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序章 伝説のはじまりは出会いから
第02話 テンプレを期待して何が悪い
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暗闇から一転、魔導シャンデリアの明かりがアレックスを照らしていた。
ログアウトしたつもりが、ゲーム内の寝室にあるベッドの上に寝そべったままだった。
「くそっ、頼むから寝かせてくれ。もう、限界い……な、ん……だよ……」
勢いよく吐いた文句が、途中から歯切れが悪くなる。
「どういうことだ? 反応しない……だと!」
ログアウトタブが反応しないことに苛立ちを覚え、ガバっと身だけを起こしたアレックスは、更なる違和感に固まった。
「この沈み込む弾力に、この手触りは……!」
アレックスが座り込んでいるベッドは、どれも一級品の素材を集めて作成したフルオーダーのベッドで、生産職のギルドメンバーに細かく注文を付けた一点もの。それでも、ゲームの世界ではあくまで見た目だけ。その質感を楽しむことなどできなかった。
自由度が高い上に、細々としたものまでリアリティーが高いリバフロの世界であっても、味覚、嗅覚、触覚や痛覚の再現を禁止されていた。そのようなものまで再現してしまっては、現実世界との区別がつかなくなってしまう。
それ故に、その手に確かに感じる心地よい弾力とシルク素材の滑らかな手触りに驚愕した。
「いや、まさか……んな訳。テンプレじゃんか!」
ファンタジーゲームが好きなアレックスは、当然そういった読み物も大好物。そんな世界に憧れを抱く彼だからこそ、リバフロが発表されたときに物語の主人公になれるかもしれないという希望を抱き、欣喜雀躍したものだ。
テンプレと言ったのは、アレックスが特に好きなジャンル――異世界転生もの――にありがちな展開だったからである。
その物語の始まりは、
『目覚めたらそこは知らない天井だった』
だとか、
『トラックに引かれ、気が付いたときには深い森の中で目を覚ました』
だとか、
『魔法陣に包まれ、気が付いたらどこかの王座の間で、勇者召喚された』
などである――
実際は、見知った天井だった訳だが、そこはゲームの世界であり、ゲームの世界に転生するなんてのもテンプレの内だろうと考えた訳だった。
「おー、まじかまじか……いや、待てよ……」
そこはさすがに、齢三〇と現実世界では社会人。いくら願望があったにせよ、ありえない事象を前に混乱するも、ギリギリのところで平静を取り戻した。
「痛みはある……だからといって夢じゃない証拠にもならんよな」
今週一週間の殆どを仕事で徹夜に近い深夜まで働き詰めだったため、寝落ちした可能性を考えたアレックスは、自分の頬を摘まんだり、手の甲の皮を爪で挟んだりして確かめる。
「うーん、やっぱり……」
ゲームのときのようにメニュー画面もしっかり表示される。それは、先程ログアウト操作を試したときに確認済みである。
となると、未だゲームの世界で、禁止されているはずの知覚関係が解禁になり、そのアップデートの不具合の可能性もある。それでも、アレックスが唸ったのは、ギルドメンバーだけに限らず、フレンド登録しているプレイヤーの表示が全て未ログインを示すグレー状態だった。
今が夜中の二時であることを考えると、全員が寝ていても変な話ではないが、今日は金曜日で明日は土曜日だ。全員が土曜日だからといって休みなはずもないが、殆どがそれに当てはまる。
特に、学生など自由な時間を持て余しているプレイヤーは、こんな時間でも元気に生産素材の採取やモンスターを狩っていたりする。それなのに、登録されている二千人近くのプレイヤーが揃いも揃って未ログインなのは、異常事態以外の何物でもない。
――完全なイレギュラー。
そんな自分の置かれている状況を冷静に分析していると、どこか彼方から爆裂音が耳に届いた。
「な、なんだ!」
思考を中断させるほどの爆発音に、顔を上げ窓の方を見た。
「告知もなかったからアップデートの線はないよな……それに障壁が光っているということは――」
そんな呟きと共に、ピコンっと通知音が鳴った。
『告! 不明勢力より攻撃を受けました。脅威度:D。損害:〇%。大勝利!』
『告! 不明勢力と敵対関係になりました』
「やはりさっきの音は魔法攻撃かなにかだな……それにしても、行軍通知もなくいきなり攻撃かよ。脅威度Dは良いとして、勢力がわからないのは益々おかしい!」
リバフロの世界では、拠点攻撃をされる大抵の場合、予め通知が来るようになっている。それは、攻城戦のためにNPC傭兵で編成した軍勢の目的地設定をするからだ。
当然、通知が来ない場合もある。プレイヤーのみなら今回のように奇襲攻撃となるが、分厚い城壁で守られた拠点攻撃にそれは、自殺行為だ。
