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結末

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リノが斬った男は声もなく倒れ、老魔導師も驚愕に大きく目を見開いたまま、地面に倒れる。

「―――な、なぜ」

呟くような問いにリノは答えず、歪んだ笑みを張り付けたまま、とどめを刺した。
そして、血の付いた剣先をユーゴの喉に当てて言う。

「はは、馬鹿なジジイだぜ。わざわざ俺にそいつがどんなに価値があるもんか、ご丁寧に教えてくれたんだからなあ。さあ、魔女さん。ユーゴを殺されたくなけりゃ、そいつを俺に寄越しな。おっと、言っておくが俺は本気でこいつを殺せるぜ。元々嫌いなんでな」

リノがユーゴを見る目は、言葉通り冷酷だった。

「ほら、早くしないと首がさよならしちまうぜ?」

ツー、と赤い筋から血が滲み、私は背筋が冷たくなった。

「シャル…駄目だこいつ…」
「…分かった、渡すわ」

ユーゴが掠れた声で言うのを遮り、私は薬瓶を空に向かって放り投げた。

「おいっクソが!!」

リノが慌ててユーゴから離れた隙に、私は一気に魔力を高めて腕輪に流した。腕輪にひびが入り、外れる。
腕輪を視た時分かったのだ。作り手である、老魔導師以上の魔力を流せばおそらく腕輪は耐えられないと。

それでも隙が必要だった。

「行くわよ!」

そのまま、弱っているユーゴを連れて『転移』しようとした時だった。

「危ない、シャル!」

衝撃と共にその場に押し倒されて、
私に覆い被さるユーゴの背中に手をやると、固くて長い何かに触れた。
それが剣だと分かると同時に、怒号が近付いて来る。

「クソッ!舐めた真似しやがって!お前ら二人仲良く冥途に送ってやる!」
「――――ッ!!」

ユーゴから流れ出る血の熱さを胸に感じた瞬間、私の中の何かが切れた。

「う、うわぁああっ!!?い、痛ぇっ!!」

私を中心にゴゥッと突風が巻き起こり、リノも、倒れている二人も、木も、何もかもを吹き飛ばした。

周りが静かになって我に返ると、私はぐったりと圧し掛かったままのユーゴの下から何とか抜け出した。
背中に刺さった剣を引き抜き、両手で傷口に触れる。

「ユーゴ…大丈夫よ、私が助けてあげるから…」

だが、傷の深さと出血を見て悟る。

駄目だ。
この傷はもう、回復薬でも魔法でも治せない。
だけど…

その時、ユーゴが掠れ声を上げた。

「シャルナ…ごめん…愛してるよ…」

もう殆ど意識がなくなりかけていて、うわ言のようになっている。

「馬鹿!本当に私の事を愛してるなら、死なないって、ずっと何年も何百年も一緒にいるって誓いなさい!」

叫ぶように言うと、ユーゴはふっと笑ってかすかに頷いた。

それを見るやいなや、私はユーゴを貫いた剣の刃で自分の手首を切った。流れ出る赤い血を自分で口に含んで、ユーゴに口付ける。

何度も何度も、自分の血をユーゴの中に注いだ。



――――真っ青だったユーゴの顔に少しづつ赤味が戻って来る。
刺されて流れ出ていた血は止まり、刺し傷が塞がって行く。
弱々しく消えそうだった呼吸は、ゆっくりだけれどしっかりしたものになって行く。




そう。
魔女の秘薬とは、あんな薬瓶の中身なんかじゃない。

魔女の血そのものなのだ。

けれど、魔女の血を飲んだ人間の時は止まる。それが祝福となるのか、呪いとなるのかは分からない。

「ごめんなさい…」

何の傷跡も残さず、ただ静かに眠るユーゴの手を握って、私は結界に守られた安全な家に『転移』した。



☆☆☆



ぐったりした大きくて重い体を何とかベッドに横たえて、汚れた体を拭いてあげていたら、ユーゴが薄っすらと目を開いた。
信じられないものを見るように私を見て、自分の手を見つめる。

「えっ…あの傷でどうして…?痛みがない?それに、ここは…!」
「ユーゴ、よく聞いて」

ドクドク鳴る心臓をなだめながら私は話した。

瀕死の重傷を負ったユーゴを助けるために、『魔女の秘薬』である自分の血を飲ませた事、それによりユーゴはほぼ不老不死の身体になった事、もう、普通の人生は送れない事。

「あの時あなたは死にかけていて詳しく説明している暇はなかったから、無理やり同意させたようなものよね。本当にごめんなさい。あなたから普通に生きる権利を奪ってしまった…どんな償いでもする。何でも言う通りにするわ」

