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第一章 領地でぬくぬく編

第31話 女神、魔法教練をし、再戦を楽しむ

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 ローラは、ミリアと打ち合わせした結果、五日しかない一週間のうち三日間を魔法の三大原則を忘れさせることに注力することにした。つまり、魔法を行使する上で、最も重要なことは、イメージであると教え込んだのである。

「そうじゃないってば! 火はどうなるの? 燃えるのよ! 油脂が燃えるように空気が燃えるイメージをしなさい!」

 ローラが吠える。

 詠唱は、言葉に出すことで、大気中の魔素に干渉して事象を無理やり引き起こしているに過ぎないことを伝える。故に、イメージさえできれば詠唱の内容など、正直どうでもいい。

 ただ、そんな知識をどこで得たのかと、当然、みんなから問い詰められることになる。魔法の理を教えることはやぶさかではなかったが、さすがに、神の知識として知っていたと説明する訳にはいかなかった。

 まるで予定調和だというようにローラが、

「それは、ほら。魔法眼のおかげよ。魔力を見たらそのことに気が付いちゃったの」

 と適当に誤魔化してみたが、そうは問屋が卸さない。

 あまりにも、魔法眼を免罪符のように使いすぎたせいで、納得してもらうのに苦労したのだ。

 ただ、そんな質問攻めも、二日目には次第に落ち着いた。理解してくれたのか、全員が文句をいわなくなり、思い思いの呪文を唱えはじめる。修練場からは、色々な呪文が飛び交うようになるのだった。

 今回、ミリアたち三人には、ローラの補助として、訓練に参加するというより指導側に回ってもらう事にした。ローラなりの意図があったのだ。

 つまり、人に教えることで、理解をより深めてもらう試みである。

 指導方法を提案してくれたミリアには、モーラに付きっきりで指導をお願いした。
 天然宜しくマイペースなディビーには、同じくほんわかしたセナの担当を。
 脳筋のユリアには、同じ匂いがするテイラーをはじめ、ダリルとラルフの三人の面倒を押し付けたのだった。

 一方のローラは、じっくりと俯瞰して訓練の様子を見守り、時に口出しをした。

 魔力の流れを、量を、そして色を見て判断したりしながら。

 三日間で一番成果が上がったのは、テイラーだった。良い意味でローラの期待を裏切ってくれたのだ。

 魔力の潜在能力がAなのだから体質的に適性があるのは確かだったが、いささか脳筋気味なところがあるため、ローラはあまり期待をしていなかったという訳だ。

(こういう発見があるからヒューマンは面白いわね)

 ローラは、結果に満足し、一人ほくそ笑んだりした。

 本命のモーラは、二番目に滑り込み、その次はセナだ。セナは、元々宮廷魔法士だったこともあり、魔法自体得意なのだろう。それでも、テイラーやモーラよりも長い間、魔法の三大原則を常識としてきたため、固定観念を払しょくするのに時間が掛かり、少し出遅れた。

 残念ながら、成長が少ないというより、まった上達しなかった者もいた。

 ダリルだ。

 ダリルの場合は、能力が剣士特化である上、帝国騎士として長年信じてきた固定観念を拭い去ることができず、まだまだ先が長そうだった。同じようなタイプのラルフも上達がみられたのに、誠に残念である。

 まさに、期待通りであった。

 親バカからただのバカに格下げになったダリルのことはさておき、ローラは、扱う魔力量を操作する魔力操作の訓練指導へと移行する。訓練を開始して四日目のことだ。

 進み具合に程度の差があれど、最終的にダリル以外は、魔法を待機させるすべを習得することに成功した。

 本来、魔法がどんなもであるかは、常識として世に知れ渡っている。それでも、扱うことに関しては、そう易々と上達するものではない。

 では、彼らがたったの一週間で、なぜ、その域に達することができたのだろうか?

 呆れるほど単純な理由だ。

 事実を知ると知らない――本当にそんな理由。

 悲しきかな、例外は往々にして存在する。

「なぜだ! なぜ、俺にはできないんだ!」

 一人だけ取り残されたダリルが惨めに叫んだのは、想像にかたくないだろう。

 モーラとテイラーの二人に限り、高価なマジックポーションを使用してまで訓練を続けたおかげで、見事に詠唱の省略化にも成功した。そんな子供たちの成長を喜ぶのと同時に、ダリルは進歩のない自分と比べてより一層落ち込んだように、ガックシと肩を落としたのだった。

 正直、ローラとしては、ダリルのことはどうでもよかった。あくまでモーラの成長を目的とした訓練なのだ。

 そんなこんなで、一週間の訓練を終えるのだった。


――――――


 デミウルゴス神歴八四三年、三月一六日、復元――モーラの曜日。

 モーラとユリアは、効果を確かめるために再び修練場で向かい合う。予めモーラに伝えていたことであり、これを目標に一所懸命に取り組んでいた。

「ルールは、基本的に前回と同じ。模擬剣で有効打を与えるか、先に魔法を待機させた状態で触れた方が勝ちよ。お姉様も魔法を実際に放ってはダメよ」
「わかったわ」
「了解」

