先生、おねがい。

あん

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 「ごめんね……つき合わせちゃって……」
 「別に。怖いもん、わざわざ乗る必要ねえだろ」

 お化け屋敷の後にみんなが向かったのは、ジェットコースター。あのおぞましいほどの速度と、けたたましい悲鳴に耐えかねて、俺は乗る直前で断念してしまった。
 戸塚君はその付き添いで、俺と一緒にベンチに座ってお留守番をしてくれている。

 (戸塚君まで巻き込んで……ほんと、情けない……)

 今日は戸塚君に情けないところばかり見せてしまっている。

 「はぁ……」

 ため息を吐きたいほどに自分に呆れていたけど、これは俺のではない。横を見れば、戸塚君は頭を押さえて眉をしかめていた。
 戸塚君が意味もなくため息を吐くなんて珍しい。いや、俺の情けなさに対しては、一つと言わず何度も吐きたくなるだろうけど、それにしては時間が空きすぎている。

 「戸塚君……もしかして、体調悪い?」

 なんとなく問いかけた言葉に、戸塚君は驚いたような顔をしたけれど、すぐにまた仏頂面に戻った。

 「別に、いつも通りだろ」
 「で、でも……」
 「うっさい。大丈夫だって言ってんだ」

 本人にそう言われてしまえば、そんな気もして、これ以上追求は出来なかった。そうして俺が黙れば、戸塚君の不機嫌オーラも徐々に消えていった。
 特に会話もなくて、俺は手持ち無沙汰に指遊びをしながら、時間が過ぎるのを待つ。戸塚君相手だと、不思議と無言も気にならないのだ。

 (それどころか、落ち着くんだよね……)

 頑張らなくていい雰囲気。ありのままでいられる空間。
 しばらくすると、隣から着信音が聞こえてきた。横を見ると、戸塚君が音の鳴るスマホを握りしめている。けれど、戸塚君は一向に電話に出ようとせず、ただただ画面を見つめるだけだった。

 「……」
 「あ、の、出なくていいの?」
 「……」
 「戸塚君……?」

 (切れちゃう……)

 心配した通り、戸塚君が通話ボタンを押す前に電話は切れてしまった。

 「……良かったの?」

 (だって、相手は──)

 「どうせ、いたずら電話だから」

 その言葉に、俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。代わりに紡ぐのは、当たり障りのない返事。

 「……そっ、か」

 戸塚君は「飲みもん買ってくる」と、立ちあがって行ってしまった。その背中を見つめながら、なんとも言えない歯がゆさが込み上がってくる。

 (いたずら電話なんかじゃない……)

 画面に映っていた『兄ちゃん』の文字。

 戸塚君にお兄さんがいたなんて初めて知った。けれどそれ以上に、戸塚君の苦しそうで悲しそうな顔にびっくりした。

 (何も、出来なかった……)

 そんな自分が、酷く恨めしかった。

 
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