何を言われても受け入れるつもりでそう言ったら、ユーゴは何度か目をまたたかせた後、弾けるように笑い出した。

「は…はは、あはは!シャルナってば!何、謝ってるの!?こんな嬉しい事ないよ!だってそれって、俺とシャルナはこれからずっとずっと一緒に生きていけるって事でしょ?何だあ、深刻な顔してるからもっと怖い事言うのかと思ってたよ!」

あまりの笑いように拍子抜けしながら、

「怖い事って…自然の流れに逆らう事になるのよ?それって、普通の人間にとって何より怖い事じゃないの?」

呟くように言うと、ユーゴは優しく私の両手を取って口付けした。

「何言ってるんだよ。俺が一番怖いのは、シャルナと離れ離れになる事だよ。でもこれで俺とシャルナは年なんか関係なくなったね。だから今度こそ結婚してくれるよね?」

「何でも言う通りにするって言ったもんね?」

悪戯っぽい笑顔で付け足されて、呆気に取られていた私は吹き出した。

「ふ、ふふっ、もう、本当にユーゴったら…私があんなに思い詰めていたのが馬鹿みたいじゃない…」
「で、どうなの、返事は?」

ユーゴの青い瞳がほんの少し不安で揺れているのを見て、やっぱり子供の頃と変わってないな、と思いながら言う。

「もちろん、いいわ。あなたの人生、これからずっと面倒見るわよ」
「シャルナ…嬉しいけど、それ、義務感とかそういうのなの?」

戸惑うユーゴに、そう言えばちゃんと気持ちを伝えてなかったと思い出し、私はユーゴの唇にそっと口付けして言った。

「…馬鹿ね、そんな訳ないじゃない。私もあなたの事を愛してる」
「えっ」

私がそんな事をしたのが信じられなかったようで、望んでいた答えの筈なのにユーゴは動揺していた。

「何よ、嬉しくないの?」

もっと大喜びしてくれると思っていたのに、肩透かしを喰らってそう言うと、ユーゴは一層慌てた。

「ち、違うよ、物凄く嬉しいよ!でもシャルナ、それ、本当に本当なんだよね!?親子の愛とかじゃないよね?本当に俺の事、男として見てくれてるんだよね!?」

ユーゴの動揺っぷりが可笑おかしくなったが、安心させようと思って胸の内を吐露とろする事にした。

ユーゴを拾ったあの日から、いつの間にか芽生えて、育っていた気持ちを。
どこかで気付いていたくせに、いつかは離れなければならないと蓋をして気付かないふりをして来た気持ちを。

「私、これまで他人に興味なんかなかったのよ。だけどあなたがこの家に来てから、誰かと暮らすって暖かくて幸せなんだって知ったの。ずっと、家族としての愛だと思っていた…ううん、そう思おうとしてた」

ユーゴは黙って頷いている。

「でもあなたと再会して、違うんだって分かった。…ユーゴが捕まってるって知った時は、自分の身が引き裂かれるより辛かったわ…あなたの人生を変えてしまったのにそれでも嬉しいって言ってくれて、私も嬉しかった」

そこまで言うと、ユーゴは、

「~~~~~~~っ!!」

声にならない声を上げて、私をぎゅうっと抱き締めた。

「好きだよ、愛してるシャルナ。もう絶対、絶対離さないから」
「私も、愛してるわユーゴ」

大きな背中に手を回して抱き締め返すと、ユーゴの温もりと鼓動を感じる。
本当に、生きていて良かった。
幸せをじんわり噛みしめていると、ユーゴが私にキスして言った。

「…あの、さ。この前俺が言った、恋人同士がする事…していい?俺、シャルナと心も体も全部、結ばれたい」

あの夜のような熱のこもった目に見つめられて、胸が高鳴る。
どんなものかは分からなくても、本能がユーゴを求めていた。
愛する人とするそれは、きっととても幸せなものなのだろう。
でも、少し気恥ずかしい。

「もう、いちいち聞かなくていいわよ…何でも言う通りにするって言ったでしょ」

目を逸らしながらそう言うと、ユーゴは感極まったみたいに「シャルナっ」と叫んで私をベッドに引きずり込んだ。
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