先生、おねがい。

あん

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 「戸塚君、送ってくれてありがとう。いつもごめんね」
 「別に。お前一人で返すの危なっかしいし」

 最近はバイトが終わると戸塚君が家まで送ってくれるのが、恒例となってしまっている。それはなぜかというと……。

 「つーか、センセイも大変だな。毎日毎日こんな遅くまで」

 そう。戸塚君の言う通り。先生のお仕事が俺よりも遅く終わるため、前みたく俺のことを迎えに来られないから、その代わりに、戸塚君が家まで送ってくれることになったのだ。
 戸塚君は決して本当のことを言わないし、あくまでも自分の意思でやってるって言ってくれてるけれど、なんでも、先生から聞いた話では、先生が戸塚君に直々にお願いをしたらしい。
 俺としては一人で帰れるし、戸塚君にこんな手間を掛けるなんて申し訳ない限りなのだけど、二人の厚意を無下にも出来ず、こうして甘える日々が続いている。

 「……うん。最近は寝る時間も減ってるみたいで。先生は慣れるまでの辛抱だって言ってるけど……」

 (身体を壊しちゃったらどうしよ……)

 こんなに働き詰めでは、いつか限界がきてしまうのではないか。学校が始まってまだ一ヶ月も経っていないのに、いや、だからこそ、そんな心配が頭をよぎる。
 その不安が顔に出てしまったのか、戸塚君は俺の頭をくしゃっと撫でて、そのまま頬を伝い、極め付けにむにーっと俺のほっぺを伸ばした。

 (あ、まただ……)

 実は最近、戸塚君は俺のほっぺたを触るのがお気に入りみたい。ツンツンって時もあるし、ぷにぷにって時もあるし、今みたいにむにーっていう時もある。

 (俺のほっぺ、そんなに気持ち良いのかな?)

 それは自分ではよく分からないのだけど、どうやら戸塚君は無意識でやってるようで、ふと我に返ったら、不機嫌そうに眉を寄せて手を離すのだ。そう、今みたいに。
 手を離した戸塚君は、気を取り直すように、アパートの階段の柵にもたれかかった。

 「まぁ、確かに慣れたら、今より時間の使い方も上手くなるんじゃねえの?」
 「やっぱりそうかな?」
 「知らねえけど、だぶん」
 「そっか……うん、そうだね」

 戸塚君が言うと、なんだか説得力がある。そうだったら良いなって想いも込めて、俺は戸塚君の言うことを信じることにした。

 「まぁ、なんかあったらすぐ連絡しろよ」
 「ふぇ?」
 「センセイが倒れたとか。センセイが帰ってこねえとか」
 「も、もう、戸塚君っ。そんな縁起でもない……」

 でも、これも戸塚君の優しさだって分かってる。だってきっと、頼って良いよって言ってくれてるのだと思うから。それがすごくありがたくて、安心する。だから俺は、ペコッと戸塚君に向かって頭を下げた。

 「でも、ありがとう」
 「……じゃあ、俺帰るわ。ちゃんと鍵閉めろよ」
 「うん。またね」

 戸塚君が帰るのを見送る……ことはなく、俺が先に部屋に入る。戸塚君は俺が部屋に入るのを確認しないと、なかなか帰ろうとしないからだ。
 最初の頃は我慢大会みたいになっていたけど、結局は毎回俺が押し負けて終わってしまうから、今は自然とこういう流れになっている。
 てっきり先生と戸塚君は仲が悪いと思っていたけど、それほど先生との約束を忠実に守ろうとするなんて、ひょっとしたら俺の知らないところで、二人は仲良しさんになっていたのかもしれない。そう思うと、なんだかすごく嬉しかった。

 (やっぱり戸塚君は頼りになるな……)

 鍵を締め、扉を背に、ホッと肩をなでおろす。
 戸塚君とお話ししたおかげで、モヤモヤしてた胸の奥が、ちょっとだけ晴れたようだった。


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