"正しく"愛し合ってるんだ。」

リーブスは見せつけるように、アリィの指先にキスをした。

「え・・・。」

「馬鹿なルネア。本当に気づかなかったの?リーブス様はもうずっと前からこの家で私を愛してくれていたのよぉ?」

アリィはリーブスの肩に顔を擦り寄せた。
 
友達だと思っていたのにな、アリィ。
零れ落ちそうになる涙をなんとか堪える。

「なぜ・・・浮気したの?」

私の言葉にリーブスは顔を顰めた。

「浮気では無い。これは"正しい"恋愛だ。むしろ、君に求婚したときの僕がどうかしていたんだ。」

リーブスの言葉は容赦なく私を傷つける。
やっと家族を見つけられたと思っていたのに。

「私との恋愛は"正しく"なかったの?」

「女のくせに剣を振るってばかりの君と婚約することが正しいわけがないだろ?!」

そんなこと、貴方以外の人間に100回以上言われた。リーブスだけは違うとしんじていたけれど、間違いだったみたいだ。

「プロポーズの言葉を、忘れてしまったの?」

ありのままでいていい。騎士を続けていい。優しかったあの頃のリーブス。その面影はすっかりなくなっている。

リーブスは私を睨みつけて、アリィを抱きしめた。

「アリィの言葉で目が覚めたんだ。ルネア。君を一瞬でも好きだと思った僕がどうかしていた。」

アリィは勝ち誇った顔で私を見ている。思えばアリィが私の友人になったのは、私がリーブスと仲良くなった後だった。最初から私からリーブスを奪う目的で近づいたのかもしれない。

「私が、リーブス様に教えてさしあげたの!女騎士なんかと結婚していては、人生が滅茶苦茶になってしまうってね!ルネアは、血だらけで森に捨てられていたのよ?まともなはず無いじゃない!」

その過去だって、アリィを信頼していたから、話したのに。

「ひどい・・・」

悲しみと諦めが同時に襲ってくる。

「分かったなら、さっさとこの書類にサインをして、この家から出ていけ!!」

この家を追い出されても、私に行く宛はない。だが、これ以上リーブスの恐ろしい顔を見ていたくなかった。

「最低・・・。」

震える手で、離婚届にサインをする。

そんな私を尻目に、二人は楽しそうに話している。

「これからついに二人の生活が始まるのね。ねえ、リーブス様。ルネアと結婚していた悪夢なんて忘れてしまってね?」

「もちろんさ。本当に虚しい日々だった。あの女と結婚していて1つも良いことは無かったよ。」

私は黙って必要最低限の荷物をカバンに詰める。お金はあまりないけれど、何とか暮らす場所を見つけられるだろうか。

ここに戻ってくることは二度と無いだろう。帰ったときにおかえりと言ってくれる人がいる幸せ。それは私にとってはかけがえのない特別なものだったのに。

「書き終わったなら、さっさと出ていきなさいよ!」

私は、離婚届を手にリーブスを見つめた。
高圧的な恐ろしい顔でリーブスは尋ねた。

「何か言いたいことでもあるのか?」

最後にリーブスに言いたいこと。

浮気されたことも離縁することも勿論悲しい。でも、そんなことより幸せだった記憶が偽物だったことが何より悲しかった。

「体に、気をつけてね。」

そして、できるなら優しかった頃の貴方ともう一度話したい。

私の言葉にリーブスは目を見開いた。

「出ていってよ!!」

アリィの金切り声を背に、私は家をあとにした。ポロポロと涙が溢れて止まらない。

私はあの人を愛していたんだ。



   ◇◇◇
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