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第一章 イフィゲニア王都奪還作戦編

第01話 蒼空を飛ぶドラゴンの背で雲を抱える

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 空の旅は、順調だった。それはまだ、アレックスが平和だと感じていたときのこと。

 いくら進んでも飛行系モンスターに出くわすこともなく、見渡す限りの森が眼下に広がっていた。障害物のない蒼空を悠然と飛行するシーザーの背中でアレックスたちは、代わり映えのしない景色の中、世間話に興じている。

「急ぐ旅ではないが、本当に今日中に着くんだろうな?」

 一向に変わらない風景に不安になったアレックスがシーザーに問う。

『拙者の全力にて三時間でござった故、この速度ならば残すところ六時間もあらば到着するでござろう』

「そうか……あと、半分だな……」

 その実、帝都を出立してから六時間ほどが経過しており、話のネタが尽きていた。今日の遠征までの一週間、何をして過ごしていたのかとシーザーに問えば、返ってくるのは、警戒任務中に行った内容で、既に報告として聞いていたことばかり。全く面白みに欠ける話ばかりだ。

 常闇の樹海で出くわすモンスターの殆どは、Cランク程度。到底アレックスの脅威にはなり得ない。それならばと、下級兵士のレベル上げに丁度良いと思いきや、稀にAランクやBランクモンスターに遭遇することもあり、さすがのシーザーも一瞬肝を冷やす場面があったとか。

 クノイチのステータス看破スキルによると、そのようなモンスターのレベルやステータスの基準は、リバフロの設定と同じだった。

 Cランクモンスターは、レベル三〇程度であり、Fランクの兵士でも一個小隊いれば、戦法次第で対処可能だろう。それでも、レベル一〇でしかない彼らでは、ステータス差が三〇倍となるレベル七〇を超えるAランクが相手となると絶望的だ。攻撃が当たるどころか、たったの一度でもかするだけで体力が全損してしまう。が、そこはレベルカンストしているクノイチとハナが対処し、今のところ体力を全て削られて治癒院送りになった兵士はいない。

 それは頭が痛いことで、アレックスは未だに解決策を見いだせていない。

 アレックスがシルファとラヴィーナに相談すると、

『聖域には、魔獣は寄り付きません。ですが、その周辺ともなると、魔大陸の中でも特別強い魔獣が集まるんです』

『アレックス様からしたら当然のことかもしれませんが、聖魔獣をいとも簡単にほふるクノイチ様やハナ様の方がでたらめなんですよ』

 などと、次々に呆れた物言いの答えが返ってきた。

 アレックスとしては、

「そんなこと知ったこっちゃない。知らんから聞いているのに、そんな当たり前という風に言わんでくれ!」

 という心境だったが、それは言えなかった。

 ここは、エヴァーラスティングマナシー――際限なく湧き出す魔力の海――と呼ばれるほど、魔素の濃度が他の場所よりも濃いらしく、そこに生息するモンスターたちは聖魔獣と呼ばれる類だと教わった。些細なことかもしれないが、モンスターではなく、魔人族たちには魔獣と呼ばれているようだ。

 そのことに関して言うと、リバフロの設定とは、同じではなかった。

 今のところ、十分注意するように通達を出しているおかげで大事には至っていない。それでも、そのせいで遅々として下級兵士たちのレベル上げが進んでいないのもまた事実。

 現実世界になったことで治癒院の強制収容が機能するかは不明。一応、施設詳細に、転送効率と復活効率の数字が記載されているため、おそらくゲームの時と同様の効果を発揮してくれると信じたい。が、アレックスはそんな危険を冒してまで、レベル上げを強行するつもりはないのだ。

 それなら、イフィゲニア王国領の野良モンスターを狩ってはどうかとの考えに至ったが、

『アレックス。申し訳ないのですが、今は戦争中なのですよ……』

 と、シルファからそんな暇はないと言われる始末。

 むしろ、モンスターより、敵兵に出会う確率の方が高いかもしれないと言われれば、諦めるよりほかなかった。いずれにせよ、その魔人族たちと戦う覚悟をしているアレックスであっても、レベル上げのために殺人をする気にはなれないでいた。ゲームの時では感じることのなかった人型の相手を殺傷することに忌避感にも似た感情を、アレックスは抱くようになっていた。それは、転移してきた初日に目の当たりにしたヴェルダ王国の魔人族の亡骸が、あまりにもリアルだったことに起因している。

 そんなことなら最強を目指すことなどせず、堅牢なシュテルクスト城に籠っていれば良いものを――

 ただそれも、変な意地と外へ出なければならない理由を抱えていたのだ。

 心の声曰く、

『なあ、どこまでできるか試したくないか?』

 だとか、

『はっ、魔神だって? そんなの知らんよな? でも、やりたい放題ができて都合がいいじゃねえか』

 だとか、

『生きてりゃ腹も減るし、食わなきゃ死ぬだけだ。もう、周りはデータじゃねえんだ。一〇万人以上を食わすためには、征服が手っ取り早いじゃねえか』

 だとか、

『殺らなきゃ、殺られる。中途半端な考えでいたら足元をすくわれるぞ! そういう世界にいるんだ。いい加減に気付けよ!』

 などと、皇帝という立場のアレックスが、中の人こと荒木風間をそそのかすように心の中で囁くのだった。

 その声を、荒木風間は拒絶できない。むしろ、その通りだと思ってしまった。

「シルファとのことは予想外だったが、ゲームのステータスがあれば何でもできるじゃねえか!」

 そう、荒木風間は思ってしまったのだ。

 それでも、ギリギリのところで良心がせめぎ合い、べつの方法を模索する。

 直接的な暴力ではなく、チート級の能力を間接的に行使する――
 核兵器のような抑止力として使えないか、と。

 それに、敵対しているヴェルダ王国は、魔神を信じている三か国の内の一つだ。着眼点としては、悪くない。決して、悪くないのだが、抑止力とは最低でも一度は行使しなければならない。一撃の魔法で、何百、何千もの魔人族を滅することではじめて、それが抑止力として効果を発揮する。問題は、現在のアレックスの心は、正常だということ。

 つまり、それを実行に移せるだけ非情にもなれないし、心も歪んでいない。戦争とは無縁の平和な世界で生きてきた彼にとって、そう簡単にこの世界に適合できる訳がないのだ。

 ゲームとリアルの違い――

 アレックスは、ここがリアルであるということを認識しておきながらも、理解しきれていなかった。その差は隔絶されたものであり、比較するのもバカらしいほどだ。それにも拘らず、アレックスは自分が魔神であることを前面に押し出せば、効果を発揮するのではないかと考えている。それは、あまりにも短絡的思考であり、この世界では非常識的と言い換えてもいいほどに甘いのかもしれない。

 アレックスは一人そのことを内に抱え、誰に相談することもせずにいた。

 アニエスになら――

 アニエスが近くにいたのならそれを解決できたかもしれない。

 ただそれも、この一週間、片時もシルファが側を離れなかったことで、アレックスは、自分の弱い部分を出せなかった。むしろ、いつも以上に大言壮語なことばかりを言い放ち、ど壷にはまってしまったのだ。

 シルファを助けると誓った。
 頂点に立つ者として弱みを見せられない。
 皇帝らしく振舞わなければ従者や兵士たちが混乱してしまう。

 そんなことばかりをアレックスはこの一週間考えていた。アレックスの真面目な性格が、このときばかりは悪い方へと転んでしまったと言う訳だ。さらに、皮肉なのは、助けようとしたシルファの存在が、アレックスを追い詰めてしまったのだった。
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