それ故に、アレックスは驚きつつも、そのことは既にどうでもよくなっている。
「ゲームだったら敵が不明な訳がない。これは……」
ベッドに沈み込む身体を苦労しながら移動し、そこから降りたアレックスが先程視線を向けた窓の方へと歩み寄り、窓枠に手を置いた。
「……これで転移したのは確定だな」
窓越しに見た外には、見慣れた城下町が健在だったが、城郭を超えたその先は、見渡す限りの森林地帯となっていた。
リバフロのスカラーランド王国とヴァルード帝国を結ぶ街道上に拠点設定をしていたため、ゲームなら平原と農作地帯が広がっているはずだった。外の状況を視認したアレックスが、すぐさまシステムメニューからマップを確認する。
「やはり、マップも全てグレーだな。シュテルクスト以外が未開拓区域とか……間違いない」
ふぅーと盛大に息を吐きながら、ここまでのリバフロとの差異で、「リバティ・オブ・フロンティア」の世界ではない何処かに転移したことを確信した。
となると……
「テンプレならもう来ても良い頃合いなんだがな」
明らかな異常事態にも拘らず、誰も訪ねてこないことに痺れを切らしたアレックスは、一先ず寝室から出ることにした。扉を引き開けて執務室に移動し、正面入り口の前にアレックスが仁王立ちする。
「五……四……三……二……一……はい、誰か来る!」
数を数えて指を鳴らすも、乾いた音の後に虚しい静寂が発生するだけだった。
「やはり、おかしい……何故だ?」
腕を組み首を傾げるアレックス。
その間も、謎の襲撃者による攻撃が止むことはなく、むしろその激しさが増していった。
『告! 不明勢力より攻撃を受けました。脅威度:D。損害:〇%。大勝利!』
『告! 不明勢力より攻撃を受けました。脅威度:D。損害:〇%。大勝利!』
『告! 不明勢力より攻撃を受けました。脅威度:D。損害:〇%。大勝利!』
『告! 不明勢力より攻撃を受けました。脅威度:D。損害:〇%。大勝利!』
『告! 不明勢力より攻撃を受けました。脅威度:D。損害:〇%。大勝利!』
被害がないため、なおざりにそのシステム通知を眺めるだけに留める。
「なんか思っていたのと全然違うなぁー。ふつうは、こう……従者たちが駆け付けてきて、アレックス様大変です! 栄えあるシュテルクス卜城が攻撃を受けています! とかなんとか言ってくるんじゃないのかよ」
テンプレ的展開を期待していたアレックスだったが、その期待は裏切られ、無下に時間だけが過ぎていく。
それから一五分ほど経過し、シュテルクス卜への攻撃が止み、静かになった。
ログアウトしたつもりが、ゲーム内の寝室にあるベッドの上に寝そべったままだった。
「くそっ、頼むから寝かせてくれ。もう、限界い……な、ん……だよ……」
勢いよく吐いた文句が、途中から歯切れが悪くなる。
「どういうことだ? 反応しない……だと!」
ログアウトタブが反応しないことに苛立ちを覚え、ガバっと身だけを起こしたアレックスは、更なる違和感に固まった。
「この沈み込む弾力に、この手触りは……!」
アレックスが座り込んでいるベッドは、どれも一級品の素材を集めて作成したフルオーダーのベッドで、生産職のギルドメンバーに細かく注文を付けた一点もの。それでも、ゲームの世界ではあくまで見た目だけ。その質感を楽しむことなどできなかった。
自由度が高い上に、細々としたものまでリアリティーが高いリバフロの世界であっても、味覚、嗅覚、触覚や痛覚の再現を禁止されていた。そのようなものまで再現してしまっては、現実世界との区別がつかなくなってしまう。
それ故に、その手に確かに感じる心地よい弾力とシルク素材の滑らかな手触りに驚愕した。
「いや、まさか……んな訳。テンプレじゃんか!」
ファンタジーゲームが好きなアレックスは、当然そういった読み物も大好物。そんな世界に憧れを抱く彼だからこそ、リバフロが発表されたときに物語の主人公になれるかもしれないという希望を抱き、欣喜雀躍したものだ。
テンプレと言ったのは、アレックスが特に好きなジャンル――異世界転生もの――にありがちな展開だったからである。
その物語の始まりは、
『目覚めたらそこは知らない天井だった』
だとか、
『トラックに引かれ、気が付いたときには深い森の中で目を覚ました』
だとか、
『魔法陣に包まれ、気が付いたらどこかの王座の間で、勇者召喚された』
などである――
実際は、見知った天井だった訳だが、そこはゲームの世界であり、ゲームの世界に転生するなんてのもテンプレの内だろうと考えた訳だった。
「おー、まじかまじか……いや、待てよ……」
そこはさすがに、齢三〇と現実世界では社会人。いくら願望があったにせよ、ありえない事象を前に混乱するも、ギリギリのところで平静を取り戻した。
「痛みはある……だからといって夢じゃない証拠にもならんよな」
今週一週間の殆どを仕事で徹夜に近い深夜まで働き詰めだったため、寝落ちした可能性を考えたアレックスは、自分の頬を摘まんだり、手の甲の皮を爪で挟んだりして確かめる。
「うーん、やっぱり……」
ゲームのときのようにメニュー画面もしっかり表示される。それは、先程ログアウト操作を試したときに確認済みである。
となると、未だゲームの世界で、禁止されているはずの知覚関係が解禁になり、そのアップデートの不具合の可能性もある。それでも、アレックスが唸ったのは、ギルドメンバーだけに限らず、フレンド登録しているプレイヤーの表示が全て未ログインを示すグレー状態だった。
今が夜中の二時であることを考えると、全員が寝ていても変な話ではないが、今日は金曜日で明日は土曜日だ。全員が土曜日だからといって休みなはずもないが、殆どがそれに当てはまる。
特に、学生など自由な時間を持て余しているプレイヤーは、こんな時間でも元気に生産素材の採取やモンスターを狩っていたりする。それなのに、登録されている二千人近くのプレイヤーが揃いも揃って未ログインなのは、異常事態以外の何物でもない。
――完全なイレギュラー。
そんな自分の置かれている状況を冷静に分析していると、どこか彼方から爆裂音が耳に届いた。
「な、なんだ!」
思考を中断させるほどの爆発音に、顔を上げ窓の方を見た。
「告知もなかったからアップデートの線はないよな……それに障壁が光っているということは――」
そんな呟きと共に、ピコンっと通知音が鳴った。
『告! 不明勢力より攻撃を受けました。脅威度:D。損害:〇%。大勝利!』
『告! 不明勢力と敵対関係になりました』
「やはりさっきの音は魔法攻撃かなにかだな……それにしても、行軍通知もなくいきなり攻撃かよ。脅威度Dは良いとして、勢力がわからないのは益々おかしい!」
リバフロの世界では、拠点攻撃をされる大抵の場合、予め通知が来るようになっている。それは、攻城戦のためにNPC傭兵で編成した軍勢の目的地設定をするからだ。
当然、通知が来ない場合もある。プレイヤーのみなら今回のように奇襲攻撃となるが、分厚い城壁で守られた拠点攻撃にそれは、自殺行為だ。
それ故に、アレックスは驚きつつも、そのことは既にどうでもよくなっている。
「ゲームだったら敵が不明な訳がない。これは……」
ベッドに沈み込む身体を苦労しながら移動し、そこから降りたアレックスが先程視線を向けた窓の方へと歩み寄り、窓枠に手を置いた。
「……これで転移したのは確定だな」
窓越しに見た外には、見慣れた城下町が健在だったが、城郭を超えたその先は、見渡す限りの森林地帯となっていた。
リバフロのスカラーランド王国とヴァルード帝国を結ぶ街道上に拠点設定をしていたため、ゲームなら平原と農作地帯が広がっているはずだった。外の状況を視認したアレックスが、すぐさまシステムメニューからマップを確認する。
「やはり、マップも全てグレーだな。シュテルクスト以外が未開拓区域とか……間違いない」
ふぅーと盛大に息を吐きながら、ここまでのリバフロとの差異で、「リバティ・オブ・フロンティア」の世界ではない何処かに転移したことを確信した。
となると……
「テンプレならもう来ても良い頃合いなんだがな」
明らかな異常事態にも拘らず、誰も訪ねてこないことに痺れを切らしたアレックスは、一先ず寝室から出ることにした。扉を引き開けて執務室に移動し、正面入り口の前にアレックスが仁王立ちする。
「五……四……三……二……一……はい、誰か来る!」
数を数えて指を鳴らすも、乾いた音の後に虚しい静寂が発生するだけだった。
「やはり、おかしい……何故だ?」
腕を組み首を傾げるアレックス。
その間も、謎の襲撃者による攻撃が止むことはなく、むしろその激しさが増していった。
『告! 不明勢力より攻撃を受けました。脅威度:D。損害:〇%。大勝利!』
『告! 不明勢力より攻撃を受けました。脅威度:D。損害:〇%。大勝利!』
『告! 不明勢力より攻撃を受けました。脅威度:D。損害:〇%。大勝利!』
『告! 不明勢力より攻撃を受けました。脅威度:D。損害:〇%。大勝利!』
『告! 不明勢力より攻撃を受けました。脅威度:D。損害:〇%。大勝利!』
被害がないため、なおざりにそのシステム通知を眺めるだけに留める。
「なんか思っていたのと全然違うなぁー。ふつうは、こう……従者たちが駆け付けてきて、アレックス様大変です! 栄えあるシュテルクス卜城が攻撃を受けています! とかなんとか言ってくるんじゃないのかよ」
テンプレ的展開を期待していたアレックスだったが、その期待は裏切られ、無下に時間だけが過ぎていく。
それから一五分ほど経過し、シュテルクス卜への攻撃が止み、静かになった。
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