 今回は、ユリアに無詠唱魔法の行使を許可する。無詠唱は、訓練のときにそこまで進まなかったこともあり、五人には教えていない。この模擬戦終了後に問い詰められるかもしれないが、それもやむなしである。そうでもしないと、ユリアに勝ち目が全くないのが理由だったりする。

 詰まる所、年齢的能力の差があり、アドバンテージであった魔力操作が意味をなさなくなったいま、ユリアの切り札は、無詠唱しかないのだ。

 このとき、ローラにある種の変化が起こっていたのである。モーラを驚かせたいという気持ちが芽生えたのだ。

(詠唱が苦手なお姉様に伝えたら喜んでもらえるかしら? 詠唱が必要なければ、詠唱が下手でもまったく問題ないもんね)

 ローラは、モーラが試合後にどんな反応をするのだろうかと、試合の結果よりも楽しみにしていた。基本的に他人に興味を示さないローラにしては、非常に珍しいことだったりする。そもそも、いままで子供のフリをし続けていたのだ。

 なぜか、モーラのためにローラは、仮面を脱ぎ捨てていた。一週間が経過したが、ローラは答えを出せていない。

 閑話休題。

 ローラは、一〇メートルほど離れた二人の間に立ち、互いの顔を見上げる。

「それじゃあ、準備はいいかしら?」

 モーラとユリアは、お互いを見つめたまま頷き、肯定した。

「行くわよー……始め!」

 ローラによる試合開始の合図に、二人が疾走する。

 初っ端からアクセラレータを全開にし、互いが剣で切り結ぶ。

 長期戦になればなるほど、ユリアは不利になるため、短期決戦に持ち込むつもりなのだろう。モーラは、ユリアの意図を理解したように敢えて乗ったようだ。

 はじめての模擬戦のときとは違い、ユリアの表情に余裕が無い。モーラの激しい打ち込みに、ユリアが顔を歪めながらも、黄色い瞳がチャンスを窺うように輝きを放つ。

「やるわねっ」
「くっ」
「まだまだ行くわよ。パワーブーストっ!」

 互いの模擬剣を撃ちあわせる勢いがより一層増し、音が鳴り響く。

 ダリルたちの下に戻ってきたローラは、

「お姉様は、話す余裕があるようね」

 と口角を微かに上げ、嬉しくて思わずニヤついた。

 パワーブーストの使い方も上達しており、やはり、アドバンテージを失ったユリアには、厳しい展開だった。モーラに言葉を返せない様子から、本当に余裕が無いのだろう。

 ローラは、神眼で二人の魔法の掛け方を観察しながら評価する。
 
 モーラは、身体強化魔法でさえ詠唱している。無詠唱のことを伝えていないのだから当然だ。

 詠唱と無詠唱。

 ユリアは、ギリギリではあるものの、モーラが唱えた身体強化魔法の種類によって対策を講じている。が、身体強化を乗せた攻撃に対応しているユリアに、モーラが訝しむような視線を向けはじめる。

「ふむ、そろそろお姉様も気がつくんじゃないかしら」
「ユリアちゃんは、アクセラレータ以外は使えないのか?」

 ローラの呟きが聞こえたのか、ダリルが明後日の方へ勘違いをする。

「えっ? そんなことは無いわよ」
「そうなのか? じゃあ、なんで使わないんだよ」

 ダリルの問いにローラは、どう説明したものかしら、と逡巡しゅんじゅんしてから答える。

「うーん、使わないというより、調整しているのよ」
「調整?」

 身体強化魔法は、一般的に一度掛けたら解除するまで継続するとされている。そして、他の魔法と同じで魔力や大気中の魔素を使用するため、身体が全体的に淡く発光する。無詠唱も例外ではない。

 いくら無詠唱で身体強化魔法を行使したとしてもふつうなら身体が発光することで、何かしらの魔法を使用したことが知られてしまうのだ。けれども、ユリアは、これまでの二年間の魔力操作の訓練で、局部的に掛けたり、程度を弱めたり、一瞬だけ掛けたりと、器用に使い分けができるのだった。

 詰まる所、ユリアは、モーラの剣を受けるときにのみ、瞬間的にプロテクションとパワーブーストを腕に掛ければ、輝きが一瞬であるため魔法を発動したことに気付かれることなく、応戦できるのだ。

 それを説明したところで、「今のダリルには意味がないわね」とローラが、返答を諦めたとき。

 拮抗していたモーラとユリアの戦いに、変化が生じるのであった。
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