上 下
3 / 53
第一章 領地でぬくぬく編

第02話 女神、転生する

しおりを挟む
 ファンタズム大陸の西に位置するサーデン帝国の南部。辺境ともい言えるテレサ地方。
 雪解け水が渇いた大地をうるおすころ。とある貧乏貴族の屋敷の一室に、赤ん坊の元気な産声が鳴り響く。

「オギャーオギャー」

(うわー、やってしまったー)

 ローラの後悔の叫びは、産声となった。

(なんとか死なずに済んだようね。でも、これは一体どういうことかしら?)

 落ち着くべくローラが、辺りを確認しようとするが、首を動かせず断念する。覚えている限りでは、盗賊に襲われている女性に憑依して助けようとした。それが気付いたら、こんなことになった。

(うーん、お腹の中の子に憑依してしまったのかしら? って……)

 憑依を解除しようとしてもできず、ローラが愕然とする。

(な、なんでぇええっー!)

 ローラの絶叫は、赤ん坊の泣き声でしかなく、彼女を抱えていた人物が微笑んだ。

「セナ様、元気な女の子ですよ」
「マリナ、顔を見せてくれないかしら」

 ローラが、現状に混乱していると、そんな会話が聞こえてきた。

 ローラを抱きかかえているのは、マリナというらしい。周りが見えないため、栗色の髪を押さえているカチューシャの形や服装から、メイドなのだろうと判断する。

 ベッドに横たわりながらローラを覗き込んでいる女性が、マリナが言っていたセナだろう。出産直後であるためか汗で金髪が濡れており、その碧眼は疲労から少しまどろんでいる。

「まあ、私の可愛いローラ。やっと会えたわね」

(ふむ、計らずもわたしの名前は、ローラなのね。この者たちは、『愛と戦の女神ローラ』と言われているわたしの信奉者なのかしら)

 その名を聞いては、そう思うのも当然だろう。


――――――


 ローラは耐えた。

 二年間ずーっと耐えた。

 最初の一年は、何をするにも自分で何かを出来るハズもなく、何もかもされるがままであった。ローラは、すべてを受け入れて無駄に寝て食べてを繰り返していた訳ではない。色々と聞き耳を立てて情報収集をしながら過ごしていたのだ。

 ローラが生まれたフォックスマン家は、代々優秀な騎士を排出している騎士爵で一応貴族らしい。現当主であるダリルは、近年稀に見る凄腕の騎士で皇帝の覚えも良く、国内で知らぬ者がいないほど有名人だそうだ。

 確かに、わたしの神眼で見たところ、人間にしてはかなり優秀なステータスだし、まだまだ成長の余地も残っているわね、とローラは父であるダリルの能力の高さに感心したりした。

「それにしても、これでよく貴族って言えるわね」

 覚束ない足取りながらも、ようやく歩けるようになったローラは、屋敷探索を日課にしていた。領主の家だけあってそれなりに広く、部屋数は二〇を下らないだろう。ただ、調度品類があまり飾られておらず、ローラが神界から暇つぶしで覗いていた貴族たちの屋敷とは大違いである。貴族であるにも拘わらず、なぜ質素な生活を送っているのかというと、周りに困っている人がいると自分の財産を分け与えてしまうほど、ダリルがお人好しだからである。

 その話を耳にしたローラは嬉しく思い、

「愛と戦の女神ことわたしを信奉しているだけあってさすがだわ」

 としきりに頷くのであった。

 ローラがそれを知るに及んだのは、本当に偶然だった。自分で歩けるようになり、今みたいに屋敷内をウロウロしていたとき。内政官のマチスが、帳簿を見ながら重く深いため息を漏らして嘆いていたのだ。

 受け身で寝ているだけでは、決して得られぬ情報である。ダリルがお人好しかどうかの情報が重要かと言われれば、そんなことはない。むしろ、無駄もいいところである。女神だったローラが数十年の単位で寝ていたことと比べると、そんな無駄も成長したと言っても良いかもしれない。

 トテトテと廊下を歩いていると、ローラの背後から何者かが近付いて来くる。ローラがその気配に気付いて立ち止まる。

「うひゃっ」

 突然、身体が宙に浮き、咄嗟に声が漏れた。

「ローラ様っ、こんなところにいらっしゃったのですね。一人で部屋の外へ出ては駄目ですよ。ほら、戻りましょうね」

 身体の向きを変えられ、目の前にマリナの顔が現れた。ローラはメイド長のマリナに抱きかかえられてしまったのだ。

「イヤ!」
「あらあら、駄々をこねても駄目ですよ」

 ローラが手足をジタバタさせたが、こうなっては為す術がない。全てを見通す神眼は使えるのだが、それ以外の能力は、どうやら二歳児の身体に完全に依存しているようなのだ。これも、完全な誤算である。一日中歩くのは二歳児の身体には負担が大きいため、フライの魔法を試みるも魔力が足りず、それすらできなかった。

