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第一章 イフィゲニア王都奪還作戦編
第07話 裏切り者と偽者
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シーザーの背中でアレックスは、未だ悩んでいた。
唐突に、ゲイリーの部隊から号令めいた掛け声が聞こえてくる。声に反応してアレックスが地上を窺うと、彼らがその前進を止めていた。そして、その中央が割れて華美に装飾を施された三騎の騎士たちが進んで来る。
先頭の騎士だけが白い虎のような動物に騎乗していた。自然とアレックスの視線がその騎士に誘導される。頭上に表示されている情報を見てアレックスが反射的に唸る。
「ほーう、あれが兄か。うむ、やはり表示が真っ赤っ赤だな。てか、弱ぁ……」
頭上の文字が、敵対ユニットを意味する赤文字で表示されていた。それはわかりきっていることだった。それでも、意外にもゲイリーのレベルが低く、アレックスが素直な感想を漏らす。ゲイリーがインペリアルフレイムを覚えていない時点で、それは概ね予想通りだが、あまりにも低い。低すぎる。
『ゲイリー・イフィゲニア レベル九五』
ステータス看破スキルを持っていないアレックスは、具体的な数値までは測れない。それでも、シルファと言うよりも、レベル一〇四のラヴィーナより低いことがわかったことだけ充分である。
それからアレックスが他の騎士たちへと視線を巡らせる。ターゲティング可能なユニットを全て確認したものの、ゲイリーよりレベルが高い者はおらず、レベル三〇から六〇の範囲でそこまで脅威ではないだろうと、アレックスは判断した。
アレックス、シーザー、そしてブラックの三人はレベル二〇〇。シルファが一三二で、先の通りラヴィーナが一〇四。シーザーの二人の副官も居るはずだ。計算上、ゲイリーより高レベル者が最低でも七人いる。いくら兵数が三分の一以下であろうとも、負ける気がせず、アレックスは余裕の態度を保てていた。
「それにしても、なんでアイツだけ虎なんだ? 他は馬なのに」
アレックスが身体を少し左に傾けて肩越しに振り向くと、シルファが呆れた表情をしていた。
「アレックス、本当にこの世界のことを知らないんですね……馬は馬でもフレイムホースです。我が国の新衛隊が騎乗する由緒正しき聖魔獣なんですよ」
「知らんもんは仕方がないじゃないか。それに、モンスターに由緒正しきとか言われてもな。要は強い馬ってことだろ?」
「あ、いえ、そうなんですけど……」
シルファに指摘されたのを切っ掛けに、アレックスがフレイムホースの情報を見る。レベル四〇を超えるのがチラホラといた。騎乗している騎士たちよりレベルが高い個体が確認でき、アレックスが唸る。
「ほーう、中々だな」
「それに、虎って……神獣様を何て言い方するのですかぁ。まあ、アレックスは魔神ですからそんな反応なのでしょうけど」
「ふーん、神獣ってことは、白虎ってことか?」
シルファの呆れたような物言いに対し、アレックスはさほど気にしない。なるほどなと頷くだけだ。
「やはり最高位の魔神であるアレックスともなると、下位の者には興味がないのですね……」
シルファが勝手にそう解釈し、頭痛を堪えるように両手で額を揉みはじめた。
「それにしても、親衛隊、ね。もしかすると、ゲイリーがトップなのかもな」
「そう言えば、兄が親衛隊と一緒にいるのは、確かに不思議です。しかも、白麗様は父以外をその背に乗せることがなかったのに……」
が、シルファが唱えた疑問の答えは、すぐに明らかになる。
その白麗に騎乗したゲイリーがさらに一歩前に出て兜を外した。シルファと同じ金髪をオールバックにしており、そのあらわになっている額には、一〇センチほどの白く真っ直ぐ渦を巻いた角が存在を主張している。そして、切れ長の碧眼からは挑発的な印象を受ける。
途端、ゲイリーが胸を少し反らせて大声を張った。
「其の方、風魔竜将軍とお見受けいたす。なにゆえ協定を結んだ我らを攻撃したのだ。納得のいく説明を求む!」
口上の内容から抗議されていることは理解できたが、どこかの誰かと勘違いしているのは明白だった。
「風魔竜将軍? 誰だそれ?」
当然、アレックスはそんな反応しかできない。
「さあ、おそらくシーザー上将軍のことを仰っているのかと思いますが」
「まあ、だろうな」
ジャンがそんな風に言うも、それはアレックスも察しがついている。それでも、それは答えになっていない。すると、アレックスの後方で、「そんな!」だとか、「まさか!」などと、シルファとラヴィーナが驚きの声を上げていた。
「そうか! シルファたちなら知っているよな」
再び後ろを振り向いたアレックスが、答えを期待するようにシルファが口を開くのを待った。それに応えるようにシルファが一度頷き、それを肯定する。
「ええ、知っています。風魔竜将軍は、シヴァ帝国が最近取り込んだドラグーン王国の大将軍の異名です。風を司る風竜の血族で、先程のシーザー様の攻撃をそれと勘違いしたのかもしれません」
「何だと! 魔人族しかいないんじゃないのかよ!」
「そうですよ。その風魔竜将軍ことウィンドネア大将軍も、シーザー様と同様にドラゴン形態をとれる魔人族です」
シルファの説明は、明らかに竜人族の説明だった。
(もしかしたら、角がある種族は全て魔人とされているのか? いや、しかし……ああっ、今はそれどころじゃないな)
アレックスは、認識に食い違いがあることを悟ったが、それよりも今は、聞き逃せない言葉があった。
「悪い、それは後だな。それよりも、さっき、協定とかなんとか言っていたぞ」
「はい、それはわたくしも気になりました。もしかしたら、父が敗れたことで為す術がなく、下ったのかもしれません」
シルファの説明は納得のいくものだった。が、魔王が討たれてたかが二週間程度で、敗戦国であるイフィゲニア王国が、軍事行動を展開していることにアレックスは違和感を覚える。
「いや、もしかしたら、その逆かもしれんぞ」
「アレックス……そ、それはどういうことですか?」
シルファが、空唾を呑むように喉を上下させ、イヤイヤをするように首を左右に振っている。シルファも同様のことを思ったに違いない。それでも、それを信じたくなくて、敢えてそう言ったのだろう。
「ゲイリーは、防衛戦に参加していたにも拘らず、綺麗すぎないか?」
シヴァ帝国が国境線に現れたとき、イフィゲニア王国は王位継承権を持つシルファだけを王都に残し、魔王を筆頭に三人の兄と一人の姉は出陣したと、シルファから聞かされていた。
あまりにも鎧兜がボロボロになったのなら、新調した可能性も捨てきれない。それでも、それ相応の大怪我を負っているハズであり、そんな面影はゲイリーからは窺えなかったのである。遠目からでもはっきりわかる、あまりにも綺麗な肌。そして、月に照らされて艶やかに煌めく金髪から、死闘を繰り広げたハズの戦士のそれとは決して言えなかった。
「しかも、ヴェルダ王国の裏切りがあったとも言っていたよな? だから、お前の父は討たれた」
アレックスの言葉を聞き、シルファがギリギリと歯を食いしばる。普段、パッチリと可愛らしく美しいその碧眼を、怒りに歪んだように吊り上げていた。
「すまない、シルファ」
「いえ、アレックスは、何も悪くないです。そうですね、そうですよね……」
「ああ……」
二人は確信したのだった。ヴェルダ王国だけではなく、ゲイリーも――裏切り者だということを。
「おいっ! 聞いているのか! 返答如何によっては、我にも考えがあるぞ!」
アレックスたちは、ゲイリーを無視して話し込んでしまっていた。痺れを切らしたのか、ゲイリーが小物然とした文句を叫んでいた。
「シルファ、念のため一度だけ勧告を行うが、それでいいか?」
「そ、そうですね。親衛隊には多くの主要貴族の子弟が所属しているので、一応はそれでお願いします。ただ――」
ただ、引かなければ皆殺しで、と言ったシルファの言葉をアレックスは、聞かなかったことにする。
そうと決まれば、アレックスが徐に立ち上がる。落ちないようにジャンに両足を掴んで支えてもらっており、なんともカッコ悪い。それもただ、下から見えなければ何ら問題はない。演出も裏がバレなければ効果を発揮する。
「我が名は、アレックス・シュテルクスト・ベヘアシャーである。お前らは至高の御方などと呼んでいるらしいが、その名をしかと刻むがよい! 悪いがそこの集落は、シルファ・イフィゲニアの要請により、我の庇護下に入った。ゲイリー・イフィゲニアよ。今すぐ兵を引けっ!」
ドレアの一種である、魔王の暗黒焔というエフェクト装備を敢えて装備し、まがまがしい漆黒の炎を身に纏った。
「至高の……魔神様、ですかぁ!」
思いもよらぬアレックスの言葉と演出に、ゲイリーが素っ頓狂な声を上げた。さらに、周囲がざわつきはじめる。
それも当然だろう。何といっても、魔神を名乗る者が現れたのだから。よくよく考えてみれば、そう言うだけなら誰だって言える。だがしかし、魔神を信奉している者たちからしたら、冗談でもそんなことは口が裂けても言えないのだ。さらに、シルファが熱狂的な信者であることを皆が知っている。そして、魔王が討たれたのちに、シルファが常闇の樹海の方へ逃げたことから、伝説の聖域に向かっていることをみなが知っているのだろう。
それ故に、遂に魔神が降臨したのかと、次々とフレイムホースから下馬して跪く騎士たちが現れ始めた。
が、ゲイリーに気付かれてしまった。
「お、お前ら待つのだ! 見よ、見るのだ! かの者の頭上には何もないではないか!」
「あ、やべ……」
ゲイリーの指摘についアレックスがそんなことを漏らし、頭上へと手を持っていく。うっかり、角のドレアアイテムを装着するのを忘れてしまったのである。
そのせいで、アレックスには、魔人族の象徴である角が無い。魔神の容貌までは言い伝えられていないらしいが、当然魔神も立派な角があると信じられているハズだ。
「どうせ、シルファのことだ。過誤者同士でよからぬことを考えたに違いない! 皆の者。至高の御方の名を騙る不届き者に鉄槌を下すのだぁああ!」
ゲイリーが叫んだ途端、地上から明滅する光が発生し、次々に魔力の塊がアレックスたちを襲った。攻撃魔法だ。
「おおう、マジかよ! シーザー、上がれ!」
慌てて鞍に座り直したアレックスが指示を出し、攻撃が届かない位置まで高度を上げさせる。
結局、魔神であることを信じてもらうことが叶わず、アレックスの作戦は失敗に終わった。残された道は、ブラックがはじめに指摘した通り、戦う外ないだろう。
唐突に、ゲイリーの部隊から号令めいた掛け声が聞こえてくる。声に反応してアレックスが地上を窺うと、彼らがその前進を止めていた。そして、その中央が割れて華美に装飾を施された三騎の騎士たちが進んで来る。
先頭の騎士だけが白い虎のような動物に騎乗していた。自然とアレックスの視線がその騎士に誘導される。頭上に表示されている情報を見てアレックスが反射的に唸る。
「ほーう、あれが兄か。うむ、やはり表示が真っ赤っ赤だな。てか、弱ぁ……」
頭上の文字が、敵対ユニットを意味する赤文字で表示されていた。それはわかりきっていることだった。それでも、意外にもゲイリーのレベルが低く、アレックスが素直な感想を漏らす。ゲイリーがインペリアルフレイムを覚えていない時点で、それは概ね予想通りだが、あまりにも低い。低すぎる。
『ゲイリー・イフィゲニア レベル九五』
ステータス看破スキルを持っていないアレックスは、具体的な数値までは測れない。それでも、シルファと言うよりも、レベル一〇四のラヴィーナより低いことがわかったことだけ充分である。
それからアレックスが他の騎士たちへと視線を巡らせる。ターゲティング可能なユニットを全て確認したものの、ゲイリーよりレベルが高い者はおらず、レベル三〇から六〇の範囲でそこまで脅威ではないだろうと、アレックスは判断した。
アレックス、シーザー、そしてブラックの三人はレベル二〇〇。シルファが一三二で、先の通りラヴィーナが一〇四。シーザーの二人の副官も居るはずだ。計算上、ゲイリーより高レベル者が最低でも七人いる。いくら兵数が三分の一以下であろうとも、負ける気がせず、アレックスは余裕の態度を保てていた。
「それにしても、なんでアイツだけ虎なんだ? 他は馬なのに」
アレックスが身体を少し左に傾けて肩越しに振り向くと、シルファが呆れた表情をしていた。
「アレックス、本当にこの世界のことを知らないんですね……馬は馬でもフレイムホースです。我が国の新衛隊が騎乗する由緒正しき聖魔獣なんですよ」
「知らんもんは仕方がないじゃないか。それに、モンスターに由緒正しきとか言われてもな。要は強い馬ってことだろ?」
「あ、いえ、そうなんですけど……」
シルファに指摘されたのを切っ掛けに、アレックスがフレイムホースの情報を見る。レベル四〇を超えるのがチラホラといた。騎乗している騎士たちよりレベルが高い個体が確認でき、アレックスが唸る。
「ほーう、中々だな」
「それに、虎って……神獣様を何て言い方するのですかぁ。まあ、アレックスは魔神ですからそんな反応なのでしょうけど」
「ふーん、神獣ってことは、白虎ってことか?」
シルファの呆れたような物言いに対し、アレックスはさほど気にしない。なるほどなと頷くだけだ。
「やはり最高位の魔神であるアレックスともなると、下位の者には興味がないのですね……」
シルファが勝手にそう解釈し、頭痛を堪えるように両手で額を揉みはじめた。
「それにしても、親衛隊、ね。もしかすると、ゲイリーがトップなのかもな」
「そう言えば、兄が親衛隊と一緒にいるのは、確かに不思議です。しかも、白麗様は父以外をその背に乗せることがなかったのに……」
が、シルファが唱えた疑問の答えは、すぐに明らかになる。
その白麗に騎乗したゲイリーがさらに一歩前に出て兜を外した。シルファと同じ金髪をオールバックにしており、そのあらわになっている額には、一〇センチほどの白く真っ直ぐ渦を巻いた角が存在を主張している。そして、切れ長の碧眼からは挑発的な印象を受ける。
途端、ゲイリーが胸を少し反らせて大声を張った。
「其の方、風魔竜将軍とお見受けいたす。なにゆえ協定を結んだ我らを攻撃したのだ。納得のいく説明を求む!」
口上の内容から抗議されていることは理解できたが、どこかの誰かと勘違いしているのは明白だった。
「風魔竜将軍? 誰だそれ?」
当然、アレックスはそんな反応しかできない。
「さあ、おそらくシーザー上将軍のことを仰っているのかと思いますが」
「まあ、だろうな」
ジャンがそんな風に言うも、それはアレックスも察しがついている。それでも、それは答えになっていない。すると、アレックスの後方で、「そんな!」だとか、「まさか!」などと、シルファとラヴィーナが驚きの声を上げていた。
「そうか! シルファたちなら知っているよな」
再び後ろを振り向いたアレックスが、答えを期待するようにシルファが口を開くのを待った。それに応えるようにシルファが一度頷き、それを肯定する。
「ええ、知っています。風魔竜将軍は、シヴァ帝国が最近取り込んだドラグーン王国の大将軍の異名です。風を司る風竜の血族で、先程のシーザー様の攻撃をそれと勘違いしたのかもしれません」
「何だと! 魔人族しかいないんじゃないのかよ!」
「そうですよ。その風魔竜将軍ことウィンドネア大将軍も、シーザー様と同様にドラゴン形態をとれる魔人族です」
シルファの説明は、明らかに竜人族の説明だった。
(もしかしたら、角がある種族は全て魔人とされているのか? いや、しかし……ああっ、今はそれどころじゃないな)
アレックスは、認識に食い違いがあることを悟ったが、それよりも今は、聞き逃せない言葉があった。
「悪い、それは後だな。それよりも、さっき、協定とかなんとか言っていたぞ」
「はい、それはわたくしも気になりました。もしかしたら、父が敗れたことで為す術がなく、下ったのかもしれません」
シルファの説明は納得のいくものだった。が、魔王が討たれてたかが二週間程度で、敗戦国であるイフィゲニア王国が、軍事行動を展開していることにアレックスは違和感を覚える。
「いや、もしかしたら、その逆かもしれんぞ」
「アレックス……そ、それはどういうことですか?」
シルファが、空唾を呑むように喉を上下させ、イヤイヤをするように首を左右に振っている。シルファも同様のことを思ったに違いない。それでも、それを信じたくなくて、敢えてそう言ったのだろう。
「ゲイリーは、防衛戦に参加していたにも拘らず、綺麗すぎないか?」
シヴァ帝国が国境線に現れたとき、イフィゲニア王国は王位継承権を持つシルファだけを王都に残し、魔王を筆頭に三人の兄と一人の姉は出陣したと、シルファから聞かされていた。
あまりにも鎧兜がボロボロになったのなら、新調した可能性も捨てきれない。それでも、それ相応の大怪我を負っているハズであり、そんな面影はゲイリーからは窺えなかったのである。遠目からでもはっきりわかる、あまりにも綺麗な肌。そして、月に照らされて艶やかに煌めく金髪から、死闘を繰り広げたハズの戦士のそれとは決して言えなかった。
「しかも、ヴェルダ王国の裏切りがあったとも言っていたよな? だから、お前の父は討たれた」
アレックスの言葉を聞き、シルファがギリギリと歯を食いしばる。普段、パッチリと可愛らしく美しいその碧眼を、怒りに歪んだように吊り上げていた。
「すまない、シルファ」
「いえ、アレックスは、何も悪くないです。そうですね、そうですよね……」
「ああ……」
二人は確信したのだった。ヴェルダ王国だけではなく、ゲイリーも――裏切り者だということを。
「おいっ! 聞いているのか! 返答如何によっては、我にも考えがあるぞ!」
アレックスたちは、ゲイリーを無視して話し込んでしまっていた。痺れを切らしたのか、ゲイリーが小物然とした文句を叫んでいた。
「シルファ、念のため一度だけ勧告を行うが、それでいいか?」
「そ、そうですね。親衛隊には多くの主要貴族の子弟が所属しているので、一応はそれでお願いします。ただ――」
ただ、引かなければ皆殺しで、と言ったシルファの言葉をアレックスは、聞かなかったことにする。
そうと決まれば、アレックスが徐に立ち上がる。落ちないようにジャンに両足を掴んで支えてもらっており、なんともカッコ悪い。それもただ、下から見えなければ何ら問題はない。演出も裏がバレなければ効果を発揮する。
「我が名は、アレックス・シュテルクスト・ベヘアシャーである。お前らは至高の御方などと呼んでいるらしいが、その名をしかと刻むがよい! 悪いがそこの集落は、シルファ・イフィゲニアの要請により、我の庇護下に入った。ゲイリー・イフィゲニアよ。今すぐ兵を引けっ!」
ドレアの一種である、魔王の暗黒焔というエフェクト装備を敢えて装備し、まがまがしい漆黒の炎を身に纏った。
「至高の……魔神様、ですかぁ!」
思いもよらぬアレックスの言葉と演出に、ゲイリーが素っ頓狂な声を上げた。さらに、周囲がざわつきはじめる。
それも当然だろう。何といっても、魔神を名乗る者が現れたのだから。よくよく考えてみれば、そう言うだけなら誰だって言える。だがしかし、魔神を信奉している者たちからしたら、冗談でもそんなことは口が裂けても言えないのだ。さらに、シルファが熱狂的な信者であることを皆が知っている。そして、魔王が討たれたのちに、シルファが常闇の樹海の方へ逃げたことから、伝説の聖域に向かっていることをみなが知っているのだろう。
それ故に、遂に魔神が降臨したのかと、次々とフレイムホースから下馬して跪く騎士たちが現れ始めた。
が、ゲイリーに気付かれてしまった。
「お、お前ら待つのだ! 見よ、見るのだ! かの者の頭上には何もないではないか!」
「あ、やべ……」
ゲイリーの指摘についアレックスがそんなことを漏らし、頭上へと手を持っていく。うっかり、角のドレアアイテムを装着するのを忘れてしまったのである。
そのせいで、アレックスには、魔人族の象徴である角が無い。魔神の容貌までは言い伝えられていないらしいが、当然魔神も立派な角があると信じられているハズだ。
「どうせ、シルファのことだ。過誤者同士でよからぬことを考えたに違いない! 皆の者。至高の御方の名を騙る不届き者に鉄槌を下すのだぁああ!」
ゲイリーが叫んだ途端、地上から明滅する光が発生し、次々に魔力の塊がアレックスたちを襲った。攻撃魔法だ。
「おおう、マジかよ! シーザー、上がれ!」
慌てて鞍に座り直したアレックスが指示を出し、攻撃が届かない位置まで高度を上げさせる。
結局、魔神であることを信じてもらうことが叶わず、アレックスの作戦は失敗に終わった。残された道は、ブラックがはじめに指摘した通り、戦う外ないだろう。
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