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第一章 イフィゲニア王都奪還作戦編

第03話 魔神の中の魔神

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 一週間前。シュテルクスト城の最上階、皇帝の私室。
 玉座の間での大仕事を終えたアレックスが、椅子の背もたれに身を預けて訪問者を待つ。

(さて、どうやって説明したものかな……)

 アレックスは、シルファとの話の中で、魔人族たちの伝承に出てくる魔神と勘違いされていることを認識していた。そもそも、アレックスたちが転移した場所が、魔人族たちにとって聖域とされる伝説の場所だと聞かされれば、圧倒的な強さを持ったアレックスのことを魔神と誤解しても致し方ないと納得している。それに、シルファの願いに応えるためとはいえ、いかにも魔神らしく振舞ったりもした。いまさら、誤解も何もないだろう。

 が、アレックスの種族はハイヒューマンである。

 その種族が魔人族であるならば、百歩譲ってそのまま演じても構わなかった。そうしないのには、シルファたちの事情を知り、噓をつくことの罪悪感と魔人族の象徴である角がないためだった。一応、それらしい角のアイテムをドレア用として所有している。ただ、それを装備してまで魔人族を装うのは、さすがのアレックスも気が引けた。

 その角は、頭から突き出したジャイアントイランドのような雄々しい二本の角。頭付近はきつめの渦を巻いているが、先端に向かって鋭利に尖っており、魔神というよりも邪悪な魔王のそれなのだ。それ故に、ラヴィーナが来るのを待っているのだった。

 イザベルにチャットメッセージを飛ばしてから数分後。近衛騎士と思われる鎧が鳴る足音がドア越しに聞こえてきた。間もなくノックの音が響く。それに前室にいるソフィアが対応してくれて扉が開かれる。ゆっくりとした足取りでラヴィーナが二、三歩進んだところで立ち止まった。

(ほーう、ここまで印象が変わるとはな……)

 背もたれに身を預けたままのアレックスが、腕を組んで小さく頷く。

 外で出会ったときの彼女は、シルファと同様にボロボロだった。それがどうだろうか。土汚れた茶髪が艶やかに煌めき、ラヴィーナの青い瞳に合わせたフレア袖のロングワンピースもよく似ている。年齢はわからぬが、美女と言っていいだろう。ただ、そんな見惚れている余裕はなかった。

 何を思ったのか、突然ラヴィーナが平伏したのだ。

「至高の御方たる貴方様のご迷惑にならないようにいたす故、何卒! 何卒、シルファ様の従者としての役目を引き続きわたくしめにさせていただけないでしょうか!」

「え? ナニコレ……マジでっ!」

 床に額を擦り付けるように懇願しているラヴィーナの姿を目の当たりにした、アレックスが執務机に前傾して両肘を着ける。頭を抱えそうになるのを何とか堪えて両手を組んで誤魔化す。そのまま口元を隠したアレックスがシルファへと視線を向ける。

 が、アレックスが深く重いため息を漏らす。

 ラヴィーナの隣に移動したシルファまでもが、眉をハの字にさせて上目遣い。しかも、懇願するように両手を組んでおり、アレックスは罪悪感に襲われるのだった。

「いやいや、待ってくれ! 俺はその至高の御方とかいう魔神でじゃないぞ! いやマジ、これホント!」

 二人の返答を待たずにアレックスが一人熱弁する。

「俺の許可なんかいらん。ラヴィーナの好きなようにシルファに仕えればいいんだって!」

 それにも拘らず、モニカの治療を受けている間に、イザベルからアレックスのことを色々と聞かされたらしく、シルファとラヴィーナの二人は、アレックスの予想よりはるか斜めの方向に彼の告白を受け止めたようだ。

 その話の内容というのは、

『千人もの神使を従えた我が君は、神々の世界で絶対的支配者であったのだ』

 という、イザベル視点の一方的な解釈のせいで、アレックスは魔神の中でもただの一柱ではなく、より高位の存在であるというのだ。その話の設定根拠は、傭兵ギルド、「ベヘアシャー」に所属する千人のプレイヤーを神使とし、敵対しているギルド長のプレイヤーを他の神としているようだった。しかも、それに第四旅団長のモニカが、ベヘアシャー建国当時の『逆らうプレイヤーは全て殲滅』というイケイケのときの話を付け加えたらしい。

 そう聞かされたと説明したシルファとラヴィーナに対し、アレックスが言い訳をする。

「なぜそうなるんだよ。プレイヤーが魔人族を選択できるようになったのは数か月前だし、そんな新規プレイヤーは他の鯖にしかいないんだから、俺たちの鯖で魔人族のプレイヤーは大していなかっただろうが……」

 その場に居ない誰かに言うように突っ込みをアレックスが入れ、

「まあ、あのときは必死だったからな……」

 とその当時を思い出して遠い目をしたのだ。

 ただそれも、シルファとラヴィーナには到底理解できる内容ではなかったようだ。それもそうだろう。ゲームの仕様の説明をしたところで、シルファたちに理解しろと言う方が無理な話である。

 結果、シルファが見当違いなことを言い出す。

「以前も仰っておりましたが、やはり、ぷれいやーなるものが神の条件なのですね?」

「ゲームの話だ。ゲームの、なっ」

 その間違いを訂正するためにアレックスは言い直した。それでも、余計に話をこじらせてしまう結果となった。

「ゲーム、ですか……神々の世界は、遊びで戦争をするのですね……」

 何やら想像する風に視線を天井の方に向け、シルファが身体をかき抱いて震えていた。その様子を眺め、アレックスはため息を漏らし、深くうなだれるのだった。

(ああ、失敗した……こりゃ、何と説明しても無理だな)

 結局、なし崩し的に数多あまたいる魔神の中の魔神認定を二人からされ、何も言えなくなってしまったのだった。

 ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 シーザーの背で、アレックスの様子を窺うようにラヴィーナが押し黙ってしまった。それを見かね、風で乱れた深紅の髪をかき上げながら、アレックスが口を開く。

「それで、名前を呼んではいけないその魔神は、魔人族しか創らなかったのか?」

「あ、いえ、そういうことはございません。そのし……その御方は、魔人族の他に、人族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族、精霊族、小人族、そして獣魔族と全八種族を創造なさったと言い伝えられております」

 アレックスは、べつに呼び方などを気にしていないのだが、伝承に出てくる魔神よりもアレックスの方を高位と認識しているせいか、ラヴィーナがハッとした様子でわざわざ呼び方を修正した。

「おいおい、まじかよ!」

 ラヴィーナの説明にアレックスが、少し興奮気味に反応した。その種族構成は、ユニーク種族を当然除き、リバフロの基本種族と同じ設定だった。偶然かもしれないが、もしかしてと、アレックスが期待に胸を躍らす。

「あ、あのー、如何なさいましたか?」

「あー、いやっ、すまん。問題ない! 続けてくれ」

 アレックスの軽い調子の言葉にラヴィーナが、はぁ……そ、それでは、といった釈然としない様子ながらも、説明を再開する。

「魔人族が繁栄した大地に、その他の種族が馴染めるハズもありません。簡単に申し上げますと、他の種族たちは、その御方の計らいで、新しく創造された西の大陸に移住したことになっております」

 その説明は、まさに、アレックスの期待通りだった。

「ほーう、それでは、西に行けばその種族に会えるのか?」

「そればかりは何とも……いかんせん伝承によるものですので、少なくともここ千年は、他の種族を図解以外で目にした者は、この魔大陸にはおりません」

 図解? そんなものがあるのか、とアレックスは思いながらも、まあ、この先確かめればいいかと頻りに頷き、後ろを振り返った。

「よかったな、ジャン。西に行けば人族にも会えるそうだ」

「あ、そうですね。楽しみです」

 なんだか反応が鈍い。取ってつけような笑顔だ。この数日でジャンもアレックスに慣れてくれたと思っていたが、微妙にぎこちない感じがする。他の種族にも会ってみたいアレックスの願望とジャンのそれが同じだと思ったが、違うのだろうか。まあ、真意はわからないが、アレックスとしてはジャンの質問に答えを用意できたことだけで十分満足だった。

 すると、静かに話を聞いていたシルファが、ポツリと胸の内を吐露する。

「その魔神が下位のものだったおかげで、わたくしたちのような過誤者カゴモノが生まれてしまったのでしょうね。ただそれも、そのことが原動力となり、アレックス……あなたに出会えたのですから、わたくしとしては複雑な心境です」

 上目遣いのシルファの双眸は、悲しさと嬉しさが同居した何とも言えぬ色をしていた。

 それには何も言わず、アレックスが彼女の頬に右手を当て優しく親指で撫でてやる。シルファはそれを気持ちよさそうにして目を瞑り、その彼の大きな手に頭を預けるように少し左に首を傾けた。

 それを眺めながらアレックスが、ラヴィーナの話の内容をまとめ、転移転生ものの小説でよくあるように、自分以外にこの世界に転移転生を果たしている存在がいるのではないかという予想を立てる。

 だがしかし、アレックスとしては理解していた。

(その魔神が本当の神なのか、俺と同じようにリバフロから転移してきたプレイヤーなのか知らんが、今は彼女の国を取り戻すのが先決だな)

 アテにもならない妄想よりも、確定的な問題の処理の方が大事である。見えないものばかりを追いかけ、目に見えている問題を台無しにしては、本末転倒である。さらに言えば、愚策中の愚策であり、悪手である。

 現時点で言えば、と限定的ではあるが……

「そう言えば、ある問題を抱えていると仰っていましたが、シルファ殿下たちと同じだという、そこに暮らす集落の人達は、どんな魔人族の方々なのですか?」

 空気を読め! 空気を! とアレックスが、ため息を引きずりながら、ジャンの新たな質問に答えるべく、

「ああ、それか? それはな――」

 と、呟くようにしてその説明をはじめるのだった。
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