 方法を知っているのにできない。

(あー、もどかしいわ。ヒューマンはなんて脆弱なのかしら)

 ローラは何かにつまずく度にそう思うのだった。

 神界からの接触は、今のところ無い。速やかに神に戻りたいローラであったが、連絡がないのではどうすることもできない。それまでは休暇だと思い、のんびりさせてもらうことにしたローラであったが、それは一体いつまで続くのだろうか。


――――――


 更に三年が過ぎた。

「なんで連絡がないのかしら?」

 待てど暮らせど、神界からの連絡は無い。窓辺の椅子に腰を掛けているローラが、窓越しに鳥たちが飛んでいるのを眺めながらそんなことを呟く。

(もしかして、そういうこと? 自業自得? もともと神自身が魔王を倒すとか余計な考えだったのよね。それをわたしったら思い付きで下界に降りたものだから……)

「はぁ……」

 盛大にため息を吐いたことで窓ガラスが白く曇る。

(子供のわたしが魔王を倒すのは、さすがに無理よね。だって、一般的な五歳児の能力しかないんだから。女神のころの能力があれば、生まれたてだろうが魔王を倒せたと思うの)

 ローラは魔王を倒すために下界へと降り立ったが、ヒューマンに転生してしまっては、そんなことが出来るハズもなかった。

 一先ず、神に戻る方法を探りながら神界からの連絡を待っているのだが……待てど暮らせど、神界からの連絡は無い。ローラは完全に放置されていたのだった。

 そこでローラは決心する。

「はあ、やるっきゃないのかしら」

 不幸中の幸いなのが、ローラが生まれたフォックスマン家は騎士家系である。

「わたしが戦闘訓練をしたいと言ってもおかしくない……と思う」

 自信なさげに独白するが、その不安は尤もなことだった。たかが五歳児の、しかも貴族の娘が、戦闘訓練をする必要など全くない。それでも、ローラの思考は独り歩きする。

「神眼を使えば潜在能力の高い人間を探すことができるし、その人間たちを仲間にして魔王討伐も悪くわなさそうね」

 神々がローラの存在を探せないだけで、そんな彼らの目に留まることをすれば、連絡が来ると考えた。

 つまり、魔王討伐――

「思い立ったら即行動よ!」

 ピョンと椅子から飛び降りたローラは、戦闘訓練の許可をもらうべく、この屋敷の最高権力者の執務室へと駆け出すのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鬼神の刃──かつて世を震撼させた殺人鬼は、スキルが全ての世界で『無能者』へと転生させられるが、前世の記憶を使ってスキル無しで無双する──

ノリオ
ファンタジー
かつて、刀技だけで世界を破滅寸前まで追い込んだ、史上最悪にして最強の殺人鬼がいた。 魔法も特異体質も数多く存在したその世界で、彼は刀1つで数多の強敵たちと渡り合い、何百何千…………何万何十万と屍の山を築いてきた。 その凶悪で残虐な所業は、正に『鬼』。 その超絶で無双の強さは、正に『神』。 だからこそ、後に人々は彼を『鬼神』と呼び、恐怖に支配されながら生きてきた。 しかし、 そんな彼でも、当時の英雄と呼ばれる人間たちに殺され、この世を去ることになる。 ………………コレは、そんな男が、前世の記憶を持ったまま、異世界へと転生した物語。 当初は『無能者』として不遇な毎日を送るも、死に間際に前世の記憶を思い出した男が、神と世界に向けて、革命と戦乱を巻き起こす復讐譚────。 いずれ男が『魔王』として魔物たちの王に君臨する────『人類殲滅記』である。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、 【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。 互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、 戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。 そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。 暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、 不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。 凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

ポニーテールの勇者様

相葉和
ファンタジー
※だいたい月/木更新。 会社を辞めて実家に帰る事にした私こと千登勢由里。 途中で立ち寄った温泉でゆっくり過ごすはずが、気がつけば異世界に召喚され、わたしは滅びに瀕しているこの星を救う勇者だと宣告されるが、そんなのは嘘っぱちだった。 利用されてポイなんてまっぴらごめんと逃げた先で出会った人達や精霊の協力を得て、何とか地球に戻る方法を探すが、この星、何故か地球によく似ていた。 科学よりも魔力が発達しているこの世界が地球なのか異世界なのか分からない。 しかしこの星の歴史と秘密、滅びの理由を知った私は、星を救うために頑張っている人達の力になりたいと考え始めた。 私は別に勇者でもなんでもなかったけど、そんな私を勇者だと本気で思ってくれる人達と一緒に、この星を救うために頑張ってみることにした。 ついでにこの星の人達は計算能力が残念なので、計算能力向上のためにそろばんを普及させてみようと画策してみたり・・・ そんなわけで私はこの星を救うため、いつのまにやら勇者の印になったポニーテールを揺らして、この世界を飛び回ります!

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

処理中です...