先生、おねがい。

あん

文字の大きさ
上 下
318 / 329

番外編 みなりつ5

しおりを挟む
***


 あれから数日が経ったが、相変わらず何度連絡をしても無視され続け、俺は強硬手段に出ることにした。


 「え、なんで……」


 仕事から帰宅した律が、マンションの下で待っていた俺を見た途端、強張った表情を浮かべた。無理もない。俺だって家の前で待ち伏せされたら身構える。


 「なんでって、お前が無視するからだろ」
 「だからって家まで押しかけくる?とっつーって意外とヤバい人だったんだね」


 それは、いつもの陽気な律からは考えられないほどに、そっけなく冷たい態度だった。


 「……こうでもしねえとお前会ってくれねえだろ」
 「なにそれ。当たり前じゃん。もうとっつーとは会わないって言ったもん」
 「一方的に決めんな。こっちには話があんだよ」
 「はぁ?仕方ないから聞いたげるけど、早く終わらせてね。この後予定あるから」
 「……予定?」
 「言ったっしょ、落ち着くって」
 「それは……」

 
 それは、特定の相手がいるということか。とは聞けなかった。
 よく考えてみると、相手がいないのなら、ただのダチである俺と縁を切る必要はなかったんだ。相手がいるから、ただのダチでも、元セフレである俺とはいられなかったということなのだろう。


 (あぁ、俺はまた……)


 また、絶対に報われない想いを抱えるのか。
 今回ばかりは、気付くのが遅かった俺が完全に悪いけれど、胸が潰れそうなほど痛いのは仕方がないだろう。
 だけど、また不毛な恋になるとしても、それでも、同じ失敗を繰り返すのはごめんだ。だから、俺は真っ直ぐに律を見据えて、口を開いた。


 「好きだ」
 「──は?」


 その一言で、律の冷たい仮面が剥がれた。


 「な、何言って……」


 今までのが仮面だったと分かったのは、律が顔を赤くしたからだ。


 (なんて顔してんだよ……)


 嫌な相手にこんなこと言われて、そんな顔するわけない。
 わずかな希望を逃すまいと、俺は律に詰め寄り、手を掴んだ。


 「お前のことが好きだって言ってる」
 「っ、あ……あははっ、えー?そんな冗談、全然面白くな……」
 「冗談じゃねえよ。本気でお前が好きだ」
 「……っ、や、やめてよ」
 「やめない。好きだ、律」
 「〰︎〰︎っ」


 律は耐えかねたように、俺の手を強く払った。そのまま立ち去ろうとする律の手を、再び掴む。今度は振り解かれないように、強い力で。


 「待てよ。話終わってねえだろ」
 「話なんてない!」
 「聞くっつたろ」
 「っ!じゃあ聞くけど!心くんは⁉︎ずっと好きだったじゃん!」
 「あいつは恩人だ。大事なのは変わらねえ。けど、もう俺は、お前が」
 「俺が好きって?付き合おうって?」
 「……あぁ」
 「はっ、何言ってんの?俺はとっつーがどんなに心くんのこと好きか知ってんだよ⁉︎そんなの信じられるわけないじゃん!」


 あまりの剣幕に俺はたじろいだ。いつも飄々としてた律が、こんな風に声を荒げて感情を露わにしているのが珍しかったから。


 「キレ、てんの……か?」
 「キレてるよ!こんなの怒るに決まってんじゃん!バカ!」


 俺の無神経な言葉に、律はさらに怒りを覚えたようで、ドンッと俺の胸に拳を叩きつけてきた。別に痛くはなかったけど、怒りはしっかりと伝わってくる。そんな重さだった。

しおりを挟む

処